goo blog サービス終了のお知らせ 

レフティやすおの新しい生活を始めよう!

50歳からが人生の第二段階、中年の始まりです。より良き老後のために良き習慣を身に付けて新しい生活を始めましょう。

<夏の文庫>フェア2025から(2)集英社文庫『存在の耐えられない軽さ』

2025-08-03 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号・告知】【別冊 編集後記】


2025(令和7)年7月31日号(vol.18 no.13/No.393)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2025から(2)集英社文庫・
『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ~一回限りの人生~」




------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2025(令和7)年7月31日号(vol.18 no.13/No.393)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2025から(2)集英社文庫・
『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ~一回限りの人生~」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 今年も毎夏恒例の新潮・角川・集英社の
 <夏の文庫>フェア2025から――。

 今年も、一号ごと三回続けて、一社に一冊を選んで紹介します。

 今年のテーマは、大阪関西万博の年ということで、
 「大阪」もしくは、万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」
 ということで、大阪ものの小説や「いのち」に絡んだ作品に
 取り組んでみましょう。

 二本目は、集英社文庫から、一回限りの人生についての物語、
 ミラン・クンデラさんの作品『存在の耐えられない軽さ』を。


角川文庫夏フェア2025 | カドブン
https://kadobun.jp/special/natsu-fair/

ナツイチ2025 広くて深い、言葉の海へ| web 集英社文庫
https://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/
よまにゃチャンネル - ナツイチ2025 | 集英社文庫
https://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/yomanyachannel/

新潮文庫の100冊 2025
https://100satsu.com/


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ◆ 2025年テーマ:<大阪関西万博2025> ◆

  新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2025から(2)

  ~一回限りの人生~

  集英社文庫―『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

●集英社文庫ナツイチ2025 広くて深い、言葉の海へ

ナツイチ2025
https://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/

2025年テーマ
言葉は海にそっくりだ。
水平線のようにつづく世界。
深海より底のしれない一行。
ビーチみたいにしずかな時間。
とおくまで泳ぐのも、じっくり潜るのもいい。
さあ、よまにゃ。



(対象書目 86点)

すべてを書き写すスペースはもったいないので、
気になる作品、既読作品をピックアップしてみましょう。

・映像化する本 よまにゃ (5)
水滸伝 一 曙光の章 北方 謙三

・心ふるえる本 よまにゃ (21)
塞王の楯 〈上〉〈下〉今村 翔吾
チンギス紀 一 火眼 北方 謙三
幻夜 東野 圭吾
N 道尾 秀介

・手に汗にぎる本 よまにゃ (26)
帰去来 大沢 在昌
真夜中のマリオネット 知念 実希人
布武の果て 上田 秀人
ハヤブサ消防団 池井戸 潤

・心ときめく本 よまにゃ (11)
午前0時の忘れもの 赤川 次郎
愛じゃないならこれは何 斜線堂 有紀

・じっくり浸る本 よまにゃ (23)
地獄変 芥川 龍之介
存在の耐えられない軽さ ミラン・クンデラ
星の王子さま サンテグジュペリ
人間失格 太宰 治
こころ 夏目 漱石
うまれることば、しぬことば 酒井 順子

――以上、やっぱり古典といいますか名作と呼ばれるもの以外は、
ほとんど読んでいません。


 ●<じっくり浸る本 よまにゃ> から『存在の耐えられない軽さ』

『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ/ 千野 栄一/訳
集英社文庫 1998/11/20




 《女たらしの外科医トマーシュと純朴なテレザは愛し合うが、
  「プラハの春」へのソ連軍事介入に運命を翻弄される。
  チェコの悲劇を背景にした純愛大河小説》

とあります。

今年のテーマから「いのち」をの本としてこれを取り上げてみました。
以前私は、文学の王道は恋愛小説ではないか、というお話をしたか、
と思います。
この本を選んだ理由の一つでもあります。

Amazonには、

 《苦悩する恋人たち。不思議な三角関係。
  男は、ひとりの男に特別な感情を抱いた。鮮烈でエロチック…。
  プラハの悲劇的政治状況下での男と女のかぎりない愛と転落を、
  美しく描きだす哲学的恋愛小説。

  フィリップ・カウフマン監督、主人公トマシュに
  ダニエル・デイ=ルイス、テレーザにジュリエット・ビノシュを迎え、
  1988年に映画公開された原作小説。》

とありました。

で、まずは全巻読み終えての感想です。
読み終えての結論的なものとも言えます。


 ●感動的なラスト

いきなり、結末までバラしてしまうのはどうかという気もしますが、
推理小説のようなエンタメ作品ではないので、
感動した部分を素直に書いてしまってもいいのではないか、と思います。

冒頭、ニーチェの永劫回帰という言葉が出てきます。
これは結構キツいぞ、と思いながら読み続けますと、
著者と思われる“私”が登場してあれこれとものをいいます。
これが哲学的な文章です。

最初は少し戸惑いましたが、とにかく最後まで読み切ってしまおう。
評価はそれから、ということで。

で、色々と難しい文章もありますが、最終的な着地点というのが、
主人公たち二人のカップルが、女性の飼い犬と二人と一匹で、
牧歌的な田舎で暮らし、土地の人ともお付き合いをします。

しかし、二人の愛犬カレーニンが癌におかされ、
日々衰えながらもけなげに生きていき、最後には安楽死――。

この二人と一匹の悲しいけれど、美しいラストが、感動的です。

それまでの難しい政治的な論理や人の心の愛情の問題や、
何やかやの展開もすべて流し去って、
美しい思い出だけが残るラストになっています。


 ●登場人物とストーリー

では、簡単にストーリーを紹介しましょう。

登場人物は、登場人物表にもありますように、主な登場人物は、
外科医のトマーシュ、その恋人のテレザ、
トマーシュの愛人のサビナ、サビナの愛人のフランツ、
フランツの前妻との息子シモン、そしてテレザの愛犬カレーニン。

次に、目次 です。

第I部 軽さと重さ
第II部 心と体
第III部 理解されなかったことば
第IV部 心と体
第V部 軽さと重さ
第VI部 大行進
第VII部 カレーニンの微笑

「第I部 軽さと重さ」は、プラハでのトマーシュとテレザの関係。
トマーシュは優秀な外科医で、女たらしで、
愛人を次々ととっかえひっかえしています。
一方で、テレザがいないと生きていけないというのです。

 《 トマーシュは、女と愛し合うのと、いっしょに眠るのとは、
  まったく違う二つの情熱であるばかりか、対立するとさえいえるもの
  だといっていた。愛というものは愛し合うことを望むのではなく
  (この望みは数えきれないほどの多数の女と関係する)、いっしょに
  眠ることを望むである(この望みはただ一人の女と関係する)。》p.22

ソ連がチェコに侵攻したのち、二人と一匹はチューリッヒへ移ります。

 《(略)かたつむりが自分の家を運ぶように、自分の生き方を運んで
  いると彼は幸福そうにつぶやいた。テレザとサビナは彼の生活の
  二つの極、遠く離れた極、和解しがたく、しかもともに美しい極を
  代表していた。》pp.39-40

しかし、この生活は長くは続きません。
テレザは、ソ連の侵攻に抵抗する人々の姿を写真に撮ったものを、
西側の新聞や雑誌に売り込みに行きますが、相手にされません。
テレザは、祖国への思いからプラハに帰ってしまいます。
当座、独り身の「軽さ」を覚えたトマーシュでした。
サビナと会うときも嘘の出張話を持ち出す必要もないのですから。
ところが、半年もするとテレザのいない生活には耐えられず、
彼もプラハに帰って行きます。


「第II部 心と体」は、テレザとトマーシュとの出会いと、
テレザのそれまでのお話。
トマーシュは二人の出会いには六つのありえない偶然があった、と。
テレザは、トマーシュの《一夫多妻生活の第二の自己になる》ことを
意識して、トマーシュの愛人であるサビナに接近し、カメラに撮ります。


「第III部 理解されなかったことば」は、サビナと愛人のフランツとの
関係です。
サビナにとって女であることは自分が選んだ運命ではなかったのです。
フランツにとっては妻マリー=クロードのなかの女を大事にしなければ
ならないと考えていました。

 《 人生のドラマというものはいつも重さというメタファーで表現
  できる。われわれはある人間が重荷を負わされたという。その人間は
  その重荷に耐えられずにその下敷きになるか、それと争い、
  敗(ま)けるか勝つかする。しかしいったい何がサビナに起こったので
  あろうか? 何も。(略)彼女のドラマは重さのドラマではなく、
  軽さのであった。サビナに落ちてきたのは重荷ではなく、存在の
  耐えられない軽さであった。》p.156


「第IV部 心と体」は、テレザとトマーシュの生活です。
テレザは、トマーシュの髪に女のデルタの臭いを嗅ぎとります。
バーで働くテレザはある時、男の誘いに乗り、浮気をします。
男の部屋でソフォクレースの『オイディプース』の翻訳本を見つけます。
テレザはトマーシュに復讐しようというわけではなかったのです。


「第V部 軽さと重さ」で、トマーシュは『オイディプース』にヒントを
得て書いた文章を週刊新聞に送ると、編集部から呼ばれ掲載されます。
ロシア人の軍隊による占領を招いた共産主義者たちは、公然と自分たちの
目を刺すべきだ、というトマーシュの意見に対して圧力をかけてきます。
しかし「あれ以上大事なものはありません」と拒否したトマーシュは、
外科医の職を奪われ、地位の低い地方病院の医者に、さらに窓掃除人に。
そこでも彼の名は知られていて、反体制派の人物が接触してきます。
そこにトマーシュの息子も。前妻は共産主義だが、息子は違いました。
サビナはプラハは嫌な町になったといい、トマーシュに田舎へ引っ越そう
と話します。彼にとってサビナは『饗宴』でいう片割れなのでしょうか? 

