-畑沢通信-

 尾花沢市「畑沢」地区について、情報の発信と収集を行います。思い出話、現況、自然、歴史、行事、今後の希望等々です。

早く通れるようにお願いしますよ

2015-02-28 22:53:14 | 近況報告

 「おさいど」があった2月24日、畑沢の最上部へ足を伸ばしました。背炙り峠へ向かう道と沼澤林道へ向かう道の分岐点に、看板があります。背炙り峠の全面通行止め道路情報です。しかし、その期間は書かれていません。「積雪期間と解釈してくれ」ということなのでしょう。この積雪状態を見れば、毎年のことなので地元の人は分かりますが、道路情報を示す看板としては不親切、極まりないものです。「積雪期間は通行止」ぐらいの言葉を入れても何ら問題ないと思いますが、それすらありません。住民は何も言わないので、どんなものでも構わないとでも言わんばかりです。そのくせ、〇〇議員さん方に対しては、「先生、こんな具合でいかがでしょうか」と上手に御機嫌をとります。どこで間違ったのでしょう、日本の行政機関は。

 ところが、山形県のホームページで背炙り峠の交通止め期間は、平成27年5月29日までとなっています。これまでは5月の連休には通れるようになっていたのに、今年は遅くまで通れません。5月の連休は、峠を越えて多くの人が行き来します。その時期に通れないのは、何とも残念です。どうしてこんなことになるのかが分かりません。どこかの〇〇議員さんにお話して、お役人さんへお願いしてもらうべきなのでしょうか。議員さんのお話なら聞いて下さるのでしょうか。一般住民がお願いしても駄目なのでしょうか。

 

 写真上部の白い三角形は、古道が通る背中炙り峠がある山です。山の陰から御先祖様も御立腹して御覧になっているでしょう。

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2月24日は「おさいど」でした。

2015-02-25 18:11:38 | 行事

 畑沢での「おさいど」は、かつては3つの地域に分かれて、それぞれに行われていましたが、現在も行われているのは上畑沢だけです。実施時期も大きく変化しました。本来なら、地蔵堂の「おさいど」は、旧暦の1月15日だったようです。しかし、旧暦とは言えども極寒の時期でしたので、少しでも暖かな時期にと新暦の2月24日に実施されています。ずっと昔は、さらに今と異なり、「雪中田植え」も同時に行われていたそうです。そのことを知っている年代は70歳代以上のようです。

 さて、今年のおさいどは心配事があって実施が危ぶまれていました。と言いますのは、作業する人の数が足りなくなる心配がありました。昨年に作業した方々の中で、入院した人、怪我をした人、体力が危うい人が出ました。確かに人数が少な過ぎます。そこで、私と一つ年上の先輩が「応援」を申し出ました。二人とも畑沢の外で生活しています。「それならやろう」と言うことになり、ようやく実施できることになりました。

 

 会場となる場所は、写真の左側ですが、道路から3m近くもの段差があります。除雪車が作った大きな雪の壁です。最初の作業は、この壁に年寄でも安全に登ることができる階段を作ることです。

 写真右の建物が「延命地蔵堂」で、おさいどの主人公です。こちらも大きな段差がありますので、安全な階段を作る必要があります。


 雪面での作業には、カンジキが必要です。このカンジキは、私の父が50年以上も前に作った「輪っか」に私が紐を付け替えたものです。これで足元はバッチリです。


 すると、足元に「雪虫」が現われました。雪虫と言われる虫は、多種ありますが、これは「クロカワゲラ」とか言う昆虫のようです。この日は温かい日ですが、それでもまだまだ冬です。寒いのに、御苦労さまです。

 

