退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「受信アンテナの不具合あるいはこのところ集中している物語」について

2020-05-30 02:16:30 | Weblog
晴れ。湿度が低いので過ごしやすい。

本はいくつか読んだが詳細は敢えて伏せる。

というと意味ありげだがこちらの状態がよくなかったということで。
アンテナの「受信」が悪かったということにしておく。

「フリンジ シーズン4」を観進める。

こちらの希望通りに「いい感じ」になってきた次第。
今後もこの線で進めて行ってもらえればありがたいのだが。

いちおう明日観終わる予定。
このところこればっかりで夜中に「寝落ち」が普通に。

「異なる2つの世界」に「そっくりな自分」が。
今回はその片方がいなくなるという設定がなかなか。

オリビアとピーターの関係で興味深いのは
後者とは違う世界にいる前者が「他者の記憶」を生きようとする決断。

この世界の片割れのニーナが「悪玉」であることは以前から。
リンカーンの「恋心」が「向こうの世界」で叶えられることにもなり。

盛り上がって参りましたという趣き。
「シーズン5」まであとわずか。

さて。

この物語をどう終わらせるのかが気になるところ。
「ハッピーエンド」なのか「to be continued=つづく」なのか。

「監視人セプテンバーの干渉」が「愛」なのか。
どうやらブロイルズがシェイプシフターであることが暴かれそうな趣き。

もうちょいと観て寝ることにする。
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「『差別=同じ人間だと見ないこと』あるいはとりあえずの『結末』を観るつもりのドラマ」について

2020-05-28 03:34:46 | Weblog
晴れのちくもり。だったはず。

安田浩一「ルポ 差別と貧困の外国人労働者」を再読。

わが国最大の企業であるトヨタが日系ブラジル人を「使い捨て」に。
あるいは岐阜の繊維業の中国人についても同様。

「差別」とは相手を「人間」だと見做さない事実がここに。
いったんその「認識」になってしまえば「奴隷扱い」も平気になる仕組みよ。

「貧困ビジネス」と「企業もしくは労働力に欠ける農家」の「需要と供給」か。
なぜこんなことが「当たり前」になるのかが謎で。

「自分が生き延びる」ためには何でもありらしい。
そこに「お前が生き延びるに値する存在なのか」という問いはなく。

少なくともわが国がこの種のことを「現実」にしているのは事実。
「インチキなシステム」をこのまま維持していいわけもないだろう。

「フリンジ シーズン4」を観始める。

ピーターが消えた設定からようやく「SF風」が復活。
「好ましい軌道」に戻ったのはグッド。

とりあえず「シーズン5」までは確認するつもり。
無料で観られるということで。

最後まで行ったら映画に戻るはず。
新しいものも懐かしいものも含めて。

観るつもりの作品はあまりに多く。
要は「退屈するヒマ」などないということでよろしく。
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「『世界の広さ』と『タイムマシンによるやり直しの無限』あるいは『職人の反復の重要性』と『増税の有効性』」について

2020-05-27 02:25:30 | Weblog
天気についてはもう書いたはず。

卯月妙子「人間仮免中」を再読。

8年前に出たもの。
あらためてこの「世界」の壮絶さを知る。

「統合失調症の在り様」を教えてくれると同時に
本気で「生きているだけでありがたいこと」も。

本作の続編が4年前に出ているようなので是非とも読まなければ。
図書館にあればいいのだけれど(著者にはすまん)。

それにしてもボビーとの「激しい愛のかたち」よ。
こういうこともあるのだからやはり「世界は広い」のだと思うことしきり。

「フリンジ シーズン3」を観終わる。

ここでの「タイムマシン」は「世界の終わり」を「修復する」ために。
ただしそのパターンが許されるなら「やり直し」は「無限」に可能なわけで。

物語としては破綻しているのだが。
いちおうシーズン4も観てみることにする。

例えば「オール・ユー・ニード・イズ・キル」(’14)。

ループを繰り返すたびになぜか主人公が成長する「ビルドゥングス・ロマン」に。
「反復作業の重要性」を説いたものだと思えば納得できる部分もあるけれど。

要は「職人としての成長」がSFものに。
おそらく現在の人々には一番欠けているものであると思われるのだけれど。

「圧倒的な反復作業」がもたらすものは「揺るぎなさ」。
そうした「基礎」を持たない者たちはいたずらに不安を抱くのみ。

そうそうマル激も観たのだった。

今回のゲストは経済学者の井出英策。
もはや「成長」など望めない経済状況を認識した上で。

いたずらに「留保もしくは貯蓄」されている資金を税金というかたちで吐き出させて。
教育・医療・介護を「無料」にするシステムを作ることが肝要だと。

「現金を配る」のではなく「サービスを配ること」。
わが国ではそうした分野がすべて「個人負担」であるゆえに不安が生じるのだとも。

なるほど「増税」はそういうかたちで「活きる」のかと思った次第。
「使い道」さえ真っ当ならそれでいいはずで。

「現在の政府」に不安を思う向きには。
「われわれがその使い道を担保する存在であること」こそ「民主主義」だったり。

今後「留保や貯蓄」が増える見込みが少ないことを思えば。
これが「ラストチャンス」かもしれないと思ってもよさそう。
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「『天職』と『セクハラ』と古典的な題目に興味がないこと」について

