退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「講談とファンタジー」について

2015-10-31 01:37:11 | Weblog
晴れ。昼と夜の温度差がある。

小室直樹「政治が悪いから世の中おもしろい」を読む。

今日も意味なく出かけて古本屋で購入。
100円でこの内容ならありがたい限り。

秦の始皇帝、ネロ、隋の煬帝、ヒトラー、スターリン、則天武后、ヘロデ王。
「歴史上の暴君たち」は実は「名君」でもあったという内容。

「市民の倫理」と「政治家の倫理」は違うというのがポイント。
「講談調」でまくしたてられると余計にうなずきやすいか。

先入観を持たず彼ら彼女らが「残したもの」についてきちんと見据えること。
その「当然」を思い出すのにはうってつけの作品。

それにしても滔々と流れる話に
著者が知識を「血肉」にしている凄さがありありとわかる。

「知っている」というのはこういうことかとあらためて思った次第。
このレベルでないとそうは言えないことを「基準」にすると大抵のことは吹っ飛ぶ。

今までなかった「連休」もあっという間に終わる。

TVで「るろうに剣心 京都大火編」(’14)を観る。

土屋太鳳、田中泯といった「まれ」メンバーも出てたのね。
特に前者のアクションにふむふむ。

原作のマンガはちょっとだけ読んだことがあったか。
面白いかというと微妙。

映画はキャラクターに関する「感情移入」の仕様がない雰囲気。
もっとも二作目なので「ご存じ」という扱いなのかも。

物語が何だかバラバラ。
アクションを相当に頑張っているのはわかるのだけれど。

深夜「コクーン」(’85)をちょいと観る。

ブライアン・デネヒーの宇宙人の「優しさ」。
ドン・アメチー、ウィルフォード・ブリムリー、ヒューム・クローニン、

ジェシカ・タンディ、グウェン・バードン、モーリン・ステイプルトン、ヘルタ・ウェアら。
ジャック・ギルフォードのいかにもヒネくれた感じも素敵。

スティーヴ・グッテンバーグも出ていた模様。
ラクエル・ウェルチの娘も。

老人たちの気持ちがわかるようになった今
できれば宇宙に旅立ちたい気持ちは大いにあるのだと言っておく。
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ここ数年なかった連休1

2015-10-30 02:39:28 | Weblog
晴れ。だったか。

珍しく今日明日と連休。

図書館で以前借りたことのある本をまた借りたことに気付き
とりあえず家から出る。

小林信彦「結婚恐怖」を古本屋で買って読む。

以前にアニメ「psycho-pass」を観ていて
ある種の結末を望んだりしていたのだが。

すでにそういう小説があったとはつゆ知らず。
おまけにそれがほぼ全著作を読んだはずの作家の作品だったとは。

会話の妙と東京の風景が印象に残る。
プレスリーへの思いを主人公だけに話す脇役についても。

世の男子の気持ちを代弁したような感じもあり。
「吉行淳之介+クリント・イーストウッド的」とでも言っておこう。

引き続きたまには新刊をと思い
橋本治「いつまでも若いと思うなよ」を買って読む。

今ひとつ謎なのは
著者ほどの人がバブルの終わりに「毎月百数十万」という借金を敢えて背負ったこと。

もっとも「本気を出すと受け入れられないタイプ」であることを思えば
どうやら「自殺願望」ではないかと思えるフシもなくはない。

そのあたりが微妙に「三島由紀夫」を思わせて。
「すべてを抱え込む」とこんなに複雑になるのねというのが正直な感想。

「物凄いこと」をしているのに
その圧倒的な「密度」に他人が「耐えられない」という「悲劇」よ。

どうやら著者の小説をまとめて読む必要がありそう。
若い頃数々の評論に「当てられた」者としての義務か。

そういえば「鞦韆(ぶらんこ)」という短編集では
幼い男の子が「子どもを作ってしまう話」があったっけ。

「久生十蘭にかなり影響を受けた」という人だから
その「結果」はきちんと確かめておかないといけない。
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「ある種の快楽」について

2015-10-29 02:25:14 | Weblog
晴れ。夜風が冷たくなる。

丸谷才一「快楽としてのミステリー」を読む。

著者も含めて鼎談に出ていた向井敏、瀬戸川猛資もすでに故人。
この「好ましいレベル」を思うと今や。

学生時代には探偵小説をあれこれ読んだもの。
内藤陳「読まず死ねるか!」の勢いも手伝って冒険小説も同様に。

ポーは創元推理文庫の全集、クリスティはハヤカワ文庫、
ウィルキー・コリンズやエリック・アンブラー、ジョン・バカンなどの「古典」も。

ハメット、チャンドラー、マクドナルドなどのハードボイルドや
ジャック・ヒギンズ、ハモンド・イネス、フレデリック・フォーサイス、

ルース・レンデル、マイケル・バー・ゾウハー、ジョン・ル・カレ、
ドナルド・E・ウエストレイク、メアリー・ヒギンズ・クラーク。

マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー、ジョン・ボール、ケン・フォレット、
トレヴェニアン、ディック・フランシス、ビル・プロンジーニ、ブライアン・フリーマントル。

