退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「飲み会の翌日あるいはサービスの質と面倒臭さ」について

2017-01-31 02:53:15 | Weblog
晴れ。帰宅時に風が強く吹く。

本は読んだものの内容に乗り切れず。

借りる時に「予感」はあったのでそれを信じるべきだったか。
もっとも夕べの酒が残っていたせいも。

きちんと食べながら飲めばいいのだけれど
何故かそれが出来ずじまい。

ボウリング組では「ソツなくこなすタイプ」の男子が5連続ストライクを出した模様。
200アップされては行かなくて「正解」だったと思うのみ。

スマホにはあれこれと写真がアップされていて
なるほどこれが「若者の楽しみ方」なのかと。

残念ながらこちらにとって印象的なショットはなく。
映像についてはちょいと「うるさい」ので余計に。

さて。

スマホにしたので「関係各位」に連絡する必要があるのだけれど
いざメールを打とうとしたらやりにくいこと夥しい。

「電話帳」には一時的にお付き合いしただけの人も載っているので
「一斉メール」も微妙だし。

まだガラケーの処理が終わっていないので
むしろそっちでやった方がラクでいいのかも。

解約のためにちょいと寄ってみた近所のショップはすでに先客であふれ
待ってもラチが明かない感じだったので早々と退散。

それにしても。

たかだか通信機器ひとつ変えるのにこの大騒動。
やはり「サービスの質」を問題にしたくなる次第。

「月々のローン」だとすると「結構な買い物」のはずなのに。
「現実」はかくもややこしいことを初めて知る。

長年「生活らしい生活」を送って来なかったことが
こうした「結果」を生むのだとすれば。

いやはや「めんどくさいもの」ではある。
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「当然と耄碌」について

2017-01-30 02:24:01 | Weblog
くもり。ちょいと降る。

内山節「新・幸福論 『近現代』の次に来るもの」を読む。

「当たり前のこと」をそのまま書いてある印象。
あまり「目からウロコ」はないものの大きくうなずく。

久方ぶりの仕事場の飲み会。

当初ちょいとはじけやすい若者の前に座ったものの
結局話しやすい女子の隣に移動。

ボウリングに行く若者を尻目に年長組を誘ってもう少し飲むことに。
「敵」が明確なのでそこそこ盛り上がる。

個人的には不十分だけれど彼ら彼女らの予定に合わせて終了。
帰宅後飲み直す。

ようやくスマホを手に入れたのはいいけれど
「説明書」もないので何が何やら。

とりあえず「ライン」はどうにかなってその後もあれこれ教えてもらう。
ひとつ疑問なのは「説明書」がないこと。

「商品」を売って何の説明もないのはどういうことか。
これが「普通の商売」だとはとても思えず。

なるほど孫が儲けるはずだと思うことしきり。
異様に高い値段との比較もそれを助けて。

敢えてその「世界」に踏み込んでみるのは「興味本位」。
あらためて「個人情報の変化」を伝える相手は限られて。

それはそれとして。

帰宅後「煙草がない」としばらく騒いで見つからずあきらめたところ
パジャマの胸ポケットにブツがあるのに気付く。

どうやらジッポと吸いかけの煙草は店に置き忘れたらしく。
一軒目では女子に教えられて手にしたはずが二軒目で同じ過ちなど。

「老人力」が増しつつあることを再確認する。
もうちょいと飲んで寝る予定。
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「目指す『土壌』と貧しい『現在』」について