 地蔵堂と向かいになる山で、突然、ザッザツと雪が崩れる音がしました。気温が高くなったので、山の急斜面で小さな雪崩が発生したのであろうと思いながらも、一応、山腹に目をやると、一頭のカモシカが雪を崩しながら下ってきました。その動きを見ているうちに、さらにもう一頭のカモシカが現われました。先のカモシカを追っているようです。二頭は色が違います。先のカモシカは白っぽいのに対して、後のカモシカは、全体的に黒っぽい色でした。さてこの二頭は親子かな、親子にしては二頭とも体が大きいし、距離があり過ぎる気がします。とすると、「子離れ」を宣告された子供のカモシカが未練がましく親の後を追いかけているのかなとも思いました。それとも発情期を迎えた雌雄かな、それにしては時期的に遅いのではないかとも考えましたが、分からなくなりました。それ以上を考えると、「おさいど」の前に頭脳がオーバーヒートしますので、カモシカから目をそらしてしまいました。

 

 実施が危ぶまれていましたが、蓋を開けてみると思いのほか順調なスタートを切ることができました。先ずは好天に恵まれました。ここ2、3日、好天が続き、24日も気温が高く風もない最高の一日でした。材料となる萱(かや)も例年以上に集まりました。去年は来なかった人も作業に駆けつけて下さいましたので、去年と同じくらいの人数に、さらに「応援」が加わりました。この調子だと、いつもの2塔だけでなく3塔作れるのではないかと話が進んだのですが、「3」は何かの理由で好ましくないとのことでした。結局、2塔だけとなりましたが、贅沢な2塔です。作業開始は午後1時でした。

 

 高いところの作業は、若々しい応援部隊が引き受けました。皆さんの顔には明るい笑顔が見られます。「若い」と言っても、私よりも一つ上の先輩ですから……ですが、実に若々しい働きでした。

 

 

 着火は午後6時の約束ですが、そこは「畑沢時間」。6時になっても、まだ全員が揃っていません。しかし、既に到着している人は、まだ集まっていなくても一向に気に停めません。

「しー、点けっか―」

「もう少す、待っでみっかー」

「えーべあー、火点けっど明るぐなっから、そのうぢ来んぺー」

「どれやー、点けっぞう」

実に、大雑把です。どうも私の「大雑把」はこの先輩たちから仕込まれていたようです。

 

 火はたちまち燃え上がりました。今年のおさいどの中には、例年以上の萱がたっぷりと詰まっていますので、火の勢いは凄まじいものです。ものすごい炎のことを「紅蓮の炎」し言いますが、正にそのとおりでした。

 このとき、お一人がおまじないのような言葉を発しました。あとで確認したところ、「いわいー、いわいー」だそうです。「祝い、祝い」の意味のようです。

 

 観客は、いつの間にか増えていました。さすが先輩が言うように、

「しぃー点けっど集まっから」でした。

 

 2塔あったおさいどは、オリオン、天の川そして月光が輝く天空の闇に吸い込まれていきました。私は、つい雪上に仰向けになって、火の粉が黒い天に昇って行く姿に見とれてしまいました。まるで、子供の様な振舞をしてしまいました。今年は特に厳かな雰囲気でもありました。

 おさいどが燃え尽きると、お堂で今年一年の健康と安全をお祈りし、それぞれ持ち寄った飲み物と食べ物で懇談が開かれました。私たちの年代が知らない畑沢の昔のことをあれこれ話してくださいました。実に貴重なお話ばかりでした。

 なお、おさいどが燃え尽きると、夜道での怪我を心配して先にお帰りになった方もいますので、お堂の人数は全員ではありません。

 

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オオウバユリ

2015-02-13 20:36:08 | 自然

 とても大きな葉です。昔は見たことがなかった気がするのですが、20年前辺りから見かけるようになった気がします。蕨畑に蔓延(はびこ)るようになったので、一体、どこからか来た外来種かと憎々しくさえ思っていました。そして、長い間、名前が分からずにいました。

