退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「『戦争』がもたらすものの確認と『自分の思い』が世界を滅ぼすことになるという映画」について

2024-08-31 02:58:17 | Weblog
晴れたり降ったり曇ったり。変化はめまぐるしく。

ロジェ・マルタン・デュ・ガール「チボー家の人々 一九一四夏 Ⅳ」を半分以上読む。

「総動員発令」の下「戦争モード」は全開に。
ジャックはジェンニーを連れて「彷徨」。

結局「交わり」を繰り返すのみ。
「社会主義者たちのそれぞれ」がしつこく描かれ。

フォンタナン夫人はどうにか帰国するけれど。
「関係」を知って慄く。

ふたりはスイスに行く計画を立てるのだが。
ジェンニーはフォンタナン夫人のところへ戻る決心をして。

ビラごときでどうにかなるというのも「戦争のなせる業」ではないのか。
これまた明日読了予定。

摩砂雪・前田真宏・鶴巻和哉「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」(’12)を観る。

ニアサードインパクトから14年が過ぎ。
碇シンジはそれと知らぬまま「現実」に戻る。

助けたはずの綾波レイを見つけるものの彼女は以前とは違って。
その一方で渚カヲルと出会い仲よくなるのだけれど。

結局シンジが「子どものままである」ということがすべて。
彼を「大人にするため」に物語が動くのみでは何だか。

本作では「ショット」が感じられず。
映像としても微妙な趣き。

そもそも舞台は日本でしかなく。
ならば「いったん日本は滅べ」ということだと解釈しておこう。

「自分の思い」が「世界を滅ぼす」ことに。
いわゆる「セカイ系の人々」に「反省」を促す内容だということでよろしく。
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「『性』の捉え方の違いと『物語』に配慮が足りないシリーズ映画」について

2024-08-30 02:49:47 | Weblog
雨。昼に激しく夜に止む。

「チボー家の人々 一九一四夏 Ⅲ」読了。

クライマックスを異様に待たされている趣き。
第一次大戦はなかなか始まらず。

ジャックとジェンニーはようやく結ばれるものの。
前者にとってそれは「好ましくないもの」らしく。

アントワーヌもその態度は同じく。
アンヌとは無理矢理別れる格好。

例えば大島渚「愛のコリーダ」(’76)ではそれが「抵抗」であったりしたのに。
このあたりは「キリスト教であるかないか」が大きい模様。

「性」を「肉欲=罪」だと捉えるのか。
あるいは「徹底的な個人=好きに生きること」として捉えるのか。

もちろん後者が好ましく。
阿部定は「正しい」。

摩砂雪&鶴巻和哉「ヱヴァンゲリヲン新劇場版 破」(’09)を観る。

「閉じられていた者たち」が「開いていく」お話。
ただし本作は「物語」としては微妙。

このシリーズには「ショット」がたくさんあることをあらためて。
全面白と黒の画面も何度か繰り返され。

綾波を救いたい一心のシンジが「奇跡」を起こす。
ゼーレの思惑はいまだ明らかにされず。

式波・アスカ・ラングレーと真希波・マリ・イラストリアスが登場。
いずれも「ヤンチャなキャラ」なのにふむふむ。

「局部を隠すシークエンス」が再び。
制作陣が「おっぱい星人」であることを確認した次第。

加持リョウジを登場させた意味がいささか不明。
「わかっている男子」が必要だったのか。

前作は映像の美しさのみで観られたけれど。
もう少し「物語」にも気を配ってもらいたいもの。
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「フランスにも『空気の支配』はあったことと映像が綺麗でリズミカルに動くシステムたちが好ましい映画」について

