退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「気持ちのいい文章とすべてを吹き飛ばす嵐」について

2024-05-31 02:47:21 | Weblog
くもりときどき晴れ。深夜に降る。

金井美恵子&金井久美子「シロかクロか、どちらにしてもトラ柄ではない」を再読。

著者の文章を読むのは相変わらず気持ちよく。
目下「祭り」の最中のジェーン・オースティンに同じく。

金井久美子の作品は「落ち着いた色使い」の方がより好ましい。
とりわけモノクロの部分に惹かれる次第。

「手ざわりあるいは肌ざわり」が感じられる文章は貴重。
久方ぶりに「鼻を鳴らす」記述では「チッ」という声になっていて。

長生きしていただきたいことしきり。
その気持ちは著者たちが愛猫トラーに抱いたものと交錯するはず。

リンゼイ・ゴスリング「デス・ストーム」(’21)を観る。

この構成はウォルフガング・ペーターゼン「パーフェクト ストーム」(’00)に似て。
「アメリカの田舎町」が舞台になっていて。

それぞれの「事情」が描かれた後で「激しい嵐」がやってくる。
ただし嵐の描写はそれほどでもなく。

むしろ「その後」が長いのが印象深く。
町の風景は「津波後」に近い。

「予期せぬ妊娠」「ゲイの息子のカミングアウト」
「聾唖」あるいは「密入国者」など。

それらすべてを嵐が吹き飛ばして。
誰もが同じ「被災者」になる内容。
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「昔の英国と韓国のあれこれ」について

2024-05-30 03:54:53 | Weblog
快晴。昼間にやや風強し。

ジェーン・オースティン「マンスフィールド・パーク」を半分くらい読む。

著者の作品には必ず「賢い女子」が登場する。
もっともそれは「偏見」や「多感」の持ち主であったりするのだけれど。

何より昔の英国の「富裕層の生活」が描かれるのがいい感じ。
それは実に退屈でもあり微妙な力関係によって維持されるもので。

かの国の「当然」は舞台や詳細を変えても「同じこと」だろう。
世界中のどこであってもこの種のことはあるはずで。

出来れば明日読了したいところだがそうもいかず。
おそらく明後日にそうなる予定。

ユン・ジョンビン「工作 黒金星と呼ばれた男」(’18)を観る。

北朝鮮に潜入した韓国の工作員が主人公。
両国の権力者たちの関係を描いた作品。

当時の現実はこちらまで。
金大中が大統領になった時代のこと。

彼を嫌った韓国の保守勢力が北朝鮮に「協力」を頼むのにふむふむ。
「南北関係の複雑さ」よ。

1961年に朴正煕による軍事クーデターが起きてKCIAが誕生。
初代部長は金鍾泌。

73年には金大中事件も(彼を東京から拉致)。
74年には文世光が朴正煕夫人陸英修を射殺(狙ったのは朴正煕)。

79年にはKCIAの金載圭による朴正煕暗殺事件など。
81年全斗煥政権時代に誕生したのが国家安全企画部。

その後99年金大中政権によって国家情報院が誕生。
規模を縮小し大統領直属機関になった模様。

「キヨハラヒサシ」という人物が登場するのも覚えておこう。
「朝鮮総連系の在日同胞」という設定。

こんな時代もあったということで。
昔「韓国からの通信」という岩波文庫の黄色版があったのを思い出した次第。
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「『てんかん』に関する詳細を語った本と昔観た記憶と大いに異なる映画」について

