6月21日 晴れ。 午前10時より 午後1時30分終える 8F
夏の陽が、容赦なく降りそそいで照りかえす。 水面や、葉の表のテラリとした緑もコントラストが強い。 木陰を選んで、対象がよく見える位置にイーゼルを立てた。
気に入りの構図は、あたりに樹がなくてあきらめる。
南向きだから椅子に座ると逆光になった。 自分でキャンバスに置く色が、よく見えない。 絵の具まで嫌だと反射する。 しばらく描いては、後ろの根方に寄せ確かめた。 やはり…
真昼、思ったより強い調子になっている。 蔭と明るさと、心に感じたよりも、トーンを落として描け!と言いきかせ。 分かっていても、つい失敗する。
いきなり広いところに出てきて、さて どう切り取るか。
1時間経過。 あれ? 初めは何処を見ていたの。 進めるうちに忘れた。 眼は、あちらこちら飛び回り、さまよい。 睡蓮の葉は、ひしめき合い盛り上がるほど。 どの葉が、どれやら… 枯れ葉はどれか分からなくなる。
気が小さい蛙は、 雄大さに呑まれてしまう、 いつも捉えられない。身近にあって度々眺め、頭に入っていれば… 言いわけなど効かない。
何度も通わなくては、無理か。 いつも中途半端に終わる。
古キャンに描いたので 凹凸も気になる。 ホワイトを使いすぎて粉っぽくなった。
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モネの絵がよぎる。
下見の写真はどことなくモネ、 睡蓮だけ描けばこのようになる、真似したくもなる。 初めは、敢えてこの大自然を、と心が躍った。 モネの絵は早朝か夕暮れ、落ち着いた耀きの刻に描いている。 夢のような世界…
「…光と水と蓮が重なりあい、漂いつづけるこの画面の奥には、「もののあはれ」の情感にうるおう浄光の世界が宿されている…」 (岡崎市美術博物館
アルカディア 芳賀 徹 より抜粋)
心の友からの便りに添えられた「アルカディア」、時々NETで覗いています。
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モネの「睡蓮」は、絵というより精神世界をみる思いがする。 日本人がこれほど睡蓮の絵を愛するのは、ポール・クローデルが指摘した品格ある国民性なのかも知れない。
1時をまわるころ いくつかの花は黙って瞼を閉じている。 風向きも変わった。 朝から午後も座って、刻々と変化する光りを追っても、無理がある。 何枚ものキャンバスが必要なのだ
同じ季節、おなじ時間、等しい温度、風向きをそろえて。
連作することで得られることなのかも知れない。
久しぶりのスケッチに、皆満足していた。 眼も心も大いに働かせ、車のなかで眠くなった。