退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「老舗バーのお休みとインスタントラーメンもしくは墓碑と素敵な表情や懐かしい俳優」について

2018-09-30 02:43:13 | Weblog
雨。ちょっとだけ激しい時も。

仕事帰りに老舗バーのマスターから留守電が。

予想通り休むという話。
久方ぶりにコンビニでインスタントラーメンを買って帰る。

家に食べる物があまりないため。
上の妹夫婦が来たせいらしい。

「鷗外歴史文學集 第四巻」読了。

「寿阿弥の手紙」「小嶋宝素」。
とりわけ後者はその詳細がわからずいつもに増して淡々とした記述のみ。

墓碑を確認する作業が印象的。
最後に刻まれるそれぞれの「歴史」がそこで確認される次第。

このシリーズは「昆虫記」以上に長そうだけれど
おそらく今年中には何とか読み終わるはず。

gyaoでマーク・ネヴェルダイン「バチカン・テープ」(’16)を観る。

「エクソシスト」(’73)が好きで仕方がない人が撮った作品のような。
主演のオリヴィア・テイラー・ダドリーの表情が素敵。

全身を見ると小柄で足元も頼りないのだけれど。

物語はバチカンがアンチ・キリストの再来を感じていて
どうにか対処しようとするのが基本。

カメラの映像は「パラノーマル」シリーズも採り入れたということか。
「ストリート・オブ・ファイヤー」(’84)のマイケル・パレの現在を確認。

ダイアン・レイン、ウィレム・デフォー、リック・モラニス、
エイミー・マディガン(彼女は一時好きだった)、ビル・パクストンらが懐かしい作品。

そうか彼も還暦か。

本作では「眼の上下」が入れ替わる映像にふむふむ。
それ以外にはあまり「楽しい恐怖」はないかも。

とはいえこの悪魔は奇跡によって人々を魅了する。
どうもラストは「続編」を作るための展開のように思えたのだが如何。
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「俳味のある物語と『大きな物語』を描けない構想力」について

2018-09-29 01:31:16 | Weblog
快晴。明日以降の台風の影響を思えばいかにもな洗濯日和。

「鷗外歴史文學集 第四巻」を読み始める。

「寒山拾得」「都甲太兵衛」「鈴木藤吉郎」「細木香以」まで。
最初の作品の何ともとぼけた俳味がなかなか。

「鳥獣戯画」の一角を観るような趣き。
雑誌ニューヨーカーの洒落た短編の東洋風とでも言うべきか。

それ以外の3編は「剛毅」「策士」「豪奢」といった人物について。
いちおう明日読了予定。

いつもの喫茶店で「GANZ」を読む。

どうにか29巻まで。
展開がどこか「デス・ノート」に似ている感じ。

最初はそれなりの「整合性」を保っていたものの
途中からいきなり「舞台」が変わってガチャガチャ。

「物語」より「絵」が優先になった結果なのか。
あるいは「物語の整合性」を維持できなくなったせいか。

おそらくは後者の影響が大きいのだと思われる。

つまり。

編集者も含めてその種の能力に欠けているのだと。
「大菩薩峠」もしくは「富士に立つ影」の展開を知らないと。

「時間の推移=歴史」に関して「鈍感」になっているかも。
あるいは「歴史観の欠如」だと言ってもいい。

どうやら「大きな絵」を描けない事実がありそう。
「今ここ」がすべてではないことをあらためて肝に銘じたいもの。
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「『悪玉』ばかりではない陸軍とその限界あるいは現在」について