 《 トマーシュはプラトンの有名なシンポジオンという神話を思い出し
  た。人びとは最初、男女両性具有者であったが、神がそれを二等分
  したので、その半身はそれ以来世の中をさまよい、お互いを探し求め
  ている。愛とは我々自身の失われた半身への憧れである。》p.304

この後、アメリカへ移民したサビナの話や、政治的な話が出てきます。


 ●『存在の耐えられない軽さ』とは?

ストーリーを追うのはこのへんにして、私なりの感想を書いていこうか
と思います。

男女の愛と性をめぐるお話と、チェコの民主化を阻むソ連軍や
それに迎合する共産主義者によって、祖国を守ろうとする人々や
政治犯とされる人々が追い込まれていく政治的なお話が展開されます。

人間にとって大事なことは、男女の愛(と性)の生活なのか、政治的に
自由な生活なのか、<存在の耐えられない軽さ>とは何なのか。
正直なところ、よくわかりません。

「第VI部 大行進」で、

 《(略)テレザとトマーシュは重さの印の下で死んだ。彼女(引用者注
  ・サビナ)は軽さの印の下で死にたいのである。彼女は空気よりも
  軽くなる。これはパルメニデースによれば、否定的なものから
  肯定的なものへの変化である。》p.344

とあります。
確かに、トマーシュは発言を撤回させず、社会から抹殺されていきます。
トマーシュは銃殺され、最後にはテレザも死んでしまったようです。
それは思想的な理由で殺される重い死だったようですし、
それに比べれば、アメリカに逃れた? サビナの最期はまた違ったものに
できるのでしょう。


 ●「第VII部 カレーニンの微笑」

しかし、先にも書きましたように、
そのラストは非常に感動的なものでした。
その場面での存在のなかには、男女以外に愛犬がいました。

 《(略)カレーニンとテレザの愛は、彼女とトマーシュとの間のそれ
  よりもよいという考えである。よりよいのであって、より大きいと
  いうのではない。(略)》p.372

 《 犬への愛は無欲のものである。テレザはカレーニンに、何も要求
  しない。愛すらも求めない。私を愛している? 誰か私より好き
  だった? 私が彼を愛しているより、彼は私のことを好きかしら?
  というような二人の人間を苦しめる問いを発することはなかった。
  愛を測り、調べ、明らかにし、救うために発する問いはすべて、愛を
  急に終わらせるかもしれない。(略)》p.373

 《(略)テレザはカレーニンをあるがままに受け入れ、自分の思う
  ように変えることを望まず、あらかじめ、カレーニンの犬の世界に
  同意し、それを奪おうとはせず、カレーニンの秘め事にも
  嫉妬しなかった。犬を(男が自分の妻を作り直そう、女が自分の
  亭主を作り直そうとするように)作り直そうとはしないで、ただ
  理解し合っていっしょに暮せるような基本的な言語を学べるように
  と育てた。/ さらにいえば、犬への愛はだれかがテレザに強いた
  のではなく、自由意志に基づくものである。(略)》p.373

 《(略)人間の時間は輪となってめぐることはなく、直線に沿って
  前へと走るのである。これが人間が幸福になれない理由である。
  幸福は繰り返しへの憧れなのだからである。/ そう、幸福とは
  繰り返しへの憧れであると、テレザは独りごとをいう。》p.374

カレーニンとの暮らしは、基本的に毎朝、同じことの繰り返しでした。
そして、時が来てカレーニンにお迎えが来て、安楽死させた二人は
決めていたリンゴの木の間に埋葬します。

考えてみれば、私たちの暮らしというものも、基本、同じことを繰り返し
続けられるうちが花で、しあわせな日々といえるのかも知れません。

トマーシュは、外科医を辞めさせられ、愛人との生活も失われ、
テレザとカレーニンとの田舎での暮らしとなりました。

時には、トマーシュのために着飾ったテレザを見た若い男と農場長たちと
ホテルのバーのダンスホールに出かけ、楽しい時間をすごしました。

テレザが真に彼の失われた片割れであったかどうかはわかりません。
しかし、最終的に彼らが選んだのは、二人(と一匹)の生活でした。

 《(略)人生はたった一度かぎりだ。それゆえわれわれのどの決断が
  正しかったか、どの決断が誤っていたかを確認することはけっして
  できない。所与の状況でたったの一度しか決断できない。いろいろ
  な決断を比較するための、第二、第三、第四の人生は与えられて
  いないのである。/ 歴史も、個人の人生と似たようなものである。
  チェコ人の歴史はたった一度しかない。トマーシュの人生と同じよう
  にある日終わりを告げ、二度繰り返すことはできないであろう。》
   p.284(「第V部 軽さと重さ」)

 ・・・

色々と考えさせられる小説でした。
難しいといえば難しいですし、こういう展開の仕方はストーリーとして
どうなんだ? と問われたら、こういうのもありなんでしょうね、
としかいえません。

とにかく、一度は読んでおきたい小説です。
みなさまもどうぞ、機会があれば!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2025から(2)集英社文庫・『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ~一回限りの人生~」と題して、今回も全文転載紹介です。

本文中にも書きましたように、人生というのは一回ポッキリのもので、やり直しはできません。
セカンド・チャンスはありません。

それだけにその時その時の決断というものが重要になって来ます。

しかし、考えすぎては、チャンスを逃がすことにもなりかねません。
難しいものです、何十年生きてきても。

でも、それだからこそ「人生はおもしろい」とも言えるのかも知れません。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ


--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載

" target="_blank"><夏の文庫>フェア2025から(2)集英社文庫『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ-楽しい読書393号

--
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

<夏の文庫>フェア2025から(1)角川文庫『天衣無縫』織田作之助-楽しい読書392号

2025-07-20 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号・告知】x【別冊 編集後記】


2025(令和7)年7月15日号(vol.18 no.12/No.392)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(1)角川文庫・
『天衣無縫』織田作之助~大阪の作家~」



------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2025(令和7)年7月15日号(vol.18 no.12/No.392)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(1)角川文庫・
『天衣無縫』織田作之助~大阪の作家~」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 今年も毎夏恒例の新潮・角川・集英社の
 <夏の文庫>フェア2025から――。

 今年も、一号ごと三回続けて、一社に一冊を選んで紹介します。

 今年のテーマは、大阪関西万博の年ということで、
 「大阪」もしくは、万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」
 ということで、大阪ものの小説や「いのち」に絡んだ作品に
 取り組んでみましょう。

 一本目は、角川文庫から「大阪」ものの作家とされる、
 織田作之助さんの作品集『天衣無縫』を。


角川文庫夏フェア2025 | カドブン
https://kadobun.jp/special/natsu-fair/

ナツイチ2025 広くて深い、言葉の海へ| web 集英社文庫
https://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/
よまにゃチャンネル - ナツイチ2025 | 集英社文庫
https://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/yomanyachannel/

新潮文庫の100冊 2025
https://100satsu.com/



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ◆ 2025年テーマ:<大阪関西万博2025> ◆

  新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2025から(1)

  ~大阪の作家~ 角川文庫―『天衣無縫』織田作之助
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


●角川文庫夏フェア2025 | カドブン

まずは、<角川文庫夏フェア2025>の対象94点を見ておきましょう。
といっても全部紹介するのはスペース的にキツくなりますので、
私の気になった作品、読んだ作品を上げておきます。

 ・・・

【角川文庫夏フェア2025】 対象94件

▼感 ヒューマンドラマ!――泣いたり、笑ったり、怒ったり 12件
・この夏の星を見る 上下(辻村 深月)
・オオルリ流星群(伊与原 新)

▼怖 こわ~い本!――蒸し暑い夏、冷や汗がポトリ 8件
・おそろし 三島屋変調百物語事始(宮部 みゆき)
・火喰鳥を、喰う(原 浩)

▼謎 ミステリ&サスペンス!――謎、心理戦、どんでん返しの嵐 12件
・黒牢城(米澤 穂信)

▼懐 あの頃流行ったベストセラー~時代を彩る名作たち~
 ――年代別にプレイバック
--1970年代 5
・復活の日(小松左京)・時をかける少女〈新装版〉(筒井康隆)
--1980年代 4
・セーラー服と機関銃(赤川次郎)
あわせて読みたい名作!1950〜1960年代 2
・女生徒(太宰治)・銀河鉄道の夜(宮沢賢治)
--1990年代 4
・リング(鈴木光司)・キッチン(吉本ばなな)
あわせて読みたい名作!1990年代 1
・アルケミスト 夢を旅した少年(パウロ・コエーリョ)
--2000年代 4
・バッテリー(あさのあつこ)
--2010年代 6
・小説 君の名は。(新海誠)
--2020年代 3
・小説 すずめの戸締まり(新海誠)
あわせて読みたい名作!2010〜2020年代 3
・ナミヤ雑貨店の奇蹟(東野圭吾)

▼細田守監督 原作小説特集 4件
・おおかみこどもの雨と雪(細田 守)