2024-05-29 02:41:14 | Weblog
雨のちくもり。夜には晴れる。

福智寿彦「てんかんでも大丈夫」を読む。

著者が精神科医であることは知っていたけれど。
てんかんの専門医であることは知らず。

こんな活動をしていたんだと思うことしきり。
5年前の作品なので今はどうなっているのだろう。

「てんかんの啓発」として「パープルデー」があるのも初めて知った次第。
本書のカバーもその色で。

誰もが「普通の暮らし」をするために必要なことをもっと。
もちろんそれはこの病気に限ったことではなく。

その詳細を知れば「偏見」もなくなるはずだと思いたい。
少なくともいたずらに「差別すること」とは異なる態度になるはず。

深作欣二&深作健太「バトルロワイアルⅡ 鎮魂歌」(’03)を再見。

昔観た時の記憶と今回の感想が違い過ぎていやはや。
竹内力が出ていることをすっかり忘れ。

カメオの千葉真一、津川雅彦、三田佳子も同様に。
本作でアフガニスタンが登場するのも忘れずに。

前田愛と前田亜季は姉妹で登場。
前者が六代目中村勘九郎の妻になるとはこの時は想像だに出来ず。

忍成修吾はやや過剰。
酒井彩名、加藤夏希、勝地涼、青木崇高、末永遥、あじゃ、石垣佑磨、真木よう子。

筧今日子の神戸みゆきは魅力的だが彼岸へ。
21年前だけに誰もが若く。

みんながボートに乗った冒頭は「ノルマンディー上陸作戦」。
スピルバーグ「プライベート・ライアン」(’98)を思わせる描写。

反BR法組織の名前が「ワイルド・セブン」というのが懐かしく。
望月三起也のマンガとドラマを思い出す。
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「恋愛より情が大事なこととほぼ四半世紀前の騒がれた映画」について

2024-05-28 02:51:40 | Weblog
雨のちくもり。思ったより降らず。

橘玲「女と男 なぜわかりあえないのか」をたぶん再読。

そもそも「わかりあうこと」などなく。
「わかりあえない」のはむしろ当然。

その「基本」を押さえずに人はなぜか悩んだり。
おそらくは「誤解」あるいは「慣れ」があるだけなのに。

男は種を撒き散らすのが目的。
だから若い女にしか興味がない(だだし『寄生虫』)。

一方女は相手を慎重に選択する模様。
「種の保存」のために重要なのはどう考えても女子で。

男が単純で女が複雑であるのは間違いなく。
とはいえ「恋愛」は必要なのかと敢えて問うておきたいところ。

そもそも「病気」で「長くはもたないもの」だし。
もっと「情」で生きてもいいのではないかと思うことしきり。

深作欣二「バトル・ロワイアル」(’00)を久方ぶりに再見。

ほぼ四半世紀前になるのか。
「復活の日」(’80)のような台詞が画面に何度も出て。

俳優陣の若き日の姿を確認するのが結構楽しく。
藤原竜也、前田亜季、山本太郎、栗山千明、柴咲コウ、安藤政信、

高岡蒼佑、 塚本高史、美波、深浦加奈子、宮村優子にビートだけし。
そうそう山村美智子も出ていて。

死んだ者たちの名前が出るのは「仁義なき戦いシリーズ」も。
今回興味深かったのは「脅える女子」が青酸カリを使うことで「仲間」が破綻するシーン。

現「れいわ新撰組」の山本太郎が「〇〇の息子やから」と繰り返すのもなかなか。
彼は自分が殺すことになった恋人の「笑顔の意味」を問う。

カップル2組がこの「ゲームへの参加」を拒否して自死するのも忘れずに。
前者は「バンザイ・クリフ」を思い出させて本作の状況が「戦争」であることなど。

たけしが前田亜季への「愛情」を示す絵も悪くなく(聖女のような描写)。
周囲の人の死に様はピカソ「ゲルニカ」に似ていなくもない。

今となってはこの程度の描写のどこに問題があったのかと思うのみ。
当時は相当に騒がれたもの。
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「『自分の思い通り』がもたらすもの」を思い出させる本と映画について

