退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「理解しにくい他者」について

2013-09-30 03:16:19 | Weblog
晴れ。暑くもなく寒くもなく。

田中ひかる「オバサンはなぜ嫌われるか」を読む。

男子にアピールするような魅力を省みなくなり
行動が「傍若無人」になるというのが「オバサン」のイメージか。

とはいえそこには「女子」がそうなるまでには「あきらめ」がある。
そのあたりを男子はどう捉えるのかも問題だろう。

実は「彼の無理解」が女子を「オバサン」にしている面もあり
それを「コピー」した子どもたちが早くから「オバサン」になることもあったり。

もし偏見だったら申し訳ないが
このあたりは関西にいればだいたいわかることではないか。

たとえば本書でも採り上げられている遥洋子。
彼女のようなキャラクターが生まれる「土壌」を思えばいいだけのこと。

ある種の「女性差別」が「日常」である土地からは
それらに「猛反発」する存在が出てくることになる。

ただし彼女の存在は結局「ちょいと変わった女子」として受け止められ
「たかじんのそこまで言って委員会」における田嶋陽子の「役割」に押し込められる。

興味深いことにふたりともあまり「冷静でない」タイプで
その種の「女子」しか相手にしない男子たちの「問題」は浮かび上がらない。

ようできてますな。

「男子のわがまま」を「受け止めること」こそ「女子」なのだという「伝統」も。
もっともそれも多少は崩れつつあるのかもしれないけれど。

いずれにせよ「自分が正しい」と言いたいことは「事実」。
もっとも「正しさ」は案外つまらないものだと知った上でお付き合いした方が楽しそう。

「他人の楽しみ」をついつい無視することになるのが「お互い様」で。
笑って話せるくらいの「余裕」があれば幸い。
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「異国の魅力」について

2013-09-29 02:56:50 | Weblog
晴れ。まだ半袖シャツのまま。

田丸公実子「パーネ・アモーレ イタリア語通訳奮戦記」を読む。

今は亡き米原万里を知っている人ならこれがあの「シモネッタ」かと思うはず。
父親譲りの「バカ正直」を抱えながら人生を楽しむ姿が素敵。

何よりその機知と文章。
言葉選びで苦労を重ねた経験の結実ぶりは見事と言うよりない。

ついつい夢中になっていつもの電車に乗り遅れるほど。
こんな「幸せ」は久方ぶりのこと。

幼い息子に妙な影響を与えるあたりも好ましい。
中学生になった彼が「冷たく」なるあたりの寂しさもあって。

もっともこんな「母」がいたら息子としては困るだろう。
「あの母の息子」としてしか認識されないから。

それはそれとして。

友人としては最高なタイプ。
こういうキャラクターが身近にいてくれると助かるのだが。

それを「マザコン」だと言われるのなら
イタリア男に倣って堂々とマザコンをやればいいだけの話。

敢えてイメージするなら女優の富士眞奈美か。
彼女の若い頃は不勉強にしてあまり知らないものの。

まあ、実物がどうであろうとどうでもよろしい。
とりあえず若き日にタクシー運転手から「ソープ嬢」と間違えられた逸話があれば十分。

彼女でなくとも
時に「イタリアーノ」になってみるのも一興。
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「理解」について

2013-09-28 03:09:09 | Weblog
快晴。昼間はやや風が吹く。

今日も本切れで古本屋へ。
杉浦由美子「バブル女は『死ねばいい』」を読む。

団塊ジュニア世代の女子から見ると
バブル世代の女子は「いい気なもの」らしい。

あくまで「モノ・金」にこだわる姿が気に入らない模様。
その「ポリシー」が自分たちの「邪魔をする」のだと。

とはいえいずれお付き合いをしなければならないのだから
それらもうまく「利用」していく「懐の深さ」が必要かも。

彼女たちに「揺さぶり」をかけるほど
自分たちが「楽しく暮らす」姿を見せればいいのではないか。

藤沢晃治「理解する技術」を引き続き読む。

個人的にはすでにクリアしている内容だった。
ただ非常に読みやすくわかりやすいので「初心者」にはいいかも。

敢えて「難点」を言えば「わかりやすすぎること」。
スラスラ読めてしまうので逆に後に残らないのではないかと「老婆心」など。

少しぐらい「ん?」と引っかかることがあった方が
よりよい「理解」にはいいんじゃないのだろうかと。

何を求めるかはそれぞれの考え次第。
そこに「好き嫌い」は当然ある。

その途中には「思いがけない自分」を発見することもあるだろう。
「好き」が「嫌い」になり「嫌い」が「好き」になることも。

たいていの人生はそこそこ長い。
「現在」がすべてではないことを意識の片隅に置いておきたい。
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「好ましい過去と未来」について

