半透明記録

もやもや日記

『フランス文学19世紀』

2009年06月09日 | 読書日記ーフランス

鈴木信太郎 渡辺一夫共編
(世界短篇文学全集6 集英社)



《収録作品》
*知られざる傑作…バルザック
*チェンチ一族…スタンダール
*ミミ・パンソン…ミュッセ
*シャルル十一世の幻想…メリメ
*死霊の恋…ゴーチエ
*解剖学者ドン・ベサリウス…P・ボレル
*シルヴィ…ネルヴァル
*ラ・ファンファルロ…ボードレール
*アデライード…ゴビノー
*ジュリアン聖人伝…フローベール
*くびかざり/テリエ亭/ジュール叔父さん/シモンのパパ…モーパッサン
*誤解…ドーデー
*ドン・ジュアンの最も美しい恋…ドーヴィイー
*未知の女/断頭台の秘密…リラダン
*パンとシュリンクス…ラフォルグ
*葡萄畑の葡萄作り…ルナール
*クサンティス…サマン
*新しい逸楽…P・ルイス
*黄金仮面の王…シュオッブ


《この一文》
“そんならそれでもいいわ! あんたがたは海王星を発見したのね。見あげたものだわ! 昨夜からわたしはお願いしてるではないの、新しい快楽、幸福の征服、涙に対する勝利を見せて下さいと。それなのに海王星を発見したんですって!”
  ――「新しい悦楽」(P・ルイス)より



19世紀フランス文学。私がいま最も好きなところ。面白いー。今日も面白い、明日も面白い。弾け飛びそう!

『フランス文学19世紀』の短篇を集めたこの本は、どの物語もはずれなく面白いものばかりでした。素晴らしい。私にとって特に収穫だったのは、これまでなんとなく避けてきたバルザックやモーパッサンが、やはりその轟き渡る高名にふさわしく、非常に面白い作家だということが、しみじみよく分かったことでしょうか。特にモーパッサンは凄かったです。フローベールが凄いというのは、ちょっと前に読んだ別の短篇集で判明しました。こうやって私の目を無理なく開かしてくれる【短篇集】というものは、本当にありがたいものです。私は徐々に、理由のない好き嫌いというものから開放されつつあるのです。まあでも、なかなか「名作」に手を出すまでには至っておらぬのですが……


さて、フローベールの「ジュリアン聖人伝」については先日別に記事を書いたので省略するとして、その他に面白かった作品についていくらか感想を書いておこうと思います。

まず、モーパッサン。私はこの人を名前以外はまったく知りませんでしたが、ここに収められた4篇の短篇によって、かなり強い印象を受けました。
どちらかと言うと、この短篇集には幻想的でロマンチックな作品が多く収められているのですが、モーパッサンのこの4つの物語はいずれもとても現実的な、日常のありふれた一風景を扱ったものばかりです。それでもって…

「くびかざり」は、見栄張りな貧乏役人の奥さんが、舞踏会に行くのにアクセサリーが無い!といって、お金持ちの友達にダイヤのネックレスを借り、おかげで素晴らしい舞踏会の夜を過ごしたのだが、帰途、そのネックレスをなくしてしまい……というお話。……モーパッサン!! あなたはなんて底意地が悪いんだ!! と私は読み追えて絶叫してしまいました。トラウマになりそうな、気の遠くなるような結末に、私は一晩へこんで過ごしてしまいました。ああ、気が滅入る。しかし、物語には描かれていないけれど、結末より未来ではこの女の人もちょっとは報われるといいなあ。そうであってほしい!

この人はしかしどんだけ意地悪なんじゃ…と滅入った気持ちのまま次の「テリエ亭」を読みますと、今度は一転して明るく、温かく、優しい感じのお話です。しかし、適度にみじめで悲しい雰囲気も漂わせつつ。これは面白かった。
町の男たちの溜まり場となっている夜のお店を経営するマダムと、そこで働く女たち。たいそう繁盛しているお店が、ある晩はなぜか閉まっていて男たちは大騒ぎ。マダムと女たちは、マダムの姪の聖体拝受のためにマダムの弟が住む田舎へ出かけていったのだった…というお話。マダムのところの女たちが、みな気のいい人ばかりで和みます。

「ジュール叔父さん」は、またしてもちょっぴり後味の悪い読後感です。一族の問題児だったジュール叔父さんが、追い出された先のアメリカで成功を収めたという便りを受け取って以来、家族はみんなでジュール叔父さんの輝かしい帰国の日を待ち望んでいた。しかし…というお話。ジュール叔父さん、可哀想過ぎます! モーパッサン、ひどい!

「シモンのパパ」は、もうモーパッサンは信用できないわ…という気持ちで読み進めましたが、これは地味ながらとても心を打たれる美しい物語でした。父親のいない私生児のシモンは、そのことでクラスメイトからいじめられ、悲しさと悔しさで川のほとりでひとり泣いていたところ……というお話。
何でもないような地味なお話で、結末も想像通りだったのですが、それでもなお素晴らしいと言える物語でした。淡々と進んでいくようでいて、要所要所の切れ味が鋭いのでしょうか、非常に強い印象を残します。モーパッサンって、やっぱ凄いんだなーと認識した次第です。

ゴーチエの「死霊の恋」、ペトリュス・ボレルの「解剖学者ドン・ベサリウス」、ドールヴィイの「ドン・ジュアンの最も美しい恋」、シュオッブの「黄金仮面の王」などは、もう既に何度も読んでいるので、その素晴らしい面白さについてはあらためて言うまでもありません。面白いんです、もう無茶苦茶に。何度も読み返すレベル。

それから、「新しい逸楽」のピエール・ルイスという人は、たぶんここで初めて読みましたが、素晴らしく、いかにも私の好きそうな面白いお話でした。楽しさで言うと、この短篇集のなかではダントツに楽しかった! この間合いがたまらなく気持ちいい!
ある晩のこと、「わたし」のもとに素晴らしく美しい見知らぬ女がたずねてくる。女はラミアの娘カリストーと名乗り、千八百年ぶりによみがえり、夜のほんの短い間だけこの世を歩き回り、人類がいったいこの長い年月の間に何を発見したのかを探っていると言うのだが…というお話。素晴らしい完成度! 異常に面白い! ばんざい!
この人のその他の作品は、私は恥ずかしながらこれまで知りませんでしたが、今でも翻訳がいくつか読めるみたいなので、さっそく探してみようと思います。面白いなー、これは面白かった。大収穫です!



というわけで、私はフランス小説が好きでたまりません。特に19世紀から20世紀前半にかけては、私にとっての黄金時代です。このころの作品を集めた短篇集をいくつか持っているのですが、どれもこれも信じられないくらいに面白いので、たいがいは一気に読んでしまいますね。どうしてこんなに面白いのかしら……はあ、うっとり。





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