goo blog サービス終了のお知らせ 

ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

『Martha's Vineyard(マーサのぶどう園)』序二段

2011年08月21日 | 友達とわたし
島は自然の宝庫。
水も緑も空も、なにもかもが豊か。
人も動物も植物も昆虫も、のびのびと元気に生きてる。

というわけで、『Martha's Vineyard』第一日目の夜は、元気いっぱいの蚊の洗礼を一身に受けた。ありがたやぁ~!
なにしろ、蚊には異常なくらいに好かれるタチのわたし。
どこに行っても、誰といても、まるで吸い取り紙のようにわたしに群がってくるにっくき蚊……。
旦那とわたしのために用意してくれたベッドルームのそこかしこに、ウエルカァ~ム!と言わんばかりに、奴らは潜んでたのであった。
前の晩に寝てなかったこともあって、ヘロヘロやのに、あの「ぷぅ~ん」が耳元で聞こえてきたらもうあきまへん。
目がパチリと開き、普段では考えられへんぐらいの素早さでベッドの上に立ち上がり、ダンボ耳レーダーで居所をつきとめる。
はじめは他の人の睡眠を邪魔せんようにと、かなり気を遣てたのやけど、殺しても殺しても現れてくる蚊にとうとうキレて、ドスッ!バチンッ!ガタンッ!のオンパレード。
旦那も協力してくれて、ふたりで数十匹をやっつけるも、あかん、きりがない、もうこれ以上は無理……と観念し、
こうなったら無理矢理自分らを寝かせやなと、旦那がくれた漢方の錠剤を飲み、マグネットを貼ってもろた。
鍼師はこんなとこにも役立つのであった……一家に一台鍼灸師……朦朧としながら感謝!

そんな悲惨な夜を過ごしたのにも関わらず、目覚めはなかなかに爽快。
これもみな、この島が持つエネルギーのおかげか?
今日は、Gの案内で、島の観光スポット(わたしにしてみりゃどこもかしこもスポットなんやけど)巡り。
Gはこの島を、心の底から愛していて、いろんな場所に思い出話がある。
しかも、その話はちょっと普通とちゃう。
なぜか?
Gは型破りでやんちゃな男の子やったからなのであ~る。
彼の両親は本気で、この子は16才まで無事に生きられるやろかと心配してたそうなのであ~る。
なので、いろんな所にオモシロ仰天エピソードが潜んでいる。
本人からその話を聞きながらの島巡り。楽しくないはずがない。

まずはここ、なんともカジュアルな彫刻の森。



昨夜から合流した、Gの高校時代からの友人Jくん、20年ぶりの島にどっぷりノスタルジーを感じつつも、こんなことしてはります……。しかも似合い過ぎ!



お次は、元々はGEY HEADという、ちょっと過激な名前がついてた岬見学。灯台がめちゃイケてる。


なんともはや、びゅーてぃふるな景観。


展望台に居る我々から丸見えの、岸壁のふもとの浜は、実はヌーディストビーチとして有名らしい。
しかも、展望台には、ナニゲに望遠鏡などが設置されていて、おいおい!とツッコミを入れつつも覗く旦那。
わたしはちょいと、写真を撮ってみた。


もうちょっとズーム。


もうちょっとズーム……したのがあるんやけど、やっぱね、いくら後ろ姿といえど、公共の場やし、遠慮しとこっと。

赤と白のライトが交互にやってくる灯台。


ヌーディストビーチと対岸にある、これは普通のビーチ。ひろぉ~い!


島巡りバス。思わず乗りとうなるノリノリのブルー!


めちゃんこフレッシュなフィッシュサンドが食べられるお店、のはずやったけど、サンドはもうやってないみたいでガックリ。


そこで教えてもろた別のお店に行く道中にも灯台。


ここが美味しいと有名のナンシーさんのお店。Gが「このサメは本物か?」とつぶやきながらジィ~ッと見つめていた。
……なわけおまへんやろ?


近所の、世界一古いことで有名な、メリーゴーランドを見学。シブ過ぎ!


この棒の先っちょから金の輪っかが出ていて、馬に乗った客が掴み取るのがお楽しみ。
中に時々金色の輪っかが混じっていて、それを見事に掴んだ人はもう一回乗れるのがルール。
Gは小さい頃から毎年ここに来て乗ったけれど、金の輪っかが当たったのはほんの数回だったらしい。
ほんでもって、Gのお姉さんの中に、輪っか取りの天才が居て、瞬間に指を素早く動かして、一度に何個も取れたらしい。
ピアノを習たらすごいことになってたかもしれん……。


夕ご飯のおかず獲りに励むアメリカン。公衆浴場の一場面っぽく見えるのはわたしだけ?


真水が混じっているので、こういう風景が可能。


みてみてママァ~、こんなのが獲れたよ~とK君。


もちろんわたしも参加。
毎年、決まって一度は夢に見る、一心に貝獲りに励む自分。
しかも、夢の中のわたしは、日本で経験した熊手などを使う貝拾いではなく、必ず海の中に胸の辺りまで浸かっていて、足の指でゴリゴリ海の底を掘っている!
そやからこれはまさに、DREAMS COME TRUE!ではあ~りまへんか!
もう嬉しゅうて楽しゅうて、ガハハ!と笑いが止まらん自分の写真を見て、海女かわたしは……と唖然とした。

さて、今夜の蚊対策→蚊取り線香!
けども、ふたりとも揃いも揃て煙アレルギーなもんで、とりあえず早めに焚いて、しかも窓を網戸にしたまま様子を見ることにした。
わたしがあんまり蚊にこだわったからか、すっかりGに伝染してしもた。
いきなり台所からドン!ガタン!と音が聞こえてきて覗きに行くと、キッチンの天井の角に潜む蚊を、今まさに殺さんとす!のGの後ろ姿が。
すまんG!

