今に比べて交通がはるかに不便だった明治~昭和初期に全国津々浦々を巡った田山花袋の著書『温泉めぐり』 (岩波文庫)では、花袋の知人であるK君の話として伝聞ながら上州の鹿沢温泉に言及しており、
昔はお地蔵さんに励まされながら険しい道を苦労して登ってこの温泉まで来たのでしょうが、いまでは車でいとも簡単に峠を越し、湯の丸高原の爽やかな景色を眺めながらここへたどり着くことができます。玄関では番犬がお出迎え。ワンコのいる温泉はえてして名湯であることが多いんですよね。
玄関に置かれた古く大きな置時計を一瞥しながら、歩くと軋む板敷きの廊下や階段を歩いて、段を下ったところにある浴室へ。浴室入口には墨痕鮮やかに「雲井乃湯」と揮毫された扁額が掲げられています。「段を下って行く温泉には名湯多し」という法則が、ここにも当てはまりそうな予感。
脱衣所は至ってシンプル。余計なものや飾り気は一切なし。いや、太い丸太を彫って作られた小物置きの棚が目を引きますね。
浴室は男女別の内湯がひとつずつあるだけ。古い作りのお風呂にはカランなんてありません。立ち上がりの約1mほどはモルタルですが、そこから上の側壁や天井、浴槽などほぼ総て木造。昔ながらの湯治宿を思わせる渋い雰囲気です。
浴槽は5~6人サイズ、析出の付着によりトゲトゲしている湯口から静かにお湯が注がれおり、浴槽の縁からふんだんにオーバーフローしています。お湯はやや灰色を帯びた薄い黄土色で貝の潮汁のように弱く濁り、赤錆のような橙色の細かい湯の花が浮遊しています。口に含むと金気味+微甘味+炭酸味+石灰味+土気味といったようにいろんな味覚が舌の上で混ざり合います。そして鮮度を感じさせる金気の匂いと土気の匂いが鼻孔へと抜けていきます。ギシギシかなり引っかかる浴感です。源泉は湯口のすぐ傍にあるため、お湯の鮮度がすばらしく、新鮮な源泉ならではのキリっと冴えたお湯が味わえました。44℃のお湯が加水されることなくすぐに注がれるため、人によっては熱く感じるかもしれませんが、ゆっくり掛け湯して体を慣らしていけば、誰しもそのお湯の良さを首肯することでしょう。また重曹の影響か、湯上りはとてもさっぱりします。
カランはないものの、その代りというべき打たせ湯のようなものが浴室内に落ちています。この下に桶が置かれているので、これで落ちてくるお湯を受けながら上り湯にすることができました。なおこの打たせ湯は湯船と異なる「龍宮の湯」というぬるめの源泉を使っています。
男湯と女湯を隔てる仕切りには、燃え上がる炎を中心にして舞う二人の女を描いた鏝絵のようなレリーフが彫られていました。歴史を感じされる味わい深いレトロな芸術に思わずうっとり。昔の人が湯治に求めた心情に思いを馳せながら、いかにも深山の名湯らしい重炭酸土類系のお湯に身を沈めて、ゆっくりとした時を過ごしました。
宿舎の道を挟んだ向かい側には湯の丸高原から湧出する水を落として稼働させているミニ水力発電所があり、そしてその隣のフェンスには…
(両画像ともクリックで拡大)
鹿沢温泉の由来の説明文や、大火以前の鹿沢温泉の様子を描いた当時の絵(復元)が掲示されていました。絵には何棟もの宿が描かれており、地蔵峠の道は非常に険しいにもかかわらず、かつては多くの浴客がこの温泉を訪れていたことが想像されます。
雲井の湯
マグネシウム・ナトリウム-炭酸水素塩泉 44.8℃ pH7.0 61L/min(自然湧出)
群馬県吾妻郡嬬恋村田代681 地図
0279-98-0421
ホームページ
立ち寄り入浴時間不明
500円
シャンプー類あり・他備品類なし
私の好み:★★★
山の温泉地としては、殊に深い静かな温泉場であるそうである。旅舎はそう大きいのはないが、二、三軒渓に枕(のぞ)んで構えられてあって、いかにも深山の中であるそうである(中略)那須、塩原、箱根、または、上州の山の温泉よりも、ぐっと静かで好いということであった。私は信越線で通る度に、いつもその山の中の温泉場を頭に描いた。
