退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「楽しいけれど疲れたこと」について

2014-06-30 01:47:23 | Weblog
『くもり。夜になって少しだけ降る。

「唐詩選(上)」を読み進めるもあまりはかどらず。

白文を見て少しずつ「読み癖」を覚えている状態。
もっともこうしたゆっくりとしたペースがむしろ快適でもある。

「明眸皓歯」などの「熟語」が出てくるのが面白いというか
そういうところから始まっているのねという印象。

詩の内容は「栄枯盛衰」が多く
この「歴史観」もわが国に大いに影響しているのだろう。』と書いて昨日は寝る。

仕事場の飲み会で新たな「キャラクター」が登場。

さんざんいじって休憩の後まじめな話をする。
彼は十分に役割を果たしたのでOK。

めんどくさいのでここまで。
眠くなったら寝る。
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「懐かしい『幸せ』」について

2014-06-28 01:28:47 | Weblog
晴れのちくもり。深夜に降る。

前野直彬注解「唐詩選(上)」を読み始める。

「人生意気に感ず」が魏徴の作品だったり
「年年歳歳花相似たり」が劉廷芝の作品だったりすることを確認する。

「此翁白頭眞可憐」(この翁白頭まことに憐れむべし」なのは
「伊昔紅顔美少年(これ昔紅顔の美少年)」だったから。

一方「美人爲黄土(美人も黄土と爲る)」と言うのは杜甫。
「況乃粉黛假(まして化粧の仮の姿の女性たちも)」と「ダメ押し」あり。

「栄枯盛衰」に「男女の差」なしと思えば
もっと他人にやさしくなれるような気がする。

仕事の後クインビーへ。

土曜日は仕事場の研修があるのでその代わりに。
「祭り」とも言うべき盛況でよし。

ランチも始めて以来最高の出来だった模様。
何ともめでたくマスターもノリノリ。

後ろ髪引かれつつ帰宅する。
こういう夜には朝まで飲むのが望ましいのだけれど。

ただし安心してはいけない。
全国のクインビーファンには兜の尾を締め直していただきたいところ。

帰宅後いつものように飲み直す。

幸せな気分で「有吉反省会」を観て志垣太郎の「大芝居」に出会う。
変わらない「熱さあるいは暑苦しさ」を確認する。

いつものように眠くなるまで飲んで眠る予定。
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「子どもと知恵の『悲しみ』」について

2014-06-27 02:27:58 | Weblog
晴れ。蒸し暑い。

米原万里「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」をようやく読む。

「共産主義」という「理想の下」に集まった子どもたちのその後は
youtubeでその番組の映像をすでに観ていたせいかより味わい深く。

ちょいと風変わりな「旧友探しの旅」は
著者のリアルな描写も手伝って「国境を越えたドラマ」に変わる。

それぞれに「キャラクター」の濃い友人たちと
いかにも「『幸福な』子ども時代」に目を潤ませた次第。

「共産主義」という「理想」が消えたのと
「楽しかった子どもの頃」が消えたのを重ねたあたりがなかなか。

今はあまり見なくなった「少女小説」を思わせる内容で
これが「ノンフィクション」ときては余計に感慨が深まるというもの。

著者は結局のところ「異邦人の『小公女』」とでも言うべき存在だったか。
「特異な環境」で子ども時代を過ごすことの「複雑さ」をあらためて思い知る。

もっともそういう「場所」にいたからこそ「知性」が働くようになることも確かで
グリボエードフの小説のタイトルを使って「知恵の悲しみ」と呼んでおくことにしよう。

その一方。

知り合いの小学生の男の子は
書道・水泳・塾通いに忙しく常に疲れた表情を見せている。

聞くところによるとゲームで遊ぶ時間も相当制限されているらしく(15分だとか)
母親の監視の目をかいくぐってどうにかこうにか遊んでいるとのこと。

この種の「強制勉強&習い事キャンプ」はおそらく各地にあるのだろう。
「親は変わらないから自分が何とかするしかない」と伝える。

まだ幼い子どもゆえそれが難しいことだとは承知の上。
「どうにもならなくなったらグレていいから」。

典型的な「ダメな自分を子どもで取り返すパターン」なので
反抗する時には「オレはお前の子どもだからな」と言えとも。

客観的に見れば「虐待」であることに違いない。
少なくとも「子どもの表情」を見てそれがわからないのだから親は「病気」なのだろう。

ただし当の子どもはすでに「奴隷の発想」になっていて
「どうやってもそこから抜け出せない」と訴える次第。

もちろんそれはある意味で「正しい」ことを知りつつ
敢えて「そこが頭の使いどころだ」と言っておいたのだけれど。

曰く「親はあっても子は育つ」。

そうあってもらいたいものだと祈るのみ。
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「演歌と歌謡曲」について