ところで、Gの友人Jくんは一泊のスピードトリップでおしまい。
彼がここに来てた時は、かならず男の子部屋(子供や孫が増えてから建て増しした、男の子用と女の子用に分かれてる、二段ベッド付きの可愛い部屋)に泊まったそうで、
大人になった今も、どちらかというと女の子部屋のベッドの方がよさげやったにも関わらず、なんかやっぱり落ち着かんかったからと、男の子部屋の二段ベッドに寝たらしい。
そういうのって、なんかええな……。

夕暮れの沖合。明日も晴れそうや。

『Martha's Vineyard(マーサのぶどう園)』序の口

2011年08月20日 | 友達とわたし
『Martha's Vineyard(マーサのぶどう園)』、という名の島に行ってきました。
ボストン近くの海に浮かぶその島は、想像してたよりずっと大きな島でした。

あるおばあさんが、子供や子供の家族が遊びに来られるようにと、1956年に、島にペンション式の家を建てました。
入り江の中心の奥まった浜辺から、20メートルほどの坂道を登った所にある丘の上です。
そのおばあさんの孫のひとりであるGと旦那は、京都時代の合気道道場で知り合った友達で、
彼もこちらに越してきて、Kちゃんという素敵な女性と結婚をし、今は仕事の都合で、2才半のK君と三人で東京で暮らしています。

で、Gは赤ん坊の頃から今までずっと、夏はその島で過ごしてきた人で、もう抱えきれないほどのキラキラと輝く思い出が、心の引き出しにいっぱい詰まっているのです。
そんなんで、以前にも、島の話をチラッと耳にした覚えはあるものの、実際にどんな所なのか、想像できずにいました。

今回は初めて、G一家が滞在している間に遊びに行かせてもらうことに。
海がとても特別で、自分とは切っても切れないつながりがあると信じているわたしには、めちゃくちゃ嬉しいお誘いでした。

島は想像していたより何倍も大きく、美しく、住む者、訪れる者をとりこにするに値する、素晴らしい自然の宝庫でした。
G、そしてKちゃん、K君、一緒に遊んでくれてほんとにありがとう!Gのおとうさん、従兄弟のSさん、楽しい話と海釣り、ありがとうございました!
そしてなによりもG、面白い話がいっぱいのガイド付き島巡り、ほんとに楽しかったです!ありがとう!

ということで、さぁ~、一気にいきまっせ~と言いたいところですが、かなり瞼が重たくなってきたので、写真をダダダッと載せて、続きはまた明日。


『Martha's Vineyard』序の口編

カナダ旅行の時と同じく、長距離運転の旅を目の前にして、旦那もわたしも不眠……これはもう偶然とは言えへん。
小さな子供が、楽しい日の前の晩に、興奮し過ぎて眠れへんのとどこがちゃうのか……。
渋滞は絶対に避けたい一心の旦那に、やいのやいのとうるさく諭され、とりあえず早起きをすることを承諾した。
ろくに寝れへんまま、朝6時半に起きてシャワーを浴び、ダンキンドーナッツでコーヒーとサンドウィッチを買い、いざいざ出発!
真っ白で見えへんし……。


タッペン・ジー・ブリッジもこの通り。


そしてナビの言うことを聞かない旦那が迷い込んだ山。


助手席でイライラしながらも、景色はべっぴんさん!


そこは、こんなふうに、家に着くまでに車で数分はかかりそうなお屋敷が、ドカンドカンと建ってる山やった……。


山から抜け出たら、あらまあ快晴!


あ、風力発電がある!


と思いきや、いきなりの豪雨。前見えへんし……。


数分でピタッと止み、またまた快晴!この3本の煙突は何の工場のんやろか?


まずはこの橋を渡り、


いきなり見えてきた原発にオタオタしながら写真を撮ってると、「確かemillyちゃんはこの辺に住んでるはず」と旦那。
ぎえぇ~!まじっ!こんな遠いとこからはるばる、うちまで習いに来てくれてんのぉ~?と、めちゃ申し訳なくなってきた。
地図オンチのわたしは、自分で実際に経験してみんと、人の苦労がわからんみたい。すまん!emillyちゃん!


またまた橋を渡り、


ごきげんな道路をひたすら北上し、


またまたまた橋を渡り、


橋の上から見える橋を撮り、


やっとこさ着いた駐車場。
車ごとのフェリー切符は、数ヶ月前に予約しておかな買えへんらしい……。
そこで我々は、一日10ドルの、長期オッケーの駐車場に車を止め、フェリーの波止場までの無料バスに乗っていくことにした。


お~いカモメ、海見てなに思ふ?カモメの声(腹減っとんねん。写真なんか撮ってんとエサくれ!)


海を見て既にテンション上がりっ放し。


ボートに乗り込む車の列を見てたら、子供のわたしが、後ろの座席から、お尻をちょっと浮かせて前の景色を見ようとウズウズしている姿が、鮮明に思い出されてきた。 


海、海、海、海、海!


港に着いた!


G一家に波止場まで迎えに来てもらい、着いた家のバルコニーからの景色を一枚。


目の前の景色にうっとりする旦那。


我々が到着する直前まで居た、Gの姉達一家。
もう出発するというのに、いきなり水着に着替え、家の浜で貝拾い(というより貝掘り)をし、ものの数十分で、この黄色いバケツに2杯、いっぱいにして帰ったそうな……。

K君、貝で遊びたくてしょうがないの図。


Gの案内で、前のプライベート浜を見に行く旦那。




この浜は、浜の地下から、氷水のように冷たい真水が湧き出てくる。
なので、浜と海の境目には、波の上に真水の層がある。舐めてみたら、確かに塩味が薄かった。
ほんでもって、Gが言う通りに、ハンパじゃなくめちゃくちゃ冷たい!


いきなりのフラフープ大会。


ママに甘えるK君。こういうのを見ると、懐かしさで胸がきゅんとする。


女性二人が、足の指で掘った巨大はまぐり。このボールは、直径30㎝ぐらいの大きさ。それがちっちゃく見える。


貝貝女のわたしには、涙なくしては語れないほどに美味しく嬉しい宴。誰が何個食べたか、なんて気にする必要もない。やっほ~!


そしてデザート。
なんでひよ子まんじゅうが、こんな離島で食べられるのか……懐かしい味がした。


さあ、明日の序二段のためにも睡眠睡眠!

