
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号・告知】x【別冊 編集後記】
2025(令和7)年7月15日号(vol.18 no.12/No.392)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(1)角川文庫・
『天衣無縫』織田作之助~大阪の作家~」
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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2025(令和7)年7月15日号(vol.18 no.12/No.392)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(1)角川文庫・
『天衣無縫』織田作之助~大阪の作家~」
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今年も毎夏恒例の新潮・角川・集英社の
<夏の文庫>フェア2025から――。
今年も、一号ごと三回続けて、一社に一冊を選んで紹介します。
今年のテーマは、大阪関西万博の年ということで、
「大阪」もしくは、万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」
ということで、大阪ものの小説や「いのち」に絡んだ作品に
取り組んでみましょう。
一本目は、角川文庫から「大阪」ものの作家とされる、
織田作之助さんの作品集『天衣無縫』を。
角川文庫夏フェア2025 | カドブン
https://kadobun.jp/special/natsu-fair/
ナツイチ2025 広くて深い、言葉の海へ| web 集英社文庫
https://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/
よまにゃチャンネル - ナツイチ2025 | 集英社文庫
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新潮文庫の100冊 2025
https://100satsu.com/

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◆ 2025年テーマ:<大阪関西万博2025> ◆
新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2025から(1)
~大阪の作家~ 角川文庫―『天衣無縫』織田作之助
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●角川文庫夏フェア2025 | カドブン
まずは、<角川文庫夏フェア2025>の対象94点を見ておきましょう。
といっても全部紹介するのはスペース的にキツくなりますので、
私の気になった作品、読んだ作品を上げておきます。
・・・
【角川文庫夏フェア2025】 対象94件
▼感 ヒューマンドラマ!――泣いたり、笑ったり、怒ったり 12件
・この夏の星を見る 上下(辻村 深月)
・オオルリ流星群(伊与原 新)
▼怖 こわ~い本!――蒸し暑い夏、冷や汗がポトリ 8件
・おそろし 三島屋変調百物語事始(宮部 みゆき)
・火喰鳥を、喰う(原 浩)
▼謎 ミステリ&サスペンス!――謎、心理戦、どんでん返しの嵐 12件
・黒牢城(米澤 穂信)
▼懐 あの頃流行ったベストセラー~時代を彩る名作たち~
――年代別にプレイバック
--1970年代 5
・復活の日(小松左京)・時をかける少女〈新装版〉(筒井康隆)
--1980年代 4
・セーラー服と機関銃(赤川次郎)
あわせて読みたい名作!1950〜1960年代 2
・女生徒(太宰治)・銀河鉄道の夜(宮沢賢治)
--1990年代 4
・リング(鈴木光司)・キッチン(吉本ばなな)
あわせて読みたい名作!1990年代 1
・アルケミスト 夢を旅した少年(パウロ・コエーリョ)
--2000年代 4
・バッテリー(あさのあつこ)
--2010年代 6
・小説 君の名は。(新海誠)
--2020年代 3
・小説 すずめの戸締まり(新海誠)
あわせて読みたい名作!2010〜2020年代 3
・ナミヤ雑貨店の奇蹟(東野圭吾)
▼細田守監督 原作小説特集 4件
・おおかみこどもの雨と雪(細田 守)
▼「かまわぬ」和柄カバー 6件
・こゝろ(夏目 漱石)・吾輩は猫である(夏目 漱石)
・注文の多い料理店(宮沢 賢治)
▼おすすめファンタジー3選
・烏衣の華(白川 紺子)
▼おすすめ時代小説2選
・江戸の探偵(鈴木 英治)
▼おすすめ100分読書4選
・100分間で楽しむ名作小説 人間椅子(江戸川 乱歩)
・100分間で楽しむ名作小説 瓶詰の地獄(夢野 久作)
▼おすすめまなびの2選
・(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、
あの名作小説を面白く読む方法(三宅 香帆)
▼「文豪ストレイドッグス」コラボカバー 8件
・羅生門・鼻・芋粥(芥川 龍之介)・D坂の殺人事件(江戸川 乱歩)
・青春の逆説・可能性の文学(織田 作之助)
・天衣無縫(織田 作之助)・斜陽(太宰 治)・晩年(太宰 治)
●『天衣無縫』――アニメ「文豪ストレイドッグス」コラボカバー
アニメ「文豪ストレイドッグス」コラボカバー
『文豪ストレイドッグス』は、横浜を舞台に、文豪をモチーフにした
キャラクターたちが繰り広げる異能バトルアクション漫画。
そのアニメ版のキャラクターが角川文庫の文豪名作とコラボ!
©️朝霧カフカ・春河35/KADOKAWA/文豪ストレイドッグス製作委員会
・・・
天衣無縫
著者 織田 作之助
定価: 704円 (本体640円+税)
発売日:2016年10月06日 判型:文庫判 ページ数:304
ISBN:9784041049136
戦中・戦後に無頼派として活躍した著者の、大阪の魅力溢れる名短編集!
