退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「忙しさにかまけること」について

2012-07-31 01:10:50 | Weblog
快晴。毎日暑い。

今日も朝から晩まで働く。
身体が慣れてきた模様。

とはいえ調子に乗ると反動がこわいので
いささか自重気味ではある(ホントか)。

相変わらず本は読めないまま。
日曜にはマンガ喫茶で「闇のイージス」を12巻まで読んだものの。

ついつい寝てしまうことも少なくなく。
いちおう持って歩いてはいるのだけれど。

とりあえず盆休みまではこんな調子。
「季節労働」は続く。

毎年のように始まってしまえばどうってこともない。
ただ「めんどくさい感じ」は事前に常に付きまとう。

ある意味では「学習効果」がないわけで
どうせ慣れるのだと思ってしまえばいいのにもかかわらず。

「わかっちゃいるけどやめられない」

「三つ子の魂百まで」と言えば何やら「立派な」ようにも思えるが
「成長のなさ」だととらえれば苦笑するよりなく。

その点に関しては他人にも厳しいので
同様に自分にも厳しくしておく(ホントか2)。

さて。

この辺で眠っておこう。
明日が来たら明日の仕事をこなすのみ。
コメント

「冷静であること」について

2012-07-27 00:52:01 | Weblog
快晴。暑い。

偶然仕事が早く終わり帰宅。
その後オリンピックのサッカー、スペイン戦を観る。

前半の守備の詰めの早さは見るべきものがあったものの
後半はやはり体力の無さからくる「不正確さ」が目立った。

それにしても1対1を何度も迎えながら決めきれない永井よ。
「野人」という意味ではかつての岡野より上かもしれないが岡野はゴールを決めたぞ。

「最後のワンフェイク」が出来ないあたりに
いささか不安要素が残る。

清武も本来のパスの鋭さやキックの精度が見られず。
キャプテン吉田麻也と山口蛍のディフェンスの安定度は光っていた。

無駄にイエローカードをもらい
唯一のチャンスを逃した斎藤学には猛省を促したい。

「強豪」スペインに勝ったとうかれている向きもあるようだけれど
あの程度のスペインになら勝って当然だし途中から幸運にも11対10にもなったことを忘れずに。

長丁場で考えるならゴールを決めた大津と酒井のケガが痛いはず。
試合に出なかったメンバーの奮起に期待したいところ。

敢えて言っておけば
この程度の事はセルジオ越後が指摘するだろう。

それを「辛口」と言っているようでは
本気で「世界一」を目指していないことになるのだが如何。

「わが国の常識は世界の非常識」という言葉は
こういうところにこそ当てはまるものだと知ろう。

「世界」とじかに勝負できるスポーツだからこそ
そうした「事実」に触れることができるのだから。
コメント

「ダメの人」について

2012-07-25 00:02:13 | Weblog
晴れときどきくもり。だったか。

本を読む気力もないまま朝から晩まで「季節労働」をこなす。
移動なしやら移動ありやら。

普段怠惰に暮らしている身としては
疲れることおびただしい。

昨日はさすがにそのまま眠ってしまい久方ぶりの「休肝日」となる。
PCを開く気にもなれず。

おそらく「普通の人々」から見ればどうってことない「ハードスケジュール」なのだが
「ヤクザ」ですまん。

ふと昔の事など思い出して
こうした中で「恋愛する」ことの大変さをあらためて思う次第。

まして「一緒に暮らす」などできるわけもなく。
「自分の身勝手な体質」を再確認する。

「世の中の人たちはエライなあ」とつくづく思わざるをえない。
もっとも「向き不向き」もあるのだろうけれど。

とりあえず盆休みまではこんな調子で。
何も考えずに働くのみ。
コメント

「非合理的なこと」について

2012-07-23 00:10:26 | Weblog
くもり。今日も過ごしやすい。

衿野未矢「『さん』の女、『ちゃん』の女」を読む。

名前の後ろに付ける言葉で代表的な女性のタイプふたつを描く内容。
このタイトルは非常にうまい。

「オヤジ」から見て好ましい「女性像」を拒絶する前者と利用する後者。