つづく……、

ごきげんよう!

2011年08月19日 | ひとりごと
夜の7時頃、窓の外がいきなり暗うなったかと思たら、ざわざわ~っと葉っぱが揺れて、
玄関の外に出たら、


裏の勝手口の外に出たら、


こりゃ雷さんのお出ましや!

昨日の夜中、そらもう、とんでもなくでかい「ドン!」やら「パキン!」やら「ガラガラ!」やら、近所に4回も落ちた雷さん。

一雨降ったらまた涼しなるな……。

渋滞がどえりゃ~嫌いな旦那からの命令で、明日は早起きなんで、そろそろ寝ます。
滞在先の小島でインターネットが使えたらええのやけど……多分不可能っぽいので、みなさん、木曜日までごきげんよう。

原発という悪魔に魂を売り渡し、原発マネーという麻薬に冒された人々が棲む国

2011年08月19日 | 日本とわたし
以前にも何回かここで紹介したことがある、『カレイド・スコープ』という、ダンディ・ハリマオさんのブログの記事、『魂を売った泊村は、北海道でいちばんガン死亡率が高い』を、みなさんにも読んでもらいたく思い、ここに転載させていただきました。


以下は、記事からの抜粋です。

『「吉田照美のソコダイジナトコ」という早朝のラジオ番組に、本日(18日)、レギュラー・コメンテーターのアーサー・ビナード氏が出演して、北海道・泊原発営業運転移行の背景を分りやすく語っています。

アーサー・ビナード
米国ミシガン州生まれ コルゲート大学英米文学部卒。
1990年に来日し、日本語での詩作を始める。
詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。

アーサー・ビナード氏は、最近、多くのラジオ、インターネット・フリー・メディアに登場して、日本の原子力ムラについての分析を語っています。



吉田照美:
東京電力福島第一原発事故後、検査中の原発が営業運転を再開するのは、これが初めてということなんですが、まず、アーサーさんのこのことに関するご意見は。

アーサー・ビナード:
九州電力玄海原発の再稼動の問題が一回出てきたものの、やらせメール、献金問題、いろいろ出てきて凄いんだけど、言語的な解釈においては、一緒なんですね、泊原発と玄海原発は。

それから世界に送るメッセージも、ほぼ同じなんだけど、実態はまったく違うんですね。
そこを理解した上で、考えたほうがいいと思うんですね。

実態が違うということは、つまり、玄海原発の場合は、止まってるんですね。
だから地震が起きて大変なことになっても、稼動中の原発ではないのでメルトダウンする危険性は低い。動いてないから。

泊原発の場合は、3月11日の時点ですでに動いているんです。ずぅーっと稼動しているんです。
稼動してるんだけど、営業運転に切り替わる直前に地震が起きて、それで調整運転していた。

調整運転と営業運転と同じことをやってるんだけど、名前が変わるという。
それが今の……その呼び方の変更に同意するかどうか、それとも止めるか、というのが今回の問題なんですけど、
あの玄海の場合は燃料を入れて装てんして稼動させるかどうかということだったから、そこが違っていて、今回(泊原発の場合)は名前が変わるだけ、調整運転と営業運転と。

でも名前が変わるということが許される、ということにかなり大きな意味があるんです。

世界はこれをちゃんと見ていて、日本が何をやろうとしているのか、どういう国なのか、っていうことが読み解かれることになるんですね。

完全に止まっている原発だと、(核燃料を)装てんするときに、『核燃料税』が出るんですね。
それから発電量に応じて支払われる『交付金』の額も違ってくる
んです。


管理人(ダンディ・ハリマオさん):
電源三法交付金のトップは福島県で、少し古い資料ですが、2004年度ベースで年間130億円。全国では824億円。

原子力発電の発電量は年間約3000億kwhであり、電源三法交付金約824億円は0.27円/kwhとなり、これはバックエンド費用積立て不足約1円/kwhとともに、経済産業省が発表する原子力発電表面原価5.9円/kwhには含まれていない(2004年ベースの計算)
(以上、Wikiより)

とあるように、原発を立地させることによって住民のがまん料として交付金が出される。
この本質は、『口封じ』料。

少しくらい病気が出ても、騒ぐなよ、ということで地域住民に『共犯意識』を植え付けることと、『隠蔽体質』を根付かせることに役立っている。

これらのマインド・コントロールのコストは、一切電力の原価に含まれていないため、正確にコストをはじき出せば原子力発電が、いかに高くつくか、原子力発電自体が、とんでもないペテンであることが分るのです。


吉田照美:
お金が違ってくるんですか。

アーサー・ビナード:
違ってくるんです。

泊原発は、すでに動いているんで、(調整運転から営業運転になったとしても)地元に落ちるお金は変わらないはずなんです。

で、北海道の高橋知事も昨日の会見で「営業運転への移行は再稼動には当たらない、とした国の見解を理解した」と言っているんですね。

だけど、本質は、これは言語的なアヤかも知れないけれど、これは再稼動の一種であって、これは原子力ムラの狙い通りなんですね。

高橋知事は、「大したことない」と言うかも知れないけど、でもこれは原子力ムラの描いた道筋にピッタリ沿っているわけですね。

だから大きな意味を持っているんですね。

吉田照美:
これは、今おっしゃった調整運転でも営業運転でも、実態が同じということであるならですね、なんで高橋知事は原子力ムラの思惑に乗ってゴーサインを出したのか、その辺りを。

アーサー・ビナード:
ほんとだよね、オーケーしなけりゃいいと思うでしょ。

それは昨日の東京新聞とか見ると、いろいろ分ってくるんですけど、高橋知事個人の事情と、それから原発が立地する自治体の事情と両方あるんですね。

で、東京新聞に昨日乗ったのは、高橋知事は北海道電力の幹部から毎年、個人献金を受けていて、幅広く、いっせいに、電力会社のポジションによって(高橋知事への献金の)額が決まっていて…。
高橋知事の支持組織というか、原子力ムラの村民のひとりが、今、知事をやっていると言っても過言ではないですね。