▼「かまわぬ」和柄カバー 6件
・こゝろ(夏目 漱石)・吾輩は猫である(夏目 漱石)
・注文の多い料理店(宮沢 賢治)

▼おすすめファンタジー3選
・烏衣の華(白川 紺子)
▼おすすめ時代小説2選
・江戸の探偵(鈴木 英治)
▼おすすめ100分読書4選
・100分間で楽しむ名作小説 人間椅子(江戸川 乱歩)
・100分間で楽しむ名作小説 瓶詰の地獄(夢野 久作)
▼おすすめまなびの2選
・(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、
あの名作小説を面白く読む方法(三宅 香帆)
▼「文豪ストレイドッグス」コラボカバー 8件
・羅生門・鼻・芋粥(芥川 龍之介)・D坂の殺人事件(江戸川 乱歩)
・青春の逆説・可能性の文学(織田 作之助)
・天衣無縫(織田 作之助)・斜陽(太宰 治)・晩年(太宰 治)


 ●『天衣無縫』――アニメ「文豪ストレイドッグス」コラボカバー

アニメ「文豪ストレイドッグス」コラボカバー
『文豪ストレイドッグス』は、横浜を舞台に、文豪をモチーフにした
キャラクターたちが繰り広げる異能バトルアクション漫画。
そのアニメ版のキャラクターが角川文庫の文豪名作とコラボ!
©️朝霧カフカ・春河35/KADOKAWA/文豪ストレイドッグス製作委員会

 ・・・

天衣無縫
著者 織田 作之助
定価: 704円 (本体640円+税)
発売日:2016年10月06日 判型:文庫判 ページ数:304
ISBN:9784041049136

戦中・戦後に無頼派として活躍した著者の、大阪の魅力溢れる名短編集!
太宰治、坂口安吾とともに無頼派として活躍し、大阪という土地の空気と
そこで生きる人々の姿を巧みに描き出した短編の名手による表題作を始め
「夫婦善哉」「俗臭」「世相」など代表的作品を集めた傑作選。


――以上、サイトより。

本書のカバー見た目は、劇画かなにかのようですが、
主人公たちは、そこまでかっこいいか、といいますと……。



 ●「大阪の作家」の作品集――『天衣無縫』織田 作之助

『天衣無縫』織田 作之助 角川文庫 (2016/10/6)


さて、まずは目次を――。
底本の、岩波文庫版『夫婦善哉 正続 他十二篇』(1.2.4.収録)と
『六白金星・可能性の文学 他十一篇』(5.-9.収録)を参考に、
それぞれの発表誌と発表年代、初出単行本をメモしておきました。
(「天衣無縫」は、ちくま文庫『名短篇ほりだしもの』2011年1月刊より)

1.夫婦善哉(めおとぜんざい):「海風」昭和15年4月、
 『夫婦善哉』創元社 昭和15年刊
2.俗臭:「海風」昭和14年9月、『夫婦善哉』創元社 昭和15年刊
3.天衣無縫:「文芸」1942(昭和17)年4月、
 『天衣無縫』新生活社 昭和22年刊
4.放浪:「文学界」昭和15年6月、『夫婦善哉』創元社 昭和15年刊
5.女の橋:「漫画日本」昭和21年4月
6.船場の娘:「新生活」昭和21年1月
7.大阪の女:発表誌未詳、昭和21年頃か、
  以上三作『船場の娘』コバルト社 昭和22年刊
8.世相:「人間」昭和21年4月
9.アド・バルーン:「新文学」昭和21年3月
  以上二作『世相』八雲書店 昭和21年刊


*参照:(底本)
・『夫婦善哉 正続 他十二篇』織田 作之助 岩波文庫 2013/7/18
・『六白金星・可能性の文学 他十一篇』織田 作之助 岩波文庫 2009/8/18


次に、作者・織田作之助について――

戦後、太宰治、坂口安吾らと共に「無頼派」「新戯作派」と呼ばれ、
「オダサク」の愛称で親しまれました。
大阪の市井の人々を大阪弁の台詞を交えたテンポの良い文体で活写した
「大阪の作家」と認められています。

大阪市南区生玉前町(現・天王寺区)の生国魂神社近くの裏店「魚鶴」の
子として生まれ、大阪府立高津中学(現・高津高校)卒業まで、この地で
育ち、京都の第三高等学校(現・京都大学)に進学します。
家業を嫌い、生育環境からの脱出を図ったのでした。
そこで、様々な人と出会い、作家へと進んでゆきます。
卒業を前に結核にかかり、白浜で転地療養をしますが、
そのまま中途退学したそうです。
のちに東京に出て行きますが、結核で享年33歳で亡くなりました。
実働7年ほどの作家生活となります。

オダサクの生まれ育った地、高津や生国魂神社周辺などは、
私も多少は知っている土地でもあります。
作品の舞台となっている難波や道頓堀、心斎橋、日本橋、黒門市場周辺
なども知っています。
そういう親近感から、彼の作品に親しめる下地となっているのでしょう。


 ●『天衣無縫』9篇から「夫婦善哉」

内容について書いておきます。
なんといっても代表作とされる「夫婦善哉」があります。

蝶子は、天麩羅屋・種吉とお辰の娘。小学校を出ると女中奉公に出され、
その後、持ち前の陽気好きの気性が環境に染まって芸者に――。
妻子持ちの三十一歳の維康柳吉(これやす りゅうきち)という、
梅田新道にある安化粧品問屋の息子といい仲になりますが、
遊び好きの柳吉は父親から勘当され、二人は東京へ駆け落ちします。
東京で集金した金で熱海に芸者遊びに行き、関東大震災に遭遇、
大阪に帰ることに。避難列車でやっと大阪に帰り、種吉の元へ。
蝶子は抱主(かかえぬし)に無断で飛び出したため、借金の300円を
種吉は月賦で払うといいます。
二人は黒門市場の路地裏に二階借りして所帯を持つのですが、
柳吉に職がないので暮らしに困り、蝶子が稼ぎに出ることになりました。
おきんという年増芸者でヤトナ芸者(芸者の花代より安い、臨時雇の
宴会の有芸仲居)の周旋屋の世話になるのでした。

柳吉というだらしない、遊び好きの坊ん坊ん(ぼんぼん)と、一回り年下の
しっかり者の蝶子という夫婦の物語です。
蝶子は、柳吉の実家の父親に嫁として認めてもらおうと、
二人で店を持ち独立しようと頑張ります。
柳吉のほうは、機会を見ては実家の跡継ぎに戻ろうという魂胆。
店を始めてもすぐに飽きてしまい、稼ぎも蝶子の貯金も遊びに費やす。
その都度、蝶子は昔の仲間から借金しては、何度もお店を出しては売り、
を繰り返します。
そうこうするうちに、実家では柳吉の娘の母親代わりの妹が婿をもらって
跡を継ぎます。そして、父親が危篤と呼びに来ました。
女と別れるといっては実家からお金をせびっていた柳吉。
いろんなつてをたどっては、お金を工面して、ダメな夫をもり立て、
嫁として認めてもらおうとしていた蝶子。
死の間際に認められることを願っていたものの夫は女と別れるといって、
遺産を分けてもらうつもりだった、といいます。蝶子は本当だと思った。
そして二人は、「うまいもん食いにいこか」という柳吉の誘いで、
法善寺境内の「めおとぜんざい」へ食べに行きます。

《(略)「こ、こ、ここの善哉はなんで、二、二、二杯ずつ持って来よる
  か知ってるか、知らんやろ。こら昔何とか大夫ちゅう浄瑠璃のお師匠
  はんがひらいた店でな、一杯山盛にするより、ちょっとずつ二杯に
  する方が沢山(ぎょうさん)はいってるように見えるやろ、そこを
  うまいこと考えよったのや」蝶子は「一人より女夫の方がええいう
  ことでっしゃろ」(略)》

なんともいえぬ関係の夫婦。

とにかく、この柳吉という男は、ええとこの坊ん坊ん(ぼんぼん)ゆえに、
芸者遊び好きで、食べ物にもうるさく、といっても高級料理というより、
南の庶民的な名店の名物料理をよく知っています。
ラストの「夫婦善哉」もそんな一つ。
他には「自由軒」のカレーもあります。


 ●「俗臭」「放浪」、表題作「天衣無縫」

「俗臭」は、和歌山県有田郡の魚問屋の息子が様々な仕事に手を出し、
金を儲けて、父の放蕩でちりぢりになった家族を、「俗臭」溢れる野心で
再興する、めずらしいことにサクセス・ストーリーです。

「放浪」は、両親が亡くなり、弟は大阪の仕出し屋の叔父叔母にもらわれ
板場の修業。娘の妊娠から名だけの夫となりますが、兄の死などがあり、
嫌になった順平は家を出、チンピラと知り合い、というふうに放浪――。
しかし板場の腕があれば生きていける、と。

表題作「天衣無縫」は、友だちに誘われて断れず、見合いの席に遅れて
くるような頼りない、お人好しで爺むさい男と所帯を持つ娘が主人公。

《 私は生まれて来る子供のためにもあの人に偉くなって貰わねばと
 思い、以前よりまして声をはげまして、あの人にそう言うように
 なったが、あの人はちっとも偉くならない。(略)》