2013-09-27 02:24:20 | Weblog
快晴。風やや強し。

中川一政「美術の眺め」を読む。

西洋と東洋の違いを見つつ「流行」よりも「不易」を。
ある時は剣術にまたある時は他者の視線に「極意」を見出し。

線を描くことと塗ることの違いの説明は実に明快。
リラックスした状態でこそ「力」が出るのだということも。

ジャンルを超えた「望ましい姿勢」がここにある。
その種の「道」を歩く人々には大いなる助けとなるはず。

本書が書かれたのは昭和三年(1928)。
奇しくも亡き父親が生まれた年だったりする。

時空を超えて「お付き合い」することはかくもたやすく
力強いのだとして。

同じ「妄想」なら幸せなそれを描けばいいはず。
こうして「家族」がまた増えてゆくことに。

あらゆる場所と人との間には「深くて暗い河」もあれど
思いがけず心を揺さぶる「一撃の出会い」もあるという「ロマンチック」など。

繰り返すが「いいもの」に触れること。

同時代にある「悪しきもの」をあげつらうことはいともたやすく
いたずらな「揚げ足取り」を誘うのみ。

「覚悟」のある者は同類を知るということにして。

「類は友を呼ぶ」のは「事実」だから
自ら精進して「友」と呼ばれる存在でありたい。

まだ見ぬ「友」よ。

その時までしばし待たれい。
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「理想的な教育」について

2013-09-26 04:21:09 | Weblog
晴れ。夜になって風が吹く。

関満博「現場主義の人材育成法」を読む。

「目標」に向かって生き生きと働いている人々の中に若者を放り込む。
その刺激によって人を「育てる」というのがミソ。

アジア・アフリカの貧しい国々へ行かせるというのもひとつの方法だけれど
こちらの方が「わかりやすい」のかもしれない。

「右がかった人々」はよく自衛隊に入れればいいなどと言うけれど
「スパルタ」よりは「感染」の方が「自発的」な分効果が大きそう。

「究極の資源」は人。
この一点を人々はどれほどわかっているのだろう。

とりあえずはっきりしているのは
素敵なキャラクターに「触れさせる」ということ。

ある程度の期間彼ら彼女らと寝食を共にさせれば
そこそこの人間なら何事かに「目覚める」。

本書は5年前に出ていて
その後確実に「新たな人材」が育っているのかどうか気になるところ。

あとは「人材」をつなぐ「ネットワーク」が重要。
「ハブ」になる人物が何人か現れればどうにかなる模様。

この種の営みがあらゆる場所で少しずつ行われると
「ヘンなおぢさん」としては安心できるのだが。

「お前がやれよ」という向きには
「『意味のある情報』を伝える役目」なのだとうそぶいておく。

だってめんどくさいんだもの。

もっともこれという人物に誘われればやぶさかではない、のかどうか。
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「結婚」について

2013-09-25 02:28:52 | Weblog
晴れ。バス停で風に吹かれる。

本が切れたので古本屋へ。
石井希尚「この人と結婚していいの?」を買って読む。

個人的には結婚はむしろどちらでもよく
男女それぞれの思いのすれ違いを確認したかった次第。

著者は男が「ウルトラマン」女が「シンデレラ」だと言う。
たしかにわかりやすい喩えではあるかも。

男は女性のホルモン関係と思ったことをすぐ口にする「体質」を
女は男性のプライド関係と「正しいこと」を口にする「体質」を意識せよと。

それにしても「自分と違う相手」を理解することの難しさ。
さらにいったん距離が縮まってしまえばなおさらのこと。

互いに共通しているのは
「これだけ付き合っているのだから自分のことはわかっているはず」という「前提」。

そのことに気付いた上で相手の「本意」を知ろうとする「努力」があれば
どうやら「仲良く」お付き合いできるらしい。

そうそう、男はひとりになりたがり女は一緒にいたがる「違い」にも注意。
もちろんあくまで著者の見解なのでそのあたりはよろしく。

どのような形であれ
お互いに楽しくできることが一番なのは誰しもわかっている。

ただしその「正解」にたどり着くまで「付き合う」かどうか。
どうしても「赦せない」と思えば関係はいともたやすく終わる。

あとは「実験」あるのみ。
どうせ「自分探し」をするならこのあたりでするのがいいだろう。
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「垂直と光」について

2013-09-24 02:27:04 | Weblog
晴れ。少し風が吹く。

「グノーシス 古代キリスト教の<異端思想>」読了。

「異端」が実は「正統」を支えているという「二項対立」の必然。
「賛成」しようが「反対」しようが軸はひとつ。

「高いところ」から「低いところ」へ降りようがその逆であろうが
「垂直」という「方向性」に変わりないのと「同じこと」。

「現世の生き難さ」がどのような種類の「物語」を生み出すか。
宗教を追いかけることであれこれわかるような気がするのが面白い。

ちなみに「グノーシス」とは「知恵」を意味するらしい。
身近な英語で言えば「ignorance=無知」を思い出せばつながりがうかがえる。

さて。

「消費=自分の好むものがすぐ手に入ること」に慣れた者たちは
「世界」を同様に「自分の都合」に合わせて見ることになる模様。

もちろん誰しも「自分というフィルター」を通してしか「世界」を見られないのは「事実」。
そのことは誰にも否定できない。

がしかし。

「自分」という「視点」が「偏向=偏光」していることを知れば
それを疑いなく「世界」だとすることには疑いを差し挟まざるをえない。

あとはその具合が「興味深い」かどうか。

さまざまな「チェック」の下
「虹」とまではいかなくても魅力ある「光」を放ちたいもの。
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「物語を生む宗教と呑気」について

