(ある弁護士の回想)
BC級戦犯の弁護にあたる日本人弁護士への報酬について、ある弁護士は次のように回想していました。
ア 日額150円であったが、当時でも安いといえた。
イ 昭和20年ころといえば、経済違反の事件が多数あり、その弁護は何千円、何万円になって、それ専門で一財産作った人もいる。
ウ BC級戦犯裁判は日額150円で徹夜続きだ。間尺にあわない。
エ 担当する弁護士は、ほとんどが義務として一つの事件をやって、それが終わるともう来ないという人ばかりでした。
さて、以上の回想のうち、日額150円というのが本当であったのかどうかについて考えてみました。
(弁護費用は日額150円であったのか)
政府の正式報告書によれば「弁護人の手当は、最初一日150円(予審から結審の日まで)であったが、物価の変動につれ昭和22年8月、日額500円に増額、さらに23年8月、日額700円に改められた」とあります(参考文献1)。日額150円であったのは、昭和22年8月までであり、それ以降は増額されています。ある弁護士は増額されたことについては発言していないので、この点で正確性を欠いています。
ところで、政府の公式報告では、増額された理由は「物価の変動につれ」と素っ気なく記載されているだけです。しかし、値上げするかどうかについては、弁護士会と米軍との間でシビアな交渉があったようです。NHK記者(清永聡)はこの点を明らかにしています(参考文献2)。
昭和22年7月21日(このときはまだ日額150円)、横浜弁護士会が米軍に対して増額要求した史料が残っており、そこでは次のような弁護士会の要求が書かれています。
・昭和21年12月の日額150円という決定は、最近の我が国の経済状況から見て、甚だしく不当なものになりました。
・横浜商工会議所の資料によれば、物価指数は、昨年12月に比べて約2.6倍になっています。
・そうすると、弁護費用は日額390円になりますが、この7月には交通費・通信費が引き上げられて3倍になっており、その他諸物価も上がっています。そこで、日額500円にすることを希望致します。
この点について米軍は、最終的には日額500円案を受け入れたようです。
それにしても、物価がほんの7ヶ月で2.6倍になるというのは、すごいインフレです。
今の日本はデフレなので、インフレを思い出すことすら難しいですから。
ハイパーインフレを裏付けるエピソードは、昭和23年8月の弁護士会の陳情によってもでてきます。
此の時には、日額1000円を求めているのですが、その理由の一つとして、「配給主食のみについて見るに、五人家族で昨年8月、月額480円であったのが、現在では935円となっております。米価についてみても、昨年8月現在10キロ99円であったのが、現在では266円となっております。」といずれも2倍の物価になっていることを挙げています。
(当時の修習生の給与)
司法修習生というのは、司法試験に合格して、まだ法曹資格、即ち裁判官、検察官、弁護士になる資格がない者が、裁判所のもとにおいて司法の「修習」、つまり勉強をする期間の身分です。
司法修習生には昭和22年から給与が支払われており、月額200円~300円であったとする回想があります(参考文献3)。米価(10キロ)が昭和23年8月時点で266円であったということですから、これと変わらないことになりますから、信用できるかどうか自信がありません。
参考文献1 「戦争裁判と諸対策並びに海外における戦犯受刑者の引揚」(厚生省引揚援護局法務調査室編集、昭和29年)
参考文献2 「戦犯を救え」(清永聡著、2015年、新潮新書)
参考文献3 「千葉県弁護士会史」(千葉県弁護士会編、1995年)