晴れ。今日も空は真っ青。
佐藤嘉尚「『面白半分』の作家たち」を読む。
大学を中退してもぐりこんだ出版社に入社早々、
美輪明宏のベストセラー「紫の履歴書」を企画した著者。
しばらくは順調だったものの急に会社がつぶれてしまい
次に予定していた雑誌「面白半分」を吉行淳之介の協力を得て発行することに。
「面白半分」は1971(昭和46年)~1980年(昭和55年)まで発行された月刊誌で
基本のアイデアは当時活躍中の作家に半年ずつ編集長を務めてもらうというもの。
元々は吉行が新聞に「『日本軽薄派』」という雑誌を作ろうと思ったが
本当に軽薄な人間しか集まらず実現しなかった」と書いたエッセイがきっかけだと。
歴代編集長は、吉行淳之介・野坂昭如・開高健・五木寛之・藤本義一・金子光晴・
井上ひさし・遠藤周作・田辺聖子・筒井康隆・半村良・田村隆一。
雑誌に載せた「四畳半襖の下張」がワイセツ裁判になったのが有名か。
いろいろな作家に愛されたのは著者の人徳だろう。
内容はそれぞれの作家との「交遊録」だと思えばいい。
「こんな時代もあったのだ」と了解しておこう。
佐藤嘉尚「『面白半分』の作家たち」を読む。
大学を中退してもぐりこんだ出版社に入社早々、
美輪明宏のベストセラー「紫の履歴書」を企画した著者。
しばらくは順調だったものの急に会社がつぶれてしまい
次に予定していた雑誌「面白半分」を吉行淳之介の協力を得て発行することに。
「面白半分」は1971(昭和46年)~1980年(昭和55年)まで発行された月刊誌で
基本のアイデアは当時活躍中の作家に半年ずつ編集長を務めてもらうというもの。
元々は吉行が新聞に「『日本軽薄派』」という雑誌を作ろうと思ったが
本当に軽薄な人間しか集まらず実現しなかった」と書いたエッセイがきっかけだと。
歴代編集長は、吉行淳之介・野坂昭如・開高健・五木寛之・藤本義一・金子光晴・
井上ひさし・遠藤周作・田辺聖子・筒井康隆・半村良・田村隆一。
雑誌に載せた「四畳半襖の下張」がワイセツ裁判になったのが有名か。
いろいろな作家に愛されたのは著者の人徳だろう。
内容はそれぞれの作家との「交遊録」だと思えばいい。
「こんな時代もあったのだ」と了解しておこう。