退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

いちおうワールドカップについて

2010-06-30 02:00:24 | Weblog
くもり。湿気はやや少なく。

夕方からちょいとだけ仕事をする。
久方ぶりに気合いを入れて掃除したら汗が出まくり。

ワールドカップは日本がPK戦で負ける。
勝っていても次の試合に長友・遠藤が出場停止なのでこれでいいのだろう。

ようやくそこそこのレベルで対応できるところまで来た。
ただし攻撃面での弱さは相変わらず残ったまま。

無用なパスミスが依然として多すぎる。
ボールのつなぎにもっと余裕がないとチャンスはなかなか生まれない。

個人的には闘莉王にゴールを決めさせたかった。
高さでは全く負けていなかったので。

今回はチームとしてのまとまりはあったけれど
未来の日本サッカーはどうなるかというとやや不安。

このレベルを土台としてステップアップできるのかどうか。
まだ現れぬ才能を持った子どもたちが試合を観戦していてくれることを望む。
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湿気といびつさと闇と

2010-06-29 01:55:30 | Weblog
晴れのちくもり。暑い。

おととい突然PCのディスプレイの電源が入らなくなった。
いよいよ故障かと覚悟していたら今日直ったのでホッとする。

おそらくおとといの湿気のせい。
PCのためにエアコンも必要なのかとふと思う。

筑波昭「津山三十人殺し」を読む。

犯罪関係の本に馴染んでいる向きには有名な事件を扱ったもの。
横溝正史「八つ墓村」で少し使われた。

珍しく渥美清が金田一を演じた映画版では山崎努が犯人役。
鍾乳洞の中でショーケンを追いかける小川真由美の姿が印象に残る。

早くに両親を失い祖母に溺愛された実際の犯人はあまり学校に行かずとも成績はよかった。
ただし結核と性の目覚めと自己顕示欲とがいびつに結びついて事件につながった模様。

大した経験もないうちに阿部定に興味を持ったらしい。
いたずらな「挫折感」は妄想を育てやすいので注意。

亀山郁夫・佐藤優「ロシア 闇と魂の国家」を読む。

二人のロシア通による新たな「ロシア」を十二分に味わえる作品。
ここでもやはり「キリスト教」がかなりの重みを持っている。

ドストエフスキーを読み返したくなる魅力がたっぷり。
タルコフスキーはむしろ「ヨーロッパ的」であるとのこと。

ある国の文化を知るためには宗教に関する知識が必須だと思い知る。
ひるがえってわが国も相当不思議な国なのだろうと思われるけれど。
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人付き合いについて

2010-06-26 04:07:43 | Weblog
くもりときどき晴れ。深夜になって雨。

山口猛「松田優作 炎静かに」を読む。

図書館の本が切れたので古本屋で適当に選ぶ。
「絶版」とあったのでとりあえず。

映画「ブラック・レイン」は89年公開なのでもう21年前のこと。
「ブレード・ランナー」のリドリー・スコットが描く大阪はいかにもと思ったもの。

俳優・松田優作は作家・中上健次と絡めると面白いのではないか。
あくまで酔いのまぎれの思いつきにすぎないけれど。

ある種の「暴力伝説」をもつふたりは
ただ単に「ふざけた言い分」を許せなかっただけだという理解でいいはず。

その「当然」が「伝説」になるとしたら
そうした土壌が圧倒的に「貧しい」のだと言うよりないだけ。

そこに勝新太郎を加えてもいい。
「普通の人」は「異常な人」を祭り上げてホメて遠ざけるらしい。

そういう「付き合い方」しかできないのなら
「敬して遠ざける」のがせめてもの「ルール」なはず。
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ステップ・アップの「現場」

2010-06-25 06:14:03 | Weblog
快晴。それほど暑さはなく。

西村熊雄「サンフランシスコ平和条約・日米安保条約」読了。

「現場」を知らないということは怖ろしい。
だからこそそれを外から伝えるものの役目は重要になる。

サッカーのワールドカップで日本が決勝トーナメントに出ることになった。

なんだよ、やれば出来るんじゃん、というのが正直な感想。
ゴールを狙いやすいところでファールしてくれたデンマークのおかげもあるけれど。

圧倒的だったのは本田の力。
フリーキックという形で「自分」が出せる機会を持ったのがラッキー。

とりあえずこの大会の中では一番いい試合をしたことは確か。
こちらの予想はもちろん3連敗だったのだけれど。

「世界」を解説することではなく
「世界」を知ることが大切。

そういう「格差」について
知っていないことには話にならない。

「いい経験」をさせてもらえること。
プレイヤーにしか出来ないことを「共感」出来る人でありたいもの。
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「幼児退行」について

2010-06-24 02:49:30 | Weblog
くもりのち晴れ。ジメジメはなし。

西村熊雄「サンフランシスコ平和条約・日米安保条約」を途中まで読む。

明治三十二年(1909年)生まれの外務官僚が書いたもの。
当時は条約局長だった模様。

条約を結ぶにあたって国連憲章がその上に来るという考え方が「まとも」。
在日米軍に対する「思いやり予算」は出来た当初からあいまいな性格だったらしい。

少なくともここには
敗戦を経験した上で国際社会をどう生きるかという発想がある。

結果的に自分の言い分が通るかどうかは別にして
アメリカに対してきちんとモノを言っている事実がある。

自分の考えと相手の考えを比較考慮して
どのあたりが「落としどころ」かを見極めようとする「交渉」がある。

それなりの毅然とした態度を取っていれば
相手も認めるところは認めてくれるという「当然」がある。

この「シンプルさ」がなぜ普通にならないのか。
自分の未熟さゆえに相手の顔色をうかがうしかないせいだとしたら。

きちんとした「交渉」が出来ない者たちは
いたずらに感情的に吹き上がるのみだと知ろう。
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非西洋的論理について