2024-05-27 02:37:55 | Weblog
くもりときどき晴れ。やや風が吹く。

宮口幸治「どうしても頑張れない人たち」を読む。

「頑張った者たち」は自らの努力に意味を見出すのだけれど。
彼ら彼女らが決して思い付かないことは。

「そもそも頑張らなくても生きて行ける環境」が大切なこと。
実は彼ら彼女らに「頑張らせる現実」がおかしいのかもしれないこと。

そして「自分の正しさ」は必ずしも正しくないこと。
その事実を認めるとおそらくは「崩壊」するので認め難いだろう。

要するに。
「われわれの世界認識」などたかがしれている。

著者の記述ぶりは「矛盾」しているように思われるかもしれないが。
そもそも「法則」を見つけようとするわれわれの脳がシンプルなだけで。

次の瞬間に何が起きるかわからないのが実は「世界の法則」だったり。
出来ればあくまで「謙虚」に。

チェ・ジェフン「ヒプノシス 催眠」(’21)をそれと気付かず再見。

「記憶が嘘をつく」のは虚心坦懐に振り返れば「事実」。
そもそもわれわれは「記憶が定着するシステム」を知らず。

それにしてもよくもまあこんな陰気なお話を思い付くもの。
やはり「恨の国」ゆえか。

もっともホラー映画はそうした部分を持っていて。
かの国の「生き難さ」をあらためて思うのみ。

助けようとした子どもたちに「裏切られ」。
「復讐」をする大人の姿はもって「他山の石」としたいところ。

それは自分の思い通りにならない子どもを虐待するのに似て。
これまた出来ればそのようなことはしないでいたいもの。

仮にその種の過ちを犯したとしても。
それを「過ち」だと認識できる存在でありたい。
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「『気候変動』と『ギャンブル依存症』がもたらす現実と自らの似たような過去あるいは面白くない経済映画」について

2024-05-26 02:57:39 | Weblog
快晴。今日は有給休暇。

本来は明日家族イベントがあるはずだったのだけれど。

関係者がみんな風邪気味だということで延期になる。
「気候変動」が中高年にもたらす影響だということで。

「寒暖差の大きさ」に身体が対応できない現実よ。
一週間分の買い物をして一日が終わる。

マル激を観る。

ゲスト田中紀子の指摘する「ギャンブル依存症の現実」に驚かされる。
スマホひとつであらゆるギャンブルが可能になり。

その結果若者たちがそれらの産業に「食い物」にされている模様。
「依存症=自分ではどうにも出来ないこと」だというのを忘れずに。

一度ドーパミンが出る回路が出来てしまうと意志では抵抗しようもなく。
「ごく普通の人々」がそうなってしまう事実があり。

この種の「産業」で儲けたい者たちがいて。
政治家も含めてそれらの勢力が何の対策も取らないでいることを覚えておこう。

「敢えての不作為」による「金儲け」の姿がここに。
何より元依存症だった彼女が教えてくれることを知るのが重要。

依存症がもたらす「負の遺産」についても。
ちなみに一時期パチンコにハマった自分は「こりゃダメだ」とどうにか「復活」した次第。

当時の自分はというと。
「どこまで負けるのかを知りたかった」と思っていたのだが。

「圧倒的に負ける現実」にさすがにヤバいと思った模様。
自らを「禁治産者」にすることで切り抜けたのだったか。

数少ない彼女との別れの原因もそれで。
「自分をコントロールできる」と思い込んでいたため。

そんなことは不可能で。
「老化の現実」を知る今となってはそれが「非常識」だとわかるものの。

本木克英「シャイロックの子供たち」(’23)を観る。

本作が「日本アカデミー賞優秀脚本賞」を獲った意味が不明。
池井戸潤の原作は未読なので確認はできないけれど。

阿部サダヲが好ましいだけのような。
とりわけ前半のモタつきぶりはどうにも。

佐々木蔵之介が犯した「罪」の展開は何だか。
柳葉敏郎についても同様に。

「銀行という場所の現場」についてはそういうものかと。
「数合わせ」がうまくいかなくなったら「適当な処理」をしやすいことも。

橋爪功、柄本明をこんな風に「無駄遣い」して平気なのが許せん。
彼らの「本領」をきちんと発揮させる演出がないのだから。
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「『相性』がいい著者のシリーズ完結編と中国映画なのに『韓国風味』が強い映画」について