2017-01-28 02:31:15 | Weblog
晴れ。寒さは緩む。

橋本治「国家を考えてみよう」を読む。

「国民が賢くなるしかない」という「結論」は「正しい」。
ただしそのために払わなければならない「犠牲」も覚悟しておかないと。

「論理の人」である著者はもちろん「最短距離」の「結果」をはじき出す。
もっともその「論理」に鈍感な人にとってはあまり意味を感じさせず。

「伝わる人には電光石火」である一方
「伝わらない人には馬耳東風」である「現実」は時代を問わずあるとして。

著者はいつものように「含み」を持たせつつ簡単な言葉を使って説明している。
とりあえず「多くの国民」に届くことを祈るのみ。

今回は福沢諭吉「学問のすすめ」の読解になるほど。
あらためて「読むことの重要さ」に気付いた次第。

「土壌を豊かにしよう」というのには大いに納得。
結局「資源としての人」を育てないとどうにもならない「事実」よ。

仕事場で上司と話す。

彼はどうやらどこかに「特効薬」のようなものがあるのだ思っているらしく
「ケース・バイ・ケース」を思うこちらとあまり話が噛み合わずに終わる。

「きちんとした仕事」をするためには今のままではダメだということは伝わったのか。
ただしその結果がこちらの考える「まとも」になるかどうかというと甚だ心許ない限り。

少なくとも彼が設定した「飲み会」を思うと
さまざまな点でダメなところが多すぎて大丈夫かと思わざるをえない。

そこに集まる人々の都合を十分に考えていず
自動的に参加できない人を作り出してしまう有り様。

それはちょいと時期を考えればどうにでもなった話だったり。
場所と移動についても同様。

残念ながらあらゆる意味で「管理者」としての能力に欠けている。
ただし「現場」はどこもそんなものでそこでどうにかやっていくしかない。

できるだけ「楽しい職場」にしたいもの。
少なくとも「自分の居場所」だからどうにかするつもり。
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「あいまいさあるいは面倒臭さを生きられないこと」について

2017-01-27 02:38:52 | Weblog
快晴。昼はコートだとやや暑いほど。

マイケル・イグナティエフ「許される悪はあるのか?」を半分読む。

テロの予防のためなら自由の侵害もOKという考えと
テロの予防といえども自由の侵害はNOという考えと。

その両極端の中間を行くというのが著者のスタンス。
「lesser evil=より悪くない方」を目指すとのこと。

言っていることは「まとも」なのだけれど
この種の言い分に「優柔不断」しか感じない人々が増えて久しい。

イギリスのEU離脱やアメリカにおけるトランプ大統領誕生を見ても
「事実」より「感情」を優先させる「post truthの時代」には「説得力」がないかも。

この「理の喪失」は「恐るべきこと」だけれど
もはや「底を打つこと」で「新たな展開」を見出す以外に方策はなさそうだったり。

たとえば身近には「目の前にあるもの」を
「自分が見えていなかったこと」を理由に否定する若者もいたりする。

あるいは「自分の愚かさ」は棚に上げて
一方的に「相手を否定する」だけの人々も少なくなく。

もちろんそれを「愚か」だと指摘するのはいかにも簡単ではあるものの
未来の世代も含めてどうやら彼ら彼女らが「多数派」であることは間違いない。

残念ながら「底=悲劇」を共有するという「迂回=遠回り」をしないと
この種の「まともさ」が評価される時期は来ない模様。

無暗に威張るだけの「上から目線」に意味はないけれど
無暗に叫ぶだけの「下から目線」も同様なはずなのだが。

「歴史」や「先人たち」に学ぶためにはそれなりの「態度」が必要。
その「当然」を忘れてすべてを「現在の自分」で量るとロクでもないことになることを忘れずに。

もっともこうした「物言い」が通じるならば苦労はないわけで。

実は「上から目線」程度のものに潰される「自分」など潰れて結構。
「探さなければ見つからない個性」と同じく。

「わずかな面倒」を避け続けることが後々どう響くかについては
それぞれに「身銭を切ってもらう」しかなさそう。
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「浮世離れしていること」について