「べき」と「だって」の対立だと思ってもよさそう。

ただし「現実的」にはここで対立するより
両者を適当に混ぜ合わせて対処した方がよさそう。

とはいえいずれも「オヤジ」に対する「絶望」が「前提」となっているので
そうでない男たちとの「共同作業」を考えてみてもいいかもしれない。

「そんな男いないじゃない」という声が上がることは重々予想されるので
男子たる者その「期待」に応えずにおくべきか、と男性諸君には言っておく。

思えば人はそもそも「複雑なもの」。
前者の要素もあれば後者の要素もあればよく。

おそらくは「ひとつの硬直したあり方」がマズさの元かもしれず。
少なくとも「いろんな場所」を持っている方がマシか。

繰り返すが「過剰」も「過少」も「不自然」なことを知った上で
お互いに「そこそこ」でお付き合いできれば幸い。

カップルを作る「装置」としてかつての「お見合い」のいいところといえば
「とりあえず付き合ってしまう状態」にすることだったり。

「適度な迷惑を掛け合う」といったあたりが「落とし場所」のはずなので
そのあたりの「合意」があればと思いつつ。

もっとも互いに「勝手な基準」を持ったまま
ついつい「自分の主張の正しさ」を訴えることにもなり。

とりあえず「人と付き合うこと」には「正解」を求めないのが一番。
なぜならそれぞれ自分は「合理的な存在」ではないから。
コメント

「おだやかな一日」について

2012-07-22 02:48:34 | Weblog
雨のちくもり。涼しい。

仕事帰りの道で地元の祭り帰りの人たちに交じる。
いい体格のオネエに行く手を阻まれしばし足踏みなど。

やんちゃな若者たちが自転車で道路を逆走したりして
いかにも祭りな雰囲気。

片付け途中の屋台もいくつかあって
そこだけ少し寂しさが漂う。

帰宅後全英オープンをちょいと観る。

ここぞという時に見せ場を作るタイガーがさすが。
ただしまだ本格的な復活とはいかない模様。

CM中にちょいとチャンネルを回したら「27時間TV」が。
さんまとタモリと鶴瓶がしゃべっていたので懐かしくて観てしまう。

後でたけしもやってきて気分はほとんど「バブル」。
金銭的に潤ったことはないが笑いはあふれていた頃だったか。

もっとも若かったせいもあるのは当然のこととして。
別に当時に戻りたいなどとは思わないのでそこんとこよろしく。

むしろ「若気の至り」をあれこれ思い出していやはやと思うのみ。
とはいえそれから大して賢くなったわけでもないのが残念なところではある。

そういえば幼い頃にはTVを前に顔を真っ赤にして「演説」していたことがあったらしい。
いったい何を訴えたかったのかは不明なまま。

今となっては無表情で「フン」と鼻で笑うのが「関の山」。
年月を経て変わりがないのは「好奇心」くらいか。

さて。

月曜からの「ハードスケジュール」を思うと
ついつい夜更かししたくなるあたりはまるで「テスト前の学生」のよう。

変わったようで変わらないところもあり
変わらないようで変わったところもある。
コメント

「頼りない宣伝と意見」について

2012-07-21 03:44:58 | Weblog
雨。ちょいと足下が濡れる。

昨日は久方ぶりのソウルバー。
結局空きっ腹にジンを飲んだだけで帰宅後寝てしまう。

相客は若いカップルのみ。
彼女の方は妊娠中のようだったのだがついついタバコを吸ってしまって申し訳ない。

彼らが帰った後でマスターと話す。
始めたランチも不調でなかなか厳しい模様。

繰り返すが心ある者は「クインビー」へ是非。
何かのついでに立ち寄っていただきたい。

さて。

仕事終わりに「だめんず好きシスターズ」のひとりを囲んでしばし歓談。
好きな男子がいるものの挨拶もできないのだとのたまう。

男子の同僚がていねいでわかりやすい「きっかけ作り」を教えたにもかかわらず
まるで「あらゆる不幸を数え上げる」ような返答に大笑い。

単純に言ってしまえば
彼女にとっての「世界」は「彼女の自意識による世界」。

そこに変化がない以上「世界」は変わらないままという「当然の結末」。
「傷つきたくない」あまりに「他者のあり方」を認められないならそれも仕方なく。

「来世でがんばれ」と言っておく。