2018-09-28 02:09:58 | Weblog
『晴れ。夜風はそろそろ冷たく。

山本智之「主戦か講和か 帝国陸軍の秘密終戦工作」を読む。

「悪玉」陸軍の中にも早期に終戦工作をしていた人々がいたとのこと。
「イメージの単純さ」とは異なる「現実」を著者は描きたかった模様。

それにしても服部卓四郎・辻政信のラインが相当に問題だったことは確か。
どれだけ失敗を重ねても「復活」するのだから。

この種の「温情」がいっそう「悲劇」を招くことになったのを忘れずに。
結局「エリートの仲間内」という関係性の悪い面が如実に。

さらにはそのエリートたちが「希望的観測」にすがる姿が何とも。
「確実な情報」を元にした「客観的判断」が出来ず。

「負ける可能性」を考えることが「臆病」だと見なされる「愚」よ。

「失敗しても立ち上がれる環境」を意識することがないので
いたずらに「無謬」であることが重要になり。

「戦争を始めるなら終わりまで考えておくこと」という「基本」が失われ。
「声高な精神主義」が幅を利かせる「世界」ではロクなことがない「当然」。

「陸軍vs海軍」というセクショナリズムがもたらすものについても。
現在の官僚たちも同様。

かくも「現実」が見えないことの怖ろしさをあらためて。
翻って現在のわれわれや如何。』でまた寝る。

このところ知らぬ間に眠ってしまうことが多い。
まあ身体が疲れているんだろうと思うのみ。

もちろんいつものように自覚はないまま。
それもまた楽しからずやだとしておく。
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「好ましい研究ふたつあるいは孔子の言葉」について

