こんにちは、ご無沙汰です。
我が家のアイドルだいちゃんが旅立って丁度1週間が過ぎました。
夫婦ともに、日々の気分は穏やかなときもあれば、
急に高ぶり抑えようがなかったりと、
目まぐるしく移り変わっておりました。
丁度この1週間は天気もそんな感じで、
朝方は風もなく暖かい春の日差しかと思ったら、
昼には急に真っ黒に曇りだし、強く冷たい雨が降り、
その後再び日が差し、そしてまた雲っては強い風が吹き、
気がつけば夜には真冬の寒さ。
そんな奇妙な日が続きました。
こういうときは体調を崩しやすいから注意しないと。
そう思っていた矢先、早速鼻風邪をひいてしまいました。
ですのでただ今、マスクをつけて過ごしております。
すると、時期が時期なもんですから皆さんは、
「あれ?花粉症?お大滋に。」
と。
そうではないのですが、めんどくさいのでそういう風にして花粉症を装っております。
それだと、
目が赤くなっていても全く不自然ではないので都合が良いのです。
それにつけても、
こういう時一番心の痛みをやわらげてくれるのは、やはり思い出。
悲しみから逃げるように過去のブログや日記を読み返すと、
そこには忘れていた様々な出来事が綴られており、
「ああ、そういえばこの時はずいぶん喜んでいたっけ…」とか、
「そうそう、こういうの大好きやったな…」とか、
そういう楽しかった出来事が鮮明に甦ります。
すると、つい先ほどまで頭の中は、悲しみや、後悔、そして罪悪感などでいっぱいだったのに、
「いやいや、あの子には楽しくて、幸せだったことの方がたくさんあったやないか。」
と、そう思えてきて、それまでの心の痛みが、まるで痛み止めでも打ったかのようにゆっくりと鎮まっていくのです。
自分の記憶や考えなどは、案外あてにならなくて、
どうしても、直近の強烈な出来事中心に偏ってしまいます。
ですが、こうして日々の記録をつけておけば、
忘れていた、些細で、見逃しがちな幸せな日々を、
再びはっきりと思い出し、そして追体験できるんです。
だから今回は本当にこうして日記を続けていてよかったなと感じました。
そして、また同じように痛みをやわらげてくれたのは、わんこたち。
夜中、ふと沸きあがる激情に悶々とし、いたたまれなくなった時、
ふと、脇に寄ってきてくれるふわふわの子。
それをそっと撫ぜるだけで、ずいぶんと心が安らぎました。
だから、この子達のためにもいつまでも沈んでばかりもおれません。
なにより、だいちゃんはそういうことを望むはずもないですから。
そういうわけで、また再び以前のような日常に戻るべく、
今日から動き出そうと思います。
とはいえ、やはり激しく揺れる感情は抑えることが出来ないですが、
それはあえて抑える必要もないと思っております。
なぜならば、そういう悲しい気持ちなどもひっくるめての全てがだいちゃんとの生活であったから、
喜びや幸せと同じく、悲しみや後悔もまとめて受け止めねばならないと思っていますから。
以前友人であるパルケさんがおっしゃったこの言葉。
「命を引き受けるということは、
その生も死も、全てを受け止めるということだから…
(その子が亡くなった時)大丈夫ですか…?」
この意味が痛いほどによく分かります。
ですが、そのキツさ以上の幸せを私たちはたくさんもらってしまっているので、
今後もやはり、あの子のような迷い犬がいたら引き受けてしまうと思います。
「負けてたまるか!」
実はこの言葉、今回私と奥さんがあの子が逝って数日後に口にした言葉。
私は、自分自身の気持ちに対して口にしたのですが、
おそらく奥さんも同じだったのだと思います。
たくさんの方々から、暖かいお見舞いのお言葉と、
可愛らしいお花をいただきました。
Y崎さんありがとうございます。
ままるーさんありがとうございます。
どちらも素敵なお花なので、他の子達と一緒にお店に飾らせていただいております。
草花の匂いをかぐのが大好きな子たちだったので、
きっと、今は大喜びだと思います。
どうもありがとうございました。