2020-05-26 22:33:50 | Weblog
くもりのち雨。激しくはなく。

一昨日は図書館へ出かけたものの臨時休館。

古本屋で秋元康・鈴木おさむ「天職」を買って読む。
7年前に出たものらしい。

「大したストレスもなく長く続けられる仕事=天職」だと思ってよさそう。
そうだとすると今の自分の仕事もそうなるのか。

繰り返すが若い頃には決してなるまいと思っていた類いの仕事だったのに。
「若者の判断」などたかが知れているという一例だということで。

「どういうわけかそんなことに」。
そのまま現在に至る。

昨日は牟田和恵「部長、その恋愛はセクハラです!」を再読。

本書で採り上げられているものほど酷くはないとはいえ
過去を振り返れば似たようなことをしていたかと思うと冷汗三斗。

全般的に「男はバカである」と思うくらいがマシかも。
もっとも若い世代はそうでもないのやもしれず。

いちおう「男=オヤジ」に限定しておこう。
関係各位には「申し訳ない」。

さて。

このところ「フリンジ シーズン3」を観続けているのだけれど。
「新鮮さ」がどんどん失われていっている趣き。

「親子」とか「恋愛」といった「古典的な題目」に興味がないせい。
もっとSFものらしいネタに専念していただきたいもの。
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「『バ-ミキュラ』が提供しようとする現実と『ドラマの歴史』を心得たドラマあるいはTVの圧倒的な劣化」について

2020-05-24 03:07:37 | Weblog
くもりときどき晴れ。日差しが熱い。

バーミキュラの店に行く。

母親がいたく気に入った様子なので「買えば」と言うものの
持ち合わせがないようなので次回に。

6月1日からカフェがオープンするということでその味を確かめてからと。
どうせ「うまい」に決まっているのだが。

「フリンジ シーズン2」を観終わってそのままシーズン3に。

オリビアが髪を染めた瞬間にヒッチコック「めまい」(’58)だと了解する。
なるほどそう来たかといった趣き。

「シェイプシフター」が「現在」を維持したいと思うようになる描写にふむふむ。
「目的」は「経験」によって曖昧になったり。

「ロボ・コップ」(’87)のピーター・ウェラーや
かつて好きだったエイミー・マディガンがゲストに。

「もうひとつの世界」でのウォルターが実は「正しい人」ではないかと予想する。
「悪=善」という「物語の技術」に基づいて。

「ふたつの世界」がある中でオリビアがすることは「同じ」だったり。
とりあえず観られるだけ観るつもり。

途中から吹替でなく字幕版を観ることになったのだけれど。
わが国の声優たちの「技術」がなかなか。

ある意味で「モノマネの世界」に近い。
なるほど「わが国の過去の歴史」を思えばそうなるか。

地上波のNHKを観ていると一日のうちに同じニュースが3回繰り返される。
なぜそんなことになっているのかは不明なまま。

自動的にTVを観ないようになるのもわかる次第。
「朝昼晩」という時間の区切りによるものなのかどうか。

要するに。

TVを観ないようにというサインを送っているように思えて仕方なく。
BSの番組も興味を惹かれるものは少なく。

例えば音楽・映画・ドキュメンタリーといった種類別に特化すればいいのに。
世界のニュースについても同様に。

視聴者の「要望」を無視しているとしか思えず。
おそらくはここでも「オッサンの害」があるような。
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「ある種の『世界』で生き延びるために必要なことあるいはすでに『怪獣』が各地にいること」について

2020-05-22 04:23:54 | Weblog
くもりときどき晴れ。シャンプーでなく石鹸で頭を洗う。

下の妹が持ってきた中川政七「日本の工芸を元気にする!」を読む。

「いいもの」さえ作っていればいいという「常識」とは異なる結果がここに。
いわゆる「ビジネス書」とはちょいと違う印象。

生き残るためにはそれなりの「売り方」を考えないと。
さらにはそれが継続して利益を上げるものでないと。

もっとも「売るための仕組み」を理解する相手との出会いも重要か。
それでも「いいもの」を支えている小さい組織がつぶれて行く現実もあり。

「生き残りのための新しい道の模索」はすでにここに。
「コロナ以前のこと」であるのを覚えておこう。

「フリンジ シーズン2」を続けて観る。

「ピーターの謎」がようやく解かれることに。
「世界」を危うくさせても「子どもが大事」という描写にふむふむ。

この「選択の意味」をじっくり考えたいもの。
少なくともここには「損得感情」はなく。

ただひたすらに「子どもが可愛い」だけ。
こういう親は子どもが何をしても「守ろう」とするはず。

「古典的な親の愛情」がSFに交わる具合。
ただしその「愛情」がもたらすものは厄介で。

実際にこの種のことがあるとたいてい育つのは「怪獣」。
「全能感」を否定されることにだけ神経が集中するのだから。

要は「セカイ系」ということで。

気分次第で「世界」は変わり。
自らの「能力のなさ」に気付くこともないままに。

こうしたことはすでに現実であることを知っておこう。
「怪獣」は各地にいるはずなのでご確認を。
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「『夢中になるもの』を持てないわれわれの『下世話さ』と一方的に『消費者』でなく『生産者』であることの大切さ」について

2020-05-21 02:47:41 | Weblog
晴れときどきくもり。おだやか。

小林信彦「映画の話が多くなって」を再読。

3.11の1年後のあれこれを思い出す。
そして「その後」がさらに「悪夢」である現在よ。

「他者を貶めるより楽しいことがない」のは何故か。
要は「自分が文句なしに楽しいこと」がないから。

思わず夢中になってしまうこと。
そういうものを持たない「ノイジー・マイノリティーの声」が増幅され。

これも常に「騒動」を求めるマスメディアゆえ。
自らの「生き残り」のためいたずらにネット界隈を重視することに。

「酷いもの」を観たいというわれわれの愚も手伝って。
何とも「貧しい現実」よ。

「フリンジ シーズン2」を観る。

「謎」は「解けないうちが花」ということをあらためて。
「種」を撒いておけば人々が食い付くというシンプルな事実。

「あやしい科学」がいつのまにか「普通の現実」と組み合わされて。
ちょいと魅力が薄れつつある模様。

「物語」をひたすら消費する側だけにいるとそういうことになる次第。
実はわれわれは自由に「物語の生産者」になれるにもかかわらず。

繰り返すが必要以上に「過去の過ち」に拘泥するなかれ。
少なくとも生きている間にはいくらでも「物語の更新」は可能。

「こうでしかないという自分の作った前提」には絶えず疑いの目を。
「異なる世界」を観る目を養っておきたいもの。

われわれの脳があらゆるものを「単純化する存在」であることを忘れずに。
同時に「そうでもない存在」であったりする「矛盾」を抱えることこそ「生きること」。

曰く「禍福はあざなえる縄の如し」。
それぞれの「実験」をきちんと記録しておくことの大切さも忘れずに。
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「『ナナメの関係』と『立派さ』あるいは残念なわが国と『希望』」について

2020-05-20 22:07:47 | Weblog
くもりのち雨。仕事場で傘を借りる。

吉野源三郎・羽賀翔一「漫画 君たちはどう生きるか」を読む。

新たに読むものがないので上の妹が置いていったものを。
ずいぶん昔にオリジナルは読んだはず。

ここにあるのは「叔父さんと甥」という「ナナメの関係」と
「立派な人」という「価値観」。

あるいは「友人へのいじめ」を止められなかった悔恨の強さと
「過去の失敗」を自分の中だけで引きずり続けるなということなど。

今どきこうした「真っ当さ」は失われて久しいので
多くの人に読まれることになった模様。

マル激を観る。

今回のゲストは「自立生活サポートセンター・もやい」理事長の山本連。
9割がた個人の寄付で活動しているというのにふむふむ。

本来生活保護は「権利」であるにもかかわらず。
バッシングされたり必要な人々がそれを受けることをためらったり。

それにしても「国は弱者を救うべきか」という問いに対して
諸外国と比べてわが国だけが異様にNOと答える人が多いのに驚くのみ。

こうした「自己責任」が強調されるのは
本来弱者を救うべき共同体が崩壊したためだという指摘を覚えておこう。

国が直接個人を救うと「アイツばっかり」といった「妬み」が生まれるとのこと。
しかし「貧しい」ですな、わが国民は。

その一方で。

「コロナ禍」はむしろ「貧困」を身近なものにしたので
これをいい機会に「従来の態度」を変えることができればという話も。

ただし残念なのは常にこの種の「外圧」がないと「変化」が起きようもないこと。
かくも「内発性」がなければ致し方のないことなのか。

とりあえず「新しく好ましいかたち」を生み出す「知恵比べ」を各地で。
「世界」が常に「あらたな貌」を見せることは確かだから。
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「『老人力の更新』とわが国にはなぜかないドラマあるいは『宙ぶらりん』しか生きられないこと」について

2020-05-19 02:11:41 | Weblog
くもり。夜になって降り始める。

仕事場と中継駅を2往復する。

「早起き」した割りには眠気が来ず。
ここでも「老人力」を更新中なのか。

久方ぶりにドトールで過ごす。
閉まっていると思っていたら開いていた次第。

「フリンジ シーズン1」全20話を今頃ようやく観終わる。

なぜアマゾン・プライムには吹替版しかないのかは不思議だけれど。
シーズン2も少しずつ観ていくつもり。

なるほど「もうひとつの世界」を設定してしまえば物語は広がるか。
「あやしい科学」をあれこれ採り上げて見せるあたりがポイント。

繰り返すが監督・脚本家を複数使った「科学」がテーマのドラマがわが国にはなく。
本気で作れば絶対流行るというのに。

「スタートレック」を信じている男の登場があり最後にはレナード・ニモイも登場。
本棚にはアーサー・C・クラーク「幼年期の終わり」があったり。

そうした「遊び」もあるのがなかなか。
昔読んだSFのあれこれが懐かしい次第。

さて。

コロナウィルスの「未知ぶり」はこうしたドラマもしくは小説に似ていて。
「事実は小説より奇なり」が本物に。

「先がわからない現実」があらゆる場所で明らかに(もともとそうなのだけれど)。
「信頼できる情報源」がどこにあるのかを知った上で立ち向かいたいもの。

その「信頼性」を判断する自分が「正しい」のかどうかを疑いながら。
もはや「宙ぶらりん」を生きるしかないということ。

何でもかんでも「白黒付けられる」時代の終わり。
それでもあなたは「他人まかせ」を生きるのかどうか。

いたずらに「悪玉」を見つけるカタルシスを得るだけ?
あるいはどこかにあるはずだと思っている「正しさ」を信じればいいのか。
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「『神の視点』を求めた作家の人物スケッチとオリジナルに失礼な続編ふたつあるいは『回り道』」について

2020-05-16 02:55:48 | Weblog
晴れ。夜十時頃に降り始める。

「阿佐田哲也の怪しい交遊録」を再読。

集英社文庫から91年に出たもの。
文庫で29年前だからオリジナルはそれ以上前。

「兵隊やくざ」(’65)の原作者としてかろうじて知っている有馬頼義(よりちか)。
「秋津温泉」(’62)の原作者の藤原審爾。

あるいは棋士の芹沢博文などの「キャラクターぶり」が何とも。
そして彼らの姿を描く著者も同様に。

「彼岸」に行った人も多い中で健在な人々の名前を挙げておこう。

畑正憲、長谷川きよし、山藤章二、水森亜土、十朱幸代、加賀まりこ、富士真奈美、
吉行和子、平野レミ、黒鉄ヒロシ、井上陽水、森雞二、伊集院静、高橋三千綱、佐藤愛子。

「交遊録」という名の「人物スケッチ」ということで。
何ともうらやましい「お付き合い」の数々よ。

「紙相撲」をひとりで楽しんだ著者ならではの作品。
「神の視点」を求めたゆえか。

クリスチャン・デュゲイ「スキャナーズ2」(’90)を観る。

つまらんだろうと思いつつついつい。
やはりつまらん。

姉弟の関係が初めて登場。
スキャナーズを使って「権力欲を満たそうとする男」がいて。

結局「血管が膨れて頭が爆発する映像」のみが頼りでは何とも。
ありきたりな「陰謀」を加えたのみ。

「毒を喰らわば皿まで」ということで。
引き続きクリスチャン・デュゲイ「スキャナーズ3」(’91)を観る。

姉は父親が試験中のクスリを使って「魔女」に。
弟は思いがけず親友を殺してしまって悩み放浪の末なぜかタイへ。

「世界征服」をたくらむ姉を阻止しようとする弟との対決に。
結果はわかっているのでどう描くのかと思ったら案外「古典的」。

オリジナルのデヴィッド・クローネンバーグ「スキャナーズ」(’81)と比べようもなく。
キャストにも物語にも魅力がないのが残念。

「休日前」になるとなぜか昔から「ジャンク=ゴミ」を求める習慣は変わらず。
素敵な著者に倣って「回り道」だということにしておこう。
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