太宰治、坂口安吾とともに無頼派として活躍し、大阪という土地の空気と
そこで生きる人々の姿を巧みに描き出した短編の名手による表題作を始め
「夫婦善哉」「俗臭」「世相」など代表的作品を集めた傑作選。
――以上、サイトより。
本書のカバー見た目は、劇画かなにかのようですが、
主人公たちは、そこまでかっこいいか、といいますと……。

●「大阪の作家」の作品集――『天衣無縫』織田 作之助
『天衣無縫』織田 作之助 角川文庫 (2016/10/6)
さて、まずは目次を――。
底本の、岩波文庫版『夫婦善哉 正続 他十二篇』(1.2.4.収録)と
『六白金星・可能性の文学 他十一篇』(5.-9.収録)を参考に、
それぞれの発表誌と発表年代、初出単行本をメモしておきました。
(「天衣無縫」は、ちくま文庫『名短篇ほりだしもの』2011年1月刊より)
1.夫婦善哉(めおとぜんざい):「海風」昭和15年4月、
『夫婦善哉』創元社 昭和15年刊
2.俗臭:「海風」昭和14年9月、『夫婦善哉』創元社 昭和15年刊
3.天衣無縫:「文芸」1942(昭和17)年4月、
『天衣無縫』新生活社 昭和22年刊
4.放浪:「文学界」昭和15年6月、『夫婦善哉』創元社 昭和15年刊
5.女の橋:「漫画日本」昭和21年4月
6.船場の娘:「新生活」昭和21年1月
7.大阪の女:発表誌未詳、昭和21年頃か、
以上三作『船場の娘』コバルト社 昭和22年刊
8.世相:「人間」昭和21年4月
9.アド・バルーン:「新文学」昭和21年3月
以上二作『世相』八雲書店 昭和21年刊
*参照:(底本)
・『夫婦善哉 正続 他十二篇』織田 作之助 岩波文庫 2013/7/18
・『六白金星・可能性の文学 他十一篇』織田 作之助 岩波文庫 2009/8/18

次に、作者・織田作之助について――
戦後、太宰治、坂口安吾らと共に「無頼派」「新戯作派」と呼ばれ、
「オダサク」の愛称で親しまれました。
大阪の市井の人々を大阪弁の台詞を交えたテンポの良い文体で活写した
「大阪の作家」と認められています。
大阪市南区生玉前町(現・天王寺区)の生国魂神社近くの裏店「魚鶴」の
子として生まれ、大阪府立高津中学(現・高津高校)卒業まで、この地で
育ち、京都の第三高等学校(現・京都大学)に進学します。
家業を嫌い、生育環境からの脱出を図ったのでした。
そこで、様々な人と出会い、作家へと進んでゆきます。
卒業を前に結核にかかり、白浜で転地療養をしますが、
そのまま中途退学したそうです。
のちに東京に出て行きますが、結核で享年33歳で亡くなりました。
実働7年ほどの作家生活となります。
オダサクの生まれ育った地、高津や生国魂神社周辺などは、
私も多少は知っている土地でもあります。
作品の舞台となっている難波や道頓堀、心斎橋、日本橋、黒門市場周辺
なども知っています。
そういう親近感から、彼の作品に親しめる下地となっているのでしょう。
●『天衣無縫』9篇から「夫婦善哉」
内容について書いておきます。
なんといっても代表作とされる「夫婦善哉」があります。
蝶子は、天麩羅屋・種吉とお辰の娘。小学校を出ると女中奉公に出され、
その後、持ち前の陽気好きの気性が環境に染まって芸者に――。
妻子持ちの三十一歳の維康柳吉(これやす りゅうきち)という、
梅田新道にある安化粧品問屋の息子といい仲になりますが、
遊び好きの柳吉は父親から勘当され、二人は東京へ駆け落ちします。
東京で集金した金で熱海に芸者遊びに行き、関東大震災に遭遇、
大阪に帰ることに。避難列車でやっと大阪に帰り、種吉の元へ。
蝶子は抱主(かかえぬし)に無断で飛び出したため、借金の300円を
種吉は月賦で払うといいます。
二人は黒門市場の路地裏に二階借りして所帯を持つのですが、
柳吉に職がないので暮らしに困り、蝶子が稼ぎに出ることになりました。
おきんという年増芸者でヤトナ芸者(芸者の花代より安い、臨時雇の
宴会の有芸仲居)の周旋屋の世話になるのでした。
柳吉というだらしない、遊び好きの坊ん坊ん(ぼんぼん)と、一回り年下の
しっかり者の蝶子という夫婦の物語です。
蝶子は、柳吉の実家の父親に嫁として認めてもらおうと、
二人で店を持ち独立しようと頑張ります。
柳吉のほうは、機会を見ては実家の跡継ぎに戻ろうという魂胆。
店を始めてもすぐに飽きてしまい、稼ぎも蝶子の貯金も遊びに費やす。
その都度、蝶子は昔の仲間から借金しては、何度もお店を出しては売り、
を繰り返します。
そうこうするうちに、実家では柳吉の娘の母親代わりの妹が婿をもらって
跡を継ぎます。そして、父親が危篤と呼びに来ました。
女と別れるといっては実家からお金をせびっていた柳吉。
いろんなつてをたどっては、お金を工面して、ダメな夫をもり立て、
嫁として認めてもらおうとしていた蝶子。
死の間際に認められることを願っていたものの夫は女と別れるといって、
遺産を分けてもらうつもりだった、といいます。蝶子は本当だと思った。
