『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』
(まぐまぐ!)
【別冊 編集後記】
第669号(Vol.20 no.14/No.669) 2024/8/3
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
楽器における左利きの世界(23)左利きは左弾きヴァイオリンで(2)」
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◇◆◇◆◇◆ 左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii ◆◇◆◇◆◇
【左利きを考えるレフティやすおの左組通信】メールマガジン
右利きにも左利きにも優しい左右共存共生社会の実現をめざして
左利きおよび利き手についていっしょに考えてゆきましょう!
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第669号(Vol.20 no.14/No.669) 2024/8/3
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25―
楽器における左利きの世界(23)左利きは左弾きヴァイオリンで(2)」
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前々号では、「左利きでもヴァイオリンは右弾きで」という
左利きヴァイオリニストの意見を紹介しました。
前回は、
「なぜ左利きは左弾きヴァイオリンでなければいけないのか」
その理由を述べ、反論する第一回目でした。
今回はその続きです。
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◆ <めざせ!実現!!左用ピアノ!!!>プロジェクト ◆
{左利きの人は左利き用の楽器で演奏しよう!}
- 「左利きに優しい社会」づくりは左用楽器の普及から! -
左利きとヴァイオリン演奏について考える
なぜ左利きは左弾きヴァイオリンでなければいけないのか(2)
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●左利きでも右弾きを薦める人たちの理由
ネットで調べた「左利きとヴァイオリン演奏」についての発言で、
左利きのヴァイオリニストの人も含めて、ほぼ全員が
「左利きの人でもヴァイオリンは右弾きで」と発言されていました。
改めて、それらのご意見――「左利きでも右弾きを薦める人たちの理由」
についてまとめたものを書いておきましょう。
・・・
【左利きでも右利き用で右弾きを薦める理由】
1.左利き用のヴァイオリンは右用とは構造が違い、手に入りにくい
→ 道具がないので、手に入るもので我慢しましょう!?
2.右手も左手も重要で、利き手の有利不利は関係ない
→ 右手も左手もどちらでも、慣れたら一緒!?
3.ヴァイオリンは集団で演奏することが多く、左弾きは立ち位置が難しい
→ 左弾きでは隣の右弾きの人と弓が当たる、
弓の動きが逆で一人目立つ、ので困る!?
4.利き手も定かではない、小さい頃から習う人が多いので、
利き手は関係ない
→ 利き手も小さい頃からなら換えられるという人もいるじゃないか!?
前回は、これらの理由のうち、「1.」と「2.」について反論しました。
今回は、「3.」と「4.」についての反論と、
知られていないかも知れない利き手と足の身体的適性に関する反論、
根本的な反論について書いてみます。
では、次にそれぞれの意見に反論してゆくことにしましょう。
●理由3.への反論=十分な間隔を取ればいい
理由3.ヴァイオリンは集団で演奏することが多く、
左弾きは立ち位置が難しい
→ 左弾きでは隣の右弾きの人と弓が当たる、
弓の動きが逆で一人目立つ、ので困る!?
『左ききの本』マイケル・バーズリー 西山浅次郎訳
TBS出版会(発売・産学社)1973
には、ヴァイオリンに関する記述があり、
「十九 音楽におけるきき手」p.223に、
《四重奏団なら、右ききの団員に混じって役割を果たすことができる
であろう。(略)
視的感覚からいうと調和の取れた姿に見えるというのである。》
右弾きのヴァイオリニストと左弾きのヴァイオリニストがちょうど、
鳥や蝶々が翼を左右に開くように配置されれば、
その左右対称形を「美しい」と感じる人もいるのではないでしょうか。
ヴァイオリニストたちの集団の中に一人だけ逆弾きの人が混じるから、
悪目立ちするのであって、右弾きヴァイオリニストの並びの端に、
左弾きヴァイオリニストが対面するかのように立てば、
違和感は少なくなるのではないでしょうか。
あるいは、同数の左右のヴァイオリニストがいれば、もっと象徴的です。
また「隣の人と弓や腕が当たる」という問題は、
私たち左利きの人のあいだでは昔からいわれてきた問題の一つ、
右手箸と左手箸の問題を想起させます。
食事の際、左手箸の人が混じると、
隣の人(多くは右利きで右手箸)と肘がぶつかるので嫌がられる、
という問題です。
狭い店やカウンターに並んで食事するような場面では、
よく問題となります。
左利きの人たちのあいだでは、こういう事態に陥らないように、
事前に隣の人と肘がぶつかることのない、「左端」の席を確保する、
という人が少なくありません。
しかし、これはあくまでも便宜的なことです。
本来は、「十分な間隔を取ればいい」だけの話ですよね。
楽器演奏の場合、ステージの広さの問題があるかも知れませんが、
よほどの大人数や変則的に狭い舞台で演奏する、
といったケースでない限り、ある程度の余裕はあると思います。
十分な間隔を取るようにすれば解消する問題でしょう。
また、譜面を共有するする際に困るといった意見もありました。
これもそういう演奏家がいると分かれば、「お互いに工夫しあう」、
というのが「人間的な対応」という礼儀作法ではないでしょうか。
*参考文献:
・左利きイギリス人の左利き研究家の著作
『左ききの本』マイケル・バーズリー 西山浅次郎訳
TBS出版会(発売・産学社)1973
●理由4.への反論=幼児には利き手がある、胎児にも!?