2017-01-26 03:09:40 | Weblog
晴れ。夜は冷える。

連夜眠ってしまう。

どうやら少なめの食事にもかかわらず飲むペースが早かったせいのよう。
なぜそうなったのかの理由は不明。

いずれの日も本は読んだもののほぼ収穫なし。
とりあえず次に進むのみ。

一冊は「男性学」でもう一冊は「アインシュタインもの」。
前者は「団塊の世代」に乗りきれず後者は数式に頭が追い付かず。

喫茶店で雑誌を読む。

前日に同じ店で結構漁ってしまっていたので
普段は読むことのない「女性自身」や「日経トレンディ」など。

「芸能人の生活ぶり」や「オシャレな商品」に興味がないと
ページをめくるペースの速いこと。

その種の「日常」と無縁で過ごしてきた身にとっては
「どうでもいい情報の羅列」としか思えず。

そもそも「芸能」はそれぞれのネタを楽しめればいいし
自分の生活については「雨露しのげてどうにか暮らせればいい」だけ。

何とも味気ないと言ってしまえばそれまでだけれど
この点については昔から変わらず。

さて。

免許証がないのでわざわざ区役所へ住民票を取りに行き
自分としては「満を持して」スマホ契約のためにショップに行ったところ。

カードでなく通帳を持って行ったのが運の尽き。
口座番号さえわかればいいと思っていたのだがさにあらず。

結局契約は出来ずじまいで
「キャンペーンもあるので今度の土日にお出で下さい」と言われすごすごとと帰るハメに。

「論理的」に言えば事前にショップに電話をし必要なものを確認した上ででかけるのが筋。
普段あれこれ理屈をこねていたりするくせにこの「ザマ」たるや。

おそらくスマホそのものに興味がないからなのだろう。
だったら契約しなければいいのだがそこはそれ「事情」があり。

何をしてるんだかと思うことしきり。
とりあえずヘラヘラ笑ってごまかすとしよう。

「イタチの最後っ屁」のように
「各電話会社は商品の細かい情報より必要書類についての情報を優先すべき」だと言っておく。
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「それぞれの『常識』」について

2017-01-23 03:10:07 | Weblog
くもり。だったか。

ソフトバンクとY-mobileで話を聞く。

前者はそもそも高すぎてお話にならず。
後者は料金としてはまずますだが妙な条件を付けられ。

いちおうこの「世界」に巻き込まれてみるつもり。
「現在」に触れておこうかと。

高平哲郎スラップスティック全集⑥「ぼくのインタヴュー術 応用編」を途中まで読む。

著者の「注釈」とはあまり関係なく
興味のある人々の受け答えを流れのままに。

金子信雄、田邊昭知、斎藤寅次郎、山下洋輔、浅井愼平、研ナオコ、林家三平、
萩本欽一、池部良、淀川長治、桃井かおり、宇崎竜童まで。

深夜錦織vsフェデラーの試合をちょいと観る。

セカンドサービスの差とショットの正確さで後者に分あり。
錦織としては「いい勉強」をさせてもらったというところ。

まだ「隙」があるということ。
もっとも第3セットの1-6から盛り返したあたりに「成長」を感じさせる出来。

「頂点」が見えてきたとはいえ「ちょっとの違いが大きな違い」。
いずれにせよ「インチキ」なしに戦うプレーヤーたちは素晴らしい。

このことをサッカーで考えると。

シュートを「枠の中に蹴る」という当然以上に
チャンスを見つけた瞬間に「ゴールの隅に蹴る能力」があることの大切さ。

そこが「世界レベルとの差」だと思えばいい。
処理にしくいボールをいかにコントロールしてゴールにたたき込むか。

ここでも「目標」は見えているのであとは精進あるのみ。
もちろんそれに伴う「実のある練習」が必須。

今夜のスポーツニュースでは岡崎の「緩いパス」が映し出されていた。
決定的な瞬間に「正確さ」を保てないとすべてが「水の泡」になる残酷。

彼らはそのことを「身をもって知っている」。
この「緊張感」こそがそれぞれを「向上させる」ポイント。

どの分野でも実は同じことだと知ろう。
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「素敵なものと微妙なもの」について