そして二人は、「うまいもん食いにいこか」という柳吉の誘いで、
法善寺境内の「めおとぜんざい」へ食べに行きます。
《(略)「こ、こ、ここの善哉はなんで、二、二、二杯ずつ持って来よる
か知ってるか、知らんやろ。こら昔何とか大夫ちゅう浄瑠璃のお師匠
はんがひらいた店でな、一杯山盛にするより、ちょっとずつ二杯に
する方が沢山(ぎょうさん)はいってるように見えるやろ、そこを
うまいこと考えよったのや」蝶子は「一人より女夫の方がええいう
ことでっしゃろ」(略)》
なんともいえぬ関係の夫婦。
とにかく、この柳吉という男は、ええとこの坊ん坊ん(ぼんぼん)ゆえに、
芸者遊び好きで、食べ物にもうるさく、といっても高級料理というより、
南の庶民的な名店の名物料理をよく知っています。
ラストの「夫婦善哉」もそんな一つ。
他には「自由軒」のカレーもあります。
●「俗臭」「放浪」、表題作「天衣無縫」
「俗臭」は、和歌山県有田郡の魚問屋の息子が様々な仕事に手を出し、
金を儲けて、父の放蕩でちりぢりになった家族を、「俗臭」溢れる野心で
再興する、めずらしいことにサクセス・ストーリーです。
「放浪」は、両親が亡くなり、弟は大阪の仕出し屋の叔父叔母にもらわれ
板場の修業。娘の妊娠から名だけの夫となりますが、兄の死などがあり、
嫌になった順平は家を出、チンピラと知り合い、というふうに放浪――。
しかし板場の腕があれば生きていける、と。
表題作「天衣無縫」は、友だちに誘われて断れず、見合いの席に遅れて
くるような頼りない、お人好しで爺むさい男と所帯を持つ娘が主人公。
《 私は生まれて来る子供のためにもあの人に偉くなって貰わねばと
思い、以前よりまして声をはげまして、あの人にそう言うように
なったが、あの人はちっとも偉くならない。(略)》
そんなにまでして偉くならんといかんのか、といつになく怖い顔をして
私をにらみつけた、というラスト。
●「女の橋」「船場の娘」「大阪の女」
この三作は、一つずつ独立した短篇であり、かつ女三代の連作。
「女の橋」――伊吹屋の番頭は坊ン坊ン(ぼんぼん)恭助の遊び相手の
芸者小鈴を遠ざけ、嫁を探し、器量は悪いが家柄のいい嫁を取らせます。
が、小鈴は妊娠し、その娘を引き取ります。何も知らずに育った娘雪子、
女学校の卒業と共に名取になる披露の席で、話を聞いた小鈴は病の身を
おし三味線を弾きたいと申し出、身代わりとなりますが、死んでしまい
ます。そのとき、事情を知った雪子は、太左衛門橋を渡りながら、
《「うちは阿呆やった。うちは阿呆やった……」と、呟きながら、
自分はもう船場とは何の縁もない人間だという想いが、
ふっと頭をかすめた。》
「船場の娘」――伊吹屋の一人娘(実は妾の子・芸者の子)雪子と、
前科者の息子の丁稚秀吉の恋物語。父が弁護士を雇えていたら、という
思いから弁護士をめざし英語の勉強をしている秀吉に雪子は好意を持ち、
縁談を前に駆け落ちしようとします。が直前に、番頭に阻止されます。
東京へ行った秀吉から電話が来ます。住所を告げる前に、関東大震災。
五年後、雪子は芸者の子と知られ、嫁入り先から離縁され、実家も没落、
芸者になっていました。ある日、太左衛門橋で、ルンペンとなり大阪に
戻った秀吉と出会います。しかし、秀吉はすでに妻帯者……。
《 雪子は何ごともなかったような表情で、大和屋の玄関にはいって
行った。》
「大阪の女」――戦後大阪に復員してきた、大阪船場道修町の薬屋の息子
島村は、雪子の喫茶店「千草」に来ます。雪子は娘の葉子と空襲のなか
太左衛門橋を渡って避難し生き延びたと話します。常連となった島村は
葉子が目当て。理想の仕事が見つかったので東京へ行くという島村。
島村は葉子に芸者の子でもかまわない結婚しよう、親は説得するというの
ですが、いつになっても報告に来ません。雪子は自分の過去の経験から
船場の坊ン坊ンとの結婚は難しいと分かっていたので、反対でした。
二人は駆け落ちしようとします。反対していた雪子でしたが、葉子の
「行きたい、行かせて!」の言葉に、考えを改め送ってゆきます。
《(略)雪子はふと葉子の覚悟や島村の理想はたとえ夢であるにしても、
今はこの夢のほかに何を信じていいのだろうか、そうだ、自分はこの
夢を信じようと、呟いた。》
・・・
底本となっている岩波文庫版『六白金星 可能性の文学 他十一篇』の
佐藤秀明さんの巻末解説「可能性の「織田作」」には、
《(略)いずれも通俗味の勝った読み物小説だが、女の一生を左右する
微視的な時間と、それを時代の流れの一齣に見せてしまう巨視的な時間
とをより合わせたところに、織田作ならではの手法を感じ取ることが
できよう。(略)》
その背後の構造に船場の商家の伝統がある、といいます。
また、太左衛門橋が点景として描かれ、移りゆく時代と人の定点として、
効果を上げている、とも。
三作中では、やはり最後の「大阪の女」がいいですね。
先の二篇を踏まえて、戦後の自由と民主主義の新時代に期待する、
という当時の時代の気風を受けた、苦労人の雪子の、
