ピカビア通信

アート、食べ物、音楽、映画、写真などについての雑記。

アカネ三昧②

2011年09月30日 | 生き物 自然

 

第二の池の方が、アキアカネナツアカネが多いような気がするが、これも飽くまでも単なる印象なので実際のところは分からない。ここには、同じアカネ類でも黒くなるムツアカネがいる。となると、自然と視線はそれらしきものがいないかという動きになる。ムツアカネは小さなアカネで、他のアカネ類と同じくオスだけが変色する(この場合は赤ではなく黒)。暫く目で追っていると、一頭だけ見つけることが出来た。

 

 

他のアカネ類も、地面に止まるものが多い。左から、ナツアカネ、ノシメトンボ、アキアカネ。

 

 

目の前で力尽きたものも。

 

 

そして第三の池に向かう。途中、クモガタヒョウモンとノシメトンボが仲良く休憩。

 

 

池に着くと、何やら中学生くらいのグループが、課外授業かなにかで来てるのだろう、兎に角騒がしいので早々に退散。普段は人っ子一人いないところにこんな状態だとがっかりである。

 

 

第三の池で収穫がなかったので、ちょっと治まりをつけるために、以前発見したミヤマアカネの生息地に行くことにした。昔は、普通に見られたトンボなのだが、各地で激減しているのがこのミヤマアカネである。もう一箇所確実な所があったのだが、今年行って見るとすっかり整備されて、単なる魚が泳ぐ川になっていてミヤマアカネの姿は一切なかった。残る生息地は、知る限り今日行く所だけなのだ。そこは、国道(20号)脇のなんでもない幅50センチほどの小川で、こんな所にと思うような場所。交通量も相当多い。行ってみると、あまりアカネ類はいない。川沿いに歩いてみると、やっと一頭のオスのミヤマアカネを発見。

 

 

この一頭だけしか発見できなかったが、この先、ここの環境は大丈夫か、とどうしても気になってしまう。すでにぎりぎりの状態と言う感じなのだ。

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アカネ三昧

2011年09月29日 | 生き物 自然

 

天気もいいので、ちょっと山方面のアカネ類調査に出かけてきた。と言っても、いつもの定点観察池に行っただけのことだが、今年の定点観察も今回で終わりかもしれないし、あっという間に季節が過ぎていくことだけはひしひしと感じる。流石に山方面は里と違ってアカネ類も多い、が、いつものようにわんさかいるという状態には至ってない。恣意的な見方が影響してるのか、実際に少ないのかははっきりと断言できない。そして、第一の池。アキアカネ、ナツアカネが少なめだが、ヒメアカネは多い。湿地帯が保たれてるせいだろう。

 

 

ルリボシヤンマ(この池、オオルリボシヤンマだけかと思ったらルリボシもいた)が産卵していた。この産卵もそろそろ終わりだろう。

 

 

そして、ちょっと見慣れないアカネが一頭。ネキトンボにしては全体が黄色に見え、ひょっとしてキトンボか?もしそうだったら、初だし、諏訪地方全体でもあまり目撃情報がないトンボだ。しかし、ちょっと遠い。結果、こんなしょぼい写真しか撮れなかったが、あとで写真を確認すると間違いなくキトンボであった。これは、快挙やないか。

 

 

気分を良くして、第二の池に向かう。

 

 

この池のは殆どオオルリボシヤンマだと思うが(ルリボシは暗い環境を好む)、やはり産卵しているものが多い。羽も大分痛み気味である。このトンボはホバリングが得意で、目の前に来るとどうしてもこの瞬間を写真で撮りたくなる。これは、一般的傾向でもある。トンボブログには良くこの手の飛翔写真というのが載っている。それを見る度に、上手く撮るもんだと感心するが、載せるほうもどこか得意げであるのも事実。今一つ納得いかないが、などと注釈を入れるが、そんなこと思ってないくせに、とその手のものを見るといつも思う。そんな飛翔写真だが、今回初めて自分のレベルでは成功の部類のものが撮れたので喜んで載せたい。次の写真が、そのオオルリボシヤンマ♀の飛翔写真だ。

 

 

つづく

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燃える戦場

2011年09月27日 | 映画

 