そんなにまでして偉くならんといかんのか、といつになく怖い顔をして
私をにらみつけた、というラスト。


 ●「女の橋」「船場の娘」「大阪の女」

この三作は、一つずつ独立した短篇であり、かつ女三代の連作。

「女の橋」――伊吹屋の番頭は坊ン坊ン(ぼんぼん)恭助の遊び相手の
芸者小鈴を遠ざけ、嫁を探し、器量は悪いが家柄のいい嫁を取らせます。
が、小鈴は妊娠し、その娘を引き取ります。何も知らずに育った娘雪子、
女学校の卒業と共に名取になる披露の席で、話を聞いた小鈴は病の身を
おし三味線を弾きたいと申し出、身代わりとなりますが、死んでしまい
ます。そのとき、事情を知った雪子は、太左衛門橋を渡りながら、

《「うちは阿呆やった。うちは阿呆やった……」と、呟きながら、
 自分はもう船場とは何の縁もない人間だという想いが、
 ふっと頭をかすめた。》

「船場の娘」――伊吹屋の一人娘(実は妾の子・芸者の子)雪子と、
前科者の息子の丁稚秀吉の恋物語。父が弁護士を雇えていたら、という
思いから弁護士をめざし英語の勉強をしている秀吉に雪子は好意を持ち、
縁談を前に駆け落ちしようとします。が直前に、番頭に阻止されます。
東京へ行った秀吉から電話が来ます。住所を告げる前に、関東大震災。
五年後、雪子は芸者の子と知られ、嫁入り先から離縁され、実家も没落、
芸者になっていました。ある日、太左衛門橋で、ルンペンとなり大阪に
戻った秀吉と出会います。しかし、秀吉はすでに妻帯者……。

《 雪子は何ごともなかったような表情で、大和屋の玄関にはいって
 行った。》

「大阪の女」――戦後大阪に復員してきた、大阪船場道修町の薬屋の息子
島村は、雪子の喫茶店「千草」に来ます。雪子は娘の葉子と空襲のなか
太左衛門橋を渡って避難し生き延びたと話します。常連となった島村は
葉子が目当て。理想の仕事が見つかったので東京へ行くという島村。
島村は葉子に芸者の子でもかまわない結婚しよう、親は説得するというの
ですが、いつになっても報告に来ません。雪子は自分の過去の経験から
船場の坊ン坊ンとの結婚は難しいと分かっていたので、反対でした。
二人は駆け落ちしようとします。反対していた雪子でしたが、葉子の
「行きたい、行かせて!」の言葉に、考えを改め送ってゆきます。

《(略)雪子はふと葉子の覚悟や島村の理想はたとえ夢であるにしても、
 今はこの夢のほかに何を信じていいのだろうか、そうだ、自分はこの
 夢を信じようと、呟いた。》

 ・・・

底本となっている岩波文庫版『六白金星 可能性の文学 他十一篇』の
佐藤秀明さんの巻末解説「可能性の「織田作」」には、

《(略)いずれも通俗味の勝った読み物小説だが、女の一生を左右する
 微視的な時間と、それを時代の流れの一齣に見せてしまう巨視的な時間
 とをより合わせたところに、織田作ならではの手法を感じ取ることが
 できよう。(略)》

その背後の構造に船場の商家の伝統がある、といいます。
また、太左衛門橋が点景として描かれ、移りゆく時代と人の定点として、
効果を上げている、とも。

三作中では、やはり最後の「大阪の女」がいいですね。
先の二篇を踏まえて、戦後の自由と民主主義の新時代に期待する、
という当時の時代の気風を受けた、苦労人の雪子の、
「この夢を信じ期待する」という希望を感じさせるところが、
美しいラストでした。

先の佐藤秀明さんの解説では、代表作ではない、ということですが、
この短編集中でも気持ちよく読めた一篇でした。


 ●「世相」「アド・バルーン」

「世相」は、織田作之助自身を語り手に、「阿部定」事件を小説にしよう
と考え、公判記録を持つ男に借りるが、時が経ちすぎていることで、
結局は書けないという。文学論的な様々な小説のパターンを示しながら
構想を語り、作家としての悩みや事情を描くお話。

「アド・バルーン」は、人生双六のドラマを描き、オダサクの小説には
珍しい幸福なラストの美談です。落語家の息子に生まれたものの、里子に
出され、丁稚となっても店を転々とする私。そして、お金もなく、死のう
と思っていたとき、拾い屋の男に助けられ、仕事を始め、禁酒会に入り、
貯金の紙芝居をするのならと貯金もし、いつか命の恩人に会ったときに、
この貯金通帳を渡そうと心に決めます。この話を聞いた人から新聞記者に
話が伝わり、五年後、ついに恩人と出会うことに。そして再び、十年後の
約束を取り付けて……。


 ●大阪と放浪の物語

歴代の大阪の作家といえば、江戸時代の井原西鶴の名がまず上がりそう
です。代表作は『好色一代男』(1682年)『好色五人女』(1686年)
『好色一代女』(1686年)『日本永代蔵』(1688年)『世間胸算用』
(1692年)、生国魂神社で発句をしたことでも知られています。

そして、戦前・戦中・戦後の数年という短い時期でしたが、織田作之助が
います。

当時の特に、生玉から難波にかけての繁華街を舞台にした一連の作品。
おおむね頼りない男としっかり者の女の組み合わせが、下町の風情と
ともにおもしろい夫婦の物語となっています。

通俗的な物語を材に取りながら、そこに「可能性の文学」をめざそうと
する、オダサクの世界があるようです。

《一つの偶然が一人の人間の人生を変えてしまう可能性》
を書こうとした「アド・バルーン」のような作品。

「夫婦善哉」もまた、同じような変転の物語です。

《人生の変転は必ずしも転落にはならない》という物語。
 (岩波文庫版『六白金星 可能性の文学 他十一篇』佐藤秀明さんの
  巻末解説「可能性の「織田作」」より)


面白く読ませる小説が多く、底本となった文庫の作品なども、
少し読んでみました。

将棋の坂田三吉を扱った作品「聴雨」「勝負師」も楽しめました。

ただ、男たちの頼りなさと大阪弁で言う「へんこ」さ加減が、
人間的な魅力にもつながっているようで、
その辺がオダサクのおもしろさの一つかも知れません。

自分のことで精一杯という男の生き方の下手さ加減が、
頼りなさの原因なのでしょうけれど、そういう男に愛想を尽かさず、
付き合ってくれる女がいれば、そこに一つの夫婦ができるのでしょうか。

まあ、そんな気がします。

とにかく、男と女の間は難しいものです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2025から(1)角川文庫・『天衣無縫』織田作之助~大阪の作家~」と題して、今回も全文転載紹介です。

今年のテーマは、大阪関西万博の年ということで、「大阪」もしくは、万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」です。
そこで、大阪ものの小説や「いのち」に絡んだ作品を、と考えていました。
角川文庫の夏フェアの小冊子を見ますと、「大阪の作家」として知られる、織田作之助の本が出ていましたので、これを採用しました。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ


--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
<夏の文庫>フェア2025から(1)角川文庫『天衣無縫』織田作之助-楽しい読書392号
--
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中国の古典編―漢詩を読んでみよう(35)陶淵明(12)「帰去来の辞」2-楽しい読書391号

2025-07-02 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号・告知】


2025(令和7)年6月30日号(vol.18 no.11/No.391)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(35)陶淵明(12)
さあ、帰ろう「帰去来の辞」2」



------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2025(令和7)年6月30日号(vol.18 no.11/No.391)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(35)陶淵明(12)
さあ、帰ろう「帰去来の辞」2」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 「中国の古典編―漢詩を読んでみよう」陶淵明の12回目、最終回です。

 陶淵明編もいよいよ最後の一篇の後編です。
 
 今回は、『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』
 「九、達観を目指して――陶淵明の世界」より、
 <さあ、帰ろう>「帰去来の辞」の詩の第四段を紹介します。
 一から三段目までは、前回の号をご参照してください。

 陶淵明の詩の紹介は今回が最終回となります。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

◆ 人生観の詩 ◆

 中国の古典編―漢詩を読んでみよう(34)

  ~ 陶淵明(12)さあ、帰ろう ~ 
 
  「帰去来の辞」第四段 他

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今回の参考文献――

『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』
 江原正士、宇野直人/著 平凡社 2010/4/20
「九、達観を目指して――陶淵明の世界」より



 ●「帰去来の辞」(第四段)

 《今、自分の人生が終わりそうな予感にふと心を痛めたのを受けて、
  「已んぬるかな」と始まります。》p.408

 《最後は、自分の人生観のようなものに発展させてゆきます。》p.409

(四段目)

已矣乎      已(や)んぬるかな
寓形宇内復幾時  形(かたち)を宇内(うだい)に寓(ぐう)する
          復(ま)た幾時(いくとき)ぞ
曷不委心任去留  曷(なん)ぞ心(こころ)を委(ゆだ)ねて
         去留(きよりゆう)に任(まか)せざる
胡為遑遑欲何之  胡(なん)為(す)れぞ遑遑(こうこう)として
          何(いづ)くにか之(ゆ)かんと欲(ほつ)する

富貴非吾願    富貴(ふうき)は吾(わ)が願(ねが)ひに非(あら)ず
帝郷不可期    帝郷(ていきよう)は期(き)す可(べ)からず
懐良辰以孤往   良辰(りようしん)を懐(おも)うて
         以(もつ)て孤(ひと)り往(ゆ)き
或植杖而耘子   或(ある)いは杖(つえ)を植(た)てて耘子(うんし)す

