退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「同窓会のあれこれあるいはもうどうにもならないくらいの『現実』」について

2018-10-21 01:12:08 | Weblog
晴れ。適当に時間をつぶして。

同窓会でほぼ食べずに飲む。

わかる人とそうでない人の違いにふむふむ。
なるほど男子は一様に老けている。

女子に関しては確認できる範囲でどうにか。
かつて所属していたバスケ部が案外来ていることが意外。

先生たちの「その後」に納得。
そうかもう82歳なのかといった趣き。

自分の年が相当なのだから当然のこと。
フラフラになって帰宅。

堤未果「(株)貧困大国アメリカ」を読む。

すでに「国家」は「多国籍企業」の支配下に。
こうなると「不買運動」くらいしか「抵抗手段」はなさそう。

あらゆる「インチキ」にどう対抗するのか。
詳細は「金の流れ」を追うことによって明確に。

謎なのは「金持ちがさらに稼ぎたい気持ち」。
「足るを知ること」がかくも難しい「現実」よ。

佐藤優「勉強法」を丸善で買って読む。

著者のレベルがわかりやすい内容。
「知らないと何もわからないこと」がいっぱい。

具体的な「処方箋」があるので安心する。
ただしそれを「現実」にする人々がどれくらいいるのだろう。

今日出会ったかつての同級生たちは
どうやら「限られた世界」のあれこれについて述べるのみ。

正直全く刺激なし。
とりわけ男子のそれは特に。

ショボい。
ほぼその場を動かずに飲んだ次第。

この場に来ない人々のことを思う。
「特定の場所」ができることはそこに来られない人々を思わせる。
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「歴史への情熱の源とコミュニケーションの現状あるいは初めての同窓会」について

2018-10-20 02:20:11 | Weblog
晴れ。夕方から夜にかけて少し降る。

「鷗外歴史文學集 第六巻」で「伊沢蘭軒」を読み始める。

著者の「歴史への情熱の源」はいったい何なのだろう。
単に「こういう人物がいたことを知らせたい」だけではないような。

「日本外史」の頼山陽が若き日に「暴れん坊」だったことを初めて知る。
かなりの「癇癪持ち」だったことも同様に。

「今とは違う可能性」を見出すことが楽しかったのか。
「普請中=造りかけ」がいつのまにか「堅固な現実」になってしまったことへの「抗議」か。

明日読了できるかどうかは微妙。
とりあえず成り行きにまかせることにする。

深夜「クローズアップ現代+」で乳がんを扱った回の再放送を観る。

生死に関わる病を得ないと夫は妻に「向き合えない」のかと思った次第。
この「現実」は相当に深刻だと思った方がいい。

「乳房再建」の技術の進展にふむふむ。
もっとも「成功例」の紹介のみなので実際にどうなのかについては不明。

男女間であるかどうかに関わらず
いずれ「他人の気持ち」は図りがたいものであることは確か。

「言葉にするしかないこと」をあらためて。
もちろん「相手の気持ちを理解したい」という前提があってこそ。

さて。

明日は初めて高校の同窓会へ。

この種のものには思い入れがないので「ネタ作り」のために。
「同級生の変貌ぶり」が見ものではある。

まあ「酒を飲む口実」になるのは確かなので悪くはない。
適当に楽しむつもり。
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「琥珀と懐かしいCMあるいは素敵な作曲家」について

2018-10-19 02:08:19 | Weblog
晴れ。今日もおだやか。

飯田孝一「琥珀」を見て読む。

採掘されるものを「ピット・アンバー」、
海岸に打ち上げられるものを「シー・アンバー」という模様。

かつてドイツでは「Berstein=バースタイン」と呼ばれ
それが転じて「Burning stone=燃える石」とも。

中には乳白色のものもあってそれも魅力的だけれど
やはり「クリア・アンバー」と呼ばれる透明感に満ちたものが素敵。

ギリシャ人はそれを「エレクトロン」と呼び
「electricity==電気」あるいは「electron=電子」の語源でもあるとのこと。

実物はこちらまで。
「太陽の光が入っているもの」だと当時は思われたらしい。

「綺麗なもの」を見るとしあわせな気持ちになる。
実に「簡単なこと」なので忘れずに。

布施明の「落葉が雪に」(’76)には
「琥珀色に染まった グラスを傾けて」というフレーズなど。

「腕立て伏せ」という語呂合わせの台詞のあるCMがあったのを思い出す。
その歌詞はCM限定(サントリーだもの)。

残念ながらyoutubeに映像はないので不確かなまま。

思えば当時のサントリーのCMにはサミー・デイヴィス・ジュニア
ニッカにはオーソン・ウェルズなどが出ていて。

小林亜星のこの曲も忘れ難い。
レナウン娘」や「この木なんの木」も。

彼の業績についての本が出ていないのは謎。
もちろん「寺内貫太郎」としてのそれも含めて。

「職業作曲家としての神髄」がここに。
この「才能」は覚えておきたいもの。
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「女子の豊かさと男子の貧しさ」について