吉田輝美:
(高橋知事は、むしろ北海道電力の)社員に近いかも知れませんね。

アーサー・ビナード:

まあ、原子力ムラの住民、社員、村人という感じなんですね。

で、原発が立地している自治体は原発が止まると、もう財政が破綻するんですよ。もう、見事に破綻するんですよ。
「えっ、こんなに(原発に)依存してるの?」っていう、まあ数字を見れば、知れば知るほど驚きますね。

吉田照美:
ほうっー、恐ろしいことですね。

アーサー・ビナード:

あの朝日新聞の6月24日の北海道版に載った記事があって、泊原発1号機、2号機が着工した1984年から昨年度までに泊村に下りた交付金や原発施設の規定資産税は、およそ580億円。
それが泊村の財政の大部分
なんですね。

泊村の今年度の一般会計当初予算に占める原発関係の予算は、およそ7割。

『7割』で人を奴隷にできる、という原子力マファイアの力学

この『7割』というのは、おもしろいんですよね。
自民党が電力会社からもらう献金額も全体の7割なんです。

だから、こういう数字って、どっか力学が同じで、同じ原子力ムラで、こうなっていくんですよね。

僕は7月の下旬は北海道だったんですけど、北海道の新聞をいろいろ読んでいると、たとえば泊村の牧野村長のインタビューなんかの記事が載ってるんですね。

そうすると、誰もが普通に、もう普通に動かしてもらいたい、と、そんな話をすんですよね。
もう誰もが普通に動かしてもらいたい。
で、みんな住民は、安全で安心できるようにするんだ、とか言うんです
よね。

つまり3月11日からは始まったフクシマの原発事故で世界が変わったんだ、ということを認識できない。
(7割)というのは、それぐらいの財政の割合
なんですね。

吉田照美:
そうですね、にっちもさっちもいかないですね、これ。

パニックを装いながら4月上旬の時点で、原発交付金のシステムを、こっそり変えていた海江田万里と高木義明。
国民を救うのは二の次で、こんなことばかりやっていたのだ



アーサー・ビナード:

文部科学省は、『レベル7』を発表した翌日、えーと、思い出すと4月12日に選挙が終って、「フクシマは、実はチェノルブイリと同じだった」と、分ってましたって本人たちは言わないけれど、明らかに隠していた。

実は、その翌日の4月13日に、交付金を支給する仕組みを全面的に改正したんです。

吉田照美:
速い動きだよね、これは。

アーサー・ビナード:

速いしピンポイントだし、見事ですよね。

吉田照美:

巧妙だよね。

アーサー・ビナード:
事故対応に追われてバタバタしてるのかなと思っていたら、そうじゃなくて余裕があって、自治体が抵抗できないように、それから市民の力が、まったく原子力政策に働かないようにするために、交付金のシステムの全面改正をやって、これからは動かすほうが儲かる、止めていると、さらに(原発立地の自治体の)財政が厳しくなる、という見事な前面改正だったんですね。

それも隠蔽していたというわけではないけれど、普通だったら、記者発表があってしかるべきだけど、それをやらないですね。

実質的に稼動しているとはいえ、この調整運転という位置づけでは、いつ運転が止まってもおかしくない。

で、地元にとっては、新たに全面改正された交付金のシステムの下では、さらに弱い立場になって、「運転が止まれば明日は夕張」…。
みんなそう言うんですよ、北海道の自治体の人はそうなんです
よ。

「明日は夕張」

だから夕張が見事に利用されている。
一箇所、潰しておいて、「オタクらも夕張のようになりたいの」という…。

泊村も、高橋はるみも、原子力ムラの道具にされただけ

吉田照美:
脅しをかけるんだ。

アーサー・ビナード:
魂を売った後、どうするかっていう。

吉田照美:
本当だね。
だけど、これ高橋知事に営業運転を容認させないっていう道筋はなかったんですかね。

アーサー・ビナード:
まあ、三つの選択肢があったんですね。

・このままの調整運転を続ける、
・全面停止をさせる、

・営業運転への移行で、

高橋さんは、これを選んだんだけど、そもそも知事に原発を止める権限はないんですね、厳密に言うと。

だけど、知事が「私は反対です、これと止めるべきだ」って言って市民の力を結集して、電力会社が動けないように流れをつくることはできるんですよ。

ただし、それは高橋さんが貰っている献金の内訳を見ると、それはやらないよなぁ、っていうこと。
世論に訴えるというやり方は、彼女の中での選択肢はなかったんですね。

で、北海道は観光も大きな資源になっているんですよね。

(この営業運転への移行で、北海道観光の)国際的評価も下げた、自分の首も絞めた。

だけど、すべては中央の政治家が政局ばっかりやっていて、官僚は4月に巧みに交付金の制度を全部いじって、再開の道筋が開かれて…。

中央政府がそれをやって、北海道の高橋知事も自治体も乗せられて、再稼動への大きな流れをつくるための道具にされたんですね。

北海道ではダントツに高い泊村のガン死亡率。

これが原発という悪魔に魂を売り渡し、原発マネーという麻薬に冒された人々に与えられる『恐怖の報酬』です。

彼らの未来は…、考えるだけでも恐ろしくなる。

来年の4月から高橋はるみのリコールが可能になります。
こんなクズは、国民の手で引き摺り下ろさなければならない。

知事のリコールは当選日1年後から可能。

同時に、このゼニゲバ連中も。
福島県知事:佐藤雄平 2011年10月から。
佐賀県知事:古川康  2012年4月から。


ほとんどの国民がリコールを支持するでしょう。




アドレナリン大放出!

