ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

児玉龍彦氏が語る『私の思い』

2011年08月06日 | 日本とわたし
8月5日、先日国会に参考人として招致され、国の内部被曝対応に怒りを表明した児玉龍彦氏(東京大学先端科学技術研究センター教授 東京大学アイソトープ総合センター長)が津田大介氏と1時間程度のUstream対談を行ない、その真意を語っておられます。
対談の様子が撮られたビデオをここに載せたかったのですが、どうもわたしの知識内ではできないようです。
申し訳ありませんが、上記の紫色の部分をクリックしてください。ビデオが出てきます。


↓以下は、そのビデオ内で語られた言葉を逐一、書き起こししてくださった『ざまあみやがれい』さんの文章から抜粋させていただきました(いつもほんまにありがとうございます!)。
掲載するにあたり、少し校正させていただいた部分があります。


『一番大きい問題と思ってることはですね、
科学者が議論するときには前提というのがあって、そしてその上で議論してるんです。
ところがね、前提が間違ってると、みんな間違っちゃう。


前提を切り替えるってのは大変なんですよ。
これまでの議論って、放射線をマイクロシーベルトで数値化して、どこにいくつでてるから安全だとか、不安だとか言って、その数量をめぐって延々と、もう何年もやってますよね。
だけど、今回の事態において、僕が最初に一番すごいと思ったのは、5マイクロシーベルトっていう値じゃなくて、
出発点から100キロメーターで5マイクロシーベルトっていう、このスゴイ量が出ているってことでした。
こんなふうにすごい量が出ちゃうと、もうその平均は5マイクロかも知れないけれども、悪いところでは10倍100倍というふうにすぐになってしまうと。
あるところは500マイクロシーベルトかも知んないし、またすぐそばでも0.5かも知れないっていう、そういうような問題
だと思った』


『子どもの被曝ってのを計算するときに、学校にいる時間を計算してるんですよ。
だけど、うちに帰っても被曝するし、だから意味が無いじゃないですか。
それから、食品1個食べる時に、「これはこの食品を何百キロ食べたら害が出ます」とかいう言い方しますけど、全部の食品に入る可能性がある

今回の場合、面とか空間で、もう全部そこに出ちゃってるわけです。
だから法律もダメだし、あれもダメだし、もう全部変わっちゃってる。
そんなふうに物事が変わっちゃってるのに、学会の主流の専門家も、それから文部省だとかその他のお役人も政府の人も、問題が変わってることを気づいてない



「発表したらパニックになる」とか何とか言ってる人は、予測というのを全く理解していない。
予測っていうのは、少ないデーターでやってやるわけだから。
で、その少ないデーターの中で一番正確な予測が『SPEEDI』なんです。
統計とか疫学ってのは、ある意味で古いんですよ。

予測をどんどん出さないとダメ、っていうのが、まずイロハのイだと思うんです。
だから、議論の予測が◯◯だったら不安になるんじゃないか?っていう議論は、要するに、過去の疫学とか統計とかを知らない人で、
予測の仕方で、より正確なものを出したら不安になるっていう議論が、変だとおもいません?
だから、1つの数値にして、マイクロシーベルトがどうこうとか、測りもしないで議論してるわけですよ。
それで、「安全だ」とかいうたびに、どんどんみんな不安に思っちゃうわけですよ』

昔流に1キロメッシュとか2キロメッシュとか、のん気なことで話がいっちゃって。
まず住民が求めているのは、『Googleアース』みたいなもんでしょ。
『Googleアース』でね、拡大していったら、ここが線量高いみたいなのがわかるみたいな

だから『Googleレイディオアクティビティー』を早く作ってクリックしたら、うちはここですよ、ってのがわかるってのが当たり前になって欲しいと思う。技術としては十分にあるんだから。
もっと低いところから細かく撮って、そのGoogleアースの、ラディエーションの解像度のいい奴を、早くつくっちゃいなさいってのが考え
です』