「この夢を信じ期待する」という希望を感じさせるところが、
美しいラストでした。
先の佐藤秀明さんの解説では、代表作ではない、ということですが、
この短編集中でも気持ちよく読めた一篇でした。
●「世相」「アド・バルーン」
「世相」は、織田作之助自身を語り手に、「阿部定」事件を小説にしよう
と考え、公判記録を持つ男に借りるが、時が経ちすぎていることで、
結局は書けないという。文学論的な様々な小説のパターンを示しながら
構想を語り、作家としての悩みや事情を描くお話。
「アド・バルーン」は、人生双六のドラマを描き、オダサクの小説には
珍しい幸福なラストの美談です。落語家の息子に生まれたものの、里子に
出され、丁稚となっても店を転々とする私。そして、お金もなく、死のう
と思っていたとき、拾い屋の男に助けられ、仕事を始め、禁酒会に入り、
貯金の紙芝居をするのならと貯金もし、いつか命の恩人に会ったときに、
この貯金通帳を渡そうと心に決めます。この話を聞いた人から新聞記者に
話が伝わり、五年後、ついに恩人と出会うことに。そして再び、十年後の
約束を取り付けて……。
●大阪と放浪の物語
歴代の大阪の作家といえば、江戸時代の井原西鶴の名がまず上がりそう
です。代表作は『好色一代男』(1682年)『好色五人女』(1686年)
『好色一代女』(1686年)『日本永代蔵』(1688年)『世間胸算用』
(1692年)、生国魂神社で発句をしたことでも知られています。
そして、戦前・戦中・戦後の数年という短い時期でしたが、織田作之助が
います。
当時の特に、生玉から難波にかけての繁華街を舞台にした一連の作品。
おおむね頼りない男としっかり者の女の組み合わせが、下町の風情と
ともにおもしろい夫婦の物語となっています。
通俗的な物語を材に取りながら、そこに「可能性の文学」をめざそうと
する、オダサクの世界があるようです。
《一つの偶然が一人の人間の人生を変えてしまう可能性》
を書こうとした「アド・バルーン」のような作品。
「夫婦善哉」もまた、同じような変転の物語です。
《人生の変転は必ずしも転落にはならない》という物語。
(岩波文庫版『六白金星 可能性の文学 他十一篇』佐藤秀明さんの
巻末解説「可能性の「織田作」」より)
面白く読ませる小説が多く、底本となった文庫の作品なども、
少し読んでみました。
将棋の坂田三吉を扱った作品「聴雨」「勝負師」も楽しめました。
ただ、男たちの頼りなさと大阪弁で言う「へんこ」さ加減が、
人間的な魅力にもつながっているようで、
その辺がオダサクのおもしろさの一つかも知れません。
自分のことで精一杯という男の生き方の下手さ加減が、
頼りなさの原因なのでしょうけれど、そういう男に愛想を尽かさず、
付き合ってくれる女がいれば、そこに一つの夫婦ができるのでしょうか。
まあ、そんな気がします。
とにかく、男と女の間は難しいものです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
本誌では、「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2025から(1)角川文庫・『天衣無縫』織田作之助~大阪の作家~」と題して、今回も全文転載紹介です。
今年のテーマは、大阪関西万博の年ということで、「大阪」もしくは、万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」です。
そこで、大阪ものの小説や「いのち」に絡んだ作品を、と考えていました。
角川文庫の夏フェアの小冊子を見ますと、「大阪の作家」として知られる、織田作之助の本が出ていましたので、これを採用しました。
・・・
*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』
『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ
--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
<夏の文庫>フェア2025から(1)角川文庫『天衣無縫』織田作之助-楽しい読書392号
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【最新号・告知】x【別冊 編集後記】
2025(令和7)年7月15日号(vol.18 no.12/No.392)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(1)角川文庫・
『天衣無縫』織田作之助~大阪の作家~」
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◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