2018-10-18 02:56:58 | Weblog
くもりときどき晴れ。おだやか。

金井美恵子「『スター誕生』」を読む。

「スター誕生」といえばジョージ・キューカーの映画(’54)を思い出すわけで。
ジュディ・ガーランドとジェームズ・メイスン。

オリジナルはウィリアム・A・ウェルマン(’37)で
こちらはジャネット・ゲイナーとフレデリック・マーチ。

物語は「ハリウッドの内幕もの」。

アル中の映画スターが相手役にしたジャズ歌手は女優として大成功。
その一方彼の人気は下がるばかり。

アカデミー主演女優賞を獲った彼女に相当酷いことをしたにもかかわらず
女優をやめ妻として彼を助けるつもりだという話を聞き。

どうしようもない自分に嫌気がさした彼は入水自殺をする。
その後彼が自分の成功を祈っていたことを友人から知らされた彼女は。

彼と最初に出会った同じハリウッド映画救済資金のショーで
「わたしはノーマン・メイン夫人です」と言うラストが有名なはず。

フランク・ピアソン版(’76)ではバーバラ・ストライサンドとクリス・クリストファーソン。
主題歌も大ヒットした。

今年さらに物語の設定を変えたブラッドリー・クーパー「アリー/スター誕生」も。
こちらはミュージカル仕立てかつ監督が主演も兼ねレディー・ガガが相手らしい。

本作では各世代の女子たちによってファッションや髪型、映画と俳優たちや文学が語られる。
「豊かな女子の世界」を是非。

ちなみに「デシン」や「ジョーゼット」はこんな生地。
昔の女子は「裁縫ができるのが基本」だったことも忘れずに。

「パーマ」が「パーマネントの略」で「永久の髪型」であることも同時に。
ついでに「ドローンワーク」も載せておくことにする。

内藤ルネ」を知っておくとさらに楽しいかも。
かくして「女子を知る旅」は続くということでよろしく。

それとは別に。

「脳内ひきこもり」をしがちな若い男子たちは
目の前にいる相手の話を「音声」として処理するのみで「内容」は聞かないのが常。

さまざまな匂いも含めて「女子の現実」を知らないとどうにも。
「同世代では物足りない」のも当然のことか。

もっとも「年長世代」のそれも大したことはなく。
この「コミュニケーション・ギャップ」をどうにかしたいものではある。
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「何もない日」について

2018-10-17 01:46:53 | Weblog
くもり。だったはず。

本は読んだがハズレ。

いつものように「こんな日もある」と。
自分の選択ミスだから仕方がない。



気分はこんな感じか。
いやこんなにスッキリとしてはいないな。

歯医者で奥の方にある親知らずの穴を埋める。
舌の運動になるかと思ってしばらく放っておいた結果。

歯ブラシを使わないと詰まったものが取れなくなるケースが増えて。
これで気にしなくてもよくなった次第。

定期健診もあと一回くらいで済みそう。
あまり硬いものは食べないので今のところ不自由はなし。

街中で久方ぶりに幼児にじっと見つめられる。
これまたいつものように見つめ返して。

無邪気な表情を観るのは気持ちがいいもの。
もっともこちらもそんな表情をしているのかと言われると微妙。

「仏頂面」というのがおそらくは基本のはず。
学生の頃には「ターミネーター」と言われたこともあったか。

シュワルツェネッガーに似ているわけではないのでよろしく。
要は「無表情」だということだったのだろう。

さて。

何もない日は何もないままに。
もうちょいと飲みながらゴソゴソして寝る。
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「素敵なおじさんと『革命という生真面目』より笑いをということ」について