2014-06-26 02:26:00 | Weblog
『快晴。日差しが熱い。

本は読んだものの今ひとつ。

今のところ2冊が「ハズレ」で何とも情けない。
もう少しじっくり選ぶべきか。』と書いて昨日は寝る。

輪島裕介「作られた『日本の心』神話 『演歌』をめぐる戦後大衆音楽史」を読む。

「演歌」はそもそも明治に始まり
「芸能と政治をまたぐ形で、少なくとも政治的な意匠を取り入れた新風俗」だったよう。

ただし従来流通していた添田唖蝉坊・知道親子による「歴史」は正しくないと。
「演歌の起源」が「自由民権運動」にあるというのは違うらしい。

「演歌」という言葉が「リバイバル」するのは60年代(昭和四十年代)後半。
「日本の心」と結びついたのはその頃だと。

また当時の「進歩主義」に対する「土着性の擁護」として
竹中労が美空ひばりを採り上げ五木寛之が小説「艶歌」を発表し多大な影響を与えたとも。

いずれもそこそこ知ってはいたので「ふむふむ」という感じ。
ただしもっと「曲」そのものの分析を期待していたのでいささか残念。

興味のある向きには小林信彦の著作、橋本治「恋の花詞集」、金子修介「失われた歌謡曲」、
舌津智之「どうにもとまらない歌謡曲」、近田春夫「気分は歌謡曲」などがおすすめ。

個人的には作曲家宮川泰が気になっていて
ザ・ピーナッツ「恋のバカンス」(’63)「ウナセラディ東京」(’64)「恋のフーガ」(’67)が好き。

「宇宙戦艦ヤマト」(’74)も宮川作品。
たしか彼はクレイジー・キャッツとも関係があった(「アッと驚く為五郎」はこの人)。

園まりの「逢いたくて逢いたくて」も素敵。
サザンの原坊がカバーしていたか。

西野カナとは違った「大人の魅力」をたっぷりとどうぞ。
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「心躍るものふたつ」について

2014-06-24 03:05:56 | Weblog
快晴。暑い。

「伝説のイラストレーター 河村要助の真実」を見る。

主に60年代のアメリカの雰囲気が濃厚な作品に加え
中学高校時代の航空機や、ポップ・スターたちの肖像を描いた作品など。

個人的には小林信彦「夢の砦」の挿画で知ったはず。
ニッカの「黒50」がこの人の作品だとは迂闊にも知らなかった。

全体に色がとてもキレイで配色も素敵。
トロピカルな雰囲気の中にシャープな線が光る。

モノクロの絵も柔らかいものからスクエアなものまであれこれ。
パンフレットのゴチャゴチャ感もむしろ軽快。

もっと早く見終ってしまうかと思っていたのだけれど
知っている名前や顔がたくさんあってじっくり楽しめた次第。

深夜ワールドカップ「オランダvsチリ」を観る。

前半は正確で素早いパスワークのチリが優勢。
オランダはそれでもロッベンのカウンターで数少ないチャンスを生かす展開。

後半は一転オランダが戦術を変えチリのパスワークを封じる。
やや疲れの見え始めたチリは意地を見せつつもプレーに正確さを欠くようになり。

高さを生かしたヘディングと
ロッベンの圧倒的なスピードからのセンタリングで結局は2-0。

ファンペルシーを欠いたオランダの「懐の深さ」が印象に残る結果。
チリは体力を消耗した後の正確さと執拗さにやや課題が残るか。

なるほど「世界トップレベル」は何とも楽しい限り。
「決勝進出」以前にわが国のサッカーはまだまだこれから。
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「デタラメと大事なこと」について