とりあえず思い付くままに挙げてみたけれど
当時は友人と競って読んだりしたか。

その後パッタリ読まなくなったのは何のせいだろう。
いつもの「風まかせ」のせいだとしておく。

そうした「過去」を思い出してしばし茫然。
すっかり「小説」を読まなくなって久しいことに気付く。

文字通り「血沸き肉躍る」青春時代にふさわしい読書。
わが国の「捕物帳」の系列もその当時だったかも。

「半七」「銭形平次」「むっつり右門」「顎十郎」「砂絵シリーズ」や
「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人梅安」なども。

なぜか「眠狂四郎」は映画だけだったり。
これまた「風まかせ」ということで。

そういえば山田風太郎の「忍法帖シリーズ」があった。
「戦中派不戦日記」や「人間臨終図巻」にもふむふむと思いつつ。

あらためて振り返ると
「どうにも『現実を生きない』姿」がありありと浮かんでくる次第。
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「身近な暴力」について

2015-10-28 02:29:32 | Weblog
晴れ。夜になってちょいと降る。

遠藤智子「デートDV」を読む。

副題に「愛か暴力か、見抜く力があなたを救う」とあるが
警察庁の統計資料を見ていただきたい(やや下の方)。

被害者・加害者ともに30歳代がピークで40歳代、20歳代がそれに続く。
被害者と加害者の関係では当然婚姻関係が多い。

平成23年から24年、平成25年から26年にかけての数字の伸びが気になるところ。
平成26年から統計を取り始めた「生活の本拠を共にする交際をする関係」の件数の多さも。

もちろんこれは警察の統計なので
「事件」になっていない数まで考えると怖ろしいと言わざるをえず。

かつて年間1万人以上の交通事故死亡者がいた頃
その現実は「交通戦争」と呼ばれたりしたもの。

それに比べるとこの数の多さは「尋常でない」ように思えるのだけれど。
われわれのコミュニケーションはいったいどうなっているのだろう。

少なくとも「人が育つ土壌の悪化」は確かなことだと思われる。
この「統計の読み解き方」を含めて専門家の意見が聞きたいところ。

それにしても。

「暴力」という手段によってかくも多くの人々が相手を「思いのまま」にしたいとは。
その種の人間たち(たいてい男たち)はどのように「生まれてくる」のか。

「自分がルール」であることを当然とするのを
少なくともどこかで見て覚えたことは確かなはずで。

普通に考えれば「親」ということになる。
何しろ「身近な存在」をマネするのが「子ども」だから。

あるいは「全能感」を一度も崩されたことのない子どもが
「厄介」だから放置されてそのまま年をとったのかも。

もしくは「承認欲求」が満たされない「不遇」の中
感情をコントロールできないまま育った結果だったり。

こうした「貧しさ」を抱えているのがわれわれの「社会」。
結局は「資源としての人の質」が圧倒的に落ちている事実だけが残る。

なぜそうなってしまったのかについて
誰か明快に解いてくれないものか。
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「ややこしさ」について

2015-10-27 02:59:11 | Weblog
晴れ。おだやか。

ウィリアム・ブロード&ニコラス・ウェイド「背信の科学者たち」を読む。

プトレマイオス、ガリレオ、ニュートン、ドルトン、メンデル、ミリカン。
歴史上の優秀な「科学者たち」も「実験」によるデータを都合よく利用。

「自説」のためあるいは「名誉」のために
「証拠」を「捏造」するのは昔からよくあることらしい。

まして研究に必要な「予算」を得るためなら
現代の科学者たちも同様なことをするのはある意味「必然」か。

もちろんそうでない科学者たちが大勢いるのはわかっている。
ただ「人」として「まとも」かどうかは「科学の才能」とは無関係なのがポイント。

「見たいものしか見ない」結果
自説に有利な「証拠」しか見えないこともあったり。

事ここに至ると「客観性」などというのは
われわれからはるかにかけ離れたもののようで。

だからこそ「チェック」が必要にはなるものの
「権威」に目くらましされ「専門性のタコツボ化」が進めばそれも難しく。

どこまでも「宙ぶらりん」でいられる「体力」を維持するべく
できるだけ謙虚でいたいものではある。

それぞれの育った「環境および年月」は人を何事かに執着させる。
その「バイアス」はどうにも取り除きようがないと知りつつ。

もっともある種の「強引さ」が「望ましい結果」を生み出すこともあるのだから
何とも「ややこしい」と言うよりない。

いやはや。

あらためてもっと「いいものに触れなければ」と思うことしきり。
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「マニアであること=現実嫌いであること」について

