退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

右往左往

2008-04-30 01:10:09 | Weblog
晴れ。洗濯をする。

あまりに暖かいので夜の繁華街を散歩。
1時間ほど歩くものの入りたい気にさせる店は少なし。

ソウルバーへはもう少し後に行くことにする。
飲み屋街の裏側は真っ暗な住宅地だった。

プレストン・スタージェスのDVDを借りる。
珍しいのでちょいと楽しみ。

今日から6連休なのだが
飲むこと以外特にやることもなさそう。

ダラダラのんびりさまよう。
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複雑さと付き合うということ

2008-04-28 05:24:56 | Weblog
晴れ。夕べの酒が残って図書館へ行きそびれる。

深夜から早朝にかけてマル激で再放送されている安田弁護士の回を観る。

オウム事件やカレー事件、耐震偽装に対する「別な見方」が圧倒的。
マスコミが煽ってそれを気にする司法が事件の「絵」を描くという怖さ。

「推定無罪」ではなく「推定有罪」が
ほぼ100%の有罪率をもたらしている「事実」にも敏感でありたい。

死刑制度を採用することは
「人間性」という複雑さを簡単に「処理」することなのか。

それぞれに意見の違いはあるだろうが
一見の価値はあると思われるので是非。

ちなみにマル激は月500円で見られるのでよろしく。
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ゲームの質

2008-04-27 01:03:05 | Weblog
主に晴れ。雨も降る。

オリンピックの聖火をめぐる騒動で
タルコフスキー「ノスタルジア」のワンシーンを思い出す。

干上がった温泉の中を
主人公がロウソクの火が消えないようにしながら歩いて往復する。

「象徴」を攻撃することで何かが変わるというのか。
あるいはそれが「新しいゲーム」なのか。

舞城王太郎「九十九十九」を読む。

テンポよく読ませる文体に
さまざまな仕掛けが施されている。

知的ゲームとしては非常に面白い。
これは「新しいゲーム」として認めてもいい。
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ひとつの「世界」

2008-04-26 03:01:58 | Weblog
晴れ。昼間はやや風強し。

久方ぶりにビラ配りというものをする。
消しゴムやシールがあるというだけで喜んで受け取る子どもたちに出会う。

上司によれば彼ら彼女らは
そうした受け取りに慣れているらしい。

都市部と比べると
ポスティングに対する警戒も少ない。

立ち並ぶマンションの間にある公園で
子どもたちはサッカーをしたり噂話をしたりしていた。

場所を変えると「現実」が変わる。
視点を変えると「現実」が変わる。
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動物化

2008-04-22 01:37:10 | Weblog
晴れ。日差しも気温も初夏。

地下鉄の車内でスイカのアイスを食べている男子大学生を見る。

腕まくりしているとはいえカーディガンを着て
ジーンズのベルトは真ん中に黒いラインが通った白地で両端に穴あり。

お尻のポケットにはおきまり通りに
横長のルイ・ヴィトンの財布が盗んでくれと言わんばかりの状態。

電車でモノを食べるのはもう大して珍しくないけれど
溶けやすいブツを食べるのは初めて見た。

おまけに食べ終えたアイスの棒を
まるで楊枝のようにくわえたまま離そうともしない。

そばにいる友人も何の恥ずかしさも感じてない様子。
友人はバッグを手で持っていたがヤツは床の上に置いて足で位置を調整。

メガネをかけているのは確認したけれど顔を見る気にはならなかった。
もちろん、親の顔も見たくはない。
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悪路(マル・パソ)