2018-09-27 02:49:54 | Weblog
くもりのち雨。一時は激しく降る。

北田暁大+解体研編著「社会にとって趣味とは何か」を読む。

プルデューという「社会学の巨人」が生み出した概念を
何のチェックもなく使い回していいのかという「倫理」がもたらした内容。

あるいは宮台真司らの「サブカルチャー神話解体」を「解体」したいと。
その「志の高さ」はなかなか。

ただし「結論」が興味深いかと言われると微妙。
「正しさの味気なさ」という現実よ。

とはいえ各地で劣化が進んでいる現在を思えば。
「リベラルであることの難しさ」がここにあるような。

いわゆる「理系の基礎研究」のようなものだと思えばいいか。
やがて評価される時が来るはず。

深夜NHKスペシャル「秘島探検 東京ロストワールド 南硫黄島」の再放送を観る。

「新発見」する研究者たちの笑顔を見るだけで楽しくなるような。
「問答無用の『好き』」しかない清々しさ。

「木霊=こだま」と名付られた透明なカタツムリの再発見が
「進化の謎」を解くための格好の材料になるとのこと。

何より南硫黄島の自然の美しさ。
ここが「東京」であることを忘れずに。

やがて「マイクロ・ドローン」が出来れば「虫のリアルな視線」も手に入ることだし。
この種の映像はずっと見ていられる感じ。

頂上からの眺めも今までにないもの。
「360度水平線が見える景色」は知っておいた方がいい。

自らの糞尿まで持ち帰っての「保護」の徹底ぶりにふむふむ。
いたずらに人類の影響を与えないための措置。

同じ「研究」なら後者の方に魅力を感じる次第。
だって楽しそうだもの。

ある種の「倫理」ゆえの「義務」より「楽しさ」が勝る。
論語の言葉を思い出す。

曰く。

これを知る者はこれを好むものに如かず。
これを好む者はこれを楽しむものに如かず。

果たして如何に。
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深夜の補足

2018-09-26 03:35:06 | Weblog
「鷗外歴史文學集 第三巻」読了について書くのを忘れていたので。

「魚玄機」「ぢいさんばあさん」「最後の一句」「椙原品」「高瀬舟」「曾我兄弟」。

著者の「好奇心の在り様」がわかってなかなか面白い。
とりわけ女子についてのそれが多いのがポイント。

かの「博学」においてもそうだったのかと思うことしきり。
だったらたいていの男子には「謎」でしかないのも当然か。

「高瀬舟」は高校の教科書に載っている。
「安楽死問題」よりむしろ「足るを知ること」が重要のような。

この指摘が現在にも通用するのに妙な感慨など。
「明治は遠くなりにけり」のはずなのに。

すでに「昭和」もそうなりつつありやがては「平成」も。
かくして「歴史の解釈」は常に「隔靴掻痒」となり。

同時代を生きていないとわからないことは盛りだくさん。

かつては「講談」によって共有されていた「曽我兄弟」。
それが今やほぼ誰も知らないことに。

「歴史」が「講談」という形式で「共有財」になっていた過去は「豊か」。
浪曲についても同じく。

これくらいにしておこう。
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「老後の愉しみと英単語のスペルを歌う曲あるいは男子必見のドラマと自らのショボさ」について

2018-09-26 03:10:24 | Weblog
雨のちくもり。やや蒸す。

福江純「ブラックホールは怖くない? ブラックホール天文学基礎編」を読む。

読み始めてすぐに再読だと気付いた次第。
今回はやや理解が深まったような。

ただもう少し時間をかける必要がありそう。
高校レベルな数式の「魅力」をついついスルーしてしまいがちなので。

さまざまな「グラフの読み取り」についても同様。
まあ「老後の愉しみ」ということにしておく。

唐突に英単語のスペルをそのまま歌っている曲のあれこれを思い出す。

すぐに思い付いたのはコニー・フランシス「vacation」で
その次がなぜか「サインはV」。

いずれも「vから始まる単語」で冒頭にそれがあるからか。

ベイシティ・ローラーズ「Saturday night」になると
それが何度か繰り返されることに。

ここで海援隊「JODAN JODAN」もそうだったなどと。
これは「日本語のローマ字読み」だから「反則」か(振付けあり)。

たしか西城秀樹「ヤングマン」に「乗っかって」出た曲のはず。
かれこれ40年前近く前のお話。

ちょいと「変形」だがナット・キング・コール「love」を。
今のところそれぐらいしか思い出せない次第。

さて。

深夜NHKのドラマ「透明なゆりかご」最終回の再放送を観る。

今回は「生れたらすぐ死んでしまうと思われる赤ん坊を産むかどうか」がテーマ。
夫婦は実に「過酷な選択」を迫られる。

「自分たちで決めないと絶対後悔しますよ」という医者。
「医者としては治療したいと思います」と「職業ゆえの限定」を付けて答える誠実さよ。

妻にはかつて病気の母親と「触れ合えなかった」過去もあり。
オッサン久方ぶりの落涙。

それはどうでもよく。

「妊娠にまつわるリアル」をこれだけ描いた作品も珍しい。
あらためて「生きていることが奇跡」だと思える内容。

またまた繰り返すが「男子必見」。
このあたりの「機微」を知っていないと女子とはまともに付き合えないはず。

などと言いつつ自らがまともに付き合えていない存在なのが残念至極。
ショボいこと夥しく首を垂れるのみ。
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「老化と身体の反応にまかせること」について

2018-09-25 01:45:11 | Weblog
『くもりのち晴れ。おだやか。

目覚めた後階段を下りようとした一歩目で左足ふくらはぎに痛みが走る。

結構な痛みだったのでひょっとして肉離れかと思った次第。
あれこれ足を動かしスマホで調べてみたものの。

納得できる情報は見当たらずとりあえず湿布して。
左足を少しかばいながら仕事に出かける。

その後痛みは徐々に引いてやや安心。
どうにか「普通に」歩けるように。

普段は常に「爪先立ち」だけれど今日はさすがに「ベタ足」にする。
「老化」が確実に忍び寄っている気配。

大沢真幸「サブカルの想像力は資本主義を超えるか」を読む。

すらすらと読み進められる文章だけれど面白いかと言われると微妙。
早稲田での講義をまとめたものなので「大学生向けの導入」か。

「シン・ゴジラ」(’16)「砂の器」(’74)「飢餓海峡」(’65)「人間の証明」(’77)
「ウルトラマン」や「デス・ノ-ト」、桐野夏生「out」など。

あるいは「おそ松さん」「君の名は。」(’16)「この世界の片隅に」(’16)にも言及。
読解にカント、マルクス、ニーチェ、フロイト、ウェーバー、テンニースも加わり。』で寝る。

