退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

PC破壊

2008-11-16 21:16:35 | Weblog
雨のちくもり。風が冷たい。

パソコンが壊れてしまったので
とりあえず修理に出すことにした。

しばらくネットとは無縁の生活になる。
それもまた楽しからずや。

現在は実家のパソコンから。
今から帰宅予定。

携帯屋に行くものの何度も無駄足を食わされる。
免許を持たない人間は住民票が必要らしい。

二回目はなぜか1時間半かかると言われ
そこまで待てずにまた出直すことに。

孫の陰謀もここまで来たか。
しかしサービス業のはずが使えない輩が多すぎる。
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結局ヤクザ

2008-11-12 01:02:14 | Weblog
くもり。夜気が冷たい。

イングマール・ベルイマン「不良少女モニカ」を観る。

陶器屋に勤める19歳のハリーと八百屋に勤める17歳のモニカ。
純真な青年と奔放な娘は現実を離れて青春を楽しむのだけれど。

早くに母を亡くし父親も病弱な前者は恋人とのひとときを夢み、
酒乱の父と喧しい弟たちに飽きた後者は今までと違うタイプに惹かれる。

やがて楽しい「放浪」から帰宅したふたりは晴れて結婚、
娘も生まれ幸せな生活が待っているはずだったのだが。

ふたりともクローズアップになるシーンがある。
ただしモニカのそれにはハリーのような「楽しい過去」が重ならない。

若い恋人たちに見せて感想を聞きたくなる作品。
監督特有の厳しい視線にどう答えるのだろう。

萱野稔人「カネと暴力の系譜学」を読む。

法を通じて暴力を独し、法によってそれを正当化する国家は
非合法だという一点を除いてヤクザと変わらないという視点が面白い。

暴力(刑罰を伴う強制力)を背景に税を徴収するのは
「制裁」をちらつかせて「みかじめ料」を取るのと同じこと。

他の暴力から社会の安全を守る名目で税を徴収するのと
店のトラブルを無事に解決する名目で「みかじめ料」を取るのは同じこと。

猪野健治・山平重樹といったヤクザに詳しい著者の引用と
フーコー、ドゥルーズ、ガタリといった哲学者の引用が「等価」なのもなかなか。

「戦争の民営化」は国家が自ら責任を取らないまま
民間軍事企業を通じて暴力を実践するための方策だというのも言い得て妙。

港湾・炭坑といった場所でアウトローを利用した暴力によって強制された労働が
形を変えて「いつでもクビを切れる」間接雇用という形で「健全化」されたという解釈もある。

武力を背景に植民地を増やすことで「市場」を開拓、
大量生産で余った商品を買わせて儲けた「帝国主義」との類似に注目しよう。
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積み上げてから決断するということ

2008-11-11 01:02:47 | Weblog
くもり。風が身を切る。

最相葉月「いのち 生命科学に言葉はあるか」読了。

たとえば脳死臓器移植は是か非か。
脳死と判定される家族の立場と臓器移植をしないと死ぬことになる患者の立場。

どちらにも理はあり是か非かと聞かれると困るので
とりあえず個人の判断に委ねるしかないだろう。

どちらかを「違法」にするのではなく
それぞれの立場がそれぞれの決断を積み重ねて行く。

それらの例を情報公開しておいて
もし自分がそういう決断を下さなければならなくなったときに参照する。

そういうことが可能になればいいのだけれど。
いずれにせよ単純に白黒つけるための「力業」だけは避けたいと思う。
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星座のせいにして

2008-11-10 01:09:00 | Weblog
晴れ。寒さは昨日ほどでもなく。

最相葉月「いのち 生命科学に言葉はあるか」を半分読む。

クローン技術が投げかけること。
ES細胞や遺伝子改良がもたらすものとは。

何かが出来るようになることによって別の何かが生まれる。
いいことも悪いことも含めて新たな波紋が起きる。

思い通りになるということは
思い通りにならないことを捨てること。

未来の複雑さを単純さに変えるとき
人は祈るようにして進路を決める。

これはギャンブルなのだろう。
できる限り事前にあれこれ知っていたい気持ちもありつつ。

そういう意味であらためて
「流れに身をまかせること」の意味を知る。

人間は小さい。
だからこそ大きなことがしたくなるのか。

てんびん座としてはあくまでも
バランスが肝心だと思うことにする。
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ささやかな希望など