2008-04-20 23:41:56 | Weblog
快晴。雲ひとつない青空で気温も高し。

朝早く目覚めてしまい散歩しながらくつろげる喫茶店を探す。
以前に入ったことのある店がまだ開店していず仕方なくチェーン店に。

下手な店に入るならチェーン店の方がましだとはいえ
どこでもバイトの調理のダメさが「貧しさ」を感じさせる。

トマトはつぶれレタスは不細工にちぎっただけで
ウインナーの下にマヨネーズがある始末。

「サーヴィス」というものがまるでわかっていない。
もっともそういう人材しかいないのかもしれないけれど。

「日曜の朝のくつろいだ時間」というのも
なかなか手に入れにくくなりつつある「環境」を実感。

見逃していたクリント・イーストウッドの
「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」を観る。

1枚の写真によって「英雄」に祭り上げられ
戦費をまかなう国債を売るツアーに利用される3人が主人公の前者。

負け戦を承知で最善を尽くす司令官、妻への手紙に頼って生き延びようとするパン屋、
上官の命令を果たさず前線に送られた元憲兵らが主人公の後者。

国家は主人公たちを利用し、大切なものを奪っていく。
相手が国家でなくとも、「悪路(=マル・パソ)」はあらゆる場所にある。

そういう意味でなら「人生」は否応なく「戦い」なのだろう。
余談だが「バロン西」は米軍に投降を勧められたが拒否したと読んだ記憶がある。
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すれすれの境界線

2008-04-20 00:47:18 | Weblog
晴れ。やや風強し。

北尾トロ「裁判長! ここは懲役4年でどうすか」を読む。

「面白さ」という視点から描かれた裁判傍聴記。
「週刊誌のナマ版」だと思えばいいのだろう。

「傍聴席にいる自分と、被告席にいる男とは、実はそれほどの
違いはないのではないか。」

前書きでそう語る著者の語り口のやわらかさとドラマの雑多さが
「覗き見」の湿っぽさを消している。

夜、ソウルバーへ行く。
今宵も客少なし。

4月に入ってやや不調らしい。
心ある者は以下のHPから場所を探して通っていただきたい。

http://quinvy.jugem.jp/
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提案

2008-04-18 03:22:07 | Weblog
雨。おだやかでも激しくもなく。

youtubeで中島みゆき「本日、未熟者」を聴く。

右翼と言えば街宣車というイメージだけれど
どうせ流すならこの曲はどうだろう。

やたらやかましいという意味で選挙演説と変わりないまま
誰もが知らない歌を流すのは芸がない。

「右翼」というだけでその発言が封じられるのは
「言論の自由」を認めないもの。

街でビラ配りすればその気持ちはわかるだろう。
ほとんど誰も受け取りはしない。

意見が違う相手と論戦を戦わせながら
自分を確かめていくというのが「本道」だとしたら。

それぞれが持っているはずの魅力を
十分にいかしていただきたい。
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きれいなハーモニー

2008-04-17 05:28:44 | Weblog
深夜youtubeでシモンズを聴く。

艶のある声のハーモニーが素敵。
谷村新司の作詞・作曲。

一般的には「チェルシー」のCMソングで記憶にある向きもあろう。
それでも「ふりむかないで」のサビのハーモニーに「極楽」を見る。

97年の映像もあるのだか全然現役の歌声。

今はそれから11年たっている。
それでも残るものはちゃんと残るものだ。

一日に二度目の書き込みということも、たまにはある。
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圧倒的な<人生>

2008-04-17 01:12:27 | Weblog
くもり。降り出しそうで結局降らず。

小林信彦「日本橋バビロン」を続けて2回読む。

第一部「大川をめぐる光景」では両国と浅草の盛衰、
第二部「大震災前後」では祖父の人生、

第三部「木漏れ日の戦時下」では著者の幼児期から集団疎開、
第四部「崩れる」では疎開から戻って父の死後両国を離れるまでが描かれ、

第五部「東日本橋バビロン」で「父と私の共通点」を再確認して終わる傑作。

「読み終えて、もう一つの<人生>を生きたような重さが感じられるかどうか」が
「判断の基準」になったと著者は言う。

それぞれが独立した短編として十分読めるのは言うまでもなく
まさにその言葉通りの作品がここにある。

資料と取材と体験を立体的に構成して
「本格的な小説」を作り上げた見事さをじっくり味わおう。
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