登東皋以舒嘯   東皋(とうこう)に登(のぼ)り
         以(もつ)て舒嘯(じよしよう)し
臨清流而賦詩   清流(せいりゆう)に臨(のぞ)んで詩(し)を賦(ふ)す
聊乗化以帰尽   聊(いささ)か化(か)に乗(じよう)じて
         以(もつ)て尽(つ)くるに帰(き)し
楽夫天命復奚疑  夫(か)の天命(てんめい)を楽(たの)しんで
          復(ま)た奚(なに)をか疑(うたが)はん

 まあよろしい、くよくよするな
 我が肉体をこの世に預けること、もはやどれくらいであろうか
 どうして心を自然に委ねて、死ぬか生きるかの成り行きに任せないのか
 どうしてあくせくと忙しそうにして、どこに行こうとするのか

 財産も高い名誉も私の願うところではない
 仙人の都に行くことは期待できない
 そこで天気のよい日に一人で出かけて行き
 時には杖を立てかけ、
  自ら草を刈ったり土寄せをしたりしようではないか
 
 東の丘に登ってゆっくりと深呼吸でもして
 清らかなせせらぎにのぞんで詩でも作ろう
 そんなふうにしてとりあえず自然の万物の変化と一体になり
  わが生命が尽きることを納得しようではないか
 天命というものを楽しみ、もはやそれを疑うことはすまい


「形」は、肉体や身体。
「宇」は、空間を表わし、「宇内」で“天下、世の中”の意味。
(当時は)四十一歳でこういう感慨が出て来る。
「寓す」は、“寄せる、宿す”。

 《“人間の体はこの世の仮のものだ”という考え方だとすると、
  ちょっと道家的です。》

反語が続く。
「曷ぞ~せざる」の形で勧誘の間隔が強く、「ぜひ~しよう」。
もはや行く必要はない。
自分を納得させようとしている感じ。

「帝郷」は、仙人の住む都。
陶淵明さんは、神仙思想を信じていません。
「耘子」は、草を切ることと、土を耕すこと。

 《“これからは天命に従って生きてゆきましょう”と、
  悟りのような言葉で終わっている》p.410


 ●「帰去来の辞」が代表作とされる陶淵明さんは……?

四十一歳で悟りきってしまったような……

 《儒教の教えに従って、世直しを志して官職に就いたはずが、
  うまくゆかなかった。
  幼少期以来刷り込まれた考え方に背くわけですから、反作用として
  これくらい強いことを言わずにいられなかったんでしょう。》p.410

と、宇野さんの解説。

最晩年の詩と比べるとエネルギーが……

 《こちらは燃焼度が高いですね。やはり実際に、“これから理想の
  生活が始まるんだ”と希望に燃え、また自分を駆り立てる意味でも
  あったんでしょうか。実体験がまだない分、こういう観念的・
  理想的なことだけ言えたという気もします。》p.410

三十代で作った「五柳先生伝」もそうで、陶淵明さんには理想主義的な
「自分はこうありたい」という作風がある?

 《時期ごとに或る理想や願望に従って、その時々にそれを詩に吐露した
  という印象です。》p.401

後世の詩人は陶淵明さんをどのように見ているのか?

 《“世を見限ってわが道を大切に生きた人”と捉えるのが主流》同上

 《時々“それだけじゃ済まないぞ”と見破った人がいて、たとえば
  杜甫は“陶淵明は悟り切っていない。不徹底な人だ”という
  意味のことを言っていて、やはりよく見ていますね。(「陶潜は俗を
  避くるの翁なるも/未だ必ずしも能く道に達せず」――
  「興を遣る五首」其の三)》同上

 《北宋の蘇軾(そしょく)や、何層の哲学者の朱子、近代の小説家魯迅
  なども、「陶淵明は達観しているようでいて、実は反骨精神に満ち
  あふれている」といったことを述べています。》同上

 《本書ではとくに、陶淵明はその時々、拠り所が見つからずに迷って
  いた人だった、という面をクローズアップできたかと思います。》
   同上


本書『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』の著者の一人、
宇野直人さんの陶淵明の見方は、他の類書とは少し異なっています。

この点は、本書の「おわりに」に、

 《類書には見られない新しい見解が随所に示されています。》p.412

とあり、

 《陶淵明の、ためらい悩む気弱な一面など》同

が、それだ、といいます。
本編「帰去来の辞」でも、そういう面を強調されていました。

巻末の「主要参考文献」に上げているような、関連する書籍と
読み比べていただくことで、漢詩の世界がますます深いものとして
実感されることでしょう、といいます。


 ●興膳宏『陶淵明』の「帰去来の辞」解説

昨年12月に講談社学術文庫から出版された

『陶淵明』興膳 宏(こうぜん ひろし)/著 講談社学術文庫 2024/12/12


(原本は、1998年に『風呂で読む陶淵明』として世界思想社より刊行)

から、「帰去来の辞」の解説を引用しておきます。

 《「帰去来の辞」序の末尾に、「乙巳の歳(義煕元年、四〇五年)
  十一月」と署されていて、陶淵明が四十一歳の年、県令の地位を
  なげうって郷里の家に帰ってきて間もなくの作と知られる。
  窮屈な役人暮らしに決別して、かねてからの念願だった
  田舎での自由な生活に入ることのできた喜びが、
  飾り気のない筆で率直にうたわれており、
  陶淵明の文学の基点を示す作品といってよい。
  変わらぬ節義を象徴する松と菊、解放された自由の境地を暗示する
  雲と鳥、人をやさしく受け入れてくれる農村の自然と人情、
  そして生命の変化に身を任せて生きようとする死生観など、
  陶淵明の文学に現われる諸特徴がすでにここに集約的にうかがえる。ただ、
  「帰去来の辞」はともすれば悟りすました隠遁者の心境の表白として
  見られがちだが、実は、社会と自分との葛藤に悩み続けてきた
  孤独な人物の苦悩を、新生活の第一歩を踏み出すに当たって、
  かく生きたいという将来の願望の形で投影した作品と見るのが、
  むしろ妥当ではあるまいか。
  「辞」は、韻文の一種で、詩と賦の中間的な形式ととる。
  四種の韻を用いており、換韻ごとに一つの段落を構成する。
  この篇は『文選』にも収められる。》p.12-13


 ●陶淵明と「帰去来の辞」について

前回も書きましたが、「帰去来の辞」には「序」が付いていて、
どういう理由で役人を辞めて帰郷するのかという説明が入っています。

元々役人には向いていない自分だと分かっていたけれど、
生きるために、飯を食うために仕方なく職に就いたのだ、と。

そして、「帰去来の辞」は、いよいよ数え年で四十一歳になって、
故郷に帰ってあこがれていた自然の中での暮らし、
農耕生活に入っていくぞ、という決意の詩でした。

当時の社会では、彼の家ぐらいの地方の小貴族では、
出世も限られており、儒教を信奉する身であっても、
社会のためにできることは限られており、
そういう理想と現実のギャップの中で選んだ道だったのでしょう。

人生に負けた、というわけではなく、
新たな挑戦ということだったのでしょう。

結果的に、彼の人生はどうだったのでしょうか。

今では田園詩人のように言われていますが、
宇野さんや他の人の解説にもあるように、
平易な言葉で自分の生活を語る、あるいは、時に桃源郷のような、
山海経のようなファンタジーを扱ってみたり、
自由な作家であったように感じます。

唐代以前の詩人の中では圧倒的な存在だったと思います。
なにしろ、私のように無知な人間でも知っている名だったのですから。


 ●陶淵明の詩の有名なくだり――歳月人を待たず

陶淵明の詩の中でもっとも人口に膾炙しているくだりは、

「雑詩」其の一の
 《盛年 重ねては来たらず。一日再たびは晨なり難し。
  時に及んで当に勉励すべし。歳月 人を待たず」》
  (『陶淵明 全詩文集』林田慎之助/訳注 ちくま学芸文庫
   「解説」より)
でしょう。

このくだりを、「若い日は二度と来ないのだから勉強に励め」
というふうに解釈して引用されることがよくあります。

「時に及んで当に勉励すべし」の部分を、
「勉強に励め」というのではなく、
歳月は人を待ってはくれないのだから「存分に楽しめ」というのが、
正しい解釈であると多くの方々が述べています。

「飲酒」等の詩を読んできましても、その心はやはり、
後者の解釈が正しいのだろう、という気にさせます。

陶淵明さんといえば、田園詩人といわれ、
「歳月 人を待たず」の人として知られ、
そういうイメージで見てきました。

今回あれこれの詩を拝見し、改めて陶淵明さんの
様々な困難があって悩みながらも、自分なりの楽しみを見つけ、
まわりの人と酒でも酌み交わしながら、日々を暮らしてゆこうという、
人間的な魅力というものを知った気がします。

機会ある度にもっと色々とその詩を読んでみたいものです。
「歳月、人を待たず」ですから。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(35)陶淵明(12)さあ、帰ろう「帰去来の辞」2」と題して、今回も全文転載紹介です。

思いのほか長くなった感の陶淵明編でしたが、唐代以前の詩人では、『楚辞』の屈原以外では、陶淵明さんぐらいしか知らない人でしたので、まあ、そんなものかという感じです。
秋からは、いよいよ唐代の詩人に向けて再出発となります。