2014-06-23 01:05:19 | Weblog
晴れ。やや風が吹く。

夕食後マル激を観る。

特定秘密保護法案は何が秘密かをチェックすることも出来ず。
原子力規制委員会人事は推進派を増やすことになり。

明らかな「デタラメ」がまかり通る「現実」よ。
わが国の「バナナ・リパブリック度」はさらに勢いを増したよう。

ここまで来るとむしろ「破綻」を促した方がいいのかとさえ思われるほど。
少なくとも「まともな人」の姿は見えにくい状況。

ますます「戦時下」と似てきている。
「知性」はどこへ消えたのだろう。

とりあえず自分の周囲をできるだけ「快適」にするしかなさそう。
「治安維持法」はないのだから言いたいことを言いつつ。

「貧しい現実」は受け止めるよりないとして
それとは「違う世界」があることを知っていただきたいもの。

どうにも「視野狭窄な自分」にこだわるのはその方が「楽」だから。
「他人の幸福」を全く顧みないでいられる程度に。

「うまくいかない理由」が常に自分以外にあるように思えたら要注意。
そう思うあなたに原因がある。

マル激本編の「アドラー心理学」はそのようなことを言っているはずなのに
本が売れているということはどうやら誤解されているよう。

子どもの人生にこだわりすぎる親は自分のそれがうまくいっていないだけ。
「手前のケツは手前で拭け」という単純な「事実」が見えない模様。

誰にでも親になれることの「恐ろしさ」をあらためて考えてみたいところ。
「親はなくとも子は育つ」。

いずれ「正解」のないのが「人生」ならば
なぜ「同じ立場」を共有できないのか。

それを「親心」と言うなら
せめて「参考意見」と言い換えるのが妥当だと知ろう。

もちろん話し合いはあっていいし
「大事なこと」を伝えることはあっていい。

ところであなたには伝えるべき「大事なこと」はあるのか。
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「知恵と無邪気」について

2014-06-22 01:29:55 | Weblog
くもり。夜遅くなってパラパラ。

半藤一利「荷風さんの昭和」を読む。

典雅な指摘と文章に落ち着く。
現代がこの時代に近いことをあらためて確認。

こういう先人がいると安心して「バカ」ができる。
勝手ながら「近所のお父さん」という設定に。

今後もあれこれ教えていただきたいもの。
内容を後世に伝えていくつもりはあるのでよろしく。

ただでさえ少ない漢籍に関する知識をもう少し増やさないと。
これから図書館で必ず一冊は借りることにしたい。

今宵もクインビー。
珍しくこちらから「ネタ」を提供する。

ヘソピアスでちょいと化膿した若い女子のお話など。
当人にはわかるはずもない「孝経」を持ち出したりしたか。

「身体髪膚これを父母に受く。敢えて毀傷せざるは孝の始めなり。」を
まるでお経のように唱えておいたことはなぜか忘れていて話さずじまいに。

タトゥーその他身体を「刻む」ことについては
どうやら身体を「自分のものにしたい」らしいと適当なことをのたまって。

もちろんどうしようが自由。
あとは本人次第だから。

ヘソに空いた穴からシャワーのお湯が流れるのを無邪気に喜んでいて
とりあえず快方に向かったようなのでOK。

振り返れば銭湯に通ったりした幼い頃
自分の陽根がムクムクと大きくなるのを何度も不思議に眺めていた記憶もある。

「無邪気」というものはそんなもので
「無知」ではあるが微笑ましい。
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「ビューティフルなものとそうでないもの」について

2014-06-21 03:10:43 | Weblog
晴れ。やや雲多し。

「ビューティフル・サイエンス・ワールド」読了。

最後まで印象は変わらず。
もう少し刺激が欲しいというのが勝手な希望。

「説明」は上手だが「センス・オブ・ワンダー」は今ひとつか。
ただし全部読み終わるとさすがに「世界の広さ」は思わせる。

物理・化学・生物・地学。
いずれの視点を取っても「ふむふむ」と思うこと請け合い。

ワールドカップ「日本vsギリシャ」は敢えて早起きせず。

予想通り「残念な内容」になった模様。
スポーツニュースの映像でさえ「盛り上がり」に欠けている。

個人的にはオランダ、ドイツ、ブラジルにチリあたりが絡んだ優勝争いを望む次第。
素晴らしいプレーさえ見られれば国籍などどうでもいい。

深夜「イタリアvsコスタリカ」をちょいとだけ観る。

コスタリカのディフェンスのしつこさとパス回しの正確さが光る。
明らかにイタリアを圧倒する勢い。

イタリアは肝心のラストパスがつながらなず。
バロテッリも決定的なチャンスを逃した後はほぼ機能しないまま。

これだけのプレーをすれば勝って当然。
チリと同じような雰囲気で「台風の目」になるかも。

その後番宣で小出恵介の殺陣を見たのだが何ともはや。
せっかくの主役なのだからもっと精進していただきたいところ。

NHKのカメラももっと「マシな場面」を映してあげたらいいのに。
「本物」は素人が見てもわかるもののはずなのだが。
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「サイエンスとブルースとサッカー」について