理由4.利き手も定かではない、小さい頃から習う人が多いので、
利き手は関係ない
→ 利き手も小さい頃からなら換えられるという人もいるじゃないか!?
確かに小さい子供の場合、手の神経もまだ未発達で、
利き手も定かではない、と思われるかもしれません。
しかし、日本における左利きの科学研究の第一人者・八田武志さんの
『左対右 きき手大研究』(DOJIN文庫 2022)
「第7章 きき手はいつ現れ、いつ決まるのか」によりますと、
胎児にも利き手があるという研究者もいるようですが、
まだ胎児の利き手に関しては、信頼できる証拠はない、といいます。
しかし、乳幼児には何らかの利き手がある、と考えられているようです。
《(略)発達初期に左右機能はないとは考えず、
若干の左右差の存在を想定する。
しかし、成熟、つまり生物学的な要因だけでなく、
それらに加えて個人の環境との関わり方を重視する。》
すなわち
《(略)ミッチェルらの考えに基づけば、
(1)7ヶ月の月齢でも把握動作や操作動作に使用手の偏りがあること、
(2)7ヶ月の時点で見られた手の偏好的な使用は発達につれて
不変ではなく、強められることになる。(略)》
幼少時すでに利き手という偏りが存在すること、
そして、それらは成長とともに徐々に強められていくのだ、
ということのようです。
おとなが勝手に「利き手はない」と決め付けているだけで、
子供にも利き手という、使用する手の偏りがある、ということです。
・・・
育児の本によりますと、古い本ではありますが、
小児科医・松田道夫『定本育児の百科 中 5カ月から1歳6カ月まで』
(岩波文庫 2008/1/16)
「10カ月から11カ月まで/かわったこと:302 左きき」には、
《人間の右きき、左ききは、うまれつきにきまっているもので、
左手をよけいに使わせたから左ききになるというものではない。
この月齢の子が左ききらしいというので、
左手を使わせないようにすることには、賛成しかねる。
左手がきき手であろうが、右手がきき手でであろうが、
その所有者の自由である。(略)》p.397
とあります。
おとなであろうと子供であろうと、自分の手は自分のものであり、
自分の思うように使っていいのです。
右手であろうと左手であろうと、
自分の使いよい方の手(利き手)を使っていいのです。
正論だと思います。
・・・
「利き手」という性質を考えるとき、大切なポイントは、
「無意識に使う手はどちらか?」というところです。
意識的に使うケースとはどういうときかといいますと、
要するに「教えられて使う」場合などはまさにそうです。
左利きの人でも、食事の際の箸やスプーンなどは左で、
字を書くのは右、という人がいます。
字を書くのは、ある程度の年齢からですが、
食事を取るのは生まれたときからです。
そこでまずは自然な利き手が先行して、食事の関係は左で、
教えられた字を書く行為は右、となるのでしょう。
箸などは右で字は左といった、逆の人はいないようです。
少なくとも私が今までに出会った人の中にはいませんでしたね。
・・・
そういった教えられた行為のケースではなく、
知らず知らずに使っているどちらか一方の手が、
「利き手」と考えられるのです。
本来は、その子の利き手・非利き手に応じた道具を使うのが、
一番良いのです。
それが、その子の能力を最大限に発揮させる方法だからです。
道具がなければ作ってもらう、それが最適解です。
楽器の演奏でも、当然同じことです。
・・・
小さい子供を相手にする場合、おとなが右手でやって見せたり、
まわりに右手使いの子供しかいない状況であったり、
そういう環境では、左利きの子でも、
右手使いになってしまうケースが多々あります。
例としましては、元プロ・テニスプレーヤーの伊達公子さんは、
左利きですが右手打ちのプレーヤーでした。
テニスを始めたときにまわりの子供たちが、
みな右手にラケットを持っていたので、
そのまま自分も右手にラケットを持つようになった、と聞いています。
特に日本の子供は、空気を読む、といいますか、
まわりのおとなのようすをよく見ていて、
それに従う、おとなの期待に応えようとする傾向が強い、といいます。