当初、この<漢詩を読む>は、屈原、陶淵明、杜甫・李白、白居易(白楽天)ぐらいで、イージーに行くつもりでした。
それが、平凡社のこのシリーズ『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』(江原正士、宇野直人/著)を知ってから、それに則りながら、気になった詩人とその作品を適当にピックアップしていくという形になりました。

その1巻目が終わり、いよいよ次からは唐代の詩人たちの2巻へ入ってゆくことになります。
これからも、このシリーズとともに進めていこうと考えています。
今後とも、よろしくお願いいたします。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ


--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
中国の古典編―漢詩を読んでみよう(35)陶淵明(12)「帰去来の辞」2-楽しい読書391号
--
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

私の読書論-2025年岩波文庫フェアから『富嶽三十六景』-楽しい読書390号

2025-06-17 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【別冊 編集後記】


2025(令和6)年6月15日号(vol.18 no.10/No.390)
「私の読書論-2025年岩波文庫フェアから『北斎 富嶽三十六景』
 藍摺―プルシアン・ブルーの衝撃」



------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2025(令和6)年6月15日号(vol.18 no.10/No.390)
「私の読書論-2025年岩波文庫フェアから『北斎 富嶽三十六景』
 藍摺―プルシアン・ブルーの衝撃」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 今月は、恒例となりました岩波文庫のフェアから、
 一点を選んで紹介します。

 直近3年のものでは↓

2024(令和6)年6月30日号(vol.17 no.12/No.369)
「私の読書論187-2024年岩波文庫フェアから『タタール人の砂漠』」
『レフティやすおのお茶でっせ』2024.6.30
私の読書論187-2024年岩波文庫フェアから『タタール人の砂漠』
-楽しい読書369号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/06/post-833bdb.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/1a2dfc9f51edb19c7b68c715e2fefd78

2023(令和5)年6月30日号(No.345)
「私の読書論172- 2023年岩波文庫フェア「名著・名作再発見!
 小さな一冊をたのしもう」から 上田秋成『雨月物語』「蛇性の婬」」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.6.30
私の読書論172-2023年岩波文庫フェアから上田秋成『雨月物語』
「蛇性の婬」-楽しい読書345号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/06/post-ec8330.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/417d68371321fb4e635a0fa83166e4d2

2022(令和4)年6月15日号(No.320)
「私の読書論159-エピクテトス『人生談義』―『語録』『要録』
―<2022年岩波文庫フェア>名著・名作再発見!から」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2022.6.15
私の読書論159-エピクテトス『人生談義』―
<2022年岩波文庫フェア>から-楽しい読書320号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2022/06/post-98be91.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/6a52aba9e4f9468c46611a84cd31f14f

2022(令和4)年 海外(エピクテトス『人生談義』)
2023(令和5)年 国内(上田秋成『雨月物語』)
2024(令和6)年 海外(ブッツァーティ『タタール人の砂漠』)
 と来ましたので、今年は国内作品を――。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 - ジャポニスムへの影響 -
  ~ 藍摺―プルシアン・ブルーの衝撃 ~

  私の読書論-2025年岩波文庫フェア
 「名著・名作再発見! 小さな一冊をたのしもう」から

  『北斎 富嶽三十六景』日野原健司/編 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ●<2025年岩波文庫フェア「名著・名作再発見!」>から

今年も<2025年岩波文庫フェア>が始まっていますので、
私の「これは」という一冊を紹介しましょう。

2025年岩波文庫フェア
「名著・名作再発見! 小さな一冊をたのしもう」(5/28発売)

 毎年ご好評をいただいている岩波文庫のフェア「名著・名作再発見!
 小さな一冊を楽しもう!」を今年もご案内いたします。
 岩波文庫は古今東西の典籍を手軽に読むことができる、
古典を中心としたシリーズです。できるだけ多くの皆さまに
名著・名作に親しんでいただけるよう、本文の組み方を見直し、
より読みやすい文庫をと心がけてまいりました。
 いつか読もうと思っていた一冊、誰もが知っている名著、
意外と知られていない名作──岩波文庫のエッセンスが詰まった
当フェアで、読書という人生の大きな楽しみの一つを存分に
ご堪能いただけましたらと存じます。



<対象書目> 58

■:以前弊誌、もしくはブログで取り上げた作品
◆:同、他社の本による
▼:既読、本文庫・他社本等による
・:部分読み、本文庫・他社本等による

◆ 学問のすゝめ【青102-3】  福沢諭吉
◆ 遠野物語・山の人生【青138-1】  柳田国男
新版 きけ わだつみのこえ──日本戦没学生の手記【青157-1】
  日本戦没学生記念会 編
君たちはどう生きるか【青158-1】  吉野源三郎
・忘れられた日本人【青164-1】  宮本常一
手仕事の日本【青169-2】  柳 宗悦
イスラーム文化──その根柢にあるもの【青185-1】  井筒俊彦
◆ 論語【青202-1】  金谷 治 訳注
■ 歎異抄【青318-2】  金子大栄 校注
中世荘園の様相【青N402-1】  網野善彦
北斎 富嶽三十六景【青581-1】  日野原健司 編
◆ アリストテレス ニコマコス倫理学(上)【青604-1】
◆ アリストテレス ニコマコス倫理学(下)【青604-2】 高田三郎 訳
■ 生の短さについて 他二篇【青607-1】  セネカ/大西英文 訳
■ マルクス・アウレーリウス 自省録【青610-1】  神谷美恵子 訳
◆ アラン 幸福論【青656-2】  神谷幹夫 訳
・論理哲学論考【青689-1】  ウィトゲンシュタイン/野矢茂樹 訳
精神の生態学へ(上)【青N604-2】
精神の生態学へ(中)【青N604-3】
精神の生態学へ(下)【青N604-4】
   グレゴリー・ベイトソン/ 佐藤良明 訳
■ ロウソクの科学【青909-1】  ファラデー/竹内敬人 訳
生物から見た世界【青943-1】
   ユクスキュル、クリサート/日高敏隆、羽田節子 訳

伊勢物語【黄8-1】  大津有一 校注
◆枕草子【黄16-1】   池田亀鑑 校訂
■ 雨月物語【黄220-3】  上田秋成/長島弘明 校注
説経節 俊徳丸・小栗判官 他三篇【黄286-1】  兵藤裕己 編注

断腸亭日乗(一) 大正六―十四年【緑42-14】
  永井荷風/中島国彦、多田蔵人 校注
銀の匙【緑51-1】 中 勘助
◆晩年【緑90-8】  太宰 治
・江戸川乱歩短篇集【緑181-1】  千葉俊二 編
自選 谷川俊太郎詩集【緑192-1】  谷川俊太郎
石垣りん詩集【緑200-1】  伊藤比呂美 編
原爆詩集【緑206-1】  峠 三吉
俺の自叙伝【緑229-1】  大泉黒石
中上健次短篇集【緑230-1】  道籏泰三 編
左川ちか詩集【緑232-1】  川崎賢子 編

◆ 君主論【白3-1】  マキアヴェッリ/河島英昭 訳
アメリカの黒人演説集──キング・マルコムX・モリスン 他【白26-1】
  荒 このみ 編訳
職業としての政治【白209-7】  マックス・ヴェーバー/脇 圭平 訳
支配について Ⅰ 官僚制・家産制・封建制【白210-1】
支配について Ⅱ カリスマ・教権制【白210-2】
  マックス・ウェーバー/野口雅弘 訳
贈与論 他二篇【白228-1】  マルセル・モース/森山 工 訳
シャドウ・ワーク【白232-1】  イリイチ/玉野井芳郎、栗原 彬 訳

■ バガヴァッド・ギーター【赤68-1】  上村勝彦 訳
尹東柱詩集 空と風と星と詩【赤75-1】  金 時鐘 編訳
知里幸惠 アイヌ神謡集【赤80-1】  知里幸恵/中川 裕 補訂
■ ホメロス イリアス(上)【赤102-1】  松平千秋 訳
■ ホメロス イリアス(下)【赤102-2】  松平千秋 訳
◆動物農場──おとぎばなし【赤262-4】
  ジョージ・オーウェル/川端康雄 訳
暗闇に戯れて──白さと文学的想像力【赤346-1】
  トニ・モリスン/都甲幸治 訳
◆ 森の生活 (ウォールデン)(上)【赤307-1】
◆ 森の生活 (ウォールデン)(下)【赤307-2】
  H.D.ソロー/飯田 実 訳
・人間とは何か【赤311-3】  マーク・トウェイン/中野好夫 訳
・新編 悪魔の辞典【赤312-2】  ビアス/西川正身 訳
・カフカ短篇集【赤438-3】  池内 紀 編訳
ベートーヴェンの生涯【赤556-2】  ロマン・ロラン/片山敏彦 訳
■ 星の王子さま【赤N516-1】  サン=テグジュペリ/内藤 濯 訳
伝奇集【赤792-1】  J.L.ボルヘス/鼓 直 訳

声でたのしむ 美しい日本の詩【別冊25】  大岡 信、谷川俊太郎 編

 ・・・

■:9点 ◆:12点 ▼:0点 ・:6点
残念ながら読んでいるのは25、6点ほどでした。


 ●『北斎 富嶽三十六景』日野原健司 編【青581-1】

今年は、冒頭でも書きましたように、
日本の古典、名作を取り上げてみましょう。

『北斎 富嶽三十六景』日野原健司 編 岩波文庫【青581-1】2019/01/16


まずは出版社の内容紹介文を!