相変わらず自分の「疲れ」はわからない。
身体の反応に従うのみ。

それほど無理はしていないつもりでも
「気分」だけは若いのが問題か。

おそらくは「寿命」までこんな感じが続くのだろう。
それもまた楽しからずや。
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「老舗バーと墓参りとよからぬことあるいはあれこれの『愚』」について

2018-09-24 02:21:55 | Weblog
晴れ。結構暑い。

昨日は2週間ぶりの老舗バー。

カウンターをひとりで来たオヤジたちが占領。
ちょいと離れた席にいた人としばしお話する。

帰り際に肩を叩かれ「また会いましょう」と言われる。
そこそこ「面白い」と思って頂けたのかどうかは不明。

帰宅後「よからぬこと」をしてしまう。
「持ち前の鈍感さ」が発揮されてしまった後で爆睡。

今日は「早起き」して墓参り。

母親がそそくさとあれこれ片付けて喫茶店へ。
上の妹が「残念な叔母」に似ていることをあらためて。

仕方なくいつもより早い時間に図書館へ。

湯川玲子「男をこじらせる前に」を読む。

著者の文章は「硬い」が言わんとすることはもっとも。
「出世と金と女」だけじゃつまんないだろうと。

個人的にはそうした「レール」から降りて久しい。
ただし「オシャレなカフェ」でなくドトールで読書するのみ。

「喫煙可能」という条件を付けるとあとはコメダとかになり。
繁華街のそれは店員がすべて外国人だった。

呉智英「日本衆愚社会」を買ってそこで読む。

「投票」に「資格試験」がないのはなぜかという指摘にふむふむ。
今回もいろいろと教えてもらってありがたい。

「無知ゆえの思い込み」によっていつのまにか「ルール」が出来。
それに従うだけでは「知性」の意味がないのは事実。

今後とも「極左封建主義」を存分に発揮してして頂きたいもの。
ただ「バッカの一群」を堀口大学「月下の一群」に掛けたものだとわかるには。

橋本治が言うところの「優雅な意地悪」の実例がここに。
週刊ポストをときどき読むのは著者のコラムがあるから。

マル激を観る。

今回は「英語教育改革の愚」について。

実際に英語に堪能でもない政治家たちの「コンプレックス」が
官僚たちの「いつものお手盛り有識者会議」で「現実」にされる事実よ。

さらにはそこに民間英語関連業者が加わる「利益相反」もあり。
要は現在の教員たちに十分な能力がないので民間に頼らざるを得ないという図式。

この「圧倒的なバカバカしさ」が現在であることを忘れずに。
もちろんそれで「英語を操る実力」が増すわけでもなく。

むしろ「傾向と対策」によって「英語以外の要素」で「英語力」が判断されることに。
まあ現在のセンター試験の内容もその種のものが少なくないけれど。

語学に関しては「マスターする動機と機会の多さ」が決定的なだけ。
この種の「エセ改革」によって翻弄される子どもたちの「悲劇」よ。

さて。

外国語が苦手なら得意な人に任せればいいじゃないか。
そういう人が「身近」にいないことが問題だと思った方がよさそう。

せめて何事かにおいて「能力がある人」をきちんと認識できないとどうにも。
「デタラメ」がはびこる世の中においては特に。
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「キーワードによる連想と『いいもの』に触れるしかないこと」について