楽器の演奏においても同じことがいえます。
小さい頃からそういう環境におかれますと、
知らず知らずにおとなの教えるままに従う、ということになります。
以前書きました坂本龍一さんの場合も、
幼稚園時代にピアノに触れる機会があった、といいます。
一応これぐらいの年齢なら、彼が左利きだという事実は、
まわりのおとなにも分かっていただろうとは思いますが、
だからといって現状では、ピアノは右利き用しかないので、
当然のごとく、右弾きになったのでしょう。
ヴァイオリンの場合も、現状では基本的には左用の楽器がない、
という状況でしょうから、
よほどのことがない限り、右弾きにならざるを得ない、といえましょう。
左利きの子供の能力と利き手を使うという権利を守って、
その能力を活かすように指導する、という意識がない環境では、
左利きの子供の左弾きは実現しないことになります。
これは、
本人にとってはもちろん、あえて言えば日本の音楽界にとっても、
あたら才能を埋もれさせることになりかねないわけで、
非常にもったいないことであり、残念至極です。
*参考文献:
『左対右 きき手大研究』八田武志 DOJIN文庫 2022
『定本育児の百科 中 5カ月から1歳6カ月まで』松田道夫 岩波文庫
2008/1/16
●利き手と軸足の関係
これは私が思いついたことなのですが、
楽器の演奏――特にヴァイオリンの場合では、
「演奏の際の利き手と軸足の関係」という問題があるのでは
ないでしょうか。
案外気付かない人もいるかと思いますので、説明しておきます。
実は、
左手でヴァイオリン本体を保持するということが、
右利きの人には重要なポイントになる
と思うのです。
これは、
「利き手」と「利き足/軸足」の関係が重要になってくるからです。
利き手と利き足には相関関係がある、といわれています。
先に挙げた、八田武志『左対右 きき手大研究』(DOJIN文庫 2022)の
「第3章 きき手の諸相」<きき足ときき手――大規模メタ分析>
によりますと、
14万5135人を対象にした調査で、
利き足を「右か左か」の選択肢での分類で、左足利きは12.1%。
「右、左、両方」の三選択肢による分類で、「左、両方の足」を
「非右足利き」と定義した場合は、23.7%。
左手利きの人の60.1%が、左足利き。
右手利きの人の3.2%が、左足利き。
左手利きの割合を一般にいわれている10%程度としますと、
利き手と利き足が一致しない人は、三人に一人ぐらい。
ところが、右手利きの人は、ほとんどが右足利きだ、というのです。
右手でボールを投げる人は、ほとんど右足でボールを蹴る、と。
右足利きの場合、ボールを蹴るシーンを思い浮かべてもらえれば
わかりやすいと思いますが、
右足はボールを蹴る「利き足」=「作用足」で、
反対の左足は体重を支える「軸足」です。
同書の<きき手と軸足の関係は?>には、
《右手ききの人は左足に重心をかけ、身体運動の軸にしている》p.81
とあります。
●ヴァイオリンの演奏と軸足の関係
同書p.78には、自転車に乗るとき、
多くの右利きの人たちは左側から乗る、というように、
《日常生活ではきき足よりも、
むしろ軸足の役割を重要視する場合がある》
といいます。
ヴァイオリンの演奏も、右弾きの場合は、
左手でヴァイオリン本体を持ち、弦を押さえる等の作業をこなし、
右手に弓を持ち、これを動かします。
左足に重心をかけて体重を支えていれば、
右手に持つ弓を最大限に動かすことができます。
左手に持つヴァイオリン本体は、安定した左の軸足の側にあり、
左手指のポジショニングもしっかり取れます。
右手・右腕をどれほど大きく動かしても、
体重は左足でしっかり支えられているので、演奏が安定します。
右利きの人は多くは左足が軸足ですので、これは難しくありません。
弓は軽いので、重心をかける足の側で持つ必要はありません。
それよりも右手・右腕を自由に動かせるかどうかの方が重要です。
重心のある側と反対の手に弓を持つと、重心のぶれが少なく、
大きな動作も可能になります。
これが逆ですと、どうなるでしょうか。