2024-08-29 02:17:14 | Weblog
晴れときどきくもり。帰りに少しだけ降る。

ロジェ・マルタン・デュ・ガール「チボー家の人々 一九一四夏 Ⅲ」を半分以上読む。

当時の欧州各国の思惑は正直どうでもよろしい。
「第一次大戦」は確実に起こっただけ。

敢えて言うなら「社会主義者たち」がそれを前にして「変節する」姿を覚えておこう。
なるほど「空気の支配」はかの国にもある模様。

ジャックの演説が限られた人々を「扇動する」のも空しく。
それが「全体」を動かすはずもなく。

未来に同様な事態が起きるのだとしたら参考にするまで。
もちろんその前に「やるべきこと」はたくさんあるはずだけれど。

この種の「歴史」をわれわれは未来に生かせるのかどうか。
世界各地のあれこれを見る限りなかなかに難しそう。

摩砂雪&鶴巻和哉「ヱヴァンゲリヲン新劇場版 序」(’07)を今頃観る。

とにかく映像が綺麗。
物語そのものは案外「普通」なのに比べて。

碇父子のお話は「おまけ」な感じ。
「自分を捨てた父親」に褒められたいシンジの姿はむしろみっともなく。

彼が偶然綾波レイの乳房を触ってしまうあたりは「青春映画」の趣き。
「転校生」として鈴原と相川に出会ってやがて「和解」するあたりも含めて。

「第3新東京市」のメカニカルな姿もなかなか。
高層ビル群が格納されるのにふむふむ。

「文字」がパズルのピースのように現れるのも同様に。
決まった速度で画面を埋めるリズムが妙に心地よく。

使徒の中ではやはり「第6」の青い正八面体が幾何学的に姿を変えるのが印象的。
内部が「揺れる」あたりの描写も忘れずに。

ミサトとリツコの「大人な関係」がシンジの幼さと対照的なのも覚えておこう。
というわけでこのシリーズをしばらく観るつもり。
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「クリエイターカップルの生活と趣深いSFアニメ映画」について

2024-08-28 02:48:23 | Weblog
晴れときどきくもり。雨は降らず。

安野モヨコ「還暦不行届」を読む。

夫が庵野秀明であることを今頃知る。
かの監督は相当におかしな人だがその彼を夫にしてしまった彼女も同様に。

「ハッピー・マニア」を描いたマンガ家がこんな風になるとは驚き。
人生わからんものですな。

自分にこんなことが出来るかと問われれば。
即座に「ムリ」と答えるはず。

クリエイターでありつつ「『宇宙人』の世話役」でもあること。
その「ムリ」はやはり祟ったものの「復活」出来て目出度い限り。

オリジナルから21年後になる模様。
この「ほのぼの」の背後にある「地獄」に思いを致したいもの。

藤井道人「攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間」(’23)を観る。

最初は「絵の質感」に馴染めず。
やがてどうにか慣れたもののやはり微妙。

草薙素子の声は先日亡くなった田中敦子。
もっと生きてもらいたかったと思うことしきり。

本作の「狂言回し」は潘めぐみの江崎プリン。
その名前はもちろん「グリコ」から。

「米帝」という呼び方が出て来るのに驚く。
これって「昔の左翼用語」だし。

「Nになればしあわせになる仕掛け」を作ったのはタカシ。
ジョージ・オーウェル「1984」が映され「ダブル・シンク」も「101号室」も登場。

「ポスト・ヒューマンの誕生」が結局アメリカの造ったAIの結果だったり。
「サステイナブル・ウォー」というネーミングもなかなか。

「タチコマ」の存在が好ましく。
マシンのかたちはしているもののそれらの実態は「能力のあるオタク」。
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「何とも勿体ない作品とわが国のミステリーの韓国版映画」について

2024-08-27 03:51:24 | Weblog
晴れ。夜になって降る。

服部正策「奄美でハブを40年研究してきました。」を読む。

ラストに養老孟司の「お墨付き」ありだけれど。
著者の半生をもっと描くべきではなかったか。

飲み過ぎて道端を家だと勘違いし。
そのまま眠ってしまう姿は好ましいのだから。

奄美の紹介は別冊にした方がよかったかも。
このあたりは編集者がもっと考えていいところ。

せっかく面白い人物なのにそれをもっと前面に出さないと。
「区切り」がいささか短すぎるのも気になるし。

何とも勿体ない結果。
もちろんハブについてあれこれ知ることが出来たのは有難い限りだとして。

イ・ギュマン「警官の血」(’22)を観る。

佐々木譲原作で09年にはテレビドラマにも。
「『警察の正義』とは何か」というのがテーマ。

チョ・ジヌンとチェ・ウシクのコンビがなかなか。
「グレーゾーン」を生きる前者の監察に入るのが後者で。

北野武「その男、凶暴につき」(’89)や白石和彌「孤狼の血」(’18)を思い出させる内容。
全体的にソフトになっている感じ。

韓国という国柄ゆえ「正義」のためなら何をしてもいいというのが「結論」か。
「上の方」という「権力」が出て来るのもいかにも。

ただし物語の展開をもう少しスムーズにしてもらいたかったところ。
監察室の係長パク・ヒスンの存在があまり活きていず。

「紅一点」の女子も同様に(俳優名はわからず)。
いつも思うのだが全キャストが明確になる情報を望む。
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「『しあわせ芝居』に気付く不幸と消費が進んだ結果あるいは『韓国風エクソシズム』の映画」について