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2025(令和7)年7月15日号(vol.18 no.12/No.392)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(1)角川文庫・
『天衣無縫』織田作之助~大阪の作家~」
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今年も毎夏恒例の新潮・角川・集英社の
<夏の文庫>フェア2025から――。
今年も、一号ごと三回続けて、一社に一冊を選んで紹介します。
今年のテーマは、大阪関西万博の年ということで、
「大阪」もしくは、万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」
ということで、大阪ものの小説や「いのち」に絡んだ作品に
取り組んでみましょう。
一本目は、角川文庫から「大阪」ものの作家とされる、
織田作之助さんの作品集『天衣無縫』を。
角川文庫夏フェア2025 | カドブン
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◆ 2025年テーマ:<大阪関西万博2025> ◆
新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2025から(1)
~大阪の作家~ 角川文庫―『天衣無縫』織田作之助
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●角川文庫夏フェア2025 | カドブン
まずは、<角川文庫夏フェア2025>の対象94点を見ておきましょう。
といっても全部紹介するのはスペース的にキツくなりますので、
私の気になった作品、読んだ作品を上げておきます。
・・・
【角川文庫夏フェア2025】 対象94件
▼感 ヒューマンドラマ!――泣いたり、笑ったり、怒ったり 12件
・この夏の星を見る 上下(辻村 深月)
・オオルリ流星群(伊与原 新)
▼怖 こわ~い本!――蒸し暑い夏、冷や汗がポトリ 8件
・おそろし 三島屋変調百物語事始(宮部 みゆき)
・火喰鳥を、喰う(原 浩)
▼謎 ミステリ&サスペンス!――謎、心理戦、どんでん返しの嵐 12件
・黒牢城(米澤 穂信)
▼懐 あの頃流行ったベストセラー~時代を彩る名作たち~
――年代別にプレイバック
--1970年代 5
・復活の日(小松左京)・時をかける少女〈新装版〉(筒井康隆)
--1980年代 4
・セーラー服と機関銃(赤川次郎)
あわせて読みたい名作!1950〜1960年代 2
・女生徒(太宰治)・銀河鉄道の夜(宮沢賢治)
--1990年代 4
・リング(鈴木光司)・キッチン(吉本ばなな)
あわせて読みたい名作!1990年代 1
・アルケミスト 夢を旅した少年(パウロ・コエーリョ)
--2000年代 4
・バッテリー(あさのあつこ)
--2010年代 6
・小説 君の名は。(新海誠)
--2020年代 3
・小説 すずめの戸締まり(新海誠)
あわせて読みたい名作!2010〜2020年代 3
・ナミヤ雑貨店の奇蹟(東野圭吾)
▼細田守監督 原作小説特集 4件
・おおかみこどもの雨と雪(細田 守)
▼「かまわぬ」和柄カバー 6件
・こゝろ(夏目 漱石)・吾輩は猫である(夏目 漱石)
・注文の多い料理店(宮沢 賢治)
▼おすすめファンタジー3選
・烏衣の華(白川 紺子)
▼おすすめ時代小説2選
・江戸の探偵(鈴木 英治)
▼おすすめ100分読書4選
・100分間で楽しむ名作小説 人間椅子(江戸川 乱歩)
・100分間で楽しむ名作小説 瓶詰の地獄(夢野 久作)
▼おすすめまなびの2選
・(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、
あの名作小説を面白く読む方法(三宅 香帆)
▼「文豪ストレイドッグス」コラボカバー 8件
・羅生門・鼻・芋粥(芥川 龍之介)・D坂の殺人事件(江戸川 乱歩)
・青春の逆説・可能性の文学(織田 作之助)
・天衣無縫(織田 作之助)・斜陽(太宰 治)・晩年(太宰 治)
●『天衣無縫』――アニメ「文豪ストレイドッグス」コラボカバー
アニメ「文豪ストレイドッグス」コラボカバー
『文豪ストレイドッグス』は、横浜を舞台に、文豪をモチーフにした
キャラクターたちが繰り広げる異能バトルアクション漫画。
そのアニメ版のキャラクターが角川文庫の文豪名作とコラボ!
©️朝霧カフカ・春河35/KADOKAWA/文豪ストレイドッグス製作委員会
・・・
天衣無縫
著者 織田 作之助
定価: 704円 (本体640円+税)
発売日:2016年10月06日 判型:文庫判 ページ数:304
ISBN:9784041049136
戦中・戦後に無頼派として活躍した著者の、大阪の魅力溢れる名短編集!