2017-01-22 01:29:13 | Weblog
晴れ。やや冷えるが雪はなし。

橋本治「巡礼」を読む。

ゴミ屋敷の住人を時代の変遷を描きつつ「成仏」させる内容。
この「素敵な作品」は当時評価されたのだろうか。

今から8年前に出た模様。
いかにも「人生」を感じさせて読み応えあり。

「ありふれた不幸」が人をここまで追い込むということ。
その「事実」は覚えておくべきか。

2週間ぶりの老舗バー。

客は自分以外若い男子ひとりのみ。
ニューボトルを入れて飲みつつ「NINAGAWAマクベス」を観る。

その「長さ」にいささか「西洋向けなのか」という疑問を抱く。
ちょいと早送りしてもらって終電に間に合わせた次第。

平幹二朗の演技はいい意味で「相変わらず」。
栗原小巻の声の出し方にちょいと美空ひばりを感じたりして。

「仏壇」を背景にしたのは面白いものの
「劇」を観る老婆ふたりの存在がやはり「クドい」かも。

もっともその「息の長さ」が外国人に訴えるものがあることはわかる。
今の演劇の「現状」はどうなっているのかは不勉強で不明。

同じ「マクベス」で思い出すのは黒澤明「蜘蛛巣城」(’57)。

「夫人」の山田五十鈴の「怖さ」と「物の怪」の浪花千栄子が記憶に残る。
「男を追いやりつつ自らも狂う女」よ。

実は主人公はマクベスではなく「夫人」だったり。
ある意味「男の単純さと女の複雑さ」を描いているとも言えるような。

さて。

もうちょいと飲んで寝る。
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「いささかの親切と経験あるいは文句を誘う作品」について

2017-01-21 04:23:23 | Weblog
晴れ。雪は降らず。

仕事帰りの駅前で若い元同僚と会う。

大学を辞め音楽関係の専門学校に通う彼はいささか「不調」だと見え
「飲みに誘ってもいいですか」と言われる。

来週にある仕事場の飲み会の「隠れゲスト」として来るように言った上で
「いつでもいいよ」と答えておく。

「チューリングを読む」読了。

結局歯が立つところは少なく。
ほぼ意味不明な日本語をこれだけ読んだのも久方ぶり。

これも「経験のうち」だと勝手に納得する。

深夜TVで園子温「新宿スワン」(’15)を観始めたら最後まで観てしまう。

原作はマンガのようでいかにもマンガ喫茶で読んでいる気分に。
「水商売もの」にはよくあるストーリー。

主人公がなぜ沢尻エリカのアゲハにこだわるのかが今ひとつ不明。
「冷酷無比」なはずの秀吉山田孝之が主人公に対して「弱い」のも微妙。

いわゆる「ショット」がないなと思っていたらひとつだけ印象に残るシーンが。
ビニール傘と雨がこんなにキレイに見えたことはなく。

山田優の「ママ」が案外堂に入っていたのにふむふむ。
「不死身の関」深水元基は「野人」役だが案外「おだやか」に見えたのはよかったのかどうか。

時政の村上淳の「コワさ」はいい感じ。
真虎(マコ)役の伊勢谷友介は終始クール。

この監督にしては「油分」が薄い印象。
綾野剛の熱演はわかるけれど。

「原作」に引っ張られたせいなのか。
あるいは監督の体力が低下したのか。

「リストカット」を繰り返した過去のある栄子真野恵梨菜のエピソードも
結局は主人公の「輝き」を際立たせるためだけのようで。

面白いのかと言われれば面白くなくはない。
それでも何だかブツブツ言いたくなる内容。
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「ふがいない理解力と『理想的なつながり』」について