2011年08月19日 | 音楽とわたし
ヴァイオリニストのサラが来てくれた。
彼女は今回のカーネギーのパートナー。
美人で賢くてカジュアルで、ヴァイオリンがすごく上手い小学校の先生。

実はオーディション後、たったの一回も合わせの練習をしていなかったので、今日が久々の合わせ。
夏が終わると、彼女もわたしも仕事がフル稼働になり、あっという間に本番を迎えてしまいそうなので、
とりあえず夏が終わる前に、ひと合わせして、互いに宿題を作ろうということになった。

やっぱり、もともと気が合う、音楽性が共通している、どう歌いたいかが理解できる、というのは大きい。
サラとわたしの間の問題点は、テクニック的に弾き辛い部分を個人で練習することぐらいで、
微妙なずらしや待ち、それから感情の色合いなどは、何も言わなくても演奏から手に取るようにわかる。

「この曲って不思議。普段わたしって演奏する時にそんなに体を揺らさない方なんだけど……なぜかこれを弾くと」と言いながら、ブイ~ンブイ~ン……。
「あ、わたしも!」と応えながらブヒ~ンブヒ~ン……(←一文字違うだけでイメージが……)。

なぜかどんどん興奮してきちゃうのだ、この曲。
もともとは、この曲の作曲者であるフランクが、ヴァイオリン奏者の友人の結婚のお祝いにと作ったらしいんだけど……。
初っぱなからうっとり……あぁ~しゃ~わせ♪な気分になる。

嗚呼、もっともっとうまくなりたぁ~い!

などと言った舌の根の乾かぬうちに、明日の土曜日からまた、水曜日の夕方まで、車で5時間ばかり北上したとこにある島に行ってきまっす!
またまた、今は日本に住んでいる友人夫婦が、家族の所有する別荘に滞在している間に便乗させていただきます。
今年の夏はこういうのばっか……ごめんね~友よ!


蚊と人間のオカン対決!

2011年08月18日 | ひとりごと
毎晩、必ず数匹、蚊が家の中に入ってくる。
玄関や勝手口のドアの開け閉めの時に、めちゃ気をつけてるし、網戸に穴も空いてない。
オンボロ窓用エアコンの、両端の蛇腹が作る隙間も、病的なぐらいに徹底的に埋めてある。
けども、入ってくる。どっからか入ってくる。
ほんで、部屋の中を気持ち良さそうに飛んでるふりして、いつの間にやら近づいてくる。

狙われるのはほとんどわたし。
どうも蚊のオカンに好かれる匂いを放出してるらしい。
しかも、今は出血大サービス中。いつもよりも増して、すり寄ってくる。
そやし、庭に出て野菜を収穫したり、水やりする時は、それ相当の覚悟をして出る。
けど、家の中に入る前から、あっちゃこっちゃ十カ所以上におっきな丸い膨らみができて、痒うて痒うて……めちゃムカつく。

なもんで、部屋の中でいったん見つけると、気になって気になってしゃあない。
皮膚全体に蚊取りセンサーが発動する。
そういう時は、めちゃちっこい虫がピッとたかっても、うりゃ~!となる。
けど、なんぼうりゃ~となっても、蚊と違たら殺さへん。
無駄な殺生はあきません。
『不殺生戒』とまでは無理でも、とりあえず不殺生がモットー。

うっとうしいから、おとり作戦開始。
もちろん『おとり』はこのべっぴんさん。
自らを生け贄にする作戦に、自画自讃でうっとりしつつも、むき出しの太ももの、まさに文字通りの太いももに凹む。
あ、来た!来た来た!来たぁ~!
灯りが自分のすぐ近くのランプだけやから、敵の動きがちょっと見えにくい。
よし、たかるまで待つんやで。
たかったからいうて、すぐに叩きにいったらあかんのやで。
そう思いつつも、オカン蚊の針状の口が皮膚に近づいてるのを見るとつい……パチン!あ!逃げられた!
いったんヤバい目に遭うたオカン蚊は、途端に飛び方をえげつなく複雑にする。
しかも、なんでわかるのか、わたしの目の届かんようなとこに、着地もめちゃくちゃソフトモードに変えてたかり出す。

むっきぃ~!

たった一匹のオカン蚊のために、15分も使てしもた……。

彼女はこんな顔してました。もちろん借り物の写真。わたしゃこんな色白やおまへんしね。



おまけ写真。
うちの居候。ゲジチュー親子。夏のじめじめっとした晩に、よう出てきはります。

愚直とさえいえる節電努力ができる、そんな人々が暮らす国

2011年08月18日 | 日本とわたし
東京新聞・2011年8月13日の社説。
『電力会社 節電努力に応え情報を』

逼迫(ひっぱく)する電力需給が、お盆休み前のピークを乗り越えた。
東京電力には、東北電力に融通する余裕さえある。
国民の節電努力にすがる一方で、情報公開に二の足を踏む、電力業界の不誠実が際立つ。

「最大使用電力が五千万キロワットを超える日は少ないと見ている」

東京電力福島第一原発の事故から3カ月。
実はその段階で、東電内部では夏場の電力不足は十分に乗り切れると、楽観的な見通しを立てていた。

それは東北電への200万キロワットの電力融通でも、はっきり裏づけられた。
東日本大震災で、女川原発などが稼働停止に追い込まれた東北電は、新潟、福島県で豪雨にも見舞われ、29の水力発電所が損傷し綱渡りの供給が続いている。

被災した東北三県への送電が途絶えぬよう融通し合うのは当然であり、西日本でも、四国電力が関西電力に手を差し伸べている。
しかし、東電は計画停電まで実施し、盛んに電力不足のキャンペーンを繰り広げてきた。
それなのに電力は余っているではないか。多くの人々はそんな疑念を抱くだろう。

東電の現在の最大供給能力は、約5500万キロワット。
6000万キロワット以上の能力を備えていた昨夏を下回っているのに、なぜ余力があるのか。
工場や商店、家庭などの愚直とさえいえる節電努力によるものだ。

東電管内の電力需要は、大震災を境に、前年に比べ1000万キロワット近くも減った。
中国電力1社分、原発7~8基に相当する、とてつもない規模の節電効果であり、それが東北電の窮状も救っている。


にもかかわらず、情報公開には消極的で、東北電が水力発電所の事故を公表したのは一週間後。
東電も電力不足は乗り切れると判断しながら、原発事故でも見られた隠蔽(いんぺい)体質をなお引きずっている。

昨夏、東電が6000万キロワットのピークを記録した際、原発の割合は20%未満にとどまった。
広く公表していない統計を表に出せば、太陽光などの自然エネルギーでも原発を肩代わりできると受け取られ、脱原発の世論を勢いづける。
そんな計算が働いているのだろう。