昨日BSで、もう何度目かと言われても分からないほどやっている「大脱走」をまた放映していた。流石に今回は、これも何度か分からないくらい見ているので見なかったが、まあよくできている映画だとは思う。

ということで、同じ戦争映画で多くの人に知られている「大脱走」とは対照的な、この映画を知っている人は一体誰?と思われるような戦争映画を観た。タイトルは「燃える戦場」。何となく叙情的なタイトルに感じるのは私だけか。誰の映画かと言うとアルドリッチの作品だ。かく言う私も全く知らなかった作品で、アルドリッチのフィルモグラフィーを見て初めて見つけ興味を覚えた作品だったのだ。南洋の島で日本軍と対峙するイギリス軍の話というのも興味を引いたし、しかも日本軍の隊長が「高倉健」だという。こんな映画に出てたこと自体初めて聞くし、これはどうしても観たいと思ったのだ。

南洋の島で半ば孤立気味のイギリス軍に、日本語ができるあまりやる気のないアメリカ将校(戦況に応じて徐々に変化するのも見所)が一人派遣され特別部隊が結成される。任務は、日本軍の通信を破壊するというもの。そしてジャングルを掻き分け日本軍の陣地に深く踏み入れるのだが、ジャングルに精通している日本兵の反撃に耐え果たして生きて帰れるか、というのが物語の中心である。状況としては、テレンス.マリックの「シンレッドライン」にかなり似ている。しかし、あちらは超が着く真面目な作り(ちょっと大仰な感じが好きではない)、一方こちらの「燃える戦場」は飽くまでも娯楽作品の形をとっている。にしては、二時間以上、しかもあまり派手な戦闘場面もなく、部隊の不協和音を描きつつジャングルを彷徨う姿を描くという、如何にもアルドリッチらしい一本筋の通った地味な映画である。ヘンリー.フォンダ(出番は少ない)やマイケル.ケイン(かなり重要な役どころ)と有名どころも出演して、決して三流映画ではないが、B級扱いはされるかと思うようなヒット作の臭いのしない、これぞアルドリッチ映画の典型と言う映画でもある。しかし、魅力的である。

感心したのは、日本軍が出る向こうの映画は、ドイツ軍の扱いと同じで、大体残酷なイエローモンキー扱いなのだが、その辺の描写が明らかに違う。ちょっと間抜けな扱いは見受けられるが(これは立場が逆であれば同じようにすることだろう)、決して残虐性を際立たせることもせず、高倉健にいたっては、むしろ立派な軍人として描いている。だから、例えば退役イギリス人からすれば不満ではないかと思うくらいだ。こんなところでもアルドリッチのフラットな確かな視点を感じる。思うのは、何故これほどこの映画が無名なのかの、その一点だ。

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消えた夏

2011年09月26日 | Weblog

 

夏の暑さが嘘のような涼しさ、それは暗黒の世界の入り口。

すでに残滓は見当たらない。

彼らはどこに消えたのか。

息絶えたノシメトンボの口から漏れるのは、絶望のため息ばかり。

カマドウマだけが未来の踊り。

演奏するのは、エンマコオロギ。

 

と、ちょっとランボーを意識してみました。要するに寒いということだ。毛布を使うか悩んでるうちに十分寒くて、結果、くしゃみ連発と言うのは最早この時期の風物詩だ。

 

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イタリアワイン

2011年09月25日 | 食べ物

 

この前「クチーナにし村」にお邪魔したとき、グラス白ワインを二杯飲んだのだが、イタリアものなので、何処のものでどんなタイプなのか全くイメージできなかった。フランスものだと、ラベルを見れば何処の産地でどれほどのものかと言うのは大体分かる(ある程度の知識があればラベルに情報があるから)。しかし、イタリアは葡萄の品種からして聞いたことがないものばかりでさっぱり見当が付かない。そこで、このままではいつまで経っても基準が出来ないので(なくても別にかまわないと言えばかまわないのだが)、最低限、葡萄の品種くらいは覚えようと思った。

ということで、ラベルの写真を撮ってそれを記録。そのための今日のブログである。最近は飲むにしても日常ワインばかり(要するに安いワイン)なので、それなりに飲めればOKと言う世界だ。今回のワインも、グラスワインで飲むものだから決して高級なものではない。そんなワインでぐたぐた言うのはちょっと見当違いというものだが、品種と味の傾向を知るためには(味が判別できるかという根本的な問題はあるが)ある程度のぐだぐだは避けられない。で、今日の写真に写ってる左は、ピノグリージョという品種。これはフランスワインを知っていると、ああピノグリかということになり分かりやすい品種。そして右は、ベルディッキオと言う品種。何だかサッカー選手のような名前で、如何にもイタリア的で曲者の名前だ。この辺りの名前がすらすらと間違えずに言えるようになれば、イタリアワインに馴染んだと言えそうだ。肝心の味はどうなのかということだが、どちらも同じような味の傾向であるとしか感じられなかった。まあ、現時点ではそんなものである。

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Yの食生活

2011年09月24日 | Weblog

 

先日行われた「インテル対ノヴァーラ」の試合を見る。1-3でノヴァーラが勝ったのだが(これでインテルの監督は解任)、この試合での森本の体の強さは際立っていた。このくらい出来たら、日本代表での強力ワントップもいけそうだ。

で、ゲロメッティY登場。T君から、カフェ(T君の)で一人で7000円も使ったという話を聞いていて、その辺りのことを本人に聞いてみた。すると「月曜会を復活させたんですよ」と言う。「何?その月曜会って」と聞くと、「昔数人でやってたんですよ」と答えた。すかさず「でも一人じゃ会とは言わないだろう」と聞くと、「いや松田直樹がいました」と相変わらずの訳の分からないことを言う。どうやら、松田直樹の亡霊と月曜会を催したということを言いたいようだ。いよいよ現実から離脱してきたYであった。

そして今日は今日で(昨日の話し)、松本に行き、まずはお気に入りのおやき屋で、おやき(あんこ入り)を買いそれを食べながらコンビニで買った缶ビールを飲み(凄い組み合わせだが)、新しく出来た「開智小学校」近くのカフェに行き一休み。その後「クチーナにし村」でパスタランチを食べ(Y曰く前菜代わり)、今度はメインで「クリヨードヴァン」でハンバーグのランチをクローネンブルグビールと共に。元々大食だが、ランチのはしごと言うのは聞いたことがない。流石Yと言うべきか、何とも逸脱ぶりに拍車がかかってきた。が、大食なのだが見かけはげっそりのジャコメッティ。何故かと言うと、普段の日は一日一食というひどい食生活。それでも本人は、でも調子はいいんですよといたって元気。ある日、パタンと燃料切れする予感がする。

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テレビドラマ

2011年09月23日 | Weblog

 

テレビドラマの駄目さを一番象徴している番組は「渡る世間...」であると思う。矢鱈と長い、リアリティの無い会話とか、いつまで経っても舞台の一場面のようなリアリティの無い店内とか、全く成長しない登場人物とか、そんなことはこのドラマに始まったことではないのでことさらあげつらうことでもない。では下司な好奇心のみを刺激するその内容か。これも、誰がどうしたという、普段隣近所のおばさん達が興味を持って交わすであろう話題を中心としたものであり、彼女らがその主な視聴者層であることを考えれば当然のことである。これだけで、しょうもないドラマと言えるが、これもテレビドラマの王道と言えば王道だ。下司な好奇心を刺激するのが面白いと言うのは、ある面では真実であるから。韓国ドラマなんて殆どそれだけだろう。

では何が一番駄目なのかと言うと、その会話だ。長ったらしい会話にリアリティが無いのはいいとして、問題なのはそれで全てを説明している所だ。お互いの心理状態までも説明調の会話の中に含めている。これだったら、ラジオで十分ではないかと見るたびに思う(どれだけひどいかたまに見たくなるのだが、いつも厭な気分になる)。いつまでたっても人物に深みが出ないのはこの会話のせいである。全てを説明する会話は、見てるほうに何の想像力を求めない。しかも、本来的に言葉で説明しきれない感情の動きを無理やり単純化するので、人物に魅力もでてこないのだ。

と、実は、わざわざ取り上げてぐだぐだ書いたことを今後悔しているのだが、他にネタが思いつかなかったのでこういうことになってしまったのダス。

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久しぶりのG

2011年09月22日 | トマソン

 

お久しぶりの「Gタイプ」。前々から気にはなっていた市内の物件だが、結構出来はいいのではないかと思う。しかも「Gタイプ」だけではなく「無用庇」まで付いた複合型。そしてGの方はよく見ると、屋根の延長線が窓の中にも続いている。一体どうなってるんだこの構造は。単純ではあるが、かなり不思議な物件だ。庇だってここまできたら取り除くのが普通であると思うし。

 

 

そして更にダメ押し。奥の建物にも「Gタイプ」がありやした。しかもちょっと違う形の「Gタイプ」が。この奥のものは、手前の「Gタイプ」の前まで来ないと気付きにくいようなところにひっそりと、という存在だった。まだまだ身近な所でも見逃しているものはありそうだ。

 

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回答者の唖然

2011年09月20日 | Weblog

 

テレビのクイズ番組を見ていたとき、回答者のあまりの無知ぶりに唖然としてしまった。基本的にクイズ番組と言うのは、単なる知識を競うもので、その結果で単純に頭が良い悪いと判断できるものではない。だから、良くできる回答者などのタレント(例えば麻木久仁子)を見ても、そのためだけに一生懸命詰め込んでるなと思わせるが、そういう点が見えるという事実が逆に本当の頭の良さを感じさせない。一般的に、尤もらしいことを直ぐ言えるという瞬発力は、タレントとしての能力ではあると思うが、本当に思考する人間はそもそもタレントは務まらないのではないかと思う。しかし、知らないにも程はあるのだ。

前置きが長くなったが、その呆れた回答者が答える問題と言うのは、日本にある世界遺産がどの都道府県にあるのかを写真を見て答えるというもの。例えば石見銀山の写真が出て、何県だったかという問題だったら分からなくても不思議ではない。鳥取だったか島根だったか紛らわしい、というのは一般的であると思うし、それすら浮かばなくてもまあそうかと納得はできる。ところが問題の写真は「平等院鳳凰堂」と「法隆寺」の二つだった。この場合「平等院鳳凰堂」「法隆寺」が特定できないまでは理解できる。問題なのは、日本にある世界遺産という条件がありしかもお寺という点だ。日本のお寺と言えば京都奈良というのは外人でさえ殆ど知っていることではないか。小学生でも答えられる問題だ。つまり、成人した普通の日本人だったら、世界遺産と言う知識が無くても、お寺の写真だけでまず答えられる問題だったのだ。NHKの朝ドラ「風のハルカ」の時は、まさかこんなにひどいとは当然のこと思わなかった。見てて怒りさえ覚えてしまった。

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納豆の食べ方

2011年09月19日 | 食べ物

 

納豆を食べるとき、卵を入れて食べる人は何割くらいいるのだろうか。テレビなどでそれらしき街頭調査(テレビの調査は特に信用度は低いが)をやると、殆どの人は卵を入れると返答している。が、「納豆に卵はいらない派」からすると、何故折角納豆の粘りを出したところに違うぬるぬるを足さなくてはならないのだと疑問に感じる。つまり、納豆の力強い粘りを味わうには卵のぬるぬるは邪魔と言うことなのだ。粘りの質が違うのだ。卵を入れればより滑らかになり味もまろやかになると言うのは確かにその通りだが、納豆そのものを味わうと言う観点からするとやはり余計なものなのである。因みに付属の旨み調味料入りの醤油もいらないし、からしも要らない。普通の醤油だけで十分だ。薬味はねぎ少々と海苔。100回くらいかき回すと、納豆の糸も肌理細かくなり良い具合となる。後はそれをかきこむだけ。ああ、日本に生まれてよかった、と思う瞬間だ(本当はそんなことは思わないが)。

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丹下左膳余話 百萬両の壺

2011年09月18日 | 映画

 

山中貞夫「丹下左膳余話 百萬両の壺」を観る。無料でも観られるが自分のDVDで。知らない人のほうが多いと思うが、小津安二郎とともに将来を嘱望された映画監督であった。残念ながら28歳の若さで戦死して、現在見られるのは三作品、その内の一つがこれだ(他は、人情神風船、河内山宗俊)。

この作品、一言で言えば人情喜劇であるが、どうしても引き合いに出してしまうが、同じようなタイプの山田洋次の寅さんシリーズとは大きく違う。思わずほろっとするなど、人情喜劇の特徴は同じように備えているのだが、その演出の仕方が違うのである。ありがちな、これでもかという泣かせ演出は一切なく、大胆な省略、しかも洗練された演出、ユニークなアングルのカット割り、などなど独自のスタイルが確立されている。話は定型であるが、実に厭味なくすんなり受け入れられる。主演の「大河内伝次郎」も良い味出してる。日本映画ベストテンなどにもよく登場するが、これに関しては全く異論は無い。

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冷製パスタの頻度

2011年09月17日 | Weblog

 

暑さが続くので、冷制パスタを食べる頻度も増している。その頻度にもかかわらず、それ以上に勢いがあるのは今年のバジル。とても消費の方が追いつかない状態だ。まるで葉が茂った広葉樹林と言う態である。しかし、冷製パスタの方は相変わらずトマト一辺倒である。一度、バジルをジェノベーゼにしてそれで冷製にしたことがあるが、オイルを入れすぎあまりにオイリーでそれ以来やってない。結局、トマトの冷製というありきたりな普通のメニューに落ち着くのである。これだけ食べても飽きないところを見ると、好きなことは好きなようである。

それで目先を変えようと、今回は貰いもののシェーブルがあったので、それを添えて食べて見た。シェーブルは、灰まぶしのフレッシュなサントモールのようなタイプだったので、合わないこともないと思ったのだ。ほぐして黒胡椒を混ぜて添えた。ソースに混ぜると、冷製の爽やかさがなくなると思ったので、飽くまでも添えて。食べて見ると、結構いけた。予想通り、薬味的に食べた方が良い。フレッシュタイプは酸味が立っているので、トマトとの相性も良く、そこに持ってきてシェーブルのこくが足され良い組み合わせだと思った。ポイントは、使うシェーブルは熟成タイプではなくフレッシュタイプというところだ。

 

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マイコアカネ

2011年09月16日 | 生き物 自然

 

相変わらずアカネ類の数は少ないが、この前、一頭小さめなアカネトンボが庭に止まっていた。割に敏感なものが多い中、その一頭はかなり鷹揚であった。過去来ることが多かった「マユタテアカネ」かと始めは思っていた。体が小さめでよくいるのの代表は「マユタテアカネ」なのだ。赤くなってないのでメスのようだ。早速、カメラ(一眼)を取に行き目一杯近付いて撮った。マクロが無いのでググっと寄れないのが残念である。その時点で、肉眼により「マユタテアカネ」とはちょっと違うと感じていたが、肉眼は肉眼で接近するとぼやけると言う欠陥がある。最終的にはパソコン上で確認するしかない。で、確認するとそれは「マイコアカネ」であった。小さめのアカネで残る二つが「ヒメアカネ」と「マイコアカネ」だが、この二種類とも今では普通に見られる赤とんぼではなくなってしまっているのだ。適した環境(湿地)が少なくなるとともにすっかり見かけなくなったトンボなのだが、まさか庭に来るとは。結局その固体は、庭で一泊して翌日またどこかに飛んで行った。食料補給の休息だったか。メスなのでビオトープにでも産卵していってくれれば理想的だが、湿地性の条件に合うかどうか。アカネ類は移動距離も長いので、今回のようなことも起こりうるということなのだろう。

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メガネサナエ

2011年09月15日 | 生き物 自然

 

真夏が戻ったような天気だが、朝は結構涼しい。先週に引き続き「ロードレーサー」に乗り川辺を調査。これも先週と同じだが、何故かくしゃみが止まらない。まずは近くの川を湖畔に向かって下る。「メガネサナエ」が多いところだが、今日は「ミヤマサナエ」がぽつぽつといるだげ。メガネサナエの季節はミヤマサナエより終わりるのが早いのだろうか。湖畔に出て、今度は滅多に通らない川を遡る。下からちゃんと観察したことがないので、良いチャンスだと思ったのだ。川そのものは、コンクリートで固められた風情の無い川だが、何故か「メガネサナエ」はこんな環境の所に多くいるのだ。

ここで「メガネサナエ」についてちょっと説明。幸い近くの川で普通に見られるのだが、全国的に見ると希少種で、琵琶湖と諏訪湖周辺ぐらいにしか見られないトンボなのだ。地元の人間でこの事実を知っているのは、物凄く少ない。その川沿いに住んでいる知り合いに、今年撮った羽化写真をやったのだが、勿論のことそんなトンボがいること自体知らないし、名前も知らなかった。しかし、これこれこういうトンボであると説明したら、嬉しそうに写真を持っていった。

で、その川を遡ること十分ほど、それまではアカネ類が少々いただけだが、コンクリートの出っ張りにサナエ系のトンボがいるのを発見。自転車に乗りながら川の下を覗くのだが、これが結構大変。話は変わるが、若いときと較べて肉体的な衰えを感じるのは、例えばスピードが思ったほど出ないとかパワーの衰えを実感した時であるのは勿論のことだが、逆に遅いときの安定度でも実感する。今回のように、歩く速度と同じくらいに自転車をこいでるときに、以前ならふらつくことも無かったのがイヤにふらつくとか、安定度の減少は、やはり肉体的感覚の衰えなのであろう。

話を戻してトンボ。どうせ「ミヤマサナエ」(このトンボは全国に広くいる)だろうと思って確認するために写真を撮ろうとしたら、これが「メガネサナエ」だった。これで、生息している川が三つ確認できた。このように、川の下から沿って観察していくと、同じ川のある区間にだけ生息しているのが確認できたりする。気分はもう「トンボ調査隊」だ。

昼になったので、久しぶりに食べ放題ではないインドカレー屋に行く。喉が渇いていたので生ビールも(公式にはその後自転車は押して)。旨い。ほうれん草とチキンのカレー(辛さは3段階の3に)とどでかいナンが合う。店内には「食べログ」の人気投票一位のシールが。「食べログ」は個人的には全く参考にならないが、貰うほうは嬉しいのだろう。そのまま信じる人間も多いし。このカレー屋は旨いと思うが、値段がちょっと何なのである。ランチのカレーは安いが味的には今一つ。今回も、カレーとナンと生ビールで2500円を越えてしまった。高っ!

 

 

そして店の前の公園では、二匹の丹頂鶴が仲良く水浴びをしていた。

 

 

 

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蟷螂パワー

2011年09月13日 | Weblog

 

最近、やっとなでしこの「大野」「宮間」「永里」の違いが判るようになった。それと「安藤」と「川澄」も。

昨日は、十何年かぶりに「フレデリック」と合った。フレデリックは親戚の女の子の旦那さんでフランス人。相変わらず元気であったが、流石に十何年経つと白髪が増えたりとそれなりに変化はある。今年は彼のお兄さんの死(この夏、私の兄と彼の兄が仕事に共通性があり、今はどういうことやってるのかと二人の話題にしたばかりだった)があったりと大変だったようだ。51歳と言う若さらしい。二人の住んでるのはローヌ地方の小さな町だが、奥さんは最近自分の店を始め大忙しで、フレデリックはフレデリックでMOFも持っている職人さんであり世界を駆け巡っている。このところ東京でさえ億劫と感じる私とは大違いである。

そんな世界もあれば、こんな日常の世界。窓ガラスのところで何やら大きな虫がもがいていた。「カマキリ」だった。10センチ以上はある。こんな状況で見るのは滅多にないことだ。トンボが窓にぶつかるのは「オニヤンマ」などではよくあるし、夜であれば大きな蛾もある。カマキリがいる風景はどこかシュールさを漂わせていた。早速捕まえて植物のあるところに移動させた。カマキリの場合、性格はかなり凶暴で、胴(正確には胸部)を掴むのだが必ず身を捩ってその鎌で挟もうとするので気を付けないといけない。結構な力なのだ。久しぶりの生カマキリ、やはり力は強かった。

 

 

 

 

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