 《葛飾北斎の富士を描いた浮世絵版画の代表作.
  カラーで全画を掲載,各画毎に,解説を付した.》

(この本の内容
 《富士を描いた葛飾北斎(1760─1849)の浮世絵版画の代表作.
  輪郭線が藍摺りの36図に続いて,輪郭線が墨摺りの10図
  (通称,裏富士)が加えられ,計46図からなる.
  遠近法や陰影法の西洋の画法を取入れた奇抜な構図が
  一大人気を呼んだばかりか,
  ヨーロッパの芸術家達にも多大な影響を与えた.
  各画に,鑑賞の手引となる解説を付した.〔カラー版〕》
(目次
・富嶽三十六景図版一覧 ・富嶽三十六景
・関連地図 ・解説(日野原健司) ・主要参考文献
(編者略歴
日野原健司(1974― )
 千葉県生まれ.太田記念美術館主席学芸員.慶應義塾大学非常勤講師.
 慶應義塾大学大学院文学研究科前期博士課程修了.
 江戸時代から明治時代にかけての浮世絵史を研究.
 『北斎 富嶽三十六景』(岩波書店),『ヘンな浮世絵 歌川広景の
お笑い江戸名所』(平凡社),『かわいい浮世絵』『歌川国貞 これぞ
江戸の粋』(東京美術),『戦争と浮世絵』(洋泉社)など著書多数.

*参考:
 岩波書店ウェブマガジン「web岩波 たねをまく」著者エッセイ
“北斎という山に登る” (日野原健司)2019.10.17
https://tanemaki.iwanami.co.jp/posts/2659?_gl=1*1f7iwuh*_ga*MTI5MDgzNTI1Mi4xNzQ0NzAyNzg0*_ga_L95Q1BL1G0*czE3NDg1MjUyNDMkbzQkZzEkdDE3NDg1MjY1MDQkajU5JGwwJGgw

・関連書誌
『カラー版 北斎』大久保 純一/著 岩波新書 新赤版 1369 2012/5/23


 《「画狂人」と称した葛飾北斎(1760-1849)は、生涯自らの到達点に
  満足することなく、画業に専心し、多彩な作品を遺した。
  初期の役者絵から、美人画、摺物、読本挿絵、絵手本(北斎漫画)、
  風景画、花鳥画、そして晩年の肉筆画まで、傑作・代表作を収録し、
  その画業を江戸絵画史の中に位置づけながら、読みとく。》


 ●『富嶽三十六景』

本書冒頭に、全46景の図版一覧があります。

巻末の日野原健司さんの「解説」によりますと、
それぞれの署名の形態により、出版/制作の時期を推定できるようです。

 Aグループ 「北斎改為一筆」印なし 10点
1「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」
2「凱風快晴(がいふうかいせい)」
3「山下白雨(さんかはくう)」
4「深川万年橋下(ふかがわまんねんばしした)」
5「尾州不二見原(びしゅうふじみばら)」
6「甲州犬目峠(こうしゅういぬめとうげ)」
7「武州千住(ぶしゅうせんじゅ)」
8「青山円座松(あおやまえんざまつ)」
9「東都駿台(とうとすんだい)」
10「武州玉川」(ぶしゅうたまがわ)

 Bグループ 「前北斎為一笔」印=極・永寿堂 10点
11「相州七里浜(そうしゅうしちりがはま)」
12「武陽佃嶌(ぶようつくだじま)」
13「常州牛堀(じょうしゅううしぼり)」
14「甲州石班沢(こうしゅうかじかざわ)」
15「信州諏訪湖(しんしゅうすわこ)」
16「遠江山中(とおとうみさんちゅう)」印なし 
17「甲州三嶌越(こうしゅうみしまごえ)」
18「駿州江尻(すんしゅうえじり)」
19「東都浅艸本願寺(とうとあさくさほんがんじ)」
20「相州梅沢左(そうしゅううえめざわのひだり)」印なし

 Cグループ「前北斎為一筆」(「為」が屈曲)印=極・永寿堂 5点
21「下目黒(しもめぐろ)」
22「上総ノ海路(かずさのかいろ)」印なし 
23「登戸浦(のぼとうら)」印なし 
24「東海道吉田(とうかいどうよしだ)」印なし 
25「礫川雪ノ且(こいしかわゆきのあした)」

 Dグループ「前北斎為一筆」(「為」が草書体で主版が藍摺)
  印=極・永寿堂 11点
26「御厩河岸より両国橋夕陽見(おんまやがしよりりょうごくばしせき
ようをみる)」
27「東海道江尻田子の浦略図(とうかいどうえじりたごのうらりゃくず)」
印なし 
28「相州江の嶌(そうしゅうえのしま)」
29「江戸日本橋(えどにほんばし)」印なし 
30「江都駿河町三井見世略図(えどするがちょうみついみせりゃくず)」
印なし 
31「相州箱根湖水(そうしゅうはこねのこすい)」印なし 
32「甲州三坂水面(こうしゅうみさかのすいめん)」印なし 
33「隠田の水車(おんでんのすいしゃ)」
34「東海道程ヶ谷(とうかいどうほどがや)」印なし 
35「隅田川関屋の里(すみだがわせきやのさと)」印なし 
36「五百らかん寺さゞゐどう(ごひゃくらかんじさざいどう)」

 Eグループ「前北斎為一筆」(「為」が正方形に近い、主版が墨摺)
  印=極・永寿堂 10点
37「身延川裏不二(みのぶがわうあらふじ)」印なし 
38「従千住花街眺望ノ不二(せんじゅうはなまちよりちょうぼうのふじ)
」印なし 
39「駿州片倉茶園ノ不二(すんしゅうかたくらちゃえんのふじ)」印なし 
40「東海道品川御殿山ノ不二(とうかいどうしながわごてんやまのふじ)」
41「甲州伊沢暁(こうしゅういさわのあかつき)」
42「本所立川(ほんじょたてかわ)」
43「東海道金谷ノ不二(とうかいどうかなやのふじ)」
44「相州仲原(そうしゅうなかはら)」
45「駿州大野新田(すんしゅうおおのしんでん)」
46「諸人登山(しょじんとざん)」

以上の順に、見開き2ページで絵を、次の見開き2ページが解説文です。

実際に刊行された順はわかっていないようで、これは一つの説です。


 ●私のお気に入り――幾何学的な奇抜な構図と鮮やかな色彩の青

全46図のうち、1番の大波の躍動感で有名な「神奈川沖浪裏」や、
通称「赤富士」で知られる2番「凱風快晴」、
弓なりの橋の下に小さな富士が見える、4番「深川万年橋下」、
職人さんが大きな樽を作っている、その樽の中に富士山が見える、
通称「桶屋の富士」の5番「尾州不二見原」、
水面に突出した岩の上で投網の綱を引いている漁師の上に
遠く富士山が見える14番「甲州石班沢」、
斜めに大きな角材を配し、その上に乗り切る職人と下から切る職人、
その木材を支える二本の木の下に富士を配した16番「遠江山中」。
その辺が私も知っていた、けっこうお気に入りのいい感じの作品です。

今回、解説を読んで気に入ったのが、3番の「山下白雨」――山頂は
晴れた空で、その下は暗雲に閉ざされた山腹に稲光が走っている。
これがいい、ですね、私のベスト3かも知れません。

ちなみに、1位は1番の「神奈川沖浪裏」――波の躍動感と
それに負けまいとする舟と、巨大な波と富士のバランス。
作画的にすごいですし、色彩感覚的にも波と海の白と青のバランス。
2位は、2番「凱風快晴」――風に吹き飛ばされ、
山肌があらわになった姿が美しい。
4番目になってしまいましたが、岩と網の綱の線が富士の裾野の稜線と
重なる構図の14番「甲州石班沢」。
5番目が奇抜な構図が目を惹く5番「尾州不二見原」。

企画のスタートとなった若い番号が振られている作品群は、
さすがに力が入っているように感じます。



 ●プルシアン・ブルーの衝撃

『富岳三十六景』の特徴となっているのが、藍色の絵の具です。
海や川、水のこれまでの浮世絵版画にはない、色鮮やかな藍色です。

『富岳三十六景』の出版広告に、「藍摺一枚 一枚ニ一景ズツ追々出版」
と強調宣伝されていたというように、藍摺であることが大きな目玉だった
といいます。

この藍摺に使われた絵の具がプルシアン・ブルーと呼ばれるものでした。

ヨーロッパ(プロイセン王国のベルリン)で発見された合成顔料で、
日本へは延享四年(1747)にオランダ経由で長崎から入り、
「ベロ」と呼ばれていました(現在はベロ藍と表記することが多い)。
十九世紀に入り中国製ができて価格が安くなり、庶民向けの低価格の
浮世絵版画にも使われるようになります。

浮世絵版画での青は、昔は露草や本藍が用いられていたのですが、
露草は色が滲みやすく光に弱い、本藍は水に溶けにくく、ぼかし、
グラデーションをつけて摺ることが難しいかった。
風景を描くのに欠かすことのできない、空や海、川を沈んだ青でしか
表現できなかったのです。

その悩みを解決してくれたのが、プルシアン・ブルーでした。
特徴は、鮮やかな透明感のある青色で、顔料でありながら
水に溶けやすいため、美しいグラデーションでぼかしを表現できる。