2024-05-25 02:49:54 | Weblog
晴れ。暑い。

関川夏央「人間晩年図鑑 2008-11年3月11日」を読む。

高杉一郎、草森紳一、川内康範、広井てつお、
中村進、峰岸徹、筑紫哲也、飯島愛、安田南、

遠藤幸雄、忌野清志郎、藤沢秀行、蘆武鉉、三沢光晴、大原麗子、山城新伍、
浅川マキ、J・D・サリンジャー、北林谷栄、梅棹忠夫、つかこうへい、

石井好子、梨元勝、池部良、佐野洋子、与那嶺要、坂上二郎、昆由香。
今回も知らなかったのは3人。

やはり著者とは「相性」がいいいのか。

そういえばかの震災から13年。
生き延びた人々の生活あるいはコミュニティや如何に。

「有名人たちの死」の最後に「普通の人の死」をもってきたのが「工夫」。
もっとも何が原因であろうが人は生きて死ぬだけ。

山川草木や鳥獣虫魚は「悲しまない」。
ならばその「悲しみ」をどうにか活かしたいもの。

トニー・チャン「ブレイブ 大都市焼失」(’19)を観る。

爆発と炎の激しさが印象に残る。
物語にむしろ意味はないくらい。

というかこの種の作品では「決まったお話」しか出来ず。
主人公がハンドルを回すシーンで「ポセイドン・アドベンチャー」(’72)を思い出し。

ジーン・ハックマンの牧師は最後に「神に悪罵を吐いた」はず。
「何人生贄が欲しいんだ」と。

本作では爆発に吹っ飛ばされる中。
「妻と子どもとの再会」を夢見て終わる次第。

中国映画だけれどいささか「韓国風」。
やはり90分にまとめてもらいたかったところ。
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「ジュエリーで振り返る戦後史と若さ=愚かさのフラッシュバックに終わりはないこと」について

2024-05-24 03:25:53 | Weblog
晴れ。夕陽がサイケに紅い。

田中元子「日本のコスチュームジュエリー史 1950〜2000」を見て読む。

「コスチュームジュエリー」とは。
「その時代の流行・先鋭・挑発的な空気をデザインや素材で表現する装身具」。

そもそも「アクセサリー」は「女性の服以外のファッションアイテム全般」で。
ネックレスやイヤリング、ブローチや髪留めなどに限定されるものではないらしく。

もっと「モノ」が強調される内容かと思いきや。
著者はどうやら「歴史」に目覚めたようで。

後半には「年表」が登場したりする。
「戦後」を振り返るにはこういうパターンもありか。

デヴィッド・リンチ「ブルー・ベルベット」(’86)を久方ぶりに再見。

記憶が「実際にはないシーン」を作っていることを確認する。
とりあえずボビー・ヴィントンの曲を挙げておく。

イザベラ・ロッセリーニとデニス・ホッパーの「倒錯ぶり」よ。
「純朴」なカイル・マクラクランと「輪ゴム口」のローラ・ダーンとの「対照」も。

「変態vs純情の対決」は後者に軍配が上がり。
冒頭とラストは「同じ描写」で。

当時は「ダブルデート」で観たのだったか。
「これは愛の映画だ」とかほざいていた記憶がある。

「若さ」は「愚かさ」で。
どうにか「回収」出来れば幸いだけれど。

「フラッシュバック」が途切れることはなく。
そのたびに「舌を噛んで死にたくなる現実」は続く。
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「祭りふたつ」について

2024-05-23 02:58:33 | Weblog
晴れのちくもり。蒸し暑い。

ジェーン・オースティン「分別と多感」を読む。

「高慢と偏見」と同じフラット・キャラクターの設定。
ただし今回は姉妹ふたりで。

「分別」のエリナーと「多感」のマリアン。
パーマー夫人のキャラクターが興味深く。

ウィロビーやブランドン大佐、フェラーズ夫人やスティール姉妹も同様に。
登場人物全員が実に「リアル」で。

読み始めると途端にその「世界」に没入してしまう次第。
あっという間に読了出来るのも魅力。

図書館にある残り2冊も予約して。
来週に「ジェーン・オースティン祭り」は終わる予定。

佐藤信介「デスノート Light up the NEW world」(’16)を観る。

冒頭の川栄李奈がいい感じ。
同年のNHK朝ドラ「とと姉ちゃん」から存在感を発揮して。

東出昌大は微妙(台詞回しが微妙に絡まるのも気になる)。
池松壮亮は悪くなく菅田将暉はおとなしい。

物語はあれこれやりすぎて錯綜している趣き。
カタルシスを感じられるところがなく。

アーマの沢城みゆきは「峰不二子」の魅力をここでも。
もっとも本作では「忠実な友」だったり。

これで「デスノート祭り」も終了。
プライム・ビデオの設定に敢えて「乗っかってみた」結果。
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「全国民必見の芸」について

2024-05-22 04:32:19 | Weblog
いつものようにyoutubeを見たのだけれど。

清水ミチコのこれは素晴らしい。
それだけが言いたくて。

再生回数が今ひとつなのが何とももったいない限り。
全国民必見と言ってもよさそう。

おそらく爆笑問題の太田が見たら激賞するだろう。
何が言いたいのかわからないほどに。

何とも見事な芸よ。
永六輔も草葉の影で喜んでいるはず。

彼女はこういうことが出来てしまう人で。
やはりある種の「天才」ですな。

「もっと褒めてぇ~」という声が聞こえてきそう。
褒めてますから。

繰り返すが素晴らしい。
ジーニアス&マーベラス。
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