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私の読書論170-丸谷才一『文学のレッスン』から(2)-楽しい読書342号

2023-05-16 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書【別冊 編集後記】

2023(令和5)年5月15日号(No.342)
「私の読書論170-丸谷才一『文学のレッスン』から(2)」



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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2023(令和5)年5月15日号(No.342)
「私の読書論170-丸谷才一『文学のレッスン』から(2)」
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 今回は前々回(3月15日号(No.338) 私の読書論168)の続きで、
 小説、評論、エッセイ、翻訳と幅広い文筆活動で知られる
 丸谷才一さんのインタヴューものの文学論
 『文学のレッスン』聞き手・湯川豊(新潮文庫)から、
 気になる部分をピックアップして紹介するもの、その二回目です。


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 - エッセイとは… -

  ~ 日本の随筆とは好きなものについて書くものなり ~

  丸谷才一『文学のレッスン』聞き手・湯川豊(新潮文庫)から(2)

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 ●『文学のレッスン』――八つの文学ジャンルの文学論

『文学のレッスン』の目次は、以下の通り。

【短篇小説】もしも雑誌がなかったら
【長篇小説】どこからきてどこへゆくのか
【伝記・自伝】伝記はなぜイギリスで繁栄したのか
【歴史】物語を読むように歴史を読む
【批評】学問とエッセイの重なるところ
【エッセイ】定義に挑戦するもの
【戯曲】芝居には色気が大事
【詩】詩は酒の肴になる


この8ジャンルから、
小説に関してはいずれまた何かの機会に扱うとして、
それ以外のジャンルから、
私がこれはと思う、気になる部分を紹介しましょう。


『文学のレッスン』丸谷才一 聞き手・湯川豊 新潮文庫 2013/9/28


(以下の《》内の引用は、基本的にみな丸谷さんの発言です。)

 ・・・

前回は、【伝記・自伝】【歴史】【批評】の3つの章の中から
気になる部分を紹介しました。

今回は、後半の【エッセイ】【戯曲】【詩】から、です。


 ●【エッセイ】定義に挑戦するもの

エッセイは定義ができない、といいます。

エッセイとは、16世紀のフランス人の思想家・モラリスト、
モンテーニュによって始まった、とされています。

もちろんそれ以前にも、このような随筆というかエッセイというか、
そういう種類の文章があったのですが、
現在あるようなこれという定義ができない、
自由な、色々なタイプの文章は、
フランスのモラリスト、モンテーニュが始めたとされています。

モンテーニュは、新興貴族の出で、何かを書いて食う必要がなかった、
という背景があるといいます。

モンテーニュは、私の好きな著述家といいますか、
その著書『エセー』(『随想録』)が好きなんですね。

邦訳は完訳が全6巻(宮下志朗さんの新訳版では全7巻)と大部ですが、
私の読んだものは選集で、
<中公クラシックス>の分厚い新書サイズの全3巻の本でした。
基本的に短文集ですので、気になる部分を読んでいけばいい、
という感じです。

丸谷さんは、エッセイという形式に必要なのは、
《高級な知性》と《遊び心》
すなわち《知的な探究意識と気楽な態度》だといいます。

そういうものを持ち合わせていた人の一人が、
モンテーニュだったかもしれません。


*参照:
『エセー』6冊セット モンテーニュ著 原 二郎訳 岩波文庫 2015/7/10

『エセー〈1〉』宮下志朗訳 白水社 2005/11/1

『エセー〈1〉人間とはなにか』荒木 昭太郎訳 中公クラシックス 2002/9/10


 ●日本の随筆は好きなものについて書くもの

 《日本の随筆というのは、好きなものについて書くものなんですね。
  『枕草子』は、好きなものを書いているじゃないですか。
  ものづくしというのは、要するに好きなものづくしでもある。
  「春はあけぼの」というのは、春はあけぼのが好きだ
  という話でしょ。それからずっと下がって、『方丈記』。
  これは現実生活でお勤めをするのは嫌だ、隠者暮らしが好きだ
  という話でしょう。それから『徒然草』、
  これは友達でいいのは物をくれる友達だ、
  みたいなそういう話でしょう。
  日本人は、好きなものを書いた文章を読むのが好きなんですよ。》
   p.221

 《ゴシップとか雑学とか、それもあるけれども、
  いちばん基本的にあるのは好きなものを書くということだ、と。》
   同

なるほどという感じですね。

私がこのメルマガを書いているのも、
同じく好きなものについて書いているわけですよね。

丸谷さん曰く、

 《まあ、エッセイというのは内容があるような、ないような、
  虚実皮膜の間に遊ぶ、そういう境地が理想なんでしょうね。
  むずかしい芸事です。》p.246


 ●【戯曲】芝居には色気が大事

丸谷さんが「バロック演劇の精神」について、

 《(1)世界は劇場であり、人間はみな役者で、
  それぞれの役を演じている。(2)人生は夢である。
  この二つがテーゼであり、
  二つのテーゼは表裏一体のようになっているわけです。
  大変に虚無的な思想と、大変に華やかな心意気の両方を兼ね備えた
  人生観であり、世界観です。》p.261

