All Things Must Pass

森羅万象 ~ 歩く印象派

短期連載 「プロジェクトM」  (その2 ・・・・全3話)

2007年09月18日 12時06分49秒 | 歩く印象派
「問題なのはね、借入金の全てが“短期借入金”だということよ。金額も三千万円のままだし。恐らく、2店目の出店資金の調達には相当苦労したにちがいないわ。」

篠山は美富士の口から出てきた「短期借入」という言葉の意味がわからずきょとんとする。かまわず美富士は続ける。

「それでも出店計画を取りやめる判断も出来ないまま、六ヶ月の手形貸し付けで強引に(出店を)進めたのだと思うな。」

「短期借入がなぜ危険なのかわからないんでしょ?篠山君。」

ズボシだった。
「えっ、あっ、ハイ・・・すみません。教えてください。」
どうも、学生の時と同じく美富士先輩の前だと恐縮してしまう篠山であった。

「借入金によって出店した以上、本来は、この店で返済期限までに返済額以上の利益を生み出す必要があるのよ。この萬田さんの場合、六ヶ月後に三千万円を用意するってこと。3店併せても、これだけの利益を確保するには、かなり時間がかかるわ。」

「結局のところ、萬田社長さんとこはこれまで返済を先延ばしにしているだけで、元本は一向に減っていないのよ。萬田さんのところの先延ばしは“コロガシ”でしょう。厄介なのは“コロガシ”を受けていると『借金を返済する』という感覚が麻痺してしまうのよ。」

「すみません。“コロガシ”って、なんなんですか?も少し、僕にもわかるように教えてもらえませんか?」恐る恐る尋ねる篠山。

困ったものね、と思いながらも美富士は続けた。
「笹山君。金融機関からの借入金には長期借入金と短期借入金とがあるのは知ってるわよね?」

「えっ、あっ、ハイ。」
なんだか苦手なパターンになってきたな、と篠山は思ったがもはや手遅れ。

「長期借入金というのは設備投資目的で、短期借入金は運転資金として利用するのが目的。これもわかるわよね。」

「あ、ハイ。」

「当座の資金繰りつまり運転資金が不足すれば短期借入をおこし、不足が解消すれば返済してなくなるべき性格の資金だということも。だけれども、実際には短期借入金を借りっぱなしの常態になっていることが中小企業では少なくないっていうか、多いのも事実だわ。このことを“コロガシ”って言うのよ。」

「そういえば、土地コロガシってありましたよね?」

「あれは、地上げと呼ばれる土地ころがしで、利ザヤをかせぎまくっていたのよね。バブルよ。でも、あれが出来たのは銀行が土地を担保にいくらでも金を貸したから。銀行は不動産屋をけしかけて、どんどん土地転がしをさせる。そして、自分たちはヤバイ事に手を染めることなく不動産屋から金利を受け取り儲けさせてもらう。
いつかはきっと破綻をきたすと誰でも予想がつきそうな危うい自転車操業なのに、“自分はまだ大丈夫”と思った人が大半。
それが、ある日突然、
『もう、お金、貸せません。と、いうか、今まで貸したお金はやく返してね。』
と大蔵省の役人の通達を受けた銀行の、いきなり人が変わったような言い草で急ブレーキがかかり不動産屋の土地転がしは不可能になり、そのとたん莫大な借金の金利負担が容赦なくのしかかってきたというわけよ。」

「しまった、よけいなこと聞いちゃったな。」と篠山は思った。美富士先輩はバブルのことになると饒舌になってしまうこと、すっかり忘れてた。

まだまだ続きそうな美富士の“バブル講義”を遮るように篠山は
「あの~、香織さん。萬田さんのことなんですが・・・・。」

「あっ、そうそう、ごめんなさいね。短期借入がどうして怖いかって話だったわね。」
「金融機関というところは、売上が安定している時は“コロガシ”だって応じてくれるけど、その売上が減りだした時に地獄が訪れるのよ。たぶん、萬田社長さんの頭ん中は、客が大入りで繁盛している姿と、新規開店のお店のことで精一杯ね。借金(短期借入金)を返すなんてことまで考えているとは思えないわ。」

篠山にも少しわかりかけてきた。
「なるほど、香織さんは萬田社長の資金の調達方法から、社長の心理まで読んでいたんですね。」

美富士が「プロジェクトM」の決算書を見るなり、そこまで考えをめぐらしていたことに篠山は正直驚いた。

これまでも美富士は多くの飲食店から経営相談を受けており、出店や設備投資を機に経営が破綻していった企業を見てきた。だからこそ、借入金の動き一つからでも経営者の心理が手に取るようにわかったのだ。

ひとしきり感心してぼーっとしていた篠山は
「篠山君、“業態の旬”って知ってるかなあ?」という美富士から問いかけで我にかえった。
「業態の旬?はあ、なんですか、それ?」
                              (続く)