2013-09-22 02:56:13 | Weblog
晴れ。まだまだ残暑。

研修で帰りが遅くなる。
次の飲み会は上司の奢りだというのが朗報。

筒井賢治「グノーシス 古代キリスト教の<異端思想>」を途中まで読む。

われわれ人間は「偽りの神」が創造した世界に落とされているので
汚れた地上を去り「真の故郷」である「天上界」に還らなければならない。

というのが基本の考えであるこの思想は
なかなか面白い物語を作り出す元になっている。

「正統派」から見ても「まともな教え」を取り入れていたりして
やっかいな部分があったりするらしい。

後半も楽しんで読み進めたいところ。
明日読むかどうかはわからないけれど。

ちなみに明日は「お彼岸」ということで墓参り。
食事と喫茶店に付き合うことになる。

当然のようにいつもより早起きしなければならないのは
いささかめんどくさい。

とりあえず休日なので
あとで昼寝でもすればいいのが慰め。

もうちょいと飲んで眠る予定。
youtubeにハマると朝が来るのが早いので気をつけようと思いつつ。

ま、いいかとなることも少なからず。
何ともお気楽な身分ではある。
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「魅力とコミュニケーション」について

2013-09-21 03:27:25 | Weblog
晴れ。冷房が案外身にしみる。

「ビロードの歌声 津村謙伝」読了。

本人はかなり「天然」な人だった模様。
早世したのは残念だけれどどこか「仕方がない」感じもする。

手持ちの本が切れたので
古本屋で阿川佐和子「聞く力」を買って読む。

阿川弘之という「キャラクター」の下で育つと
また種類の異なる「キャラクター」が生まれることになるらしい。

この本がベストセラーになるということは
普通の人々がいかにコミュニケーションに苦心しているかの「証拠」でもあるだろう。

「下手な考え休むに似たり」。
実はこのひと言ですべてが言い尽くされることにもなるのだが。

深夜中島哲也「パコと魔法の絵本」(’08)を観る。

こういう作品を作りたいと思った監督の成果。
わが国でもこれだけのものが出来るようになったのかと思うといささか感慨深い。

役所広司・阿部サダヲ・國村隼・妻夫木聡・上川隆也・劇団ひとり・山内圭哉
土屋アンナ・小池栄子にアンナ・ウィルソン。

これだけのメンバーが揃えば
「浮いた感じ」もなく「おとぎ話」が可能になると。

さて。

「豊かな会話」が可能になるためには
互いに相手に「ほほう」と思わせる何かが必要。

言葉でも笑顔でも仕草でもかまわない。
それぞれに「何事かを感じさせる魅力」の持ち主であってもらいたいところ。

おそらくそこからさらに「楽しいこと」が始まる予感がするから。
それが一番大切なこと。
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「流行歌と女子の病」について

2013-09-20 03:14:55 | Weblog
晴れ。室内が案外暑い。

飯島哲夫「ビロードの歌声 津村謙伝」を途中まで読む。

上海帰りのリル」「待ちましょう」などで有名な歌手の伝記。
かなり前から気になっていた本でようやく読めた次第。

相当に細かい所まで調べているのはわかるのだけれど
津村謙の声同様にもう少し「優雅」に描いてもらいたかった。

おかげでというか
今日は一日中頭の中で「上海帰りのリル」が鳴りっ放し。

作曲の渡久地政信は苗字からわかる人にはわかる「沖縄人」。
タンゴと琉球民謡のハイブリッドによる名曲は今だとどのように聞かれるのだろうか。

当時は相当に「ブーム」になったようで
映画もできれば後追いの曲もあれこれできた模様。

要はそれほどに印象が強いということ。
「尋ね人の時間」がラジオで放送されていた時代も手伝ってのことか。

今宵は仕事後にクインビーへ。

「ウィスパーズ」が大好きだというお客が帰った後で
マスターと「女子の病気」についてあれこれ話す。

最初はそうでもなかったものの
ある時期以降急激に自分中心になり絶えず相手を非難するようになることについて。

互いの身近にそういう人物がいることにあらためて驚く。
「更年期」だと思えば一応はわかるけれどもう少し詳しく知りたいもの。

こちらが相当遠慮しながら対処しても彼女たちは全く理解しないし「反省」もしない。
むしろヘタに反論するとさらにヒートアップすることも少なくなく。

詳細は不明だし原因も「ホルモン」のせいかどうかは不明。
専門家に是非詳しい話を聞いてみたいのだが。

おそらく同じようなことで悩んでいる夫もしくは恋人も少なくないと思われる。
できれば「本当の原因」を教えていただきたいので是非。

これが単なる「男子の無知」によるものならむしろ幸い。
ただし「ほぼ介護」なので案外ツライ。

具体的な情報をお願いしたいので是非。
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