2018-10-16 01:43:15 | Weblog
くもりときどき雨。パラつく程度。

谷川雁「汝、尾をふらざるか」を読む。

詩人から「サークル村」へそして「工作者」に。
やがて童話や宮澤賢治、合唱曲の作詞など。

「多数決を否定する」「連帯を求めて孤立を恐れず」などの名文句を思えば
「コピーライターの先達」だとも思えて。

評価できるほど著者のことを知らない身としては
「素敵なおじさん」だと思うのみ。

少なくともその文章には読んだ者の「襟を正す」趣きがあり。
石牟礼道子に「葛藤がない」という批判などなかなかできないはず。

ここまで自分を生きる姿はむしろ爽快。
そういう人生もあるのだと知っておきたいところ。

とりあえず「駆け抜けた人」だと思うことにしておく。

さて。

「革命」は「祭り」でその後はお構いなし。
ただの「乱痴気騒ぎ」に終わることも少なくなく。

「既成秩序の破壊への情熱」はその後の「秩序形成」を思わないのが「定石」。
それでもどこからか「秩序」は出来上がる仕組み。

フランス革命を「ギロチンによるお遊び」だという視点など。
「ヨーロッパの野蛮さ」を忘れずに。

どんな場所においても「エッセンスは壊れもの=フラジャイル」。

そこで浮かび上がるのが「持続可能性」。
楽しくしれっと「現実を変えること」だったり。

「好きに生きること」をそれぞれに。
「生真面目」よりは「おふざけ」をもっと。

「圧倒的な怒り」を「笑い」に変えて。
微笑や微苦笑、哄笑から呵呵大笑まで。
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「自転車の修理と『隠居という知恵』あるいは司法の圧倒的なデタラメさ」について

2018-10-15 02:24:21 | Weblog
晴れ。おだやか。

パンクしたと思われる自転車を修理に出す。

すぐに修理してくれるのかと思いきや4時半まで待てと。
その間に図書館へ行き帰宅。

再び自転車屋へ。
タイヤに空気を入れるムシがダメになっていただけということで安く済む。

養老孟司・南伸坊「老人の壁」を読む。

前者の「異言」を後者が受け止める内容。
「長生き」が自動的に「いいこと」ではないのをあらためて。

老人はさっさと隠居すべし。
この「知恵」をもっと活かしたいもの。

好きなことに没頭していると「不機嫌」にはなれないことも。

マル激を観る。

「甲子園のどうしようもないインチキ」を扱った回。

野球というスポーツにおいてピッチャーがヒジの靭帯を否応なく痛める事実よ。
金足農業の吉田の異様な投球数の多さは医学的には「ありえないこと」。

すべては朝日新聞主催の「甲子園」のせい。
「しょうもない大人の事情」が若者たちの「犠牲」を生み出し。

何よりメジャーへ行ったピッチャーたちの多くが
「トミー・ジョン手術」を受けざるを得ない現実があることを忘れずに。

早急に「投球制限」をしないとどうにも。
少なくとも野球好きな子どもたちを指導する者は知っておくべきこと。

NNNドキュメント「我、生還す 神となった死刑囚・袴田巌の52年」を観る。

静岡地裁の「真っ当な判決」を東京高裁は覆した模様。
どうやら裁判官というのは「途方もないバカ」らしい。

ごく普通の人の人生をどこまで狂わせるのか。
「拘禁反応」によってすでに「独自の世界」を生きるしかなくなっているというのに。

「取り調べの酷さ」を記録したテープまであるのにも関わらず。
「人質司法=いったん被疑者とされたら23日間は拘束される」現実は今でも。

「冤罪発生装置」が維持されているのは「パラダイス」としか言いようがなく。
わが国の司法が「魔女狩りの中世」と変わりないことを知っておこう。

何がそれを可能にしているのか。
裁判官の「プライド」だとしたらそんなものは「犬に食わせろ」。

いやはや。

わが国ではこの種の「パラダイスぶり」がはびこって久しい。
「半世紀」に渉って「死刑宣告」を受けた者が「異界」に行くのも仕方ないこと。

要は「シラフで生きられますか」。
それよりは好きなことを見つけて暮らす方がよかろう。
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「男前な女子が好きなことあるいはそれが過去の歴史のせいかも」ということ」について