既に政府は、ポスト福島のエネルギー政策の見直しに入った。
原油や天然ガス、原子力の発電コスト、どこまで自然エネルギーを増やせるかなどのデータは、
国民にとっても、将来の日本のエネルギーを考えるうえで欠かせない情報だ。

節電で不自由を強いながら、情報公開に腰を引いていては、電力業界の信頼はさらに低下する。


毎日ニュースを読む。ツィッターなどでも調べる。こちら側から見た論説なども読む。
肝心なことは遅々として進まず、隠蔽や誤摩化しや嘘や、わざとらしい遅滞がごろごろと転がっていて、
そのために、日一日と、体内に汚染を拡げているであろう子ども達をはじめとする大勢の人達のことを思うと、本当に胸が重苦しくなる。

そんな中で、わたしはこの記事を読んで、胸が熱くなって涙ぐんだ。

愚直とさえいえる節電努力。
 
この言葉を読んだ途端、日本に住む、大切な人達の顔が思い浮かんだ。
ある人は台所に立ち、まな板の上でコンコンと何か野菜を切り刻んでいる。
またある人は、サッシの戸に立て掛けたすだれの歪みを直している。
またある人は、ジリジリと突き刺す太陽の光の下で、洗濯物をパンパンと叩いては干している。
みな、一様に、額に汗の玉を浮かべ、少し湿らせた温泉タオルを首にかけている。

ギリギリまで我慢して、やっとつけたエアコンも設定温度が高い。
扇風機やすだれや、冷えピタのような小物を駆使して、熱中症にかからないよう一所懸命に工夫する。
夜は、薄いジェルを挟んだジェル入りシーツを敷き、その上に寝て、ああ涼しい!と満足する。

こういう細かなところに及ぶ、ひとりひとりの工夫や小さな努力が存在する国ってすごいと思う。
誰に強制されているわけでもない、法律で決まったわけでもない、罰則があるわけでもない、
ただ、そうした方がいいのではないか、という気持ちが、その行動を生み出している。

それが、中国電力1社分、原発7~8基に相当する、とてつもない規模の節電効果となり、今の日本の一日の無事を支えている。

だからわたしは、やっぱり大丈夫だと思える。
新しい、再生エネルギーとの共生は、日本人だからこそ、よそのどこの国よりも、絶対にうまくいくと思える。

国や会社が嘘をつかず、きちんと事情を説明し、どういうふうに皆で取り組んでいけばいいのか、それを明らかにさえしたら、日本はヒョイヒョイと足取りも軽く前に歩き始めるはず。

国も会社も、日本人のすごさを甘く見過ぎている。
自分達の作った、虚構の狭い世界の中で狡賢く生きることに没頭し過ぎて、忘れてしまったのかもしれない。
もし、もう思い出す気がないのなら、そんな者はそこに取り残しておけばいいのだ。

・日本はこんなに危機状態なのだから、国家危機宣言を世界に向けて発し、
・日本再生党、みたいな名前の(まあ、名前なんてなんでもいい)新しい党を設立し、まともな頭と心を持った議員が集まり、避難を徹底的に実行する。
・原発に好き放題使っていた金の流れを精査し、常識的な使い方に修正した上で、余った莫大な額の金を新しいエネルギー開発のために使う。
・児玉氏や小出氏を代表とする、これまたまともな頭と心を持った学者に先頭に立ってもらい、除染のシステムを徹底的に構築し、実行する。
・人間、食物、水の汚染を、きちんと測る器機を取り寄せ、あるいは開発し、それを全国に普及させる。

もう、誰かが動き出すのを待ったり、誰かに◯◯をしてもらいたいと願っているだけの時ではない。
わたしもそう思う。
そう思って、個々に、自分の元の暮らしなどを犠牲にしてまで、しなければならないと自分が思うことを実行している人達がいる。
本当にすごいと思う。心の底から。
そのすごさとしんどさは、わたしなどにはわかるはずがない。
そんな人がひとり、またひとりと、町のある所に、村のある所にポツポツと現れて、それが増え出したら、
いつかきっと、その思いが大きくなって、少しは影響力のある人の心を動かすのかもしれない。

なめんなよ!

聞け!福島の子どもたちの思い!

2011年08月17日 | 日本とわたし
2011年8月17日[1/7] 福島の子どもたちの声を政府に届ける集会&記者会見















以下の文章は、zara's voice recorderという、zaraさんとおっしゃる方の記事から転載させていただきました。

山本太郎、福島の子どもたちとともに内閣府、文科省、保安院の役人と対峙「場当たり的なことはやめてください!」と声を荒げる


17日、俳優の山本太郎が衆議院議員会館にて、子どもたちを放射能から守る福島ネットワークが主催の『子どもの声を政府に届けよう!』に参加した。

この日、永田町の議員会館には、4人の小中学生たちが、福島から自分たちの声を政府に届けるためにやってきた。
「福島県民よりもお金が大切なんですか?」
「福島の子どもたちは、プールにも入れません。マスクをして、登下校をしているのに、基準値を何十倍も引き上げて、どうして安全と言えるんですか?」
「こんなことになった、原発がわたしは大嫌いです」
まっすぐな意見が、子どもたちから向けられるなか横一列に並んだ内閣府、文科省、保安院の10名の"おとな"たちは、うつむくばかり。

6月に転校をしたという女の子は、
「わたしは6月に転校をしてとても悲しい思いをしました。友達も泣いて別れを惜しんでくれました。
こんなふうにバラバラになっていくのは、わたしたちにとって耐え難く悲しいことです。
出て行った人も残った人もお互いのことが心配でたまりません。
ですから、わたしたちが学校の友だちとみんなで安全な場所に避難できるよう、真剣に考えてください。
そして、わたしたちが避難している間に、森も山も川も田畑も、福島県全域を徹底的にきれいにする計画を立てて、実行してください。
わたしたちが将来安心して暮らせるよう、最大限の努力をしてください」としっかりとした口調で訴えた。