2015-10-26 03:17:08 | Weblog
晴れ。風に冷たさが増す。

小林信彦「女優で観るか、監督を追うか」を読む。

youtubeに今は亡き大瀧詠一とのラジオ番組での対談があったので
2時間ほどついつい聴いてしまう。

「ロング・バケーション」は買わずに
なぜか「イーチ・タイム」を買ってしまった過去など思い出して。

なるほど「打てば響く」とはこうした会話のことをいうのか。
何ともうらやましいかぎり。

「無意識過剰」あるいは「親不孝声」な小林旭よ。
日活を支えたスターであることは間違いなく。

「南海の狼煙」(’60)の冒頭で宍戸錠が「オレはサザエが嫌いなんだ」と言って去る。
「アワビ」なら好きであることの「裏返し」だと知っておこう。

「関東無宿」(’63)では松原智恵子が「バンビ」のように可愛い。
中原早苗も初々しいこと。

さて。

綾瀬はるかは「うれしい」を「うりしい」と言う。
前田敦子の演技がうまいというのには驚かされた次第。

やはり気になった人はきちんと追いかけないとダメらしい。
NHK朝ドラの波瑠もなかなか。

宮崎あおいの少女時代を演じていた子が可愛く
ちょいと変わった苗字だったはずだが忘れてしまった。

いずれも「キレイな女子」だけ観ているのだから
いわゆる「現実」とはほど遠い世界のこと。

基本は「現実」がイヤなのだろう。
もっとも「思い通りにならない」のが人生だと知っているからではある。
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「ままならないこと」について

2015-10-25 03:24:49 | Weblog
晴れ。深夜の東の空に線香花火の玉のような月。

今宵もクインビー。

マスターから年内店じまいの話を聞く。
その他あれこれ聞いているうちに終電を逃す。

店に戻って一杯もらい歩き出したところ
何だか3時間弱家まで歩いて今頃帰宅。

仕方ないことではあるけれどやはり寂しい。
今年の大晦日が最終日になりそうなので関係各位は是非。

マスターの調理技術が確かであることは間違いなく
これを「新たな始まり」だと解釈しておく。

本切れで古本屋で買った吉原真里「ドット・コム・ラバーズ」読む。

7年前の著書なので現在どうなっているかは不明。
別の本の中でタイトルを見かけたのでちょいと。

「ご縁があるかないか」を互いに割り切ればこうした形もOK。
もちろんあたりはずれはあるのも承知の上で。

数少ない「昔の彼女たち」には申し訳ないが
結局「自分で手いっぱい」のタイプ。

その後それなりに「精進」しているつもりではあるものの
実態はかなり「あやしい」。

どうもひとりでいるのがお似合い。
もう少し「飲み友だち」が欲しいとは思いつつ。

常に「ままならない」のが人生だとすれば
その「当然」を受け入れるのみ。

すっかり醒めてしまったので
もうちょいと飲み直して寝る。
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「相性とニュースと家」について