2008-11-09 00:59:17 | Weblog
くもり。風が冷たい。

ライアル・ワトソン「ネオフィリア」を少しだけ再読。

「ネオフィリア」とは「新しいもの好き」のこと。
「フィリア」が「好き」で「フォビア」が「嫌い」という接尾辞。

昔読んだときは科学の面白さとややいかがわしいところが楽しめたけれど
慣れてしまったのか今回の印象はいっそすっきりした感じ。

一編一編が短いので
もう少し長い方が味わいが出るのにという気がした。

ただしまだ著者を知らない向きには
これくらいの長さの方がむしろいいのかもしれない。

いかにも体育会系な若い友人が「男同士でしゃべっている方が楽しい」と言う。
「そのうちヘンタイな、いやたいへんなことになりますよ」と脅しておく。

ある時期以降若い女子は同年代の男子に魅力を感じなくなったらしいと聞く。
その若い彼を見ていると、さもありなんと思わないこともない。

とはいえ互いに自分をいいと言ってくれる「マニア」がひとり居さえすれば
平均や統計など無視できるというのがこの手の話のミソではある。

世界の人口はだいたい66億人で男女半々ぐらいだとして
子どもと老人を除いても結構な数になるのでのんびりやっていればいいか。

しかしできればどんなカップルも
それぞれに似合った雰囲気で他人を微笑ませるものであってほしい。
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見上げるということ

2008-11-08 01:08:48 | Weblog
くもりときどき晴れ。夜になって風が出る。

小林信彦「ぼくが選んだ洋画・邦画ベスト200」を再読。

Ⅰ.「ぼくが選んだ洋画・邦画ベスト200」
Ⅱ.「極私的クロニクル」という二部構成。

前者で挙げられたさまざまな作品について
あれこれと思い浮かべながら楽しむのがまず最初。

未見のものもあるし観ることのできないものもあり
再び観てみたいものもある。

後者は若き日の「エッジのきいた」著者の姿が見られる。
ちなみに70年代初頭の著者は30代後半から40代前半にかけて。

何にせよきちんとしていたいものだと
怠惰の日々の中思ってはいるのだけれど。
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逆さ読みなどのてくにーく

2008-11-07 03:56:52 | Weblog
kokiaの「調和」の歌詞の後半をわかりやすく書いておく。

わたしの心におだやかな時を帰してくれる
この森にひしめく音は絶え間なくそして静かでざわついた

わたしの心におだやかな時を帰してくれる
この森にひしめく音は絶え間なくそして静かにざわついた

音生まれる生まれる生まれる
沈んで沈んで沈んで音の海に

音生まれる生まれる生まれる
ハモるハモるハモるハモる音の海に

わたしの心におだやかな時を帰してくれる
この森にひしめく音は絶え間なくそして静かでざわついた

わたしの心におだやかな時を帰してくれる
この森にひしめく音は絶え間なくそして静かでざわついた

この森にひしめく音は絶え間なくそして静かでざわつ(ここは「いた」を省略してる模様)

わたしの心におだやかな時を帰してくれる
この森にひしめく音は絶え間なくそして静かでざわついた

わたしの心におだやかな時を帰してくれる
この森にひしめく音は絶え間なくそして静かでざわついた

わたしの心におだやかな時を帰してくれる
この森にひしめく音は絶え間なくそして静かでざわついた

途中の「3 25 15 21 23 1」はアルファベット順で「cyouwa=調和」を表わす。

本当の逆回転だとローマ字読みにすべきなのだが
ひらがなそのままを逆さ読みするのがポイント。

「いた」を省略した部分は単なる逆さ読みを
呪術に使われるような意味不明な音の感じに変えているのも注目。

全体に「古代」を表わすためだと思われるけれど
その効果はメロディーとともに見事に発揮されている。
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謎の理髪店