 最近、尾花沢市牛房野の星川茂平治氏のお宅を訪ねたときに、同氏が書かれた「牛房野歴史物語付録 おやじの寝言」を貸して下さいました。家に帰って読み始めたところ、その面白さの虜になってしまいました。同氏が過ごした少年時代の風景が、飾らない文体で目に浮かぶように描かれています。年代が少し違いますが、少年時代の姿は私達と共通しています。皆さんにも是非、お勧めしたい図書です。残念ながら、県内の図書館では東北芸術工科大学にだけありました。尾花沢市立図書館にないのが残念です。さて、その本にウバユリのことが書いてありました。当然、可笑しくて吹き出したくなる光景が出てきますが、その内容から畑沢で見た「何だか分からない植物」に結びつきましたので調べたところ、とうとう謎が解けました。畑沢の分からなかった植物はウバユリでした。ただし、ウバユリの仲間と言うのが正解で、正しくは「オオウバユリ」でした。ウバユリは本州の西側、オオウバユリは本州の東側と北海道に分布しているそうです。説明には、「ウバユリは……どうのこうの、オオウバユリは……どうのこうの」と書かれていましたが、面倒なので、分布区域だけか畑沢のものはオオウバユリということにしました。

 以前はこの大きな葉を見て、私は安易に「サトイモ科」の植物と勝手に思い込んでいました。里芋とは似てはいませんが、水芭蕉や座禅草にも似ているような気がしたのです。ところが、全くの見当違いで「ユリ科」でした。ユリは、単子葉植物ですから、「維管束がどうのこうの、葉脈は平行に走っている…」と言うことになるのですが、オオウバユリの葉脈は平行に走っていません。むしろ、双子葉植物のように網目状になっているかと思います。どう見ても単子葉植物には見えないのですが、そうだと言うのですからそうなのでしょう。サトイモ科も単子葉植物だと言うのですから、まっいいかです。

 このオオウバユリは食べられるのだそうです。ユリのように根茎に澱粉が蓄えられているそうで、掘り起こしてすりつぶすと澱粉を取り出せるそうですので、今度は「憎たらしく」思うことなく優しい目で成長を楽しみ、大きくなったら一網打尽に食べてみます。これで、畑沢での楽しみも増えました。

 

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常盤地区の勉強をしてきました。

2015-02-13 20:02:36 | 近況報告

 今日は畑沢冬期分校のことを調べるために、午前中に常盤小学校へお邪魔し、午後は常盤地区公民館で野辺沢城についてのお話を聞きました。ついでに畑沢へも足を延ばしてきました。昨日は比較的暖かな一日でしたが、今日は一転して本格的な寒さが戻ってしまいました。舗装道路は幸いにも積雪がありませんが、空からは大きな綿雪が次から次へと降ってきました。畑沢地区生涯学習推進センターも雪でおぼろげに見えます。


 千鳥川の川岸に生えている柳とオニグルミの木が寒そうです。


 杉の上にも絶え間なく雪が降ってきます。


 ところで、再々の訂正です。訂正するのも慣れてしまいました。常盤小学校の移転を「今年の4月」と以前に投稿しましたが、誤りでした。「今年の4月に常盤中学校が尾花沢中学校へ統合されて、その空いた校舎を一年かけて小学校用に改装します。来年の4月に小学校がそこに移転します」とのことを常盤小学校で聞いてきました。これ、本当です。本当だと思います。

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尾花沢市立常盤小学校の移転前にパチリ

2015-02-06 21:28:46 | 近況報告

 常盤小学校が今年の4月に移転することは、これまで何回か投稿しました。その中には間違い情報もありましたが、御容赦下さい。移転先は現在、常盤中学校として使われている校舎です。それでは、常盤小学校の校舎はどうなるのでしょうか。聞いた話によると、現在の常盤小学校舎は耐震能力が劣ることが理由で移転することになったということでしたので、その理由であれば取り壊されることになる可能性が大きいと思います。これだけ立派な建物が壊されるとしたら、「もったいない」と思ってしまいますが、私は「ケチ」なのでしょうか。耐震性能が多少なりとも低くても、学校以外の用途に使える方法はないものでしょうか。

尾花沢市立常盤小学校

 現在の常盤中学校は、元々は小学校があった場所に建てられたものです。此処に小学校が移転してくると言うのは、元に戻ることになります。今年3月に小学校を卒業する子どもたちは、尾花沢中学校へ通学することになります。

尾花沢市立常盤中学校

コメント (3)
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