2018-09-22 02:01:15 | Weblog
雨のちくもり。案外過ごしやすい。

「鷗外歴史文學集 第三巻」を読み始める。

「安井夫人」「栗山大膳」「山椒大夫」「津下四郎左衛門」まで。
溝口健二「山椒大夫」(’54)のラストを思い出す。

今から思えば何とも豪華なキャストたち。
スタッフについても同様に。

それ以外の作品はいつも通り「地味」。
とりわけ「安井夫人」に鷗外が興味を持ったのが謎。

ちなみに「津下=つげ」と読むのでよろしく。
つげ義春・忠男のマンガ家兄弟を思わせる苗字だがこちらは「柘植」。

童謡「こぎつねこんこん」も思い出す。
ちなみに「つげの櫛」はこういうものだと敢えて。

これまた明日読了予定。

「いつもの喫茶店」に行く。

文春・ポスト・ビッグコミックオリジナルを読む。
やはり最後の雑誌が一番読みごたえがある。

それ以外の雑誌はコラムのみ面白く一番つまらないのはポスト。
いつのまにか「ダメなオヤジもしくはジジイのみが読むもの」になった模様。

「権力の行方と健康あるいはエロ」しかない貧しさよ。
他にすることはないのかと思うことしきり。

繰り返すが「さっさとくたばれ」という感想しか浮かばない。
もっとも「高齢化」ゆえの「需要」はあるのか。

「現在」を「まとも」に生きないとこういうザマになるのでご注意を。
もちろん「ノスタルジー」は悪くないけれどその中身がこれではどうにも。

まあ今さら「ダメなもの」をダメといったところで「生産性」はないか。
申し訳ない。

いずれにせよ。

やはり「いいもの素敵なものに触れる」しかない。
その「環境」だけは是非とも確保しておきたいもの。
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「豊かな人生と好きなことを語ると作用するタイムマシンあるいは不確実さを生きる『フォーム』」について

2018-09-21 02:19:49 | Weblog
雨。終日降る。

柳原良平「柳原良平のわが人生」を読む。

著者は最近でもCMで見かける「アンクル・トリス」の生みの親。
「寿屋」時代からサントリーで活躍した人物。

山崎隆夫、開高健、坂根進、山口瞳らと「時代」を創り。
雑誌「洋酒天国」のみならず「日宣美」の会員としても大いに。

「船キチ」とは知らずそうだったのかと思った次第。
模型の方も相当な腕前のよう。

子ども向けの絵本なども。
要は「才人」であるということに尽きるか。

「日本丸」の保存や「みなとみらい」の命名にも関わり。
「柳原良平ミュージアム」もあり。

何とも素敵な人生だこと。
こういう「豊かさ」は知っておきたいもの。

上司のスケジュールミスで久方ぶりに古本屋へ。

中野翠・石川三千花「ともだちシネマ」の文庫版を100円で買う。
いつもの喫茶店が定休日なので雨の中を歩いて別の店をどうにか見つける。

入り口がやや「トロピカル」で客は誰も居ず。
「ダイ・ハード」や「ターミネーター」のポスターが壁に。

本書はオリジナルが22年前で文庫はその3年後に。
そうかもうそんなに経つのかと思った次第。

懐かしい映画と俳優たちの評価にふむふむ。
ふたりの「言いたい放題」が何とも楽しい。

「女子ならでは」のチェックの厳しさよ。
いや違う「このふたりならでは」と言い直しておく。

いいな、この感覚。
大いに共感するところもそうでないところも含めて。

「好きなもの」について語ると年齢などどこへやら。
いきなり「当時」に戻る「タイムマシン効果」がほぼ自動的に。

それとは別に。

知り合いの若者がこちらに「削られている」と話した模様。
単に「卑怯なことはするな」と言っただけなのだけれど。

いたずらに「未知」に脅えず堂々と進め。
「現実」は常に「準備万端」で臨めるものではないのだから。

むしろそこを押さえさえすれば「チキン=臆病」ではなくなる。
「確実なもの」を頼りに右往左往しながら前進せよ。

「flavor of life=人生の香り」を知るのはそこからのはず。
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