2008-11-07 00:52:38 | Weblog
晴れ。夜になって雨。

久方ぶりに仕事。
嫌気も差さず無事に終える。

橋本治「ぬえの名前」を流し再読。
「自分の特異体質を娯楽にする」という一節が面白い。

チェーン店の安い床屋に行ったら
すすぎの後で自分で顔を洗うように言われた。

髪をすすいでいた時にシートが徐々に上がってきて
なんだか妙な格好にされたのも奇妙。

本来首を乗せるはずのくぼみに
何度かアゴをコツコツぶつける破目に。

店内では洗濯機が回っていて
「リンス、いやハミングしないの?」「しない」というやりとりも。

おそらく彼らの頭の中には「小さな宇宙人」がいるはずだ。
いよいよ「メン・イン・ブラック」が本当に必要になってきた。
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事実ふたつ

2008-11-06 00:58:23 | Weblog
晴れ。連休最後の日。

ノーム・チョムスキー「すばらしきアメリカ帝国」を読む。

新聞・雑誌に出ている記事を元にアメリカ批判をする著者も今年80。
「敵国」がすると犯罪になり「自国」がするとその事実が消えるのが面白い。

人は見たくないことは見ない。
あらためてその事実を思い出させる。

清水宏「有りがたうさん」を観る。

天城街道を走る若いバスの運転手(上原謙)は
道をよけてくれた人に必ず「ありがとう」と声をかける。

そのために「有りがたうさん」と呼ばれて
街道を利用する人たちから好かれているのだが。

そんな彼のバスに乗ってきたのは
身売りに行く娘と母、あやしげなヒゲの紳士、黒襟の女、行商人たちなど。

現代人からすると人々が話すテンポの遅さに慣れるのに時間がかかるかも。
1936年(昭和11年)の作品なのでじっくり付き合うこと。

それぞれの事情が明らかになっていきそのどれもが一様に重い。
ただし背後に流れる軽快な音楽がその「湿気」を奪う役目。

運転手に仄かな恋心を抱く黒襟の女(桑野通子)は
身売りの娘(築地まゆみ)が後の座席から前へ来たのを元の席に戻す。

それでもバックミラーですべてを悟った彼女は
運転手にヒソヒソ話をしてどこへ行くかも告げずに去る。

上原謙が「中古のシボレーを買った」という昭和モダンの色もあり。
その一方で彼に流行歌のレコードを買ってきてくれるよう頼む村の娘もいる。

「ターキー」水の江滝子と「トーキー」をかけた駄洒落も登場。
父親を亡くした道路工事の朝鮮人の娘(久原良子)は哀しいけれど。

遠慮しながら勧められた酒をちょいとひっかけて民謡を歌う行商人たち。
金山に手を出して娘を二人を身売りさせた男は夢を忘れられず山をさまよう。

個人的にはやはり桑野通子の「まっとうな玄人ぶり」が好ましい。
眉を細くした彼女は一瞬、綾瀬はるかに似ている表情もする。

わずか78分でこれだけのことが描き出せること。
そういう事実は大いに参考にすべきだろう。
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酔いのまにまに

2008-11-05 03:30:32 | Weblog
深夜再四youtube。

友人が聴いていたkokiaを巡る。
これほど完璧にコントロールされた声は初めてで圧倒される。

素顔は工藤静香を薄味にした感じで話す声も似ているのだが。
カントリー・バリ・沖縄・北欧東欧のフォークソングを混ぜた感じの曲調。

日本の古代を思わせるのは「調和」という曲の歌詞の後半。
「巫女」という言葉が自動的に浮かんでくる。

http://jp.youtube.com/watch?v=ylHJkMYSC-E

テレビアニメ版「蟲師」の主題歌らしい。
youtube版はパリのライヴで声が艶やかな感じになっているけれど。

原作はずいぶん前に借りて読んだ記憶がある。
独特のおぼろな雰囲気の絵が印象的だった。

こうして夜中にあれこれする「巡礼」も
宗教的な部分がないとも言えない。

近代はこれを「土俗」として否定した。
合理性で理解するにはあまりに膨大な情報の前に「土俗」は近代に「復讐」する。

「細胞のざわめき」を無視して済むほど
「理性」は「理性的」でもないことを知るべきだろう。
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