『食品のスクリーニングのことでも、わたくし随分申しましたが。
農産物を作ってるっていうのは農林省の会議でやるわけです。
それだけど、食品の検査って厚生省と保健所でやってる。
それで機器の開発は、経産省がやってる。
だから、国会の翌日も農林省に行って、農林省の審議官の方と話してたんですけども。
やっぱりあの、自分達がいくら作っても、厚生省が「うん」と言わないと使えない。みたいなことをおっしゃる。
だからあの、今回の非常事態の場合は、やっぱりなんか、ここで、従来の障害防止法より上位の法律が要るんじゃないかと。
阪神淡路の時は3ヶ月で23本、特別立法が出来たそうです。
先に、放射線被害に、国としてこれくらい使いますっていうのを決めて、その中でやるっていう。
だから『上位の委員会』、『上位の法律の決定』っていうのがないと



『それともう1こ、大きいと思うのは、ノウハウがみんな民間にあるということです。

そういう、政府と民間の交流がスムーズに行くためにも、色々な上位の法律を作る必要もあるし、そのためにバンバン特別立法なんかをやっていかなければいけない。

でもそれを並行して、国がやんなくちゃなんないところが一箇所だけあるんですよ。
それは、プラットホーム作りです。

公にいろんな企業が参加して、それぞれの得意分野を集結して、それぞれやれることを協力し合いながらできる、みたいなプラットホームを作んないと。
企業ってのは、自分のノウハウをあげちゃったら終わりじゃないですか。
だから、個別企業に出来ないところがあるんで。
そういうプラットホームを作りを、国は一生懸命にやんなさい!ということです。

そして、プラットホームに集まったものはちゃんと使われるっていう、信頼感や公共性を持つ、ということが大切です。
わたしはだから『研究センター』というものを、早急に作って欲しいわけです。
そうしないと、利権付き公共事業にしかなんないんじゃないかと。その心配をしています。
事業とかではなくて、企業の得意なノウハウが、センターにどんどん出向して集まっていく。
科学者とか技術者の良心、もしくはもう、儲けようとする企業でもいいから、この目的に集まってくれと思っています。

まさに今は極端な状況ですから。
そしてその、極端な状態だからこそ、ビジョナリーがきっと、若い人の中で出てくるんじゃないかなー、という夢を持っています』


『さて、線量の計測と除染についてですが、
とにかく5人ぐらいでいいから、『すぐ計る課』作って、電話掛かってきたら飛び出してって、30分で見て、そして1台貸してあげるみたいなの、やったらいいじゃないですかね。
『コールセンター』作って、一生懸命教育した人を置いて、5人でも10人でも、まずパッと走りに行くってのがいいと思います。
で、この測定って、今度除染とつながっちゃうじゃないですか。
だから、繰り返して相談できないと駄目ですよね。
そしてすぐいけないとダメ。


『コールセンター』でいろんなとこ行って、それがどんどんどんどん地図にはめ込んでいけば、地で這うような『Googleストリート』みたいなものが出来るんじゃないかって。
『Googleストリート』って、街をね、あれでカメラ持って走って、車でそういうふうな教育をどんどんやって。
だけどそういうのって、やりながら覚えてくと、どんどんもう深まっちゃう。
だから、南相馬の教育委員会の人なんか、今じゃ僕らよりよっぽど厳密で。
一生懸命、やっぱ自分たちの生活だから、毎日見てるし、立派な方がいっぱいいらっしゃいますから。
もうどんどん人間って、1ヶ月でも見違えるように変わります。


まてないみせ

・土ホコリはスク

・手につかないように

・側溝など汚泥につくときは洗える長靴

・作業中は飲食禁止

・かわりに途中で手を洗って水分補給

線量計が必須 高い汚染物は専門家呼ぶ


緊急避難ですから、緊急避難の問題は緊急避難でやっていく、というのが必要です。
緊急避難で、自分のうちの周りがどうなってるか、ということを知っていただくことも大事です。
線量計とか専門家がいないと、これ結構危ないんですよ。
だから、地域でやっぱり、助けあいとかグループがいてくれることがとても大切なんです』


『住民決定権というか、主体者決定権というのは、すごく大事だとおもってる。
僕は内科の医者だから、例えば乳がんの人を診るときに、放射線でやりたい人、外科手術でやりたい人、制ガン剤でやりたい人、抗体医薬品でやりたい人、いっぱいあるじゃないですか、今の治療法。

