いよいよ近づいてきたお爺さんに、ついに耐えられな
くなった女性は、席を譲ろうと立ち上がった。
折角素早い動きで勝ち取った席ではあるが、この状況
ではしょうがない、お気の毒ではあるが。
ところが、これで終われば問題なかったのだが、そう
はならなかった。
なんと、お爺さんは席に座ろうとしないのだ。
所謂、微妙な年齢ではない。
誰が見ても、よろよろのお爺さんだ。
そのお爺さんが「いや、いいです」と断ったのだ。
こういう場合、立ち上がった人の立場はどうなる。
振り上げた拳の置き場がなくなる状況というやつか、
ちょっと違うか。
まあいい、兎に角席は一つ空いた状態になった。
すると、そのお爺さんの後を付いてきた(の割には
ちょっと距離があったが)奥さんと思しきお婆さん
が、それではとその席に座った。
見た目では、お爺さんの方が大分よぼよぼなのだが、
何はともあれ年寄りのお婆さんが座ったから、この
周辺に漂っていた微妙な空気は、なんとか収まりが
ついた。
これがもし、茶髪のあんちゃんが座ったりしたら、
それを目撃した人間全員がその日気分悪く過ごさな
ければならなかったところだった。
しかし、まだこれで終わりとはならなかった。
お婆さんの座った右隣の、多分二十三四の男性が(お
爺さんが来たときにも立ち上がろうとした)一連の
事件を目撃して、更に気を利かせ、お爺さんのため
に席を明けましょうかとお婆さんに話しかけた。
因みに、問題のお爺さんは車内の端のほうまで行って
しまっていた(最終的にはそこの優先席に座っていた
のだが)。
しかし、お婆さんはその提案を断った。
この若者の好意も、結局結実しなかった。
これで、この事件は決着した。
お爺さんがすんなり座ってさえいれば、これだけ波紋
を広げることもなかったろうに、と車窓を眺めながら
思った。
しかし、同時に、この夫婦の関係もちょっとおかしい
かな、と考え始めている自分がいた。
まず、足が悪そうなのにぴったり寄り添うという距離
ではない、そのお婆さんのお爺さんとの距離の空け方。
そして、若者の提案をあっさり断る、その突っ放し加
減。
偏屈な旦那と、長年この偏屈ぶりにほとほと疲れた奥
さん、という倦怠を通り越した冷めたきった関係が浮
かび上がってくる。
などと、膨らませた想像を乗せた電車は、何事もなく
いつものように新宿駅のホームに滑り込んだ。
つづく、
くなった女性は、席を譲ろうと立ち上がった。
折角素早い動きで勝ち取った席ではあるが、この状況
ではしょうがない、お気の毒ではあるが。
ところが、これで終われば問題なかったのだが、そう
はならなかった。
なんと、お爺さんは席に座ろうとしないのだ。
所謂、微妙な年齢ではない。
誰が見ても、よろよろのお爺さんだ。
そのお爺さんが「いや、いいです」と断ったのだ。
こういう場合、立ち上がった人の立場はどうなる。
振り上げた拳の置き場がなくなる状況というやつか、
ちょっと違うか。
まあいい、兎に角席は一つ空いた状態になった。
すると、そのお爺さんの後を付いてきた(の割には
ちょっと距離があったが)奥さんと思しきお婆さん
が、それではとその席に座った。
見た目では、お爺さんの方が大分よぼよぼなのだが、
何はともあれ年寄りのお婆さんが座ったから、この
周辺に漂っていた微妙な空気は、なんとか収まりが
ついた。
これがもし、茶髪のあんちゃんが座ったりしたら、
それを目撃した人間全員がその日気分悪く過ごさな
ければならなかったところだった。
しかし、まだこれで終わりとはならなかった。
お婆さんの座った右隣の、多分二十三四の男性が(お
爺さんが来たときにも立ち上がろうとした)一連の
事件を目撃して、更に気を利かせ、お爺さんのため
に席を明けましょうかとお婆さんに話しかけた。
因みに、問題のお爺さんは車内の端のほうまで行って
しまっていた(最終的にはそこの優先席に座っていた
のだが)。
しかし、お婆さんはその提案を断った。
この若者の好意も、結局結実しなかった。
これで、この事件は決着した。
お爺さんがすんなり座ってさえいれば、これだけ波紋
を広げることもなかったろうに、と車窓を眺めながら
思った。
しかし、同時に、この夫婦の関係もちょっとおかしい
かな、と考え始めている自分がいた。
まず、足が悪そうなのにぴったり寄り添うという距離
ではない、そのお婆さんのお爺さんとの距離の空け方。
そして、若者の提案をあっさり断る、その突っ放し加
減。
偏屈な旦那と、長年この偏屈ぶりにほとほと疲れた奥
さん、という倦怠を通り越した冷めたきった関係が浮
かび上がってくる。
などと、膨らませた想像を乗せた電車は、何事もなく
いつものように新宿駅のホームに滑り込んだ。
つづく、