左利きの人では通常、多くの人が右足が軸足となり、体重を支えます。
このとき、右手に弓を持ち大きく動かそうとしますと、
重心の位置がぶれ、その身体を支えるのは非常に不安定になります。
弓を右に大きく弾こうと腕を大きく引くと、身体も同じように振れます。
逆に弓を左に押していけば、右足の重心も左に傾き、
左手に持つヴァイオリン本体も不安定になります。
身体が不安定ですと、安定した演奏も難しいでしょう。
・・・
右手利きの人の場合、軸足は左足ですので、
ヴァイオリン本体を持つ側に当たります。
大きく右手・右腕を動かしても、ふらつくことはありません。
ヴァイオリン本体を持つ左手は、重心のある左足の側にあり、
安定した演奏が期待できます。
重心という点でも、右利きの人には、右弾きが都合が良いのです。
逆に、
左弾きのヴァイオリニストは、右足が軸足の人が都合がいい
と考えられます。
しかし左利きの人の中にも、三人に一人ぐらいは右足利きの人がいる、
といいますので、そういう人では重心という観点からいいますと、
左利きでも右弾きに向いているのかも知れません。
左利きの人でも名演奏家がいるというのは、本人の努力だけではなく、
そういう肉体的な適性がプラスに働いている、
という可能性も考えられます。
●左利きには基本、左弾きを勧めよう!
左利きの人の場合、右利きの人ほど一様ではありません。
その点が左利きの難しいところで、
左利き=右利きの反対
と単純に割り切れない点です。
おおむね、左利き=右利きの反対 なのですが、
必ずしもそうではない、という非常にややこしい関係にあります。
成因が関係しているというのがポイントではないか、
と私は考えています。
遺伝性の左利きではなく、病理的左利きといわれる人の場合です。
本来は右利きなのだけれど、何らかの妨げがあって
現象として左利きになっている、というようなケースです。
その場合、単純な右利きの反対として左利きというのでなく、
複雑な経路を経て、左利きになっていると思われます。
そこで、対応がむずかしくなってくるのではないでしょうか。
本当のところは分かりませんけれど。
・・・
とにかく、現実のレベルで、現象として現れる左利きには、
様々なケースがあります。
単純には言い切れませんが、楽器の演奏でも、
左利きの人では、やはり左弾きが
本人の能力を最大限に引き出すことができる演奏法ではないか、
と考えられます。
過去の歴史的背景は別にして、これからは
左利きの人が素直に左弾きできる環境を整えてゆくべきだろう、
と考えます。
――次回は、「左利きの人でもヴァイオリンでは右弾きを!」
という意見への反論として、根本的な理由として、
ヨーロッパ社会での左利き差別に関して考えてみたいと思います。
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本誌では、
「左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ ―その25― 楽器における左利きの世界(23)左利きは左弾きヴァイオリンで(2)」と題して、今回も全紹介です。
左利きの人の楽器演奏――ヴァイオリンの左弾きについて書いてきています。
「左利きの人は左利きのままで」が当たり前になって来ている時代ではありますが、遅れている分野の一つが音楽、楽器の演奏の分野でしょう。
ヴァイオリンは西洋音楽においては、ピアノと並んで楽器の王様的な存在です。
この牙城を落とせば、勝利に大きく近づくのではないかと思います。
前にも言いましたように、最終的には、ピアノまでいければと考えています。
どうなるでしょうか?
・・・
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『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
楽器における左利きの世界(23)左利きは左弾きヴァイオリンで(2)-週刊ヒッキイ第669号
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