2015-10-23 01:51:05 | Weblog
晴れ。このところ昼間はずっと暑い。

キース・デブリン「数学する遺伝子」を読む。

残念ながら著者の考えには乗れずに終わる。
相性が悪かったということで。

そのせいもあって読み終わるまでが長く感じた次第。
そういうこともある。

「オッカムの剃刀=合理的な説明は最小限に」を持ち出すまでもなく
もっと短く明確にまとめればいいのになどと。

いわゆる「評論」についてはほぼ毎回思うことで
「論理的であること」についてあらためて考えさせられる。

もちろん「筋」だけではあまりに素っ気ないけれど
やはりそこに何かしらの「味わい」がないと。

「自分のアンテナ」にとっての「目からウロコ」があれば最高。
あとは文章が素敵なら申し分ない。

そういえば。

NHKの昼のニュースで気になったことが。

イギリスが習近平を相当に歓迎しているニュースの中で
中国がイギリスの原発に投資する話が出ていて驚く。

投資そのものはあれこれなされるのだろう。
ただしそこに敢えて「原発」という言葉を入れたあたりに「作為」を感じたり。

一部では「安倍チャンネル」などと呼ばれているようだから
そうしたことはもはや「当然」なのか。

少なくとも「計算不能なリスク」を負うことが「まとも」だとはどうしても思えず。
「電力の安定供給」が課題ならば原発以外の手段で知恵を絞ればいいだろう。

その一方。

マンションの杭打ちの「データ偽装」は「日常」のようで。
建設業界の「手抜きによる利益確保」は映画「グリード」(’24)の昔から「常識」。

それにしても「衣食住」の「住」という「生活の基本」に金がかかりすぎるのは何故なのだろう。
そのあたりの「カラクリ」を是非説明してもらいたいところ。

建築家坂茂よろしく「紙の家」に暮らすのも一興。
「健康で文化的な最低限度の生活」が維持されないのは「憲法違反」でもあるのだから。
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「楽しみふたつ」について

2015-10-22 03:25:01 | Weblog
晴れ。帰宅時の夜空に肌色の半月。

小林信彦「新編 われわれはなぜ映画館にいるのか」を読む。

「旧編」である「映画を夢みて」はもちろん読んでいたのだけれど
今回迂闊にも「新編」が出ていたことを初めて知った次第。

植木等と柴山幹郎との対談が新しい「おまけ」。
あらためて著作を調べてみるとその多さに驚く。

著者は「新刊が待ち遠しい書き手」のひとり。
昭和七年(1932)生まれだから今年83歳になるのか。

2歳年上のクリント・イーストウッドともども長生きしていただきたいもの。
「ずっと現役でいること」が素晴らしいかぎり。

こういう「見巧者」になりたいと思って久しいものの
とてもとてもと思うのみ。

今後とも勝手にあれこれ教えていただくつもり。
もっとも「生来の怠惰」ゆえ映画を観ることさえ満足にしていないのが情けない。

さて。

Char meets SPECIAL LIVE 斉藤和義 奥田民生 山崎まさよし 野村義男 チャボ」。
昨夜は観始めたらついつい朝を迎えてしまう。

ひみつのアッコちゃんのエンディングの曲」については
TVで観ていた当時から「おシャレ」だとは思っていたけれど。

作曲が小林亜星だとはつゆ知らず。
作詞も井上ひさしと山元護久の「ひょっこりひょうたん島コンビ」で。

こういう楽しいセッションに触れるといけません。
お客さんも参加したりして。

ある種の「至福の時」。
何ともうれしく楽しい。
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「ある時期の音楽あれこれ」について

2015-10-21 01:56:04 | Weblog
晴れ。ちょいと動くと汗が出る。

平野肇「僕の音楽物語 1972-2011」を読む。

著者はプロミュージシャンであり作詞をしたり小説を書いたりもしている模様。
失礼ながらいずれも全く知らなかった。

荒井由実は好きだけれど
そのバックバンド「ダディー・オー」についても同様。

さまざまなミュージシャンたちのレコーディングやライブに参加したことが
この本を生み出すことになったらしい。

「音楽」が「ビジネス」になる以前の様子がよくわかる内容で
いろんな「お付き合い」があったのねという印象。

松任谷正隆、林立夫、細野晴臣、後藤次利、松本隆、小坂忠、岡林信康、
小原礼、高橋幸宏、鈴木茂、坂本龍一、佐久間正英、石川鷹彦、山岡英二(吉幾三)、

ハイ・ファイ・セット、オフコース、瀬戸龍介、村上ポンタ、吉田拓郎、
なぎらけんいち、BUZZ、山下達郎、吉田美奈子、大貫妙子、ふきのとう、長谷川きよし、

ダウンタウン・ブギウギバンド、五輪真弓、小室等、遠藤賢司、斎藤ノブ、
吉田建、りりィ、伊藤銀次、土屋昌巳、下田逸郎、大滝詠一、石川セリ、久保田麻琴、

来生たかお、庄野真代、鈴木キサブロー、あべ静江、ちあきなおみ、NSP、四人囃子、
内藤やす子、子門真人、堀内孝雄、かまやつひろし、福島邦子、松山千春、

ブレッド&バター、西島三重子、岡本おさみ、忌野清志郎、古井戸など。
もちろん知っている名前を挙げたのみ。

副題は「名もなきミュージシャンの手帳が語る日本ポップス興亡史」。
こんなにいろんな「才能」と出会えるなんてとしばし嘆息。

この手の情報に興味がある向きは是非。

個人的には茶木みやこ「まぼろしの人」のブルース・バージョンを聴いてみたい。
スローなテンポでどういうアレンジになるかが楽しみなので。

ウルフルズのカバーはほぼそのまま。
この曲を採り上げたことには大いに賛同するものの「ひとひねり」が欲しかったところ。
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