もちろん「殻」を破ることができるならそれはまた別の話だけれど。

「自分」が大切な若者たちに告ぐ。

そうした「自分」が何ほどのものなのかと考えてみるべし。
真摯に見つめてみれば「ただの子ども」。

あるいは「なぜそれほど自分が大切なのか」といえば
実は「大したことのない自分の姿」が恥ずかしいことを無意識に知っているからだと思ってみてもいい。

いわゆる「現実」に直面して逃げないこと。
お互いに「ダメさ」は承知の上で。

「底」を知れば確実に積み上がるものができる。
いたずらに怖れるだけでは何も始まらない。

さらに「好ましい存在」を見つけてマネするのもよかろう。
そのうち何らかの「自分らしさ」が見えてくるかもしれないから。

要は「上を向いて歩こう」。

まだまだその存在を知らない素晴らしいものは「世界」のあちこちにある。
もっと「いいもの」に触れることで何かが変わるはず。
コメント

「落ち着きのなさ」について

2012-07-19 03:54:41 | Weblog
快晴。猛暑日が続く。

マックス・ウェーバー「社会科学と社会政策にかかわる認識の客観性」を途中まで読む。

内容がほとんどつかめないので後半にある「解説」頼みになりそう。
本来はじっくり読むべきものだとは承知しつつそれがなかなか。

体調のせいか落ち着きのない精神のせいか。
「岩波翻訳語」のせいにしておくといささか気が楽になるのだけれど。

いずれにせよ「解説」を読まないと何とも言いようがないので
感想は今のところなしということで。

ある若い女子について少々。

彼女はいささか「粘着質」を思わせる「おしゃべり」。
言葉数の多さと内容が「反比例」するタイプ。

他人を「小馬鹿」にする態度が見られるわりに相手の話を聞いていない。
自分の意見が通らないと「理屈っぽいのね」と言う。

こちらの推測によるとどうやら「祖母」を真似たキャラクター。
やや「難しい言葉」を使いたがるクセもあり。

要は「ダメな大人」を見本にしてしまった残念な結果ではあるのだが
おそらくは「自分」を認めてもらえなかったがゆえのことだとも思われて。

「相手の話をしっかりと聞ける」ということが可能になるためには
ある種の「ゆとり」が必要な模様。

「環境としての人の貧しさ」は簡単にどうにかなることでもなく
仮にそれが「家族」であれば「どうしようもないこと」でもある。

ただしそこに「幸福な他人との出会い」がありさえすれば
多少なりとも変わることはあるだろう。

それが「現実」になることを祈るのみ。

「素直さ」を奪うのは「苛酷な環境での生活」のはずで
そのあたりを「味」にできれば幸いと言うよりない。

もっとのんびり暮らせないものか。

世界を見渡せばその日の食べ物にも困っている人々が少なくないとして
何をそんなに焦っているのか是非とも聞きたいところ。

「確かな土台」を手に入れることが「普通の幸せ」ならば
いたずらに迷うことなく着実に歩いていくのがよかろう。
コメント

「バナナな国」について

2012-07-18 03:32:32 | Weblog
快晴。猛暑日。

メルロ・ポンティをあきらめて
町田徹「東電国有化の罠」を読む。

財務省・経産省・政治家・東電・銀行。
以上の五者が各自の「利益」を追求した結果「合成の誤謬(ごびゅう)」が生まれたとのこと。

ちなみに「合成の誤謬」とは
それぞれが「正しいこと」をした結果とんでもなく間違ったことが起きることを言う。

官僚は「省益」、政治家は「人気取り」、企業は「保身」、
そして銀行は「負債」を避けることで「利益」を求めるのみ。

すべてのツケは「電力料金の値上げ」というかたちで国民に。
それにしてもいまだに「損害補償あるいは廃炉にかかる金額」を正確に見積もっていないとは。

その総額はわが国の経済全体を脅かすほどのものらしい。
「セーフティーネット」どころか新たに「膨大な借金」を抱えることになる模様。

よその国のことをあれこれ言う前に
まずはこの「デタラメぶり」をきちんと把握しておこう。

要は誰にも「統治能力」がなく
「組織」や「個人」にとってのプラスマイナスでしか対処できないのだ。

「見解」として新しいのは女川原発が「まとも」だということ。
