ミカエルの函館散策記

美しい夜景と異国情緒溢れる町・函館。
名所・旧跡・食べ処をご紹介していましたが今や万屋。
ご訪問に謝々。

第51号 旧函館区公会堂

2006年11月02日 | 教育施設

所在地=函館市元町11番13号

  

函館はロケ地としての魅力があふれている。
この建物もそのひとつ。明治の頃、流行した和洋折衷で左右対称のルネッサンス様式に似たデザインである。
それにしても、見事な色彩感覚には脱帽する。

明治40(1907)年の大火は、函館区の約半数、9,000戸近くを焼失した。
この大火で区民の集会所も失ったため、「公会堂建設協議会」が組織され、建設資金を募ったが、大火後のため思うように集まらなかった。
当時の函館豪商・相馬哲平は、自分の店舗を焼く被害を受けながらも、5万円の大金を寄付、これをもとに工事費58,000円で明治43年9月にこの建物は完成した。

設計者、監理者、施工業者がともに函館人であることを誇りに思う。
屋根窓を置き、玄関、左右入り口のポーチの円柱に柱頭飾り、屋根頂部の飾り柵の
意匠や技法が高く評価されている。

明治44年8月、皇太子殿下(大正天皇)の行啓の宿舎とし、また、大正11年7月には摂政宮殿下(昭和天皇)の御来道にも使用された由緒ある建物である。
本館1,761㎡、付属棟138㎡は、昭和49年5月に国指定重要文化財となった。

昭和55年10月から57年3月まで、工事費約355,000,000円で修復工事を行なった。
御座所、御寝室、大広間などが華麗に蘇り、往時の華やかさを物語っている。
明治調の衣裳で記念撮影ができる「ハイカラ衣裳館」や、大広間でのコンサートが人気となっている。
貴女もお嬢様やマダムに変身して、パチリしてはいかがですか?
夢が広がりますよ。

今日は所属しているスポーツ同好会の練習が、体育館で行なわれた。
今月から練習日が大幅減。外で練習していた団体が、体育館にその場所を移したのが原因。使用は抽選で決めるから、当る確率はかなり低くなった。
「宝くじが当ったら会で体育館を建てよう」と、夢のような話に皆で大きな拍手をして練習は終わった。
               ミカエル

 

 

 

 

 

 

 

 



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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
二代目? (箱館人)
2007-04-29 00:00:37
相馬哲平は、二代目哲平です。旧公会堂内の写真は初代ですが。また正式の呼び方は「てっぺい」でなく「てつひら」ではとの説がありますが、誰か教えてくれませんか。
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箱館人さんへ (ミカエル)
2007-04-29 11:11:36
読み方については、後日調べてみます。ミカエル
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