これだけ抜き取りますと、意味がよくわからないと思いますが。
まあ、よく人生は舞台劇のようなものとはよくいわれます。

実感として、そういうものではないか、という気がしますね。

 ・・・

ジョージ・スタイナーの『悲劇の死』の
ギリシア悲劇のエウリピデス「バッカスの信女」を例に挙げた説明――

 《これは人生に対する恐ろしく寒々とした洞察である。
  しかし人間の苦しみが度外れのものであるという。
  まさにそのことに人間の尊厳を主張できる根拠がある。
  そういうことを表現しているのが悲劇だというんです。
  悲劇においては、結末で悲しみと喜びが溶けあう、
  苦悩と歓喜が合体して見るものを高揚させる。
  これは他のどんな形式、たとえば小説とか詩にはない、
  不思議な効果である、というのは、非常に納得がいく説明ですね。》
   pp.273-274

ギリシア悲劇の三大悲劇詩人の現存する作品は、断片は別にして、
まとまって読めるものは、ちくま文庫版で読んでいます。
どれもおもしろいですが、
ソポクレスの「オイディプス王」は名作ですし、
エウリピデスの「メデイア」などは現代でも演じられますし、
なかなかおもしろいものです。
ぜひ読んでみることをオススメします。

*参照:
『ギリシア悲劇』アイスキュロス・ソポクレス・エウリピデス
全4巻セット ちくま文庫 2009/3/25


 ●【詩】詩は酒の肴になる

「詩こそ文芸の中心」だというお話から始まります。

詩が中心にあった時代というのが、日本でも欧米諸国でもあった、と。

本来詩というものは、一定の韻律があるのが正式のものだといいます。
これが非常に大事な点だ、と。

欧米のものでも翻訳してしまうと、それが消えてしまう――
翻訳で表現するのはむずかしい――ので、つい見逃されてしまう。

中国の漢詩でもそうだ、といいます。
このメルマガの月末の「漢詩を読んでみよう」のコーナーでも、
詩の内容は紹介していますが、韻律についてはお伝えしていません。

これを説明することも形式として重要な事項なのですが、
外国語ですからやはり説明がむずかしい点があります。
漢字の説明はできますが。

 ・・・

西洋の古典劇も大部分は詩だった。ギリシア悲劇もそうですし。

詩には、言葉のレトリックと韻律という音楽的な楽しさの両方がある。

 《レトリックと音楽の同時的併存、相乗的効果、
  それが詩という快楽をもたらす。》p.297

小説でも、台詞や地の文にもあるのが普通だし、なければいけない。

これはよく理解できます。
読みやすい文章というものは、リズムがあるものですし、
それが読みやすさにつながっているものですよね。

 ・・・

 《日本近代詩というのは、これは日本近代文学全体がそうだ
  といってもいいんですが、とかく虚無感とか苦悩とか寂寥とか
  孤独とか、そういうマイナスの色調で塗られている。
  そうすると、詩になる。文学になるというところがあるでしょう。
  そうではなく、プラスの色調で塗ると、
  おめでたくてばかばかしいみたいな、
  非文学的みたいな感じになる。》p.307

これもよくわかりますね。
何か日本の文学というのは、変に暗いところがあります。
といいますか、暗い方が文学的というようなイメージがありますよね。

それだけが文学ではないはずなんですが……。


 ●相田みつをの詩と書

 《今の日本でいちばん人気のある詩人は、相田みつを。》p.314

 《相田みつをの読者はいても詩の読者はいない
  という事情の反映でしょう。》

という記述があります。

私の本屋さん時代(1980年代)にベストセラーとなった本の一つが、
相田みつをさんの最初の書と詩の著書『にんげんだもの』でした。
人間味のある文字と情感溢れる言葉が、心に優しい本です。

私も読者の一人です。
本は↓の一冊しか持っていませんが。

*『相田みつを ザ・ベスト にんげんだもの 道』 角川文庫 2011/8/25
――ベストセラー『にんげんだもの』シリーズから文庫オリジナル編集版

『にんげんだもの』相田みつを 文化出版局 1984/4/6
――ベストセラーとなった最初の著書


詩人というよりも、本来書家で、プラスアルファとしての詩で。
書があっての詩でもあるわけで、一般的な詩人ではないでしょう。

で、詩の読者がいないという話から、
実は短詩形の俳句や短歌は日本人の生活に結びついていて、
それ以外の詩は社会から遊離している、と。

俳句に関しては、今テレビでも『プレバト!!』で
https://www.mbs.jp/p-battle/

夏井いつきさんが芸能人の俳句を査定するコーナーが人気です。

お正月の歌留多取りをする家もあるでしょう。
短歌の歌集は読まなくても、百人一首は知っているという人もいます。

日本人には、短詩形の文学が向いているのでしょうか。
まあ、生活に結びついていてとっつきやすさがあります。
作りやすさでいいますと、
文字数だけ合わせればいい、という形式的な簡易さもありますね。

 ・・・

というところで、今回は終了です。

バラバラな紹介になりましたが、また機会があれば、
小説の部を取り上げてみたいものです。

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本誌では、「私の読書論170-丸谷才一『文学のレッスン』から(2)」と題して、今回は全文転載紹介です。

前回は、見出しのみの紹介でした。
今回は全文紹介です。
特にどうという理由はありません。
省略するのが面倒という部分もありますか。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
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『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
私の読書論170-丸谷才一『文学のレッスン』から(2)-楽しい読書342号
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