ピカビア通信

アート、食べ物、音楽、映画、写真などについての雑記。

ペドロ.コスタからサッカー

2008年03月31日 | サッカー


久しぶりに、映画少年Yが何かパンフレットを抱えてやっ
て来た(昨日のmの状況と殆ど同じだ、まるでロブ=グリ
エの映画ではないか、反復)。
何のパンフレットかというと、「ペドロ.コスタ」の
映画特集のものだった。
さすが映画少年、東京でやったそれを見てきたらしい。
伊達にその名称を名乗ってるわけではないな(と言っ
ても勝手にこちらで名づけたのだが)。
着々と、その名に恥じない活動をしているようだ。

それで、「ペドロ.コスタ」ってどうですか?と聞い
てくるわけだが、こちらとしては名前だけ知っている
という程度で、今回Yから聞いて、初めてポルトガルの
監督と知ったくらいなのだから、推して知るべしだ。
むしろ、こちらが聞きたい。
で、聞いたところよると、どうやら押さえておくべき監
督であることは間違い無さそうだ。
「ペドロ.コスタ」、要注目である。

そして、例によってサッカー少年Yに変身。

「どうよ、岡ちゃん」(私)
「駄目でしょ、バーレーン戦は見てないですけど」(Y)
「理念は良いんだけどね」(私)
「そうですね」(Y)
「良いんだけど、具体的な方法論が無いような、見えな
いような」(私)
「ショートパスをつないで、全員で走り回るサッカー
を考えてるんじゃないですか」(Y)
「その割には、走らないし、FWにイブラヒモビッチでも
いればショートパスつないでゴールをこじ開けるなん
てことも可能だとは思うけど、そんなFWいないんだか
ら日本には」(私)
「フッキを日本に帰化させますか」(Y)
「結局、帰化頼みか、でもそうでもしないと、なかなか
本物でてこないからな、高原もアジアカップの時の状態
だったらよかったけど、今はね」(私)
「怪我すると一気に劣化のパターンですかね、それよ
り帰化作戦で良いのを思いつきました」(Y)
「どういうの?」(私)
「今、日本には日系ブラジル人いっぱいいるじゃない
ですか」(Y)
「いるね」(私)
「彼らの子供たちは、年齢的にもいい歳になってるし、
すでに日本で生まれてるのが多いから、国籍的に帰化
問題は関係ないでしょ、まずその彼らだけでチームを
作る」(Y)
「ジュニアーチームね」(私)
「ブラジルの血があるから、物凄く上手いんですよ彼
らは」(Y)
「生まれながらにして、日本人とはちょっと違うと」(私)
「そうですよ、本当に上手いんですから、そんな彼ら
を集め集中的に育成するわけですよ、例えばJ2に
彼らだけのチームを作るとかね」(Y)
「良い育成システムだ、でもそうなると、代表は彼らだ
けって状況も考えられるね」(私)
「純血主義が頭を擡げるですか、大丈夫、強ければ皆
で応援するようになるから」(Y)
「それは言えるね、弱い日本人だけのチームより、そ
うじゃない強いチームの方が望まれるね、それに純血
主義などという幻想も問い直すいい機会になるかもし
れないし」(私)
「良い事ずくめじゃないですか」(Y)
「問題は、実現性が無いというこの一点だけだね」(私)
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ロック名盤100

2008年03月30日 | 音楽


mが、雑誌「プレイボーイ」を抱えてやってきた。
普通だったら、何故に、と訝るところだが、直ぐにぴ
んと来た。
「ロック名盤100」という特集が載っているのだ。
実は、これを広告で見た時、こちらも買おうかと思っ
たくらいだから。
早速拝見する。

1位は何か当然気になるところだ。
その栄えある1位は、何と(ちょっと意外な感じがした
が順当と言えば順当なのか、判断に迷うところ)ビート
ルズの「サージャントペパー」であった。
名盤であることは間違いないが。
個人的なロック史も、ビートルズから始まっているから
異論は無いのだが、ロック名盤というイメージがちょっ
としないのである。
別格、というか、すでに殿堂入りというか、まあそん
な感じである。
その他にもビートルズは「リボルバー」「ホワイトアル
バム」「ラバーソール」「アビーロード」と何枚も入っ
ていた。
全て良いアルバムである、が、ちょっと多すぎではない
か。
「ホワイトアルバム」と「サージャントペパー」の二枚
で良いのでは、と個人的には思う。
しかもビートルズはまだ終わらない。
「レットイットビー」「マジカルミステリーツアー」そ
れに初期のアルバムが2枚ほど。
これはどう考えても多すぎであるし、他に比べるとアル
バムとしての出来もそれほどではない(名曲は多く入っ
ているが)。

ざっと見たところ、同じ傾向として、「ローリングストー
ンズ」「ボブ.ディラン」がそうであった。
この結果を見ると、アンケートの対象が、団塊世代に偏
りすぎているのではないかと推測される。
だから、当然入ってしかるべきだと思う「スティーブミラ
ーバンド」「10cc」「クラフトワーク」「プリテンダー
ズ」「ニルソン」「レオンラッセル」「ロキシーミュージッ
ク」「ケイトブッシュ」(個人的に好きなのを挙げただ
けだが)などがごっそり抜けている。
好みを入れずに考えても、例えば「ドゥービーブラザー
ス」「ELP」「エアロスミス」「CCR」「グランドファンク
レイルロード」と入るべきグループが抜けすぎていると
思う。
「U2」は入っていたか?
そうだ忘れていた。
「プリンス」が入っていないではないか。
いくらなんでもこれは無いだろう。
「クラフトワーク」が無いのは理解できるが、「プリン
ス」はねえ。
この辺りは、100人いたら100様だから、それぞれ
の言い分があるということか。

結局人気投票だから、単純にファンの多さに比例し、そ
れぞれのアルバム数が増すということのようだ。
誰も、ロック史的になんか考えてはいないということで
ある。

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デジカメ3

2008年03月29日 | Weblog


それにしても、こんなことってあるのか。
いつも使っている画像ソフトを立ち上げようと思った
ら、あるはずのものがデスクトップに見当たらないの
だ。
ここまでなら、過去なんどかあったことだ。
ショートカットキーが消えただけで、本体がなくなっ
たわけではない。
もう一回、作れば良いだけのことだ、と思いプログラム
を探したのだが、その本体のソフトも消えてしまって
いたのだ。
そんな。
神隠しにあったわけでもないだろうに。
一応プログラムの削除を確認してみる。
痕跡はあるが、ファイルサイズの表示が無い。
名前だけ残して、中身が消えてしまったのは、決定!
ソフトだけ盗まれるなんて事あるのか。
ウィニーはファイル流出で、ソフトまでは。
何だか良く分からないが、最近、どうもいろんなもの
が紛失する。
そういう時期ということか。
とりあえず、ソフトは新たにインストールした。
何事もなく、それは完了した。

新しいデジカメは、オリンパスの「SP-560UZ」
というやつで、18倍ズームと単三電池が使えるとい
うのが決め手となった。
勿論、価格も。
見かけは、一眼風で、携帯性は良くない。
しかし、あまりにコンパクトだと、存在感が無くなり、
その存在を忘れる危険性があるのだ。
つまり、どこかに忘れるとか、気づかず落としてしま
うとか。
いつもポケットに、という使い方ではないので、そこ
そこかさばった方が良いのだ。
それにしても、この手のものは、例えコンパクトデジカ
メでもいろんな機能があり、とても覚えられたもので
はない。
動画機能なんて必要か。
マクロと望遠だけで良い、それとAF機能の正確さと
速さだ、などと思うが、それだと一眼ということになっ
てしまうのだろうか。

しかし、何度か試しにに撮って見たが、どうも問題は
腕ではないかという気がしてきた。
手ぶれする傾向があるようなのだ。
スーパーマクロなどという1センチの接写が、今ひとつ
バシッと決まらない。
結局、腕か。
カメラ自体は、以前のものと比較すると雲泥の差で、
反応は早いし、取れる枚数もまだ実感してないが、40
0枚近くらしい。
下手をすると前の20倍だ(前のがひどすぎというこ
ともあるが)。
兎に角、室内の試し撮りばかりなので、外で実践して
みないと本当のところは分からない。
良いところ不満なところ両方あるのだろうが、それは
こういう道具の宿命である。
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デジカメ2

2008年03月28日 | Weblog


一昨日の対バーレーン戦は、その前にビデオのプレミ
アリーグ2.5試合(3本目のリバプール対マンチェス
ターU戦は前半見た時点で流石に疲れ休止)を見たせ
いもあり、前半を見ただけで寝てしまった。
あまりにしょぼい試合でさらに眠くなっった、という
事実があったことも間違いないが。

それにしても、ダイナミックな動きが無い日本代表で
ある。
岡ちゃんの提唱している、接近...というのは、フィ
ジカルが強くないと成立しないのではないか、と見て
ると思う。
今のところ、進歩が見えない。
こんなところでもたもたしてて大丈夫か、と思う人は
多いだろうが、本選に出場して予選を勝ち抜くために
は、今のままでは多分話にならないであろう。
それと、ずっと感じていたことだが、そろそろ川口は
外した方がいいのでは。
ちょっと不安定すぎる。
そしてU23の対アンゴラを見る。
こっちの方は、大分進歩してきたようである。
真剣勝負ではないという条件の違いがあるが、まるで、
オシムさんが目指したサッカーを見ているようだった。
始めはしょぼくてどうなるんだろうと思ったが、動か
ない平山をはずしたりと、良い方向に進化しているの
ではないか。
ここでボトムアップして、代表に繋がれば良いのだが。

と、この二日サッカー三昧で流石に疲れた。
目も疲れるし、外に出なくては。
その時のお供は言わずと知れた「デジカメ」である。
価格コムの探索は、あっという間に終わり、ついに買っ
てしまった。
こういう事態は、とうに予想されたことである。
ほしいと思った時点で、直ぐに手にしたくなるのが人
間である。
こういう部分は、オモチャをほしがる子供と同じであ
る。
待ちができないのだ。
そして手にした当初は嬉しくて弄繰り回し、そして直
ぐに飽きるのも人間だ。
そして、飽きたあとが問題である。
ここで、タイプは二つに分かれる。
次から次と新しいものがほしくなる人と、そうではな
い人にと。

私の場合、あまり物に対して偏愛することが無いので、
次々にほしくなるという状態にはならない。
余裕があればより高性能を、といった程度の欲求であ
る。
カメラは、オモチャ度が高いから、結果的に増えてし
まってまるでコレクターか、という人は結構多い。
適度な抑制が効かなくなるのだろう。
幼児性の暴走というか、子供心を忘れないというか、
いずれにしろそういうところが面白いのも事実だ。
全てバランスよく、などというのは面白みにかける。
暴走も、一つのエネルギーであると思えば、そういう
のも必要である。
って、何を言いたいのか。
je sais pas


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ボルベール<帰郷>

2008年03月27日 | サッカー


アルモドバルの、「ボルベール<帰郷>」という映画を
見る。
このスペインの監督、ペドロ.アルモドバルは、今や
国内では、巨匠的な位置を築きつつある監督である、
らしい。
嘗ての「罰当たり修道院の最期」の頃の、カルト的評
価の時代(タイトルと極彩色の映像の割には、あまり
個性的には感じなかったが)からすると、隔世の感で
ある。
しかも、国際的にも評価は上がっている。
それは、カルト的要素を抑制し、ヒューマンドラマを
全面に押し出してきた彼の映画の変化と一致している。
前回見たのは「オール.アバウト.マイマザー」とい
う映画だったが、ヒューマンドラマとしては実に良く
出来ていると思った。
おかしな人間が、しつこく病的に繰り広げる嘗ての映
画と比較すると、主題に沿った一つの物語として良く
まとまっているのだ。

で、今回の「ボルベール<帰郷>」だが、同じく良く
出来たヒューマンドラマではあると思う。
主演の「ペネロペ.クルス」も、主人公に上手くはまっ
ているし、アメリカなんかにいなくて、同じくタイトル
どおりに<帰郷>して良かったのではと思う。
やはり、スペインの風土が似合うのだ。
こういうのも、水を得た魚とでも言うのだろうか。
ただ、内容は普通ではない(日常的に良くある話では
ないという意味で)。

二代にわたる「近親相姦」による殺人、という事実か
ら全ての話は発展していくのである。
日本であれば、おどろおどろしい話だ。
「横溝正史」の世界。
しかし、この映画はその謎解きに重きを置いているわ
けではない。
適度な極彩色と、スペインの乾燥した風土が、重い忌
まわしい話を乾いた風のように運んでくれる。
そして主題となっている、郷土=母、そして母との和
解=帰郷=胎内回帰と上手い具合に展開していく。
全てを包み込む母親。
罪の彼岸としての存在。
聖母のイメージである。
それは同時に、父親不在の物語でもあった。

と、尤もらしく解説は出来るが、結局良かったのかと
聞かれれば、最初の良く出来た映画であるという感想
が全てである。
ヒューマンドラマとしてなら「山田洋次」のものより
遥かに良いと思うが。
正直なところ、一番良かったのは、最後のエンドロール
に流れる、いろんな柄の映像である。
日本的な柄にも見える花などの柄が、次から次と変化
していく映像は、なかなかというかかなり良かった。
最後に、こういう洒落たエンドロールを用意した映画
は記憶に無い。
これだけでも一見の価値がある、と思った。
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デジカメ

2008年03月26日 | Weblog


そろそろタイヤ交換の時期である。
何回やっても、億劫な作業に変わりは無いので、なか
なかやる気がおきない。
最後までやる気が起きない人は、交換せずスタッドレ
スタイヤのまま一年を通したりするが、それをやると、
直ぐにタイヤが駄目になり、新品を買わなくてはならな
いという事態を招く。
問題先送りは高くつくということだ。

で、タイヤ交換はやったのだが、油圧式ジャッキを購入
以来大分作業は軽減されたとは言へ、タイヤ運搬が結
構な力作業だ。
保管場所まで運ばなくてはならないのだ。
転がせれば良いのだが、それが出来ない。
何度も何度も往復するのは大変なので、一度に両手に
一本ずつ二本持って運ぶことになる。
始めに持ってくるときはまだ元気だから良いが、付け
替えて最後に持っていくときが、ちょっときつくなる。
時間にして、40分ほどの作業なのに、何だか一仕事
したような気になるのだから、世話は無い。

タイヤも交換したことだし、と言っても別に改めてす
ることは無いが、気になるのはカメラだ。
失せ物も、今回は現れることは無い。
どうしたものか。
ここの画像に使う元になる写真は、自分で撮るのが基
本。
キャンバス代わりに画像、が最近のパターンなので、
いくつもほしい。
このところ、使いまわしが多いが、それは新しい画像
が増えてないからというのもある。
今現在は、カメラはない状態だ。
結局、新しいカメラを買うしか無いのは自明の理。
そこで問題になるのは、何を購入するかということだ。
次回、買い換える時は一眼デジカメだ、と思っていた
が、いくら安くなったとはいえ、まだ他に比べれば高
いし、素材として使うだけで、写真そのものを撮った
状態で引き伸ばしプリントしたいわけでもなし、グルー
プ写真展に出品するわけでもなし、いじるのが好きな
わけでもなし、知識も無いし、といろんな観点からし
て、一眼にする必要はないという結論に達した。
操作は簡単なほうが良い。
というわけで、価格コムでコンパクトデジカメ探索の
日々が始まったのである。

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展覧会

2008年03月25日 | 芸術


カフェのT君が、合同展をやるということで、一点預
かっている作品を取りに来た。
「なんだか、まとまりの無い合同展ですよ」と、愚痴
をこぼすT君であるが、本人にとって一番いやなのは、
一日会場にいなくてはいけないということであるよう
だ。
それだったら、やらなければ良いのにと思うのだが。

一般的に、グループ展などの展覧会で躊躇させるのは、
関係者の視線だ。
知り合いであればなんの問題も無いが、全く知らない
人が行くと、探るような、値踏みするような視線を感
じてしまう。
それに、変に話しかけられてもというのもある。
大体、良いと思うことも無いので、感想を聞かれたり
すると困ってしまう。
芳名帳なども用意されているのが一般的だから、それ
もしないととなると、結局、面倒くさいから殆どの場
合、最初から入らないということになるのだ。

それでT君に、「ずっと会場にいる必要はないんじゃ
ないの」と聞くと、「そう思うんですけどね」とT君
も同じように感じているようだった。
しかし、そう決めたからしょうがないらしい。
「美術館の学芸員のように、ずっと座っていなくては
ならない訳ではないから、適当にやってれば」、とア
ドバイスを送ったが、T君はまだ、本当にいやそうで
あった。
「選挙の立会人に比べれば、楽なもんだよ」、と更に
言えば、「そうですね」とちょっと納得した。

話はがらっと変わるが、ギリシャの聖火点火式で、ちょ
っとした妨害があったが、さすが中国、生中継と言っ
てもしっかり1分のラグを設けていてすぐ画面を切り
替えていた。
こういうところが、また信用できないという不信を助
長させるのだが、当局はその辺のところを変える気は
さらさらなさそう。
演説した代表の昂揚したしゃべり方も、なんだか北朝
鮮風だったし、何とかならないものかと思う。
「オリンピック」も無事成功裡に終わるのだろうか。
基本的に、「オリンピック」は無くても良いのだが、
国威発揚以外であればやってくれてもかまわない。
しかし、今のところ中国は正にそのためという感じで
ある。
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ブルビ

2008年03月24日 | 食べ物


山羊のチーズ「シェーブル」ほどその名前は浸透して
いないが、羊のチーズ「ブルビ」も、美味しいチーズ
で個人的にも好きだ。
癖は山羊よりおとなしく、しかもハードタイプが多い
ので、かなり食べやすいのではと思う。
そんな「ブルビ」だが、手に入れるのは「シェーブル」
と同じく、通販以外で入手するのはこの田舎では難し
いのが現状。
ところが、例のスーパーにあったのだ。

このところ、すっかり探索の対象になっているといっ
た風情のスーパーなのだが、この間一つ一つじっくり
嘗め回すように観察したら、ちゃんと「ブルビ」と表
示した札が立てられていたのだ。
「ブルビ」でポピュラーな「オッソーイラティ」とか
のハードタイプではない、見たことないような「ぶつ」
であったが、確かに「ブルビ」と包み紙にも表示があっ
た。
なかなか、興味深い品揃えだ。
探索のし甲斐があるというものである。
小さめの、100グラムほどの円筒形の「ブルビ」だ
が、どんな味なのだろうかという興味は、当然のこと
抱いた。
が、この前買った「シェーブル」があるので、今回は
下見だけ、と次回買うことにした。
お味は、その時のお楽しみだ。

それより、一つおかしなことに気付いた。
表示の札に、「ブルビ」「シェーブル」とあるのは全
く問題ないのだが、その説明におかしなところを見つ
けてしまったのだ。
牛乳50パーセントと山羊乳50パーセント、「ブルビ」
の方は羊乳50パーセントと書いてあるのだ。
確かにハーフアンドハーフのチーズは存在するが、こ
の前買った「シェーブル」は、どう見ても山羊乳100
パーセントなのだ。
包みにも、原材料に牛乳の文字はない。
食べやすさを強調するために牛乳50パーセントと書
いたのか(実際そう書いてある)、それとも全く知識
が無くて、単純にこういうものかと思っての結果なの
だろうか。

はっきり言って、そんなことはどっちでも良い。
第一、こんなことを問題にする人もいないだろうし(ブ
ログのネタにする人間がいるだけだ、ここに、その点
ではむしろ有難い)、特に田舎では良くありがちな出
来事なのである。
しかし、店側が多くの人に買ってほしいという気持ち
があることはそのコーナーの展示の仕方で分かる。
そして、そういうものの専門的知識を持った人がいな
いという店側の事情も分かる。
こちらとしては、そんな間違いはいくらでもして結構
で、唯そのコーナーがなくならないことを祈るだけだ
なのだ。

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豆腐

2008年03月23日 | 食べ物

今はもう、それ程話題ではないと思うが、「男前豆腐」
というのを初めて買ってみた。
たまたま、例の「シェーブル」を売っているスーパーに、
他のものを買うために行った時発見したのだ。
元々、豆腐は好きな食べものだ。
特に「湯豆腐」が。
願わくば、夏でも湯豆腐という湯豆腐派である。
そして、「絹ごし」か「木綿」かといわれれば、断然木
綿。
何故かというと、適度な固さとその香りが良いから。
そんな豆腐好きにとって、話題となったこの豆腐は、一
応チェックの対象とはなっていた。
一回食べてみたいと思っていたのだ。

で、発見したので買ったわけだ。
いくつか種類があって、どれが良いのかちょっと迷う。
普通に「木綿」「絹ごし」となっていないところが、こ
の「男前豆腐」のこれまた戦略なのだろう。
とりあえず冷奴用ではないものを選択した。
豆腐はどれも、容器の形にあわせたものとなっている
から、多分直接流し込んで作っているのだろう。
普通に直方体で良いのだが。

何だか柔らかそうなのと、形が容器の形になっている
ので、つまり曲面と平面の立体なので、湯豆腐には適
なさそうである。
しかも、試食的なものなので、今回は素直に冷奴で食
すことにした。
容器から、つるんと移し、醤油と葱を少々の前にその
ものを一口。
うん、甘い。
そして大豆の香りが強い、まるで無添加豆乳を飲んだ
時みたいな香りだ。
さらに、ものすごく柔らかい。
当然美味い、となりそうだが、これまたそうならない
ところが食べ物の不思議だ。

全体の印象は、お菓子である。
ムースのような、ブランマンジェのような、パンナコッタ
のような感触で、しかも甘いとくれば、若い女の子に
受け無いわけが無い。
最近は、「甘くて柔らかいイコール美味しい」という法
則がすっかり一般化してしまった。
こちらからすると、何故豆腐をお菓子にしなければな
らないのかという疑問があるのだが、コンビニのスナッ
ク菓子が食事代わりという世代にとっては、むしろ喜
ばしいことなのだろう。
どう考えても、味覚の幼児化にしか思えないのだが。

結局、それら一般的に受ける要素が、そのままこちら
からすると美味しくない要素になっているのが今回の
「男前豆腐」であったのだ。
適度な固さ感触はほしい、つまり昔ながらの水抜きを
して。
型に入れて固めたのでは、豆乳にゼラチンを入れて固
めたのと大差ないのだ。
後、甘味もあんなに甘い必要はない。
兎に角、全体的に風味が違いすぎる。
伝統的な製法の豆腐が一番、これが今回の結論であっ
た。
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シェーブル

2008年03月22日 | 食べ物


先日初めて行った地元のスーパー(バッグを紛失した
日である、今思ったが、普段の行動経路から外れた時
に不幸は訪れる、ということで<好事魔多し>を実践
した日であったと言えそうだ)で、何気なしに商品観
察をしていた。

そして、ふとチーズコーナーに目をやった。
一般的に、田舎のスーパーのチーズ売り場など知れた
もので、大体品揃えは決まってくる。
日本製の「カマンベール」、同じくフランス製の「カマ
ンベール」、デンマーク製の「ブルーチーズ」、イタ
リア製の「ゴルゴンゾーラ」「パルミジャーノ」まれ
に「マスカルポーネ」、そして日本製の「モッツァレラ」
あとは「ゴーダ」「エメンタール」などのハードタイプ
が少々。
極極稀に山羊チーズ(シェーブル)があったりするが、
その「シェーブル」は、殆ど全てがフレッシュタイプ
のものである。
今回も、どうせ同じようなものだと思い、視線をスラ
イドすると、何だか「シェーブル」のような包みが目
に入った。
どうせフレッシュタイプだろ、と思ったが一応確認す
る。
ぱっと見、「サントモ-ル」のようなのだが、表示に
その文字が無い。
山羊の絵があり「La zick de Frannce」と表示し
てある。
全く聞いたこと無いが、少なくともフレッシュタイプ
では無さそうだ。
工場生産のものだろうが、フレッシュタイプではない
ものがあったということだけで丸なのである。
しかも、うれしいことに30パーセント引きとある。
多分、賞味期限切れに近いからの措置だと思うが、
シェーブルが美味しくなるのは、むしろその頃からな
ので、こちらとしては願ったり叶ったりのことなのだ。
これは、田舎のおもちゃ屋に行ったら、昔のブリキの
オモチャを当時の値段で売っていた、に匹敵する僥倖
というものだろう。
要するに、買う人がいないということなのだが(それ
はそのまま、このての商品がいずれ置かれなくなる事
を意味している)、そこにたまたま好き者が現れたと
いうことだ。
幸せな遭遇(全体では、バッグがなくなったのでプラ
スマイナス大きくマイナスな日であったが)。

家に帰って早速試食してみた。
やはり味は、白黴の「サントモール」である。
しかも、熟成具合もよく、旨味と臭いが(ここが嫌わ
れるのだが)凝縮して、「シェーブル」の良さを充分
味わえるものだった。
やはりチーズは、「シェーブル」の熟成タイプである。



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失せ物2

2008年03月21日 | Weblog


デジカメがどこに置いたか分からなくなった、などと
言って騒いでいたが(その後無事に発見)、今度は何
と、そのデジカメが入ったバッグさらどこかにいって
しまった。
余程嫌われたのか。
なんて、悠長に構えてもいられない。
というより、ひじょうに気分が悪い。
どれも(デジカメも含め)高価なものではないが、貴重
なものが入っていたのだ。
それは「PICABIA」を特集した本と、ローリー.アンダーソン
のCD。
どちらも、手に入れ難いものだ。
それにバッグ。
これも、高価では無いが(プーマのスポーツバッグだか
ら)気に入っていたのだ。

それにしても気付くのが遅い。
無くなってから2日後とは。
全く、しっかりしてくれよ、である。
しかし、今回は前回のデジカメと違って、家のどこか
にあるというものではない。
しかも、置き忘れたとかそういうものでも無さそうな
のだ。
というのも、車の中に置いていたのははっきりしてい
る。
その置いた状態で、郊外のスーパーやらヴィデオ屋やら
3軒回ったのだ。
その時に、バッグがあることを確認したかというと、
全くしてない。
考えられるのは、そのどこかの駐車場に置いていた時
誰かが持っていったということだ。
所謂、置き引きだ。
どうやら、他の荷物があって、バッグの不在に気が付
かなかったというのが真相のようだ。
デジカメははっきり言って惜しくは無いが(何故かと
いうと愛が無かったから)、他のものがどうにも惜し
い。

それにしても、注意不足ではある。
バッグだって、普段は身に付けているのに、あの時は
まあ良いかという感じで置いといたわけだ。
そういう時に限って災難は訪れる、ってことか。
あんなもの盗んでも、持ち主以外には価値が無いのに。
ああ、腹が立つわい。
コメント

PAPILLON

2008年03月20日 | 生き物 自然


そろそろ身体も動かさなくてはと重い、ちょっと「山
城」周辺を散歩した。
「山城」というくらいなので、山の中腹に位置するか
ら、当然坂道が多い。
諏訪盆地を見渡しながら道中は、天気がよければ気持
ち良いことだろう。
今回は、まだちょっと寒い。
それと、緑も無い、かといって雪景色でもないという、
色的にも、それと他の生物も顔を出さない、生き物的
にも不毛の時期なのでお楽しみは少ない。

そんな中でも、今年初の蝶を目撃した。
「テングチョウ」だ。
今年孵ったものではなく「越冬体」というやつだ。
つまり、成虫で冬を越した個体。
マイナス10度以下が、10日以上もあった今年の厳
冬を耐えた蝶であるわけだ。
そう思うと、愛おしさも倍加する。
それにしても、よく、越冬できるものだ。
他にも「ヒオドシチョウ」「キタテハ」とかタテハ類
が越冬するが、再び飛ぶ姿を見ると、心からほっとし
嬉しくなるものだ。

虫関係では面白いことがあった。
家の畑の堆肥のしたから、カブトムシの幼虫がごろご
ろ出てきたのだ。
直接見てないが、なんでも全部で50匹近くいたらし
い。
しかし、元々「クワガタ類」はいるが「カブトムシ」は
いない地域なので、何故、こんなところで突然発生し
たかということになるのだが、どうも、誰かが飼って
いたカブトムシが逃げ、たまたま良い環境の堆肥の下
に辿り着いて繁殖したのではないか、ということで意
見は一致した。
考えてみると、これは、外来種が発生するメカニズム
と同じで、在来種にとっては必ずしも喜ばしいことで
はないのだが、日本の普通のカブトムシだったら問題
は無いだろう(DNAを調べてどの地方産かと調べた
りもするようだが)。
まさか、台湾産とか。

その幼虫であるが、隣近所に分けたりで、全て誰かの
手に渡ったらしい。
折角良い環境のところを見つけたと思ったら、これだ。
カブトムシにとっては良い迷惑である。
手にした家では、早速飼育することになるが、ちゃん
と成虫になるまで世話するだろうか。
まあ、とりあえずカブトムシの幼虫は土の中なので、
その姿を見ることなく成虫を楽しむことも可能なので、
蝶の幼虫のように、気持ち悪いと忌み嫌われることは
無いから、その点では少しはましであろう。
コメント

Kの車生活

2008年03月18日 | Weblog


昨日、ご近所のK(カフカの<城>のKではない)と、
洗車に関しての話をした。
Kは、こちらが何年か振りに洗車をしたことは知って
いる。
そこでKに、どのくらいの割合で洗車するのか聞いて
みた。
すると、週に一回はすると言う。
あまりの違いに吃驚。
数年に一回では、あんまりだとは思うが(今回がそうだっ
たのだが)、一年に一回でいんじゃないかと言うと、
呆れたと言わんばかりの表情で、それはないよ、と言
葉には出さなかったが、言いたかったようである。

ここで、Kと自分との違いを考えてみた。
違いははっきりしている。
つまり、車に対する愛情の問題なのだ。
私の場合、それがないのだ。
要するに、動けば良いという最低限の道具としてしか
車を見ていないのだ。
車に対して「愛」がないのだ。
車好きからすれば、許せない人種であろう。
愛の無い、不毛の荒野を車で走る「ペイルライダー」、
じゃあ格好よすぎるか。

そんなKの車は、もう十年になるという充分に新しく
ない車。
そんな車でも、週に一回は洗車だ。
むしろ、そんな車だからこそか。
その辺は、長年連れ添ったペットに対する愛情に近い
かもしれない。
車にとっては、いつもきれいにしてもらって喜ばしい
ことだろう。
本当は好きな車にしたいのだが、諸般の事情で叶わな
いというKの事情に関しては、この際触れずにおこう。

後、ワックスがけに関して聞くのを忘れたが、表面を
保護する為には良いのは分かっているが、どうするの
が良いのだろうか。
流石に、強烈な日焼けで表面がぼろぼろになった時の
ような塗装がはげた車は乗りたくない。
一応、これが自分の最低ラインである。
と書いたが、外国では良く見かけるし、これも別に問
題ないかとも思えてきた。
それより、なるべく乗らないということを考えた方が
良さそうだ。
いろんな観点からすれば、これが一番重要かもしれな
い。
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陽気

2008年03月17日 | Weblog


あれほど、どこを探しても見つからなかったデジカメ
は、思わぬところで(でなければ直ぐ発見できたわけ
だから当然そういうことなのだが)見つかった。
それは、普段使ってないバッグの中だった。
その時、何故これを使ったのかというのが思い出せな
い。
これはこれで、どうしたものかと思うが。
結局、日常の行動系からはずれたので盲点となってし
まったのだろう。
失せ物現る、という言葉があるくらいだから、こうい
う事自体は日常的なのだが、ふとそこからずれる瞬間
があるということである。
道具類は、いつもあるところに、これを肝に銘じなく
ては。

昨日、「浦和レッズ」がこの先どうなることやらなど
と書いたら、早速監督交代ということとなった。
やることがいやに早い。
これだけ見れば、世界基準だ。
ころころ替えるのは、世界ではそれこそ日常的なこと
なので、日本もとうとうそうなったかというある種の
感慨を覚える。
それが良いのか悪いのかは、その後の変化にかかって
いるので何とも言えないが、監督という職業がなかな
か大変であるということは言えそうだ。
そう言えば、このところサッカー少年の顔を見てない
が、「ヴァンフォーレ甲府」の試合でも観にいったの
だろうか。
この陽気に連れられ、頭の中も春の準備かな。

そんな陽気に連れられ、多分3年ぶりくらいだと思う
が「バッティングセンター」に行ってしまった。
以前は、結構好きで(野球は興味ないが)ちょくちょ
く行ったもので、センターにある150キロ(表示は
そうなってるが、実測は130キロ位だと思う)の高
速球もスカーンと打てたが、やはりブランクがあると
駄目だと思い、最初から高速球(今回は何と160キ
ロの表示だった)に挑むという無謀なことはせずに、
低速球で軽くやることにした。
80キロという、草野球ではむしろ実践的なスピード
の球で。
ところが、予想通りというか、スカーンと気持ちのよ
い当たりがなかなかでない。
むしろ遅すぎてタイミング合わない(言い訳)。
こうなると意地でもう1ゲームということになる。
しかし、これまたこういうものの常で、もう1ゲーム
も同じようなもの。
結局、なんらスカッともせずセンターを後にすること
となった。
唯、翌日の筋肉痛だけは、しっかりお約束のように訪
れた。
どうも、今ひとつですな。
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グラディーヴァ.マラケシュの裸婦

2008年03月16日 | 映画


ロブ=グリエの遺作となった映画「グラディーヴァ.
マラケシュの裸婦」のDVDが来た。
2006年に制作。
原作というか、一応元になった小説はあるらしい。
知らないドイツ人作家の「グラディーヴァ」という小
説である。
映画は、画家の「ドラクロア」の作品を重要な小道具
と使い(主人公はその研究家)、夢なのか、現実なの
か、モロッコのマラケシュを舞台に、官能的な世界が
繰り広げられる。
と、簡略にまとめればそうなるのだろうと思われる。
ロブ=グリエを知らない人が見れば、「何を言いたい
んだかわけ分からない」と一言で済まされそうな映画
であることは多分間違いない。

今回の作品は、BGMも少なく、画面も同じような場
所が多く(これはいつものこと)、視覚的にも聴覚的
にも仕掛けは少ない。
自宅、娼婦の館の二つが全てみたいなものだ。
グラディーヴァという女性に導かれ、娼婦の館に紛れ
込んだ主人公が、殺人を犯したのか犯さなかったのか
どっちなのか、そのどちらでもない、果たしてそれは
娼婦の館なのかそうではないのか、完全に夢なのか、
グラディーヴァは実在するのかしないのか、そんなど
っちなんだという映像がずっと続いていく。
そこに、マラケシュの埃っぽい空気が、更に何ともい
らだつ効果を与えている。
この部分だけとればベルトルッチの「シェルタリング・
スカイ」の雰囲気だ(この映画は寝てしまったが)。
元々がそういう世界を書き続けた作家だから、これこ
そが真骨頂であるのだが。

作品全体の印象としては、「危険な戯れ」と「囚われの
美女」を、「危険な戯れ」6、「囚われの美女」4と
混ぜておとなしくした感じである。
個人的には「囚われの美女」の方が好きだし、流石に
今回の作品は、ちょっと枯れたのかと思うようなもの
だった。
才気走ったところがないのが、寂しい。
老境という言葉が思い浮かぶが、これはしょうがない
ことだと思う。
個人的には、遺品ということで所持しようと思う。

話は全く変わるが、「浦和レッズ」相当調子悪そうだ。
高原も、すっかり並みのFWだし(現時点では)、な
により、チームのまとまりが無いのが一番の問題だろう。
この先どうなることやら。


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