だが、大人たちからの回答は、
「いまの皆さんの意見は持って帰ってできる限りのことをします。除染はしっかりとやっていくことを先週表明しました」
「早く帰れるように、頑張ります」と、集団疎開など具体的なことについてはまったくふれず、除染への"最大限の努力"を話すばかり。
この態度に対し、山本が、
「補償はどうするつもりなんですか?  除染したって、毎日毒が出続けているんだから住めるわけないでしょう。場当たり的なことはやめてください」と思わず声を荒げる場面もあった。

あいまいな、はぐらかすような回答ばかりが目立つ大人からの回答に、失望感でいっぱいな子どもたちの様子に、
「(今日のやりとりをみた)感想は残念の一言に尽きます。
でも仕方がないと思うのは、おそらく決定権がない方々。
だからおっしゃることは"持って帰って"ばかりです。
持って帰ってもそこからは何も生まれないんでしょう。
でも今日の子どもたちの話を聞いたことで、個人レベルでは、変えて行きたいと思ったはずです。
皆さんかつては、こんなときに人々を救いたいという熱い思いでいまの仕事につかれたはず。
だから、皆さんにお願いしたいのは、皆さんにも戦って欲しい。
やっているふりはいりません。
この子どもたちは、これから先の日本を支えていく子たちです。
子どもたちのために勇気を出して戦ってください」と真剣な表情で訴えた。
また、北海道から帰ったばかりの山本に、この日決定した北海道の泊原発に関して記者から質問が及ぶと、
「もう原発は動かしちゃダメだと思う」と訴える福島の子どもたちとともに、
「いったい福島の事故でなにを学んだのか?なにも学んでいない!」と再稼働への怒りを伝えた。

この日は数か月前に、山本が文科省の前で20ミリシーベルト問題を訴えたときに比べると、数えきれないほどの報道陣が駆けつけ、テレビ局、新聞各社が山本を取り囲んだ。
ニコニコ動画での生放送は、2万人近くの人が見守った。
事務所を辞め、福島の子どもたちのために立ち上がった山本の決意は、マスコミを動かした。
「僕ら大人が子どもたちを守らなければいけない。子どもたちのために、勇気を出して戦ってください」という彼の想いは、日本中の大人たちの心にどのように伝わっていくのだろうか。

 
山本太郎「子どもたちの未来を守って」 "声を政府に届ける"集会に出席

『原発反対』の声を上げている俳優の山本太郎氏は、2011年8月17日、東京・衆議院第一議員会館で開かれた『福島の子どもたちの声を政府に届ける集会』に参加。
山本氏は、会合に出席した原子力災害対策本部の職員ら政府側に対して、
「(除染など)場当たり的なことはやめてください!」と声を上げ、「子どもたちの未来を守ってください」と語った。

山本氏は福島第1原発の事故を受け、「反対って言うと、芸能界で仕事干されるんです、御存知でした?でも言ってやります、反対!」と自身のツイッターで反原発を訴えた。
発言が波紋を呼んだのか、その後、所属事務所に迷惑をかけられないと、5月には自ら事務所を辞めている。

会合では、今でも福島県内に在住している小学生や福島県外に"疎開"した中学生ら4名から、原子力災害対策本部と文部科学省の担当者へ、福島県を中心とした子どもたちの「思い」を込めた手紙などが手渡された。
これを受けて、政府側の担当者が感想を述べているところ、
「保障はするんですか。毎日、毒が出ているのに住めるわけない。除染だけしたって。場当たり的なことはやめてください」
と、山本氏が、会合の空気を変えるような叫び声を上げた。

その後、4名の子どもたちが質問をして、政府側が答える形式のやり取りが行われた。
しかし、子どもの質問に対して、政府側は誰が答ればよいのか分からず、マイクを譲り合うような場面も見られた。
主催者側から、こうしたやり取りについての感想を求められた山本氏は、
「非常に残念です。残念の一言に尽きる」ときっぱりと答え、
「ここにいらっしゃる(政府側の)皆さんは、おそらく決定権がない。おそらく(上司から)『お前たち行って来い』ということで、ここに来られた」とした上で、
「この子どもたちの声を聞いたことで、おそらく(政府側の)個人レベルでは『変えていきたい』という思いはすごく強い(だろう)と思う。
それが普通の人間だ。
おそらく(政府側の)皆さん、この職業に就かれる前で志があった時は、『こういう状況にあった時は人々を救いたい』という、熱い思いで今の職業に就かれたと思う」
と、政府側の担当者の立場に理解を示した。

その上で山本氏は、
「だから、皆さんにも戦ってほしい。
このように不条理を受けた人々が、日本の中にたくさんいらっしゃるということが分かっている。
除染……はっきり言って除染したからどうだ、という話だ。
毎日フレッシュなものが届いている。
お金がかかるだけだ。
やっているふりはいらない。
疎開、そのくくりは何だ。
(放射線の)線量が高い地域を言う。
では、彼らが住んでいるところは線量が低いのか。
彼らが浴びている線量は、健康になる線量なのか。
そういうわけじゃない」

と政府の対応を批判しながら

「だから、皆さんにも戦ってほしい。
すごくしがらみの中で大変だと思うけど、今変えなきゃ、未来の納税者がここにいる。
これから日本の未来を支える子どもたちがここに育っている。
この先の、この子たちの孫の代まで、ずっと続けていかなきゃいけない、日本という国を。
あと20年、30年で終わりにするような政策を、今続けてらっしゃると思う。
ぜひ勇気を出して、一緒に皆で戦っていきませんか。
今変わらないと、本当に終わってしまう。
"サテライト疎開"をしないと、もう終わってしまうと思う。
福島の人たちはどうすればいいのか。
このまま見殺しにされるのか。
その福島で作られた食べ物とか、影響のあるところは、全国に回って行く。
瓦礫も全国にばらまいて、その先に何があるかは、皆さん一番ご存じだと思う。
そういう情報にシャッターを閉じずに、しっかりと目を見開いて、日本の未来のために進んで行ってほしい。
子どもたちの未来を守ってください。よろしくお願いします」