太宰治、坂口安吾とともに無頼派として活躍し、大阪という土地の空気と
そこで生きる人々の姿を巧みに描き出した短編の名手による表題作を始め
「夫婦善哉」「俗臭」「世相」など代表的作品を集めた傑作選。
――以上、サイトより。
本書のカバー見た目は、劇画かなにかのようですが、
主人公たちは、そこまでかっこいいか、といいますと……。

●「大阪の作家」の作品集――『天衣無縫』織田 作之助
『天衣無縫』織田 作之助 角川文庫 (2016/10/6)
さて、まずは目次を――。
底本の、岩波文庫版『夫婦善哉 正続 他十二篇』(1.2.4.収録)と
『六白金星・可能性の文学 他十一篇』(5.-9.収録)を参考に、
それぞれの発表誌と発表年代、初出単行本をメモしておきました。
(「天衣無縫」は、ちくま文庫『名短篇ほりだしもの』2011年1月刊より)
1.夫婦善哉(めおとぜんざい):「海風」昭和15年4月、
『夫婦善哉』創元社 昭和15年刊
2.俗臭:「海風」昭和14年9月、『夫婦善哉』創元社 昭和15年刊
3.天衣無縫:「文芸」1942(昭和17)年4月、
『天衣無縫』新生活社 昭和22年刊
4.放浪:「文学界」昭和15年6月、『夫婦善哉』創元社 昭和15年刊
5.女の橋:「漫画日本」昭和21年4月
6.船場の娘:「新生活」昭和21年1月
7.大阪の女:発表誌未詳、昭和21年頃か、
以上三作『船場の娘』コバルト社 昭和22年刊
8.世相:「人間」昭和21年4月
9.アド・バルーン:「新文学」昭和21年3月
以上二作『世相』八雲書店 昭和21年刊
*参照:(底本)
・『夫婦善哉 正続 他十二篇』織田 作之助 岩波文庫 2013/7/18
・『六白金星・可能性の文学 他十一篇』織田 作之助 岩波文庫 2009/8/18

次に、作者・織田作之助について――
戦後、太宰治、坂口安吾らと共に「無頼派」「新戯作派」と呼ばれ、
「オダサク」の愛称で親しまれました。
大阪の市井の人々を大阪弁の台詞を交えたテンポの良い文体で活写した
「大阪の作家」と認められています。
大阪市南区生玉前町(現・天王寺区)の生国魂神社近くの裏店「魚鶴」の
子として生まれ、大阪府立高津中学(現・高津高校)卒業まで、この地で
育ち、京都の第三高等学校(現・京都大学)に進学します。
家業を嫌い、生育環境からの脱出を図ったのでした。
そこで、様々な人と出会い、作家へと進んでゆきます。
卒業を前に結核にかかり、白浜で転地療養をしますが、
そのまま中途退学したそうです。
のちに東京に出て行きますが、結核で享年33歳で亡くなりました。
実働7年ほどの作家生活となります。
オダサクの生まれ育った地、高津や生国魂神社周辺などは、
私も多少は知っている土地でもあります。
作品の舞台となっている難波や道頓堀、心斎橋、日本橋、黒門市場周辺
なども知っています。
そういう親近感から、彼の作品に親しめる下地となっているのでしょう。
●『天衣無縫』9篇から「夫婦善哉」
内容について書いておきます。
なんといっても代表作とされる「夫婦善哉」があります。
蝶子は、天麩羅屋・種吉とお辰の娘。小学校を出ると女中奉公に出され、
その後、持ち前の陽気好きの気性が環境に染まって芸者に――。
妻子持ちの三十一歳の維康柳吉(これやす りゅうきち)という、
梅田新道にある安化粧品問屋の息子といい仲になりますが、
遊び好きの柳吉は父親から勘当され、二人は東京へ駆け落ちします。
東京で集金した金で熱海に芸者遊びに行き、関東大震災に遭遇、
大阪に帰ることに。避難列車でやっと大阪に帰り、種吉の元へ。
蝶子は抱主(かかえぬし)に無断で飛び出したため、借金の300円を
種吉は月賦で払うといいます。
二人は黒門市場の路地裏に二階借りして所帯を持つのですが、
柳吉に職がないので暮らしに困り、蝶子が稼ぎに出ることになりました。
おきんという年増芸者でヤトナ芸者(芸者の花代より安い、臨時雇の
宴会の有芸仲居)の周旋屋の世話になるのでした。
柳吉というだらしない、遊び好きの坊ん坊ん(ぼんぼん)と、一回り年下の
しっかり者の蝶子という夫婦の物語です。
蝶子は、柳吉の実家の父親に嫁として認めてもらおうと、
二人で店を持ち独立しようと頑張ります。
柳吉のほうは、機会を見ては実家の跡継ぎに戻ろうという魂胆。
店を始めてもすぐに飽きてしまい、稼ぎも蝶子の貯金も遊びに費やす。
その都度、蝶子は昔の仲間から借金しては、何度もお店を出しては売り、
を繰り返します。
そうこうするうちに、実家では柳吉の娘の母親代わりの妹が婿をもらって
跡を継ぎます。そして、父親が危篤と呼びに来ました。
女と別れるといっては実家からお金をせびっていた柳吉。
いろんなつてをたどっては、お金を工面して、ダメな夫をもり立て、
嫁として認めてもらおうとしていた蝶子。