2014-06-20 03:00:54 | Weblog
快晴。暑さはそれほどでもなく。

ナタリー・アンジェ
「ビューティフル・サイエンス・ワールド」を途中まで読む。

著者は「ニューヨーク・タイムズ」のサイエンス・ライター。
「科学」を専門用語を使わずに語る術はなかなか。

ただしいささか丁寧すぎて個人的には「隔靴掻痒」。
スラスラ読めるのはいいものの文章が長すぎるきらいがある。

「東洋人」としてはもっと簡潔にならないかと思うことしきり。
あれこれ「科学書」を読みすぎたせいなのか。

とはいえ「科学者の基本」として
「自分が間違っていないかどうかライバルに確かめよ」というあたりはさすが。

今後の展開に期待したいところ。

さて。

近藤房之助の名前と姿を初めて知ったのは
地元のTV番組「ムッシュルーム・マガジン」でだったか。

タイトルからわかるように「ムッシュかまやつ」が司会の番組で
当時はこんなうまい人がいるんだと思った次第。

その後「B.Bクイーンズ」として「踊るポンポコリン」をヒットさせたり
「はじめてのお使い」で「しょげないでよBaby」を歌ったり。

かつてグループを組んでいた織田哲郎との「Bomber Girl」や
宇徳敬子との「グッバイ・モーニング」なども。

ブルース・シンガーとしては「traveling」をとりあえず。
「憂歌団」木村充揮とのコラボ「酒と泪と男と女」がより「濃い」。

シャウトする時マイクから顔を離して歌うせいで音が聞こえにくくなる「クセ」がある。
そのまま渋い声を聴かせてくれればいいのに。

もっともこちらはアルバム一枚も持っていない「ダメなファン」なので
あまり大きなことは言えないけれど。

深夜アニメ「ピンポン」の最終回を観る。

サッカー「コロンビア対コートジボワール」を敢えて中断して。
爽やかなまま走り切って落ち着いたエンディング。

初夏にふさわしく「夏の終わり」も感じさせて見事。
気持ちのいい作品を提供してくれた人々に感謝。

その後再びサッカーへ。

コロンビアが快勝。
コートジボワールの反撃も見ごたえがありこちらも実に爽快。

素晴らしいプレーの数々は勝敗の意味を消す。
そういう「世界」を見られることの喜びを知ろう。

わが国の選手たちに期待するのはそこのところのみ。
出来れば「あのプレーはすごかった」と言わせてくれればそれでいい。
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「未来」について

2014-06-19 03:08:07 | Weblog
雨。深夜になって止む。

鈴木謙介「ウェブ社会のゆくえ」を読む。

ウェブの情報が「空間」を「多孔化」するというのがポイント。
「現実の空間に情報の出入りする穴がいくつも開いている」という状態らしい。

そもそも「現実」などそれぞれの視点によって如何様にも変わるのだから
その「ネタ元」が「情報」であろうと特に変わりはないだろう。

「虚構」が「現実」を動かすことも昔からいくらでもある。
例えば「君の名は」が流行すると「真知子巻き」が流行したように。

テレビのように「共通項」を提供するメディアが力を失えば
「何が現実か」についての「争い」も当然起きる。

人々がバラバラになる中で
いかにして「共同体」を作るのかがどうやら「問題」のようだが。

勉強したことと思っていることを「現実」に当てはめてみた感じ。
著者にはもっと奥行きのある射程を持った論述を望みたいところ。

知り合いの若者たちを見ていて気付くのは
彼ら彼女らに「揺るぎない土台」がないこと。

「一定のスキル」を会得したはずが一瞬のうちに崩壊する。

原因はよくわからないが「気分」が大きな影響を与えているのか。
その結果行われるのは従来の「フォーム」を全く無視した「デタラメ」。

たとえるなら「1+1は本当に2なのか」という疑問がどこかに巣食っている。
その「直観」が実は「正しい」だけに何とも難しく痛ましい。

ただしその「正しさ」を受け入れるにはあまりに「無力」。
それほどまでに「安心できない環境」を生きねばならないのはなぜなのか。

個人的にはそちらの方に大いに関心があり
「未来」を見るにはその方が肝心だと思われるのだけれど。
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