晴れ。今日も風冷たし。
「新版 増補 共産主義の系譜」読了。
レーニン、トロツキー、スターリン、チトー、フルシチョフ、毛沢東。
ローザ・ルクセンブルグ、ルカーチ、グラムシなど。
極度の資金難に苦しむボリシェビキが1907年にニ十五万ルーブルを強奪したのに比べると
1932年のわが国の「大森銀行ギャング事件」はいかにもショボく見える一方。
「革命のためなら手段を問わず」という姿勢は変わらず。
現在ではなかなかそうは思えない考え方ではある。
ロシアのインテリゲンチャが「人民の生活に役立たぬ文化を人民の犠牲において習得」したため
「人民に対する罪を償うために人民革命の犠牲者となる義務を感じた」というのにふむふむ。
スターリンが「一度も国外に行ったことがない」という指摘にも納得。
そのことが「ソ連中心」な発想を生み出したらしい。
「共産主義の発展不均衡」はチトーとスターリンの対立へ。
結果として成功したユーゴスラビアは「独自路線」を辿ることに。
ただしチトー亡き後の冷戦崩壊後のかの国では紛争が起き
スロベニア、マケドニア、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナなどに分裂。
「歴史の複雑さ」をあらためて。
それをきちんとと追いかけている著者の凄さも同様に。
「いいところと悪いところ」の両面を公平に評価すること。
「本物の批評」とはおそらくそういうものなのだろう。
「権力の過度の集中」と「生真面目すぎること」にはご用心。
ただし難しいのは「統治」のためには「権力の集中」も必要であることか。
「群雄割拠」は「戦国時代」を繰り返すだけ。
「権力の空白」が案外「悲惨な現実」をもたらすことも忘れずに。
著者のような「リアリスト」からすると「わが国の現在」はどのように見えるのだろう。
是非とも聞いてみたいところではある。
さて。
仕事場の若い同僚は武道で日本一になったことがある「つわもの」。
自分に「いろんな顔があること」を言うのだけれど(誰にもあることじゃない)。
彼が主張するのは「自らの発言の正しさ」。
「オレ間違ってないっすよね」と。
残念ながら彼にもどうやら「権力欲」があり。
「建前」を演じつつ「本気」になったら相手を「潰す」とのたまう。
いちおう「組織の力を見くびってはいけない」と言っておく。
「気に入らない一人」を倒しても君が組織から弾かれるよと。
「身体で知ってもらう」のが早そうなのでそれ以上の「お節介」はせず。
「組織で勤まるかなあ」と淡い疑問を投げかけるのみ。
「正しさ」だけで生きられるほど「世の中」は甘くない。
むしろ常に「負け組」であることが多いはず。
いかにも「単純な彼」はやがて「複雑な彼」になるのかどうか。
それもやがて「歴史」が答えを出す。
「新版 増補 共産主義の系譜」読了。
レーニン、トロツキー、スターリン、チトー、フルシチョフ、毛沢東。
ローザ・ルクセンブルグ、ルカーチ、グラムシなど。
極度の資金難に苦しむボリシェビキが1907年にニ十五万ルーブルを強奪したのに比べると
1932年のわが国の「大森銀行ギャング事件」はいかにもショボく見える一方。
「革命のためなら手段を問わず」という姿勢は変わらず。
現在ではなかなかそうは思えない考え方ではある。
ロシアのインテリゲンチャが「人民の生活に役立たぬ文化を人民の犠牲において習得」したため
「人民に対する罪を償うために人民革命の犠牲者となる義務を感じた」というのにふむふむ。
スターリンが「一度も国外に行ったことがない」という指摘にも納得。
そのことが「ソ連中心」な発想を生み出したらしい。
「共産主義の発展不均衡」はチトーとスターリンの対立へ。
結果として成功したユーゴスラビアは「独自路線」を辿ることに。
ただしチトー亡き後の冷戦崩壊後のかの国では紛争が起き
スロベニア、マケドニア、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナなどに分裂。
「歴史の複雑さ」をあらためて。
それをきちんとと追いかけている著者の凄さも同様に。
「いいところと悪いところ」の両面を公平に評価すること。
「本物の批評」とはおそらくそういうものなのだろう。
「権力の過度の集中」と「生真面目すぎること」にはご用心。
ただし難しいのは「統治」のためには「権力の集中」も必要であることか。
「群雄割拠」は「戦国時代」を繰り返すだけ。
「権力の空白」が案外「悲惨な現実」をもたらすことも忘れずに。
著者のような「リアリスト」からすると「わが国の現在」はどのように見えるのだろう。
是非とも聞いてみたいところではある。
さて。
仕事場の若い同僚は武道で日本一になったことがある「つわもの」。
自分に「いろんな顔があること」を言うのだけれど(誰にもあることじゃない)。
彼が主張するのは「自らの発言の正しさ」。
「オレ間違ってないっすよね」と。
残念ながら彼にもどうやら「権力欲」があり。
「建前」を演じつつ「本気」になったら相手を「潰す」とのたまう。
いちおう「組織の力を見くびってはいけない」と言っておく。
「気に入らない一人」を倒しても君が組織から弾かれるよと。
「身体で知ってもらう」のが早そうなのでそれ以上の「お節介」はせず。
「組織で勤まるかなあ」と淡い疑問を投げかけるのみ。
「正しさ」だけで生きられるほど「世の中」は甘くない。
むしろ常に「負け組」であることが多いはず。
いかにも「単純な彼」はやがて「複雑な彼」になるのかどうか。
それもやがて「歴史」が答えを出す。