ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

オラタイ・ジ・アイスドール

2009-07-04 05:23:14 | アジア

 ”MAR JARK DIN” by TAI ORRATHAI

 しばらく興味を失いかけていたタイの音楽をまた聴くようになったのは、ブログ仲間のころんさんの文章を読んでいて、そのタイ音楽への入れ込みようがなんとも楽しそうだったので、こちらもついお相伴にあずかりたくなったというのが正直なところだろう。

 で、ころんさんの足跡を追う形で(?)「なるほど、これは面白い」「これは趣味じゃないかな」などと勝手な事をいいながら、あれこれ聞いていっている次第なのだが、今回はころんさんが苦手とされているらしい、ターイ・オラタイ女史である。

 今日のルークトゥン界で名歌手の評価のある歌手ではあるが、ころんさんは彼女の歌を苦手にしておられると言う。
 その理由として「歌い口が非常に硬くてその歌唱に人間的な温かみが感じられない」「あまりに生真面目な歌で、ユーモア感覚とか洒落っ気なんかはほとんど感じられない」「感情が表に出てこないクールな歌で、場合によっては少々重苦しい感じがします」といった事柄をころんさんはあげておられる。

 なるほど、それで実力派となれば、”鋼鉄の女”みたいな歌を聴く羽目になりそうだな。とは思ったものの、そんなターイ・オラタイを聴いてみる気になったのは、彼女が美人だからである。なんの事はない、ジャケ買い、ジャケ買い。
 で、彼女のCDを買い込んだ私は、まあ試しに、恐る恐る聴いてみたのだが、ありゃりゃ、特に違和感なく聴けるじゃないか。

 ころんさんはああ言ったが私には、むしろ好ましい歌手として感じ取れる。確かに硬くクールな歌い方かもしれないが、むしろその硬質な感じがテクノというかプラスティックというかハイテック感覚と言うか(いちいち表現が古いな、俺は)無機質っぽくてカッコいいじゃないか、なんて私は感じてしまったのである。

 たとえばどこかにコンクリート打ちっぱなしの、広くて何も置かれていない部屋があって、そこに風が吹き抜けている。窓の外には人っ子一人いない公園があり、空には灰色の雲が垂れ込めている。そんな風景がターイ・オラタイの歌の向こうにあって、その風景のかもし出す孤独が、疲れた現代人の私には歪んだ癒しになる、そんな感じ。なんて説明では、分らない人にはますます分からなくなるか。

 そして、あまり感情の起伏がなく湿度も低く設定された彼女の歌が私には、日常生活で背負い込んだ人間関係の重苦しさにひとときの涼風を吹き込んでくれるような感触も感じ取れるのである。うん、重苦しい歌どころか、その逆。
 まあね、同じ歌にもいろいろな聴こえ方がありますという事で、こんな感想も許してもらうしかない。

 それにしても現地タイの人たちは彼女の歌を、実のところどのように受け止めているのか。そして私のこの感想を聞いて彼らはなんと思うのだろうか。


●試聴1

●試聴2