2017-01-20 03:59:24 | Weblog
晴れ。夜にやや冷える。

チャールズ・ベゾルド「チューリングを読む」を半分くらい読む。

伝記風の記述は楽しめるものの「チューリング・マシン」の勘所は理解できず。
ついでにウトウトなどしたりしてサッパリ。

とりあえず明日読み終わる予定。
どうなることやら。

NHKで「それでも、生きようとした 原発事故から5年 福島からの報告」を観る。

家族を亡くし故郷を追われ孤独の中で死を選ぶ人たちよ。
あるいは故郷に止まる「戦い」の中でやはり孤立し同じ道をたどった人よ。

ただ「普通の暮らし」がしたいだけ。
それさえ叶わぬ「現実」の一部がここにある。

少なくとも震災から月日が経って
われわれが彼ら彼女らを「見放している」という事実は知っておきたいもの。

例えば今こそすべての学校の修学旅行を被災地に。
「オールジャパン」と言ってスポーツを応援する力をそちらにも向けよう。

「どうしようもない現実」にあらゆる知恵を集めて
「安心して暮らせる毎日」を取り戻すための具体的な方策を実行したいところ。

これだけ通信技術が発達した現在なのだから
全国各地から被災地の人々と接触するのは簡単。

もちろん被災地を訪れて「交流」するのも。
被災地同士であれこれ交わるというパターンもあり。

それらの活動を天皇だけに任せるのではなく国民がそれぞれにやらないとどうにも。
あらためてわれわれの持つ「組織力」を大いに活かすべし。

肝心なのはそれが他人のためにもなり自分のためにもなるということ。
そうしたことを「現実」にできれば人は自然に「国を愛する存在」にもなりうる。

「その種のゲーム」をそろそろ始めてもいいはず。
ひとりひとりができる時にできることをしてつながっていく「輪もしくは和」を是非。
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「間の悪いことと信じがたい現実」について

2017-01-19 02:27:01 | Weblog
晴れ。冷えはやや弱まる。

多田隆治「気候変動を理学する 古気候学が変える地球環境観」を読む。

数式に化学反応式にさまざまなグラフなど。
「やさしい解説」のはずが素人にはいささか荷が重く。

もっとも地球がさまざまな「メカニズム」の下に動いていて
それが相当に複雑なものであることだけはわかった。

残念ながらこちらが面白く感じられるところまで行かずじまい。
もう少しじっくり付き合えればよかったのかもしれず。

とりあえず今回は「出会いのタイミング」が悪かったということで。

さて。

ガラケーをスマホに変えようかという話になってあれこれ聞いてみたところ。

「2年しばり」を無視して会社を変えると相当な「罰金」が科せられることを知る。
「さまざまなサービス」で客を引き留めるのが普通なのになんじゃこのシステムは。

そもそも最新あるいはそれに近いスマホを使うと月に1万くらいかかるのも同様。
これを「ローン」だと考えると相当な買い物になるはず。

そんな商売が堂々とまかり通っているのかと驚いた次第。
どうして誰も文句を言わないのかといぶかるのみ。

おそらくは「スマホを持つこと」の「優先順位」が高いので
それがいかに「理不尽」であるかはどうでもいいのだろう。

あるいはその程度の「出費」など気にならない人々を対象にしたものだという解釈など。

がしかし。

百歩譲ってその通りなのだとして。
「店」を変えたら「罰金」が来るなどというシステムが商売として成立していいのか。

そんな話は他の業種で聞いたことがないのだけれど。
このバカバカしさを誰も何とも思わない不思議よ。

ちなみに現在のガラケーで毎月支払うのは2000円あまり。
敢えてスマホにする意味が感じられないことおびただしい。

格安SIMとやらで料金を大してかけずにスマホを使えることは承知の上。

がしかし再び。

あまりに消費者がナメられてはいないか。
すでに「一日の大半をうつむいて過ごす」などという「生活習慣」を強いられて。

この期に及んではすべて「手遅れ」のような気もしないではない。
曰く「アホくさ」。
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