2024-08-26 03:21:45 | Weblog
くもりときどき晴れ。スコールも。

「チボー家の人々 一九一四年夏 Ⅱ」読了。

後半はジャックとジェンニーの関係の「復活」。
そういうものかと思いつつ。

「第一次大戦が起きるかどうか」は「各国の思惑」が絡んで。
ラストにはアンヌのアントワーヌへの電話が再び。

桜田淳子「しあわせ芝居」を思い出したり。
「相手にとっての自分の位置」を知ってしまうことの哀しさよ。

荒川和久・中野信子「『一人で生きる』が当たり前になる社会」を引き続き読む。

繰り返すが「消費は人を孤独にする」と書いたのは福田恆存だったか。
その形式が進めば「結婚も趣味」になり「愛も買い物」になると。

独り者の男子の支出が「食べ物」に偏るのにふむふむ。
自分で料理すればいいのにと思うのだけれど。

もっとも女子も男子も「自分だけ」なら簡単でいいと思うのが「基本」か。
そのあたりに実はわれわれの「利他性」が潜んでいるのやもしれず。

もちろん自分のために作るのも結構。
ただし「他人に見せるためのそれ」は微妙。

ナ・ホンジン「哭声」(’16)をようやく観る。

156分の長さはあまり気にならず。
冒頭から「韓国の美しい風景」が引きのキャメラで映し出される。

「理解不能な現実」に「祈祷師」を頼るのは「よくあること」。
「キリスト教の国」だけに「悪魔」は捨てがたい模様。

國村隼は本作で評価されたよう。
たぶん当人は「普通のこと」をしただけのはずだけれど。

いささか「犯人探し」にこだわりすぎた趣き。
ラストまで曖昧なので「結論」が出ても「そうですか」。

「二項対立」という「わかりやすいパターン」ではないぞというのはわからなくもないが。
「韓国風エクソシスズム」だと納得することにする。
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「第一次大戦直前の欧州の姿と能登半島地震の『現実』あるいはマ・ドンソクの最新作のダメさと『わかっていないメディア』」について

2024-08-25 02:56:35 | Weblog
晴れときどきくもり。壊れた蛍光灯が彼方にあるような夜空。

ロジェ・マルタン・デュ・ガール「チボー家の人々 一九一四年夏 Ⅱ」を半分以上読む。

いよいよ第一次大戦が始まりそうに。
ジェロームはあっさりと死亡。

ジャックとジェンニー、ダニエルの関係が描かれ。
前者が「なぜ急に姿を消したのかの謎」は未だ解かれぬまま。

父親の遺産相続を拒否していたものの。
「使い道」が出来た模様。

これまた明日読了予定。
「謎解き」を楽しみに。

マル激を観る。

今回は能登半島地震の「現状」について。
「全壊」でなければ「公費が出ない」という「棄民政策」を確認する。

その一方でゲスト山岸暁美の活動が素晴らしく。
「在宅避難」をせざるを得ない人々への「援助ぶり」よ。

「現地の人に風呂に入れてもらったエピソード」がなかなか。
「誰かのために生きること」が人を元気にすることを忘れずに。

「助けてあげる」ではなく「互いに交換し合うこと」がどうやら「好ましい現実」。
「面倒くさい関係」が実は災害時に活きることも。

イ・サンヨン「犯罪都市 NO WAY OUT」(’23)を観る。

シリーズ第3作とは知らず。
マ・ドンソクの最新作ということで観たのだけれど。

珍しく「ダメダメな内容」。
心躍る場面が全くなく。

青木崇高と國村隼が参加。
二人とも好ましい一方でなぜ小沢仁志ではないのかと思うことしきり。

肝心のマ・ドンソクもいたずらに強いのみではどうにも。
女優の出演が少なく印象に残らないのも残念で。

本来は「珍道中シリーズ」を続けて観るつもりだったのだが。
「バリ島珍道中」(’52)も「ミサイル珍道中」(’62)もプライムビデオにはなく。

「シリーズ全作」を揃えない残念な結果ゆえ。
このあたりをわかっていればなあと思うものの「無理筋」か。
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「『本筋』に戻った古典小説とアメリカの喜劇映画シリーズ第5作」について