それでそれはですね、医者が決めんじゃないんですよ。
患者さんが決めんの。
そしたらね、こんな大事な、避難するかどうかっていう問題を、誰が決めんのかって。
この今回の問題で一番の問題は、被災者に寄り添う、ということが随分言われてたけど、
だって、放射線かけられた上に、どうこうするまで人に言われたくないっていうところ……。
だから、さっき言った『除染センター』とか『健康管理のセンター』とか、測定も協力するし除染も協力するし、色んなデータも揃えて、
その上で、当事者が判断するって場合に、サポートとか情報の提供とかをやることが、僕の仕事だと思ってて。だから、ここだったら逃げろ、とか、これだったら行くな、とかいうことは……。
ですからやっぱり、その家族が判断したいって場合に、その家族をサポートするってのが、我々の仕事じゃないかと、すごく思います


『核実験の奴はぴゅっと、まあセシウムは消えないけど、核実験のいっぺんの放射能って割と早く、消えちゃうんだけど、
原発から散った奴はなかなか消えないですよ。

今これだけ大変なことが起こってんだから、もう7万人じゃない、10万人の人が家を離れて彷徨ってるかもしれないときには、
議論のための議論よりも、なんかみんなで、自分のできることを是非、なんてのかな、実際には、双葉町とか大熊町のことをもっとやんないといけないわけですよね。
まず第一に大変な人の支援や援助をやる。
だから、もっとだから、みなさん、もし聞いてる人がいたら、自分のできることをやって欲しいっていうふうに思います。

法律の人は法律のことをやって欲しいし、イメージングの人はイメージングのことをやって欲しい。
それから、なんかこう、子どもと遊ぶことが好きな人は子どもと遊ぶことを考えて欲しいとか。
詩の作れる人は詩でやってほしいし、歌のうまい人は歌でやって欲しいし、なんか自分の得意なこと。
そうすっとね、何が大事かっていうと、自分が世の中に何の役に立つのかってのを考えて欲しい。
自分が最も役に立つことをやってくれれば、直接原発じゃなくてもきっと、原発事故の人の助けにもなるし。
震災でもっと、今も津波で悩んでる、宮城とか岩手の人たちの助けにもなるんじゃないか
と。

僕らは物事を考える時いつも、周りを見回して、1番得意な人は誰かってことを考えます。
その、一番得意な人に踊ってもらい、みんなでお神輿担ぐってのも、場合によってはお神輿担ぎだけでも、それでもいいんじゃないかと。
だいたいそんなことを思っています』

闘う相手が見えへんということ

2011年08月06日 | 日本とわたし
ここアメリカでは、子ども達の夏休みは6月の下旬から始まる。
そして延々と休みが続き、9月の第一月曜日の勤労感謝の日までのほぼ3ヶ月、大いに遊び大いに楽しむ。
その子ども達に合わせて、当然ながら、家族の大人達も、何週間もの休暇をとる。

旦那は鍼灸師で、わたしはピアノ教師。どちらも人間を相手にする仕事。
相手になる人間が町から出てしまうし、仮に家に居たとしても、夏ぐらいゆっくりとしたいという子もいたりして、なので我々の仕事の量は一気に減る。

仕事が減ると、体は楽やけど暮らしはキツい。当たり前やね。
昔は暮らしていけんかったらどないしょう、という恐怖心から、倉庫の箱詰のバイトをしたりしたけど、今はそれもせんようになった。

そんな、楽なような楽でないような、なんとも複雑な毎日が続くのやけど、毎年夏の間に1回、お互いのストレスが爆発するのに充分なエネルギーを蓄えた辺りで、不毛な言い合いをしてしまう。
今日がその日やった。
めっちゃしょうもない気分になって、どんどん落ち込んでいくのがわかって、ますます気が滅入った。

けどもほれ、空はこんなに晴れてるで!(家から歩いて5分の、電車駅のプラットホームまでの階段から)


三年前に仕事で日本に引っ越したM一家が、夏休みに戻ってきてて、セントラルパークでピクニックするから会えへんか?と誘ってくれた。
今日は金曜日で、夕方の交通状況を調べてみると、もうすでにリンカーントンネルで30分の遅れが出てるってんで、珍しく電車で行くことにした。
マンハッタンのミッドタウンまでは30分弱。渋滞のストレスも無く快適。ただ、駅の構内はどこも冷房が無いので、とんでもなく暑い。
心臓の弱い人とかは大丈夫かなあ、と思うくらいに暑い。

公園の手前のカーネギー・ホール。演奏会まであと2ヶ月ちょっと。ちゃんと練習して、自信を持ってここの舞台に立てるようせにゃ~!おぉ~!