この藍摺による団扇絵の流行をきっかけにして、
『富岳三十六景』が刊行され大評判を取ることになります。

 《まさしくプルシアン・ブルーの効果によって、北斎による富士山の
  景色は、それまでにはない鮮やかさに包まれた。もしこの藍色の
  鮮やかさがなければ、「富岳三十六景」の魅力も半減することで
  あろう。》p.216(日野原健司「解説」)

まさに、この色合いは衝撃的です。
『富岳三十六景』最大の魅力といってもいいかもしれません。


 ●死の直前まで富士山を描く

三十六景が終わってからも好評で十景が追加され、
最終的に四十六景となりました。
これは当初から予定されていたことでした。
ただ版元の経営が悪くなり、その後の刊行は見送られたようです。
北斎は、その後も『富岳百景』という絵本を刊行します。

北斎は、「画狂老人卍」として、その死の直前まで画業を続け、
版画から肉筆画へと筆を進め、嘉永二年(1849)1月「富士越龍図」を描き、
4月18日、数え年90歳で亡くなります。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「私の読書論-2025年岩波文庫フェアから『北斎 富嶽三十六景』藍摺―プルシアン・ブルーの衝撃」と題して、今回も全文転載紹介です。

6月は、岩波文庫フェアを紹介するのが近年の恒例になりました。
で、7・8月は、新潮・角川・集英社の夏の文庫三社を取り上げていますので、夏の3カ月は、もっぱら文庫本の紹介になっています。
私自身が文庫派なのと、本屋の兄ちゃん時代の風習といいますか、癖が残っているというのでしょうか、そういうものが影響しているのでしょう。

古典や名作を廉価に提供してくれるのが元々の文庫の在り方だったわけで、そういう意味では我がメルマガ向きといってもいいかもしれません。

ただ、“元本屋の兄ちゃん”といいながら、そういうフェアの紹介の本のほとんどを図書館本で行うのというのはどうなのだ? という意見はあるかと思います。
しかしこれも、出版社から協賛を頂いているわけでもなく自分勝手にやっていることで、当然すべて自前でまかなっているわけで、年金生活者としましては致し方のないことといってもいいか、と思います。

余裕のある人はみなさん自前で、できれば身近な書店で購入して読んでいただければよろしいかと思います。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ


--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載

" target="_blank">

--

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中国の古典編―漢詩を読んでみよう(34)陶淵明(11)「帰去来の辞」1-楽しい読書389号

2025-06-03 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号・告知】


2025(令和7)年5月31日号(vol.18 no.9/No.389)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(34)陶淵明(11)
さあ、帰ろう「帰去来の辞」1」



------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2025(令和7)年5月31日号(vol.18 no.9/No.389)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(34)陶淵明(11)
さあ、帰ろう「帰去来の辞」1」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 「中国の古典編―漢詩を読んでみよう」陶淵明の11回目です。

 陶淵明編もいよいよ最後の一篇となります。
 
 今回は、『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』
 「九、達観を目指して――陶淵明の世界」より、
 <さあ、帰ろう>「帰去来の辞」の詩を読んでみます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

◆ 決意の詩 ◆

 中国の古典編―漢詩を読んでみよう(33)

  ~ 陶淵明(11)さあ、帰ろう ~ 
 
  「帰去来の辞」第一段から第三段まで

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今回の参考文献――

『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』
 江原正士、宇野直人/著 平凡社 2010/4/20
「九、達観を目指して――陶淵明の世界」より
(Amazonで見る)『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』



 ●「帰去来の辞」について

「帰去来兮辞(帰去来の辞)」は、本文は四段からなる本文の前に
「序」文が付いています。
そこには、いかなる理由で官職を辞め帰郷するのか、が綴られています。

貧しい生活の中で子供たちを食わせるために仕官した。
しかし少日にして帰りたいという気持ちになった。
役人の生活は自分には向いていない。
自分の理想とする生き方ではない。
妹が死んだのを機に、葬儀に行くのを理由に職を辞めることにした。
云々。
その末尾に日付があり、四十一歳の時のことと分かります。

いよいよ自分の理想とする生活に入ってゆくぞ、という決意の詩であり、
田園作家とも言われる陶淵明さんの代表作といわれています。


 ●「帰去来の辞」(第一段)

「帰去来の辞」は、四十一歳で官職を辞めて、その翌年の春、
隠居生活が始まった直後に作った詩。

 《“これからやるぞ”と意気盛んな、言ってみれば人生で一番
  高揚していた頃の作品で、彼の一般的なイメージを形づくった
  代表作です。》p.400

どういう場で詠まれたのかはわからないようですが、
 《親戚が集まった宴会、退職のご苦労様会で発表された雰囲気があ》る
と、宇野さんの解説。

内容は、
 《第一・第二段がひとまとまりで、官職を退いて帰郷し、落ち着いた
  ところまでの描写。第三・第四段は、“さあこれからだ”の決意表明
  で、思想的な要素が入って来ます。》同上


帰去来兮辞    帰去来の辞(ききよらい)の(じ)   陶淵明

(第一段)

帰去来兮      帰(かへ)りなん いざ
田園将蕪胡不帰   田園(でんえん) 将(まさ)に蕪(あ)れんとす
           胡(なん)ぞ帰(かへ)らざる

既自以心為形役   既(すで)に自(みづか)ら心(こころ)を以(もつ)て
          形(かたち)の役(えき)と為(な)す
奚惆悵而独悲    奚(なん)ぞ惆悵(ちゆうちよう)として
          独(ひと)り悲(かな)しまん
悟已往之不諫    已往(いおう)の諫(いさ)められざるを悟(さと)り
知来者之可追    来者(らいしや)の追(お)ふ可(べ)きを知(し)る
実迷途其未遠    実(まこと)に途(みち)に迷(まよ)ふこと
           其(そ)れ未(いま)だ遠(とほ)からず
覚今是而昨非    今(いま)の是(ぜ)にして
           昨(さく)の非(ひ)なるを覚(さと)る

舟遙遙以輕颺    舟(ふね)は遙遙(ようよう)として
          以(もつ)て軽(かろ)く颺(あが)り
風飄飄而吹衣    風(かぜ)は飄飄(ひようひよう)として
          衣(ころも)を吹(ふ)く
問征夫以前路    征夫(せいふ)に問(と)ふに
          前路(ぜんろ)を以(もつ)てし
恨晨光之熹微    晨光(しんこう)の熹微(きび)なるを恨(うら)む


 さあ、帰ろう
 我が家の畑も庭も、今ごろは荒れ果てているだろう
  さあ、帰ろうではないか

 私はこれまで自ら、心を肉体の奴隷にして来た
 しかしどうして今さら打ちしおれ、一人で悲しんでいることがあろうか
 過ぎた事はもはや改められないと悟り
 今後の事はまだ追いかけて間に合うとわかったのだ
 まことに私は人生の道に迷ったとは言うものの、
  決して深入りはしていない
 今の気持ちは正しくて、昨日までの気持ちは間違っていたんだ

 故郷に向かう舟はゆったりと風を受けて、軽やかに進む
 風はひらひらと我が衣の袖をふいている
 舟を操る船頭さんに先の道のりを尋ねたが
 日の光が弱くてよく見えないのが残念である


「帰去来兮」は、「帰りなん いざ」と読む。
動詞の「帰る」に方向性を示す「去」がついて「帰去」=「帰って行く」。
「来」は言葉の終わりにつける助詞で、ここでは促す意味で、
「いざ」という大和言葉が一番合うだろう、と。
「兮」は『楚辞』風の歌には必ず入っている。
「~の辞」という題が『楚辞』系列の作品であることを示す。
陶淵明は、南国の人で、『楚辞』に親近感があるのでは、と宇野さん。
「胡ぞ~ざる」は“ぜひ~しよう、ぜひ~しなさい”など勧誘の気持ち。

次の六句、今までの生活の反省
本心を曲げて官職を続けてしまった。
官職に就いたのも自分の責任、悲しんでいる暇はない。
「過ぎた事」とは役人になったこと。

「軽く颺り」は「軽やかに進む」。
「征夫」は船頭で、「晨光」は日の光、「熹微」は微かなようす。


 ●「帰去来の辞」(第二段)

第二段は、いよいよ実家についた心境やようす、家族たちの出迎え、
庭の描写など。


(第二段)

乃瞻衡宇     乃(すなは)ち 衡宇(こうう)を瞻(み)
載欣載奔     載(すなは)ち欣(よろこ)び 載(すなは)ち奔(はし)る
僮僕歓迎     僮僕(どうぼく) 歓(よろこ)び迎(むか)へ
稚子候門     稚子(ちし) 門(もん)に候(ま)つ

三逕就荒     三逕(さんけい) 荒(こう)に就(つ)けども
松菊猶存     松菊(しようきく) 猶(なほ) 存(そん)す
携幼入室     幼(よう)を携(たずさ)へ 室(しつ)に入(い)れば
有酒盈樽     酒(さけ)有(あ)りて 樽(たる)に盈(み)てり
引壺觴以自酌   壺觴(こしよう)を引(ひ)いて
          以(もつ)て自(みづか)ら酌(く)み
眄庭柯以怡顏   庭柯(ていか)を眄(かへり)みて
          以(もつ)て顏(かんばせ)を怡(よろこ)ばしむ
倚南窓以寄傲   南窓(なんそう)に倚(よ)りて
          以(もつ