と述べています。つまり田山花袋は鹿沢温泉には足を踏み入れていないのですが、未踏の温泉の様子を想像しながらいつかは行ってみたいと思っていたようです。信州の東部町からここへと至る道のピークは地蔵峠と呼ばれ、道中には麓から温泉まで百体のお地蔵さんが立てられて、険しい道を上る湯治客を励ましていました。かなり昔から湯治の温泉として人々に知れていたこの鹿沢温泉ですが、K君が「好い」と言っていた温泉場の姿は大正7年の大火で焼失しており、花袋も文中の脚注において「鹿沢は去年焼けたが、今では九分通り元の通りになったということである」と記しています。実際には温泉宿は元の鹿沢温泉から北の方へ下った場所(新鹿沢)で新たな温泉街を拓き、唯一昔の場所で営業を続けたのが「紅葉館」。旧温泉に一軒だけ残ったため、あたかも一軒宿の秘湯のように今でもひっそりとたたずんでいます。昔はお地蔵さんに励まされながら険しい道を苦労して登ってこの温泉まで来たのでしょうが、いまでは車でいとも簡単に峠を越し、湯の丸高原の爽やかな景色を眺めながらここへたどり着くことができます。玄関では番犬がお出迎え。ワンコのいる温泉はえてして名湯であることが多いんですよね。
玄関に置かれた古く大きな置時計を一瞥しながら、歩くと軋む板敷きの廊下や階段を歩いて、段を下ったところにある浴室へ。浴室入口には墨痕鮮やかに「雲井乃湯」と揮毫された扁額が掲げられています。「段を下って行く温泉には名湯多し」という法則が、ここにも当てはまりそうな予感。
脱衣所は至ってシンプル。余計なものや飾り気は一切なし。いや、太い丸太を彫って作られた小物置きの棚が目を引きますね。
浴室は男女別の内湯がひとつずつあるだけ。古い作りのお風呂にはカランなんてありません。立ち上がりの約1mほどはモルタルですが、そこから上の側壁や天井、浴槽などほぼ総て木造。昔ながらの湯治宿を思わせる渋い雰囲気です。
浴槽は5~6人サイズ、析出の付着によりトゲトゲしている湯口から静かにお湯が注がれおり、浴槽の縁からふんだんにオーバーフローしています。お湯はやや灰色を帯びた薄い黄土色で貝の潮汁のように弱く濁り、赤錆のような橙色の細かい湯の花が浮遊しています。口に含むと金気味+微甘味+炭酸味+石灰味+土気味といったようにいろんな味覚が舌の上で混ざり合います。そして鮮度を感じさせる金気の匂いと土気の匂いが鼻孔へと抜けていきます。ギシギシかなり引っかかる浴感です。源泉は湯口のすぐ傍にあるため、お湯の鮮度がすばらしく、新鮮な源泉ならではのキリっと冴えたお湯が味わえました。44℃のお湯が加水されることなくすぐに注がれるため、人によっては熱く感じるかもしれませんが、ゆっくり掛け湯して体を慣らしていけば、誰しもそのお湯の良さを首肯することでしょう。また重曹の影響か、湯上りはとてもさっぱりします。
カランはないものの、その代りというべき打たせ湯のようなものが浴室内に落ちています。この下に桶が置かれているので、これで落ちてくるお湯を受けながら上り湯にすることができました。なおこの打たせ湯は湯船と異なる「龍宮の湯」というぬるめの源泉を使っています。
男湯と女湯を隔てる仕切りには、燃え上がる炎を中心にして舞う二人の女を描いた鏝絵のようなレリーフが彫られていました。歴史を感じされる味わい深いレトロな芸術に思わずうっとり。昔の人が湯治に求めた心情に思いを馳せながら、いかにも深山の名湯らしい重炭酸土類系のお湯に身を沈めて、ゆっくりとした時を過ごしました。
宿舎の道を挟んだ向かい側には湯の丸高原から湧出する水を落として稼働させているミニ水力発電所があり、そしてその隣のフェンスには…
(両画像ともクリックで拡大)
鹿沢温泉の由来の説明文や、大火以前の鹿沢温泉の様子を描いた当時の絵(復元)が掲示されていました。絵には何棟もの宿が描かれており、地蔵峠の道は非常に険しいにもかかわらず、かつては多くの浴客がこの温泉を訪れていたことが想像されます。
雲井の湯
マグネシウム・ナトリウム-炭酸水素塩泉 44.8℃ pH7.0 61L/min(自然湧出)
群馬県吾妻郡嬬恋村田代681 地図
0279-98-0421
ホームページ
立ち寄り入浴時間不明
500円
シャンプー類あり・他備品類なし
私の好み:★★★