震災の時には住民の避難場所にさえなった「安全さ」を持っていると。

むしろ「再稼働」すべきなの大飯ではなくこちらで。
「過渡期のやむをえない選択」としては「アリ」なのかもしれない。

いずれ原発はすべて廃炉にするのが「筋」だとして
一足飛びに「着地」はできないのも事実。

今回の事態を招いた「いたずらな二項対立」を避けるためには
耳を傾けるに値する内容。

「目標」とそこに至る「戦略」がなければいずれ「子どものケンカ」。

思い出すのは「拝啓マッカーサー元帥様」という作品で知った「日本人の姿」。
この21世紀にわれわれはまるで戦争直後のように「上様」にすがることになるのか。

そうした「歴史」を知らずにいると
「喜劇」は何度でも繰り返されることになる。

まさに「バナナ・リパブリック」ここにあり。
コメント

「仲良し」について

2012-07-16 02:25:22 | Weblog
快晴。連日の真夏日。

昨日はマンガ喫茶に行った以外はひきこもり。

「銀玉」を12巻まで読む。
「新撰組」をネタにあれこれ遊んでいる模様。

面白いかと言われるとそれほどでもない。
結局は「仲間内の絆」を強めた上での「キャラのやりとり」。

こちらがそれなりに年齢を重ねている分
もう少し「味わい深いもの」を求めてしまうだけで若者には魅力があるのだろう。

キャラとしては「定春」「エリザベス」がまずまず。
人物なら「神楽」が好ましい。

さて。

今宵は深夜にTVで「one tree hill」を観る(たぶん「シーズン」の最初の方)。

こちらも小さな町の狭い人間関係が基本。
つながりが少しずつ広がっていくあたりはシュニッツラー「輪舞」を思い出せばいいのか。

「過去の栄光」にすがり自己中心的で息子に抑圧的な父親はいよいよ妻に捨てられそう。
ただこういう人物がアメリカの田舎町で「リアル」なのかどうかは不明。

最初は父親に似たふるまいで主人公である異母兄弟をイジメる息子や
いかにも「蓮っ葉な」女子がいずれも「案外いいヤツ」として描かれるのが特徴。

主人公とその女友だちは対照的に「真面目でいい人」。
彼らが一見「ダメなタイプ」についつい惹かれるあたりはなかなか。

「視聴者」にとってはあれこれ言いたくなる「作り」がミソだと思われる。
ただしあまりに「穏当にまとまりすぎている」ので「刺激」は薄い。

「キャラ頼み」で「一話完結型」の前者とそれなりに「筋の展開」がある分「ドラマ」な後者。
いずれも「作品」としては今ひとつというあたりが「妥当な評価」だと思うのだが如何。

このふたつに共通するものは「仲良し」。
ということは日米いずれの国にもそうした関係が失われていると思っていいだろう。
コメント

「めんどくささ」について2

2012-07-15 03:00:51 | Weblog
くもりときどき晴れ。蒸し暑い。

「見えるものと見えざるもの」を引き続き読む。

スラスラと読めはするものの
内容をきちんと受け止められる部分はほんの少々。

いつもながら情けないことおびただしい。
「よしなし事」が頭の片隅を流れたりもする始末。

どうやらサルトル「存在と無」を読む必要もある模様。
「時代」を経るとかくも「当時の当然」の「理解」に時間がかかるものか。

あるいはこちらの「受信力のなさ」のゆえか。
気分はバッド・チューニングのラジオを聴いている感じで明日へと続く。

今年もそろそろ「季節労働」がやってくる。
短い期間とはいえ始まるまでがめんどくさい。

二か所を移動する必要があるので今まで以上に疲れそう。
このところご無沙汰だった早起きもしなくてはならず。

いやはや。

「貧乏ヒマあり」のつもりが「貧乏ヒマなし」になりそう。
本当は「老後」などどうでもいいのだけれど。

そもそも本来は「老後」などない「予定」。
「親孝行」のつもりで仕方なくこなす次第。

もっとも自分の「甲斐性のなさ」が招いた結果でもあり
文句など言えた義理でもなさそう。

ほんの一瞬「普通の生活を送っていれば」と思わなくもないが
所詮「無理筋」なのは承知済み。

要は「いまだに子ども」ということで
関係各位にはとりあえず「よろしく」。

「無芸」ではあれど辛うじて「少食」であるあたりが「救い」だとしておくか。
コメント