と訴え、自身の主張に対して協力を求めた』



子どもたちの声を聞くのが辛かった。
その声で、なんて悲しい言葉がどんどん出てくるのだろうと、途方に暮れた。
子どもたちはすっかりわかっている。そしてものすごく深く絶望している。
それでも、なんとかして国にわかってもらおうと、東京にまで出てきて、自分たちの思いを一所懸命に伝えようとした。
それに応えるべき大人はどうだったろう?
しっかり受け止める覚悟を持ってあの場所に来ていただろうか?
あの、マイクを押し付け合う姿を見て、心の底の底から、これはだめだと失望したのは、わたしだけではないだろう。
文科省も経産省も、そして原発関連団体のどこからも、長に当たる人間はひとりとして顔を見せなかった。
このビデオを、大きなスクリーンに映し、よそ見をしないよう顔を四方から固定して、官僚や責任者全員に見せたい。

まず、なにはともあれ避難!
各町や村の自治体を存続させることを前提に、集団避難、あるいは疎開を実現し、

地道で徹底的な除染に取り組み、

汚染を他の地域に拡大させないよう、食をはじめとするあらゆる物資の流通の制度を新しく制定する。

さっさとやれ! 

どう考えてもあかんやん!マークI!

2011年08月17日 | 日本とわたし
アメリカから見た、福島第一原発事故1/2

アメリカから見た、福島第一原発事故2/2

以下は、1/2のビデオ(NHK ETV特集で放映されたもの)の冒頭部分を書き出したものです。

GE(ゼネラル・エレクトリック)が開発した『マークI型』格納容器は、福島第一原発などに導入されたもの。

『マークI』が設計されたアメリカでは、どのような見解が持たれているのか。


元GE原発部門の幹部

『マークI』の設計が事故を拡大させたのです。
大量の水素をうまく放出できず、圧力容器への注水も難しいからです。
事故が起きたら、すぐに注水しなければなりません」


福島第一原発の建設にも関わった元技術者

「確かに地震や津波で全てが破壊されるとは思っていませんでした。
『マークI』は、地震や津波などの外部事象に弱いのです。
放射能物質を大規模に放出してしまうかもしれない。
適切な設計ではないのです。
それが福島の事故を深刻化させる要因の一つだった。
悲劇としか言い様がありません」


元国立研究所(原発の安全研究)の科学者

「1980年代『マークI』を廃止にすべきか、真剣に検討しました。
それは今も検討すべき課題です。
特に、地震の危険性が高い場所では、真剣に考えるべきです。
20年前に『マークI』は廃炉にすべきだった。
それが正しい選択だった
と思います。
しかし廃炉できずに事故は起きてしまった」


オークリッジ国立研究所が行った『重大事故が起きた場合、『マークI』はどうなるのか』というシュミレーションチームの一員だった研究者

「事故が起きて、原発に電気が来なくなったらどうなるのか。
30年前に行った『マークI』型原子炉についての重大事故シュミレーションで、マークIは、他の型と比べて脆弱である事がわかりました。
それが結論でした。
アメリカ時間の土曜の朝でした。
妻とテレビで福島の事故を見ていました。
妻に「水素爆発が起こりそうだ」と言った数分後でした。
実際に水素爆発が起きたのです。
爆発が起きた事で、深刻な炉心溶融が起きている事が分かりました」


ここまで書き起こししただけで、改めてアホらしなりました。
今までに何回も読んだり耳にしたりしたことやけど、なんとなく忘れてしもてました。
あかんやん『マークI』。
なんぼ40年前やいうたかて、当時だって日本は地震国やって知ってたやろに、GE、無責任過ぎやん!
ほんで、30年前にはもう、重大事故のシュミレーションやってて、それでかなりヤバいでってわかって、それを連絡したっちゅうのに、
おい、『マークI』型の原発持ってる電力会社、なに無視っとんねん!

ほんでなに?さらに20年前、警告があったみたいやんか!
10年おきに、いろんな研究結果や警告があったのに、それを無視しまくってきた大勢の人間は、今なに思てんのん?
後悔か?
それとも、もし自分とこに責任取れっていうようなこと言いにこられたらどないしょうってか?

旦那の姉の隣に、元GEの、それこそ福島原発の建設に関わった技術者が住んでる。
もうすっかりおじいさんで、杖ついて、奥さんに寄り添ってもらわな歩けへんような人やけど、
会うたらいっつも、それはそれは楽しそうに、建設当時の思い出話をしてくれる。
彼は今でも、日本に原発を導入したことが、戦後の復興の支えになったと誇りに思てる。
原発事故が起こってから後に、わたしは彼に会うてへん。
会うていろいろ聞きたいことはあるけど、聞いてどないなるねん、いう思いもある。

こんな内容の放送が流されてて、なんでまだ、日本のあちこちに、それも活断層の真上やすぐそばに建てられてる『マークI』原発がすました顔して生きてんのん?
えらいこっちゃ、とりあえず停止させな!って思わんの?
今まだ、ずっと揺れてるやん。
それでもまだ、ここだけは絶対に大丈夫、安全ですって思てんの?
なんでそこまでとぼけられんの?
全部とは言わんから、せめて『マークI』を導入してる原発は、今すぐ廃炉の要請出して!
知事って、県民の命を守ることがまず第一の仕事ちゃうかったん?

東日本大震災チャリティ企画『(みんなの)春よ、来い』ユーミン×みんな

2011年08月16日 | 日本とわたし
ユーミン・荒井由実・松任谷由実……、

高校生時代に、彼女が出す曲出す曲みんな、彼女の歌い方まで真似して歌ってた。

「ひこうき雲」、「返事はいらない」、「ベルベット・イースター」、「卒業写真」etc......

今でも口ずさむと、胸がキュキュンとなる。

その彼女が、こんな企画を立てていた。

その名も『(みんなの)春よ、来い』プロジェクト!

彼女の名曲『春よ、来い』のバックコーラスとして、短いメロディーを唱い、それを録画または録音し送る。
するとどうなるか……、どうぞ上記のhttp://の部分をクリックしてみてください。

春よ来い♪はやく来い♪