2024-08-24 02:20:21 | Weblog
晴れ。午前中はくもりだった模様。

「チボー家の人々 一九一四年夏Ⅰ」読了。

弟との再会以降アントワーヌは徐々にチボー氏に似てくる。
戦争に関するふたりの対話は「すれちがい」。

ジェンニーと出会うジャックだったが。
共に意地を張った格好。

その後ジェロームの拳銃自殺が起きて。
アントワーヌが駆けつけるものの救うには至らず。

ジャックはダニエルと再会するが昔のような関係には戻らず。
前者が「姿を消した理由」の仄めかしがあり。

アントワーヌはバタンクール夫人アンヌとの逢瀬を楽しむ。
ただし彼女の「過去」があやしく迫る次第。

まだまだ先は長そうで。
とりあえず読み進めるのみ。

ノーマン・Z・マクロード「南米珍道中」(’47)を観る。

アンドリューズ・シスターズとウィエレ(?)・ブラザーズの「芸」が見もの。
前者はダンスとハーモニー、後者は体技が味わい深く。

ベイル夫人、ゲイル・ソンダガードの不気味さよ。
彼女は「催眠術使い」でドロシー・ラムーアを操る。

「帽子のシークエンス」がなかなか。
プロペラ機の中から多くの人間が現れるのは「マルクス兄弟の狭い部屋」とは逆のパターン。

監督はかの兄弟やダニー・ケイの映画も撮っていて。
ボブ・ホープとは翌年に「腰抜け二挺拳銃」も。

本作では珍しく彼が「勝つ」。
ビング・クロスビーは鍵穴からそれを覗いて。

原題は「Road to Rio」でリオデジャネイロが舞台。
というわけで「Brasil」が流れる。
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「フランスの古典長編小説文庫版9とアメリカの喜劇映画シリーズ第4作」について

2024-08-23 02:47:58 | Weblog
晴れ。湿度の高さが暑さを増す。

ロジェ・マルタン・デュ・ガール「チボー家の人々 一九一四年夏Ⅰ」を半分ほど読む。

ジュネーブで「インターナショナル」に加わったジャックは。
各国の仲間たちとあれこれ「論争」をするのだけれど。

「革命」を夢見る若者たちの描写はむしろ面倒臭く。
なぜならそれらがどんなに熱くても「結果」はわかっているから。

やがてタイトルにある年号でわかるように。
サラエボ事件」が起きて第一次大戦が間近に迫る。

ジャックはパリで情勢を探るように言われ。
アントワーヌと再会するところまで。

とりあえず今後の展開が気になる次第。
本書は明日読了予定。

ハル・ウォーカー「アラスカ珍道中」(’45)を観る。

ウィキペディアでは(’46)となっているものの。
imdbで確認したらやはり(’45)が正しい。

シリーズ第4作は邦題通りアラスカが舞台。
もっとも原題は「road to utopia(ユートピアへの道)」。

ロバート・ベンチリーの「解説」は今となっては微妙か。
「アメリカのユーモリスト」で孫のピーターは「ジョーズ」(’75)の原作者。

「金鉱の地図=お宝」を巡る争いが物語の基本。
クロスビー&ホープがそれに加わることになるまでの展開も悪くない。

スペリー&マガークの「間抜けな暴漢ぶり」が好ましく。
主演ふたりとのやりとりはこれまた「三度繰り返される」。

犬とダイナマイトの使い方がうまく。
助演陣ではレベック、ジャック・ラ・ルーの渋味のある顔が印象に残る。

「くしゃみと雪崩の関係」もなかなか。
そうそうクマも登場するのだった。

何よりこれだけ盛りだくさんで89分の長さ。
「描写の経済」をあらためて。
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「やはり不思議で美しい虫たちの姿が見られる本とアメリカの喜劇映画シリーズ第3作」について

2024-08-22 01:53:37 | Weblog
くもりのち晴れ。暑さは戻るがあまり感じない。

丸山宗利「だから昆虫は面白い くらべて際立つ多様性」を見て読む。

8年前の作品だが珍しい昆虫たちが見られる優れもの。
一家に一冊あってしかるべきと思うほど。

キリギリス、ナナフシ、ヤママユ、スズメガ、カザリシロチョウ、ノコギリカミキリ、
クワガタ、オサゾウムシ、糞虫、甲虫、カマキリ、カマキリモドキ、シュモクバエ、

イラガの幼虫、トゲアリ、シロアリ、ツノゼミ、ハネカクシ、ヒゲブトオサムシ、
マンマルコガネ、バッタ、ヨコバイ、ビワハゴロモ、ゴキブリ、マルハナバチ、シタバチ、

シジミタテハ、カタゾウムシ、プラチナコガネ、カメノコハムシたちの何とも美しい姿よ。
今回はアカアオヒメヨコバイの模様がウミウシに似ていたのが印象に残る。

もちろんそれ以外にもあれこれあるので詳細は本書まで。
メタリックも鮮やかも渋みもある色彩と奇妙なかたちが素敵。

デイヴィッド・バトラー「モロッコへの道」(’42)を観る。

シリーズ第3作は砂漠が舞台。
アンソニー・クインが部族の長として「髭なし」で再び登場。

ミヒルマ、ドナ・ドレイクの「おきゃんなキャラ」がいい感じ。
ラクダの口がアニメになっていて人語を話す映像にふむふむ。

冒頭から「ドロシー・ラムーアに会いに行く」という楽屋オチが。
彼女は「お姫様」で。

クロスビー&ホープは「いつものパターン」。
初めと終わりが「同じ」なのが物語の工夫か。

主題歌の「Road to Morocco」がいかにも楽しく。
主役3人による「Moonlights becomes you」も同様に。

王宮での描写は「アラビアン・ナイト」を思わせ。
華麗で優雅なダンス(ワイルドな別物もあるが)と「VIP待遇」を味わおう。
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