死の間際に認められることを願っていたものの夫は女と別れるといって、
遺産を分けてもらうつもりだった、といいます。蝶子は本当だと思った。
そして二人は、「うまいもん食いにいこか」という柳吉の誘いで、
法善寺境内の「めおとぜんざい」へ食べに行きます。
《(略)「こ、こ、ここの善哉はなんで、二、二、二杯ずつ持って来よる
か知ってるか、知らんやろ。こら昔何とか大夫ちゅう浄瑠璃のお師匠
はんがひらいた店でな、一杯山盛にするより、ちょっとずつ二杯に
する方が沢山(ぎょうさん)はいってるように見えるやろ、そこを
うまいこと考えよったのや」蝶子は「一人より女夫の方がええいう
ことでっしゃろ」(略)》
なんともいえぬ関係の夫婦。
とにかく、この柳吉という男は、ええとこの坊ん坊ん(ぼんぼん)ゆえに、
芸者遊び好きで、食べ物にもうるさく、といっても高級料理というより、
南の庶民的な名店の名物料理をよく知っています。
ラストの「夫婦善哉」もそんな一つ。
他には「自由軒」のカレーもあります。
●「俗臭」「放浪」、表題作「天衣無縫」
「俗臭」は、和歌山県有田郡の魚問屋の息子が様々な仕事に手を出し、
金を儲けて、父の放蕩でちりぢりになった家族を、「俗臭」溢れる野心で
再興する、めずらしいことにサクセス・ストーリーです。
「放浪」は、両親が亡くなり、弟は大阪の仕出し屋の叔父叔母にもらわれ
板場の修業。娘の妊娠から名だけの夫となりますが、兄の死などがあり、
嫌になった順平は家を出、チンピラと知り合い、というふうに放浪――。
しかし板場の腕があれば生きていける、と。
表題作「天衣無縫」は、友だちに誘われて断れず、見合いの席に遅れて
くるような頼りない、お人好しで爺むさい男と所帯を持つ娘が主人公。
《 私は生まれて来る子供のためにもあの人に偉くなって貰わねばと
思い、以前よりまして声をはげまして、あの人にそう言うように
なったが、あの人はちっとも偉くならない。(略)》
そんなにまでして偉くならんといかんのか、といつになく怖い顔をして
私をにらみつけた、というラスト。
●「女の橋」「船場の娘」「大阪の女」
この三作は、一つずつ独立した短篇であり、かつ女三代の連作。
「女の橋」――伊吹屋の番頭は坊ン坊ン(ぼんぼん)恭助の遊び相手の
芸者小鈴を遠ざけ、嫁を探し、器量は悪いが家柄のいい嫁を取らせます。
が、小鈴は妊娠し、その娘を引き取ります。何も知らずに育った娘雪子、
女学校の卒業と共に名取になる披露の席で、話を聞いた小鈴は病の身を
おし三味線を弾きたいと申し出、身代わりとなりますが、死んでしまい
ます。そのとき、事情を知った雪子は、太左衛門橋を渡りながら、
《「うちは阿呆やった。うちは阿呆やった……」と、呟きながら、
自分はもう船場とは何の縁もない人間だという想いが、
ふっと頭をかすめた。》
「船場の娘」――伊吹屋の一人娘(実は妾の子・芸者の子)雪子と、
前科者の息子の丁稚秀吉の恋物語。父が弁護士を雇えていたら、という
思いから弁護士をめざし英語の勉強をしている秀吉に雪子は好意を持ち、
縁談を前に駆け落ちしようとします。が直前に、番頭に阻止されます。
東京へ行った秀吉から電話が来ます。住所を告げる前に、関東大震災。
五年後、雪子は芸者の子と知られ、嫁入り先から離縁され、実家も没落、
芸者になっていました。ある日、太左衛門橋で、ルンペンとなり大阪に
戻った秀吉と出会います。しかし、秀吉はすでに妻帯者……。
《 雪子は何ごともなかったような表情で、大和屋の玄関にはいって
行った。》
「大阪の女」――戦後大阪に復員してきた、大阪船場道修町の薬屋の息子
島村は、雪子の喫茶店「千草」に来ます。雪子は娘の葉子と空襲のなか
太左衛門橋を渡って避難し生き延びたと話します。常連となった島村は
葉子が目当て。理想の仕事が見つかったので東京へ行くという島村。
島村は葉子に芸者の子でもかまわない結婚しよう、親は説得するというの
ですが、いつになっても報告に来ません。雪子は自分の過去の経験から
船場の坊ン坊ンとの結婚は難しいと分かっていたので、反対でした。
二人は駆け落ちしようとします。反対していた雪子でしたが、葉子の
「行きたい、行かせて!」の言葉に、考えを改め送ってゆきます。
《(略)雪子はふと葉子の覚悟や島村の理想はたとえ夢であるにしても、
今はこの夢のほかに何を信じていいのだろうか、そうだ、自分はこの
夢を信じようと、呟いた。》
・・・
底本となっている岩波文庫版『六白金星 可能性の文学 他十一篇』の
佐藤秀明さんの巻末解説「可能性の「織田作」」には、
《(略)いずれも通俗味の勝った読み物小説だが、女の一生を左右する
微視的な時間と、それを時代の流れの一齣に見せてしまう巨視的な時間
とをより合わせたところに、織田作ならではの手法を感じ取ることが
できよう。(略)》
その背後の構造に船場の商家の伝統がある、といいます。