2010-06-23 03:31:00 | Weblog
くもりときどき晴れ。深夜に雨。

中村元「龍樹」読了。

「空」というのはどうやら「~でない」という否定が基本で
二項対立をとにかく避ける思想のよう。

「これだ!」と思って何かを目指すことは間違っていて
たとえその対象が「涅槃」であっても「空」であってもいけないらしい。

ただし「これだ!」というものがないと
理解がある種の神秘体験のようになってしまったりすることもあるので微妙。

ある考え方について語る膨大な資料があれば
読み取り方次第でいろんなものが出てくるのは必至。

ではそれほどの解釈をさせた魅力とはなにか。
純粋に知的な興味もあるけれど、実は「正解」を求める気持ちが大きいのではないか。

とはいえ「正解」が出た途端に
おそらくその「正解」は誤解されて違うものになっていくのだろう。

だから敢えて「正解」を語らず
「人を見て法を説く」ことになる。

語るに足る人がそもそもいなければ
何も語られないままに終わる。

それでいいのか。
それでいいのだ。
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今に残る「下町」もしくは成瀬巳喜男の気分で

2010-06-22 04:05:26 | Weblog
くもりときどき晴れ。歩くと汗ばむ。

久方ぶりに母と妹を交えて叔母と会食。
しゃぶしゃぶの店に行く。

ただしこちらは寝起きでランチを迎えるので
肉を避けて「松花堂弁当」とやら1500円也を注文する。

叔母と妹の誕生祝いとう名目なので乾杯のビールを頼んだところ
ビールより先に弁当が来る始末で特に美味しいといういものもなし。

その後松坂屋のカフェでショコラとアイスコーヒー。
叔母は「昔の人間」なのでなんにせよ「松坂屋」が好き。

来年「傘寿」を迎える彼女はやたらに太ったことを強調する。
どういう前置きかと思ったら「胸と尻に肉がついた」と。

実際彼女は年齢よりも若く見えて無駄に「元気」ではあるのだが。
声は相変わらず大きく少し耳が遠くなった模様。

自分がなぜ「淡白」なのか。
それはさんざん「濃厚」を目にしてきたからだろう。
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「ご縁」の始まりと終わり

2010-06-21 03:50:08 | Weblog
くもりときどき雨。じめじめ。

朝から野暮用をこなして午後から仕事。
思いがけず延びて結局「一日仕事」になる。

中村元「龍樹」を途中まで読む。

龍樹は「ナーガールジュナ」を漢字にしたもので
「ナーガ」は「龍」、「アルジュナ」は昔の英雄を音写したものらしい。

推定紀元150年から250年頃に「空」の思想を唱えた人。
その思想をさまざまな本を元にしながら解説した本。

記号論理学的には矛盾するように思われながらも
「縁起=相依=相互依存」という考え方が面白い。

野暮用は来月くらいになくなりそう。
それも「ご縁」という解釈をしておく。

出会う人々はあれこれあるけれど
どこまでお付き合いをするかはわからない。

もちろんお付き合いしてもらえるかどうかもわからない。
とりあえず寿命が尽きるまで「始まりと終わり」は繰り返される。

そのことだけが確かなこと。
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必要なものを確保するということ

2010-06-19 04:29:01 | Weblog
雨ときどきくもり。場所を移動すると天気が変わる。

神保・宮台マル激トーク・オン・ディマンドⅥ
「教育をめぐる虚構と真実」を読む。

普段はネットで番組を観ているけれど
活字で読むとまた違った趣き。

ここで宣伝してもほとんど広がりはないと思うものの
それでも敢えてしておく。

いわゆるマスコミの情報とは全く違う情報によって
「目からウロコ」になる体験を求める人々は是非マル激を視聴していただきたい。

月500円で観られるのが申し訳ないほど濃い内容と
「新しいメディア」の可能性を追い続ける神保哲生の凄味を知ろう。

先日課金の方法が変わったのだけれど
「千人がそれに応じてくれた」といった内容の発言があった。

500×1000=50万。
もっとも一口500円なので何口も支払っていれば総計は変わるものの。

自分が必要とするメディアに直接代金を支払うということ。
保険やパチンコ、通販のCMにうんざりする「タダの地上波」は捨てよう。

CMをカットして録画して観るならOK。
以前にも書いたが向こうの都合でTVを買い換えるのは不愉快だし。

スポンサーに都合の悪い情報は一切出ないという「バイアス」を
「メディア・リテラシー」として知っておくのはもはや常識のはずなので。

「教育」というネタについては誰でも発言できる。
ただし本気で耳を傾けるべき発言は常に少ないことを知っておこう。
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縛られるのではなく縛られるという設定を生きるということ

2010-06-18 02:45:13 | Weblog
快晴。日差しが熱い。

マルセル・モース「贈与論」を読む。

「ポトラッチ=義務としての贈り物」についての例と解釈があれこれ。
モノを通じての人々の関係がなかなか面白い。

明日から雨だというので洗濯をする。
帰宅後すっかり乾いていてうれしい。

深夜TVで「四畳半神話大系」を観る。

マジメでズレている男子学生の妄想あふれる健全な生活を
昔言葉の紋切型表現で描くアニメ。

いろんなタイプの女子があれこれ仕掛けてくるという設定がいかにも現代風。
要はその方がめんどくさくなくっていいということだろう。

俗に「肉食系」「草食系」などという分類があるけれど
あるタイプの一貫性を生きる人は実は少なくないはず。

人はそんなにシンプルではない。
それは自然に純粋な直線が存在しないのと同じこと。

ただ残念なことに
人は「シンプルなイメージ」からしか物事を始められない。
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