左を見るともう公園。観光客を乗せたバスやら馬車やら自転車がワラワラと出てくる。


ビルディングの喧噪を寄せつけない緑の楽園。


なによりも好きな、セントラルパークの名物、でっかい岩盤。


バグパイプの練習をしているおじさんがいた。橋の上から拍手喝采。


おぉ~、これぞセントラルパーク!


みんなとペチャクチャしゃべっていると、いきなり下着姿の団体が次から次へと走ってきた。


この、緑色の巨大ボンボンをお尻につけてた方は、その中でも目立っていた。


8時を過ぎるとさすがに日が暮れてきて、


お客を乗せた馬車もちょいと急ぎ足。


いよいよ暗くなってきて、ビルディングに灯りが灯り始めた。


公園の警備の係員らしき男性がやってきて、「そろそろお開きにしてくださ~い」と叫びながら歩き回ってた。
なるほど、ここもずっと、居たいだけ居られるんとちゃうんや。


都内に住むM一家には、11才の男の子と9才の女の子がいる。
母親のSちゃんは、「始めの頃は努めて考えないようにしてたけど、やっぱちゃんと知る努力をして、考えないとだめだよね」と心配そうに言う。
もともと会社からの指示を受けての転勤だったので、来年の8月までの任期を終えたらまた、こちらに戻る予定ではいるらしい。
けれども旦那のCは、日本で立ち上げた事業がやっと根を張り、それがロンドンとニューヨークに広がってきた矢先なので、仕事への集中度がすごくて、日本から離れることは考えていないっぽい。

「とりあえず、せめて来年の8月には、Sちゃんと子ども達だけでも、こっちに引っ越せたらええのにね」

そんなことぐらいしか言えんかった……。
だって、みんなそれぞれに事情があるし、決める時って、その人が決めたい!って強く思た時やもんね。
もちろん、「いろいろ自分で勉強したことをブログに載っけてあるから、時間がある時でええから覗いてみて」とは言うといたけど。


名残惜しかったけど、いつまでも一緒にいるわけにもいかんのでさよならした。
そうそう、最後まで残った、我々が2年前まで住んでた隣町から来た女性に、すごい話を聞いた。
最近、彼女の友人のピアニストが、シュタインウェイのグランドピアノを盗まれたらしい。それも、白昼堂々と。
事の次第はこう。
こちらでは、夏のバカンスの間、長期間空いてる家を借りて、観光したり勉強したりする人がいる。
なんと、そのピアニストが家を貸してあげた人間が、プロのピアノ泥棒やったんやて?!
その泥棒は、ピアノ運送会社を手配し、それをピアノ屋に売りつけ、ガッポリひと儲け。
ピアノ屋は、その買い取ったピアノを当然店に展示し、それを買った人も、そのピアノにそんな事情があるなんてことはな~んも知らん。
結局、その泥棒は捕まらず、盗られたピアニストは今、裁判で闘うてるらしい。

リンカーンセンター前の駅から地下鉄に乗る。


この、駅によっていろんなデザインがあるタイルが好き。めっちゃ暑いけど……。



体は楽やけど、気持ち的にちょいとしんどい時もある。
けど、それがどうしたん?やね。
今、日本では、汚染の現実の中を生きていくために考えなあかん事について、相方と温度差があったり、まるで話にならんかったり、
それどころか、考え過ぎやの、過剰反応やのと、非難されたり無視されたり。
自分が一番大切にしたいことが、他の家族のんと大きくずれてることがわかった時の絶望感ったらもう……。
それでも、そんな中でも、朝起きて、ご飯の支度して、働きに行って、また帰ってきてご飯の支度してる人がぎょうさんいはる。
その家の周りにも、部屋の中にも、ほんで、作った料理の中にも、放射能汚染がしっかり根付いてるのを知りながら。
闘う相手がまるで目に見えんのって、闘おう、頑張ろうと思う気持ちを持続させにくい。
だからこそ、放射能を目に見えるようにするために、数値をすみずみのもんまで提示してもらわな!
とにかく、除染と汚染状況の正しい提示。これだけは緊急に実行させなあかん。

もうちょっとしっかりせなあかんなと、自分で自分をたしなめながら、電車の窓の向こうの闇を眺めた。