-畑沢通信-

 尾花沢市「畑沢」地区について、情報の発信と収集を行います。思い出話、現況、自然、歴史、行事、今後の希望等々です。

少し色づき始めました。

2013-09-25 17:16:47 | 自然

 平成25年9月23日の稲刈りの日、山裾のウルシ(漆)が色づき始めていました。本格的な紅葉と言うにはまだですが、樹種によっては早くも色づいています。特に漆は早いようです。これから益々、赤みが増してくるでしょう。漆の実もぶら下がっています。

 などと、落ち着いてふうに書いていますが、漆と私の間には数々の因縁があります。漆と言えば、あれです。カブレです。小学校時代も時々カブレてはいましたが、最もひどいのが、高校一年生の秋です。沼澤の奥で薪にする木を耕運機に積んでいたのですが、その中に漆があったようです。薪ですから当然、葉っぱが付いていません。漆の木と分かるはずがありません。しっかり握って漆の樹液が手に付きました。翌日、顔はパンパンに腫れていました。とても学校へは行けません。結局、三日間休んで、四日目にマスクで顔を隠して登校しました。

 それから何十年と経って、今では少しぐらい漆を触ってもカブレたことがありません。これを成長したと言うのでしょうか。言うとすれば、成長したのはそれぐらいなものです。下刈りなどをする時には、大抵の人は漆を避けます。その結果、漆だけがぽつんと残っている場合があります。そんな漆を見ると、私は「出番」のごとく蛮力を奮って切り倒します。どうですか。成長の証と思いませんか。


ホツツジの花

2013-09-24 14:25:56 | 自然

 珍しい花を紹介します。この写真は、今年8月末に撮影したものです。背炙り古道の峠への入口にある石仏「馬頭観世音」近くに咲いていました。形が変わっている面白い花と思っていたのですが、何せ植物にも疎い(うとい)私は、名前が分からず、しばらくの間そのままにしていました。ところが、昨日、畑沢で稲刈りをしている時にも再び姿を見ましたので、「ヘヤミこがねで」調べてみました。調べるヒントはただ一つです。「葉がツツジの仲間に似ている」です。それでも何とかなるものです。インターネットで、ツツジ科の植物の画像を片っ端から見ていきましたら、特徴的な花の形の植物がありました。ホツツジだそうです。花の形が稲の穂に似ているということだそうです。そう言えば、稲の花が咲くと、籾殻の中から雌しべらしいのが出ている姿に似ています。ただ、一般的なツツジの花とは、大分、形が異なります。元々、ツツジ科の花は個性が豊かで、形がいろいろです。

 ホツツジは上向きに伸びた枝の先に、沢山の花を付けています。花からも上向きにつんと雌しべが少し上向きに伸びています。さも誇らしげに鼻を高くしている人のようです。実はこの花は有毒だそうです。いくら私でもこの花を食べたことはありませんが、ミツバチがこの花の蜜も集めるのだそうで、その蜜を食べた人が中毒になるそうです。


畑沢では稲刈りが始まりました。

2013-09-23 19:09:35 | 近況報告

 今日(平成25年9月23日)、畑沢の稲刈りに行ってきました。畑沢でもまだ早い方でしたが、稲刈りが始まりました。台風18号以降は快晴が続き、稲の稔りも順調でした。品種によって刈り取りの適期が異なります。秋田小町は少し早いそうです。稲刈り風景も大分、変わりました。今はほとんどがコンバインで行っています。写真の機械は三条刈りだそうです。コンバインは実に早く刈り取りました。

 機械は頑張っていますが、私は空や山を見物する余裕があります。青い空に畑沢の山の端がきりっと見えます。秋らしい風景です。田んぼの中では稲の香りがいっぱいです。昔ですと、稲を刈ってもそのあともたくさんの作業がありました。稲を乾かすために「はしぇぎ」の近くまで稲を背負って運びます。運んだ稲を「はしぇぎ」に架けます。乾いたら小屋に背負って運びます。小屋の天井まで積まれた稲を脱穀機で夜遅くまで脱穀します。脱穀が済むと籾摺りをして、俵に詰めました。沢山の作業行程でした。

 今は刈り取られた稲は、コンバインの中で脱穀され、籾(もみ)となってトラックへ吐き出されます。トラックはそのままライスセンターへ籾を運んで、乾燥、籾摺り、袋詰めまで行われます。今と昔の作業は雲泥の差です。スビタレとしては、今の時代に生まれればよかったと思っています。


背炙り峠は通れません。

2013-09-22 17:11:44 | 近況報告

 平成25年9月14日に畑沢へ向かって、背炙り峠に登ろうと村山市の中沢まで行きました。すると、立看板があり

「平成25年9月10日から工事のために、畑沢へ通ることができません」とのことでした。

さらに、「工事の後は、冬季のため閉鎖します」とありました。

 結局、平成26年5月中ごろまでは、背炙り峠を通ることができないということです。何とも早い冬籠りに入ってしまいました。私は常に畑沢へは行くときは、背炙り峠を通っていましたので、残念です。最近は私に限らず、背炙り峠を通るドライバーが増えています。例えば、カーナビで、山形市内から銀山温泉へのルートを検索すると、必ず背炙り峠を通るようになるようです。確かに、背炙り峠を通ると銀山温泉への道はかなり短縮されます。これは当然のことで、背炙り峠を通る県道は、東根市観音寺と銀山を結ぶために明治18年に造られたものだからです。

 ところで、現在行われている工事は、村山市内にある急斜面の所だと思います。今年の春先に大規模な雪崩があり、転石防止のネットが崩落していました。

  平成25年4月25日撮影

 9月6日に私が炙り古道沿いの「弘法水」の掃除をしている時に、眼下で、その工事現場辺りの線引きをしている作業着姿の人が見えました。その4日後には工事が開始されたことになります。


オモダカ

2013-09-21 14:21:02 | 自然

 これも田んぼの雑草です。しかも、厄介な雑草です。農家としては見たくもないほどに憎たらしいのでしょうが、私は大好きです。いかにも夏の植物らしいところが好きです。私は単なるスビタレではなくて、へそ曲がりも入っているようです。まず、何故に厄介かと申しますと、田植えの前の代掻きによって、根を掻き混ぜられた他の雑草は、水面に浮かびあがってきますので、これを拾って処分できますが、オモダカは地下球根のままで水中にあり、しかも土色をしていて見つけにくい状態になっています。やがて、田植えが終わると、球根からしっかりした芽が成長し、稲と同程度までに成長します。葉は二等辺三角形のような特徴的な形です。

 それでも、かわいそうな時期もありました。除草剤が盛んに使われた一時期には、全く姿を見ることができませんでした。最近、除草剤が変わったために、ぽつぽつ見られます。

 私は昔から尾花沢市章は、オモダカをアレンジしたものと思っていました。そのように人から教えられました。そして、私もそのように他の人にも説明してきました。ところが、市章はカタカナの「オ」をアレンジしたものだそうです。私が信じてきたオモダカ説は、またもや間違っていました。それでも昔懐かしいオモダカを好きです。へそは今で曲がっています。