また、太左衛門橋が点景として描かれ、移りゆく時代と人の定点として、
効果を上げている、とも。
三作中では、やはり最後の「大阪の女」がいいですね。
先の二篇を踏まえて、戦後の自由と民主主義の新時代に期待する、
という当時の時代の気風を受けた、苦労人の雪子の、
「この夢を信じ期待する」という希望を感じさせるところが、
美しいラストでした。
先の佐藤秀明さんの解説では、代表作ではない、ということですが、
この短編集中でも気持ちよく読めた一篇でした。
●「世相」「アド・バルーン」
「世相」は、織田作之助自身を語り手に、「阿部定」事件を小説にしよう
と考え、公判記録を持つ男に借りるが、時が経ちすぎていることで、
結局は書けないという。文学論的な様々な小説のパターンを示しながら
構想を語り、作家としての悩みや事情を描くお話。
「アド・バルーン」は、人生双六のドラマを描き、オダサクの小説には
珍しい幸福なラストの美談です。落語家の息子に生まれたものの、里子に
出され、丁稚となっても店を転々とする私。そして、お金もなく、死のう
と思っていたとき、拾い屋の男に助けられ、仕事を始め、禁酒会に入り、
貯金の紙芝居をするのならと貯金もし、いつか命の恩人に会ったときに、
この貯金通帳を渡そうと心に決めます。この話を聞いた人から新聞記者に
話が伝わり、五年後、ついに恩人と出会うことに。そして再び、十年後の
約束を取り付けて……。
●大阪と放浪の物語
歴代の大阪の作家といえば、江戸時代の井原西鶴の名がまず上がりそう
です。代表作は『好色一代男』(1682年)『好色五人女』(1686年)
『好色一代女』(1686年)『日本永代蔵』(1688年)『世間胸算用』
(1692年)、生国魂神社で発句をしたことでも知られています。
そして、戦前・戦中・戦後の数年という短い時期でしたが、織田作之助が
います。
当時の特に、生玉から難波にかけての繁華街を舞台にした一連の作品。
おおむね頼りない男としっかり者の女の組み合わせが、下町の風情と
ともにおもしろい夫婦の物語となっています。
通俗的な物語を材に取りながら、そこに「可能性の文学」をめざそうと
する、オダサクの世界があるようです。
《一つの偶然が一人の人間の人生を変えてしまう可能性》
を書こうとした「アド・バルーン」のような作品。
「夫婦善哉」もまた、同じような変転の物語です。
《人生の変転は必ずしも転落にはならない》という物語。
(岩波文庫版『六白金星 可能性の文学 他十一篇』佐藤秀明さんの
巻末解説「可能性の「織田作」」より)
面白く読ませる小説が多く、底本となった文庫の作品なども、
少し読んでみました。
将棋の坂田三吉を扱った作品「聴雨」「勝負師」も楽しめました。
ただ、男たちの頼りなさと大阪弁で言う「へんこ」さ加減が、
人間的な魅力にもつながっているようで、
その辺がオダサクのおもしろさの一つかも知れません。
自分のことで精一杯という男の生き方の下手さ加減が、
頼りなさの原因なのでしょうけれど、そういう男に愛想を尽かさず、
付き合ってくれる女がいれば、そこに一つの夫婦ができるのでしょうか。
まあ、そんな気がします。
とにかく、男と女の間は難しいものです。
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本誌では、「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2025から(1)角川文庫・『天衣無縫』織田作之助~大阪の作家~」と題して、今回も全文転載紹介です。
今年のテーマは、大阪関西万博の年ということで、「大阪」もしくは、万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」です。
そこで、大阪ものの小説や「いのち」に絡んだ作品を、と考えていました。
角川文庫の夏フェアの小冊子を見ますと、「大阪の作家」として知られる、織田作之助の本が出ていましたので、これを採用しました。
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(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』
『レフティやすおのお茶でっせ』
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『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
<夏の文庫>フェア2025から(1)角川文庫『天衣無縫』織田作之助-楽しい読書392号
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