我が家のアイドルだいちゃんが旅立って丁度1週間が過ぎました。
夫婦ともに、日々の気分は穏やかなときもあれば、
急に高ぶり抑えようがなかったりと、
目まぐるしく移り変わっておりました。
丁度この1週間は天気もそんな感じで、
朝方は風もなく暖かい春の日差しかと思ったら、
昼には急に真っ黒に曇りだし、強く冷たい雨が降り、
その後再び日が差し、そしてまた雲っては強い風が吹き、
気がつけば夜には真冬の寒さ。
そんな奇妙な日が続きました。
こういうときは体調を崩しやすいから注意しないと。
そう思っていた矢先、早速鼻風邪をひいてしまいました。
ですのでただ今、マスクをつけて過ごしております。
すると、時期が時期なもんですから皆さんは、
「あれ?花粉症?お大滋に。」
と。
そうではないのですが、めんどくさいのでそういう風にして花粉症を装っております。
それだと、
目が赤くなっていても全く不自然ではないので都合が良いのです。
それにつけても、
こういう時一番心の痛みをやわらげてくれるのは、やはり思い出。
悲しみから逃げるように過去のブログや日記を読み返すと、
そこには忘れていた様々な出来事が綴られており、
「ああ、そういえばこの時はずいぶん喜んでいたっけ…」とか、
「そうそう、こういうの大好きやったな…」とか、
そういう楽しかった出来事が鮮明に甦ります。
すると、つい先ほどまで頭の中は、悲しみや、後悔、そして罪悪感などでいっぱいだったのに、
「いやいや、あの子には楽しくて、幸せだったことの方がたくさんあったやないか。」
と、そう思えてきて、それまでの心の痛みが、まるで痛み止めでも打ったかのようにゆっくりと鎮まっていくのです。
自分の記憶や考えなどは、案外あてにならなくて、
どうしても、直近の強烈な出来事中心に偏ってしまいます。
ですが、こうして日々の記録をつけておけば、
忘れていた、些細で、見逃しがちな幸せな日々を、
再びはっきりと思い出し、そして追体験できるんです。
だから今回は本当にこうして日記を続けていてよかったなと感じました。
そして、また同じように痛みをやわらげてくれたのは、わんこたち。
夜中、ふと沸きあがる激情に悶々とし、いたたまれなくなった時、
ふと、脇に寄ってきてくれるふわふわの子。
それをそっと撫ぜるだけで、ずいぶんと心が安らぎました。
だから、この子達のためにもいつまでも沈んでばかりもおれません。
なにより、だいちゃんはそういうことを望むはずもないですから。
そういうわけで、また再び以前のような日常に戻るべく、
今日から動き出そうと思います。
とはいえ、やはり激しく揺れる感情は抑えることが出来ないですが、
それはあえて抑える必要もないと思っております。
なぜならば、そういう悲しい気持ちなどもひっくるめての全てがだいちゃんとの生活であったから、
喜びや幸せと同じく、悲しみや後悔もまとめて受け止めねばならないと思っていますから。
以前友人であるパルケさんがおっしゃったこの言葉。
「命を引き受けるということは、
その生も死も、全てを受け止めるということだから…
(その子が亡くなった時)大丈夫ですか…?」
この意味が痛いほどによく分かります。
ですが、そのキツさ以上の幸せを私たちはたくさんもらってしまっているので、
今後もやはり、あの子のような迷い犬がいたら引き受けてしまうと思います。
「負けてたまるか!」
実はこの言葉、今回私と奥さんがあの子が逝って数日後に口にした言葉。
私は、自分自身の気持ちに対して口にしたのですが、
おそらく奥さんも同じだったのだと思います。
たくさんの方々から、暖かいお見舞いのお言葉と、
可愛らしいお花をいただきました。
Y崎さんありがとうございます。
ままるーさんありがとうございます。
どちらも素敵なお花なので、他の子達と一緒にお店に飾らせていただいております。
草花の匂いをかぐのが大好きな子たちだったので、
きっと、今は大喜びだと思います。
どうもありがとうございました。