福田の雑記帖

www.mfukuda.com 徒然日記の抜粋です。

古いものを使うのが好き されどかさむ修理費、維持費・・・

2015年09月16日 12時40分04秒 | コラム、エッセイ
 私は手アカにまみれた古い品物を大事に使うのが好きである。それが必ずしも自分が使ってきたものでなくとも良い。消耗品なら別であるが、耐久品なら中古品でも構わない。中古品の気楽さから適宜改造したり、自分なりの付加価値をつけて用いている。だから、私用の趣味のもの、生活用品などは改造を繰り返しながら年季が入った品が多い。

 最も古いのはヴァイオリンで、多分1700年代の代物と思われるが、そろそろ老衰状態。2度修理した。
 オーディオ製品は1960年-80年代の製造あるいは購入が大部分でまともに音が出ないのを騙し騙し使っている。こういう使い方が好きだ。車も10年以上用いているから次々と故障が出る。

 往々にして修理を繰り返していると修理費の方が購入価格を越してしまう。
 私が30年ほど愛用してきたモンブラン万年筆のマイスターシュティックはボディが割れてインク漏れを起こし何度か故障した。結局今までボディ交換2回、キャップ交換3回で、残っているのはペン先部分だけ。修理費用がΣ6万円超となり、購入価格を超えた。されど満足感がある。最近は字を書く機会が少なくなって出番が少なくなったのが残念である。

 これが愛着というものなのだ、としみじみ思う。何でもそうだが、変な愛着を持つとコストパフォーマンスは確実に悪くなる。保証期間などはるか前に終わっているから修理費もバカにならない。そんなこと分かっていながら修理にコストをかけてしまう。それで更に愛着が深まっていく。変なものである。

 自分のバカさ加減にもほとほと呆れるが、こんな自分にも愛着をもっている。だから、私の愛用品についてはこの古いものを何度も修理して用いると言う悪循環を絶つことはなかなか困難である。
 
 家電製品も頻繁に不調になるが、そのスイッチ部分、コントロール部分にほとんどに電子部品が用いられているために私の能力ではなんともしようがない。これらの修理や更新に関してはほとんど関心がない。それを見越して家族達は不調になると嬉々として相談をかけてくる。数日後、新製品に取り替えられていることが多い。その請求書だけが私に回ってくる。洗濯機、掃除機などなんでこんなに高いのだ!!! と思う。 今年私が修理できたのは扇風機程度である。

 次の候補は1998年製の風呂用石油ボイラー、2001年製のレガシーワゴンで、これらはもう寿命なのだろう。修理に出すたびに新品への交換を勧められる。しかし、修理を続けながら今のところなんとか機能を維持している。私は、決定的故障が生じたら迷わず交換するつもりで心の準備はしているが、現状での交換にはまだ納得できていない。
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