2018-10-14 00:30:47 | Weblog
くもり。雨はパラパラ。

「鷗外歴史文學集 第五巻」読了。

主人公が死んでもなお「歴史」は続く。
個人的には「五百=イオ」という「女丈夫」がいたことにふむふむ。

「男前な女子」に惹かれるのはなぜなのだろう。
自分が「昔ながらの女子」くらいに思えばいいのか。

老舗バーへ行く。

客はそこそこ来ていて。
東京で「栖=すみか」というバーをやっている人の恋人に会う。

「八丁堀」という土地柄がいい感じ。
結構な「財産」を継ぐことになった娘よ。

「遺産」があることは案外苦しい。
その「事実」を確認した次第。

彼女は恋人が「したいようにさせる」らしい。
マスターの矢継ぎばやの「会話」も受け止めて。

「女子のおおらかさ」をあらためて。
その勢いでついついよからぬことを再び。

繰り返すが女子が楽しそうに暮らしている姿が好き。
もっと各地に。

かつて「女子を無視した個人的な歴史」のせいかも。
申し訳ないと思うのみ。

ニューボトルを入れてホッとする。
来週は行けないから。

また気付かずに寝てしまう予感が濃厚。
身体の反応に任せるのみ。
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「時代を超えた名作と『乳酸の真実』あるいはわが国で売れる曲調」について

2018-10-13 02:11:01 | Weblog
くもりのち晴れ。やや風が吹く。

「鷗外歴史文學集 第五巻」で「澀江抽斎」を読み始める。

何だか「ポストモダン文学」を思わせる内容で興味深い。
肝心の主人公に辿り着く前に関係者の歴史のあれこれがたっぷり。

別の作品で採り上げられた人物たちの姿も。
バルザック「人間喜劇」の匂いもしてくる次第。

こんなに魅力的な作品だったのかと思うことしきり。
明日読了予定だが今日のペースからすると微妙。

今回はとりあえず読み終えることにして。
おそらく何回も読み直したくなる作品になると思われるのだが。

そこはそれ「生来の怠惰」ゆえどうなるのかは不明のまま。

深夜「クローズアップ現代」の乳酸を採り上げた回の再放送を観る。

「乳酸」って「悪玉」じゃなかったのねというのが正直な感想。
それを活かしてさらに持久力を高めることができる模様。

そのためのトレーニングの基本は「ややキツイとキツイの間」だったり。
普段結構な早足で歩いているつもりだったがもう少しスピードをあげてもよさそう。

仕事の行き帰りで毎日都合30分以上は歩くので
今後そうしようかと思いつつこちらも気分次第。

米津玄師「lemon」を観て聴く。

「男juju」といった始まり。
「これいーじょう」という歌い方のリズムは珍しいかも。

「和風のサビにちょいと洋風も」とでも言ったらいいのか。
「どこかで聴いた好ましい部分のモザイク」のような。

なるほど売れるわけだと思う。
ただし音楽的に素敵かというとそれはまた別の話。

歌詞の基調はほぼ「西野カナ」。
「ウェッ」という「合いの手」は面白いけれど。

一曲だけで判断するのは難しいものの。
わが国ではどうしてもこの種の曲が売れるのは時代を問わず。

もちろん他の曲には違う魅力があることを承知の上で。
一瞬salyuもしくはミスチルの香りも。
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「思考と教育の荒廃」について

2018-10-12 02:53:49 | Weblog
くもりときどき雨。電車に傘を忘れる。

レベッカ・コスタ「文明はなぜ崩壊するのか」を読む。

「反対という名の思考停止」「個人への責任転嫁」
「関係のこじつけ」「サイロ(タコツボ)思考」。

新しい試みを阻害するのは大きく言ってその4つだというのが本書のキモ。
どんなに「栄華」を極めた文明もそれらによって滅ぶのだと。

それらをまとめれば結局のところ「非論理的であること」。
そして「何が正しいのか」を「他人の考え」と擦り合わせて考えないこと。

この「当然」をこんなに長く書く必要があるのかと思いつつ。
いかにも「アメリカらしい」けれど。

それぞれが「論理」をもってそれらを確かめ合えば。
もう少し「マシな結論」が必ず出るはず。

深夜マル激を観る。

今回は「教育」について。
今の教育では学生を変えられないと。

「中間層」にもっと影響を与えられるようにしないとダメだというのに納得。
いわゆる「頭のいい層」は「放牧」すればOKだから。

大学をどうこうする以前にもっと早くからやらないとというのにも同様。

つまり。

虫をさわれる環境があることや「答えのない問い」を考えること。
それらが「日常」にならないとどうにも。

「知識の詰め込み」は後から十分可能。
もちろん「議論できるだけの知識」は必要なものの。

さらに重要なのは「魅力的な教師」がいることだろう。
もっと「多様な人材」を登用したいもの。

現在の学校はほぼ「パラダイス」だと思っていい。
いい意味での「不良」こそが「新しいもの」を作るのだと思うくらいがマシ。
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