昨年は秋遅くまで、イノシシは畑沢の田畑を荒らしました。特に私が世話をしている池の周りをぐちゃぐちゃに掻きまわし、修理しても何度もやってきました。これほど執拗に現れるものですから、当然、冬もそれ相応の出現を覚悟していましたが、集落や耕作地が雪で覆われると、全く姿を見せなくなりました。積雪は2mを超えているのですから、地面の餌を食べることができないのでしょう。それでも川の縁は雪がない所がありますので、そこにいるかと思って探しても、イノシシの気配はありません。川の縁と言っても雪面からの落差が大きいので、イノシシにはどうにもならなかったのでしょう。
はて、イノシシは何所へ行ったのでしょう。実は全く予想もつかない場所で冬を過ごしていることが分かりました。令和3年3月24日(水)、間もなく比丘尼新峠へ到達しようとしていた時、道路の雪がなくなって地面が出ていました。下の写真の左奥には湧き水があり、そこから流れている水路に落ち葉などが長い年月の間に積もって流れを堰き止め、水が道路に溢れています。湧き水ですから冬でも水温が高いので、雪が消えているのでしょう。問題はその地面から雪の上へ泥で汚れた道筋が伸びていることです。一見しただけでイノシシの足跡であることが分かりました。
この時、「イノシシの水場か」程度の感覚でその場を後にしたのですが、そんな簡単な事では済まないとは思いもしませんでした。
さらに峠に向かうと直ぐに、切土法面の上端部が横方向へ掘られた跡がありました。土が出ている法面の全ての上端が無残な姿になっています。その下の雪面には泥で汚れた「道」が伸びていました。こうなるとイノシシ以外は考えられません。法面全体が掘られているわけではなくて、法面上端に生えている樹木の直ぐ下が掘られています。そこにイノシシが求める何かがあるのでしょうか。考えられるのは、ミミズなどの土中の虫でしょう。冬の間は、大量の雪が地面を覆い隠して、イノシシは草や木の実を食べることはほぼできません。土中の虫を食べるしかないのでしょう。ミミズなども冬の間は少し深く潜ると思われるので、切土の法面だと猪も地面よりも深く掘ることができるのでしょう。
畑沢側から峠までに三ケ所がこのような状況でした。イノシシは冬には集落へ下りずに、逆に上ですごしていたようです。
峠に到着し五十沢側に入ると、さらに事態は深刻でした。南側に向いて温かいので、早い時期から切土法面の土が顔を出していたのでしょう。道路にはイノシシの足跡が沢山あります。畑沢側とは比較になりません。猪銀座とでも呼びたいほどでした。
泥で汚れた雪面の猪道には、二種類あります。道の断面が凹状と凸状の道です。恐らく、凹状の道は積雪開始時期から絶えず通った道で、凸状の道はある程度に雪が積もってから使われた道ではないかと思います。「だから何だ」と言われても現時点では分かりません。ハンターなら直ぐに分かるかもしれませんので、よろしくお願いします。
猪道は、五十沢の集落方向へ続いています。
このように切土法面を掘って餌を求める行動は、比丘尼新峠だけではないでしょう。背炙り峠への道を思い出しました。下の写真のように2年前の5月に切土法面が損傷を受けていました。当時、「楯跡調査へ行き、その途中で投稿です。」として投稿しております。その時は、路面から10mも高い位置がやられていましたので、猪とは思わず他の動物にも疑いをかけてしまいました。しかし、いくら高くても、まだ雪が大量に残っているならば、雪の斜面を簡単に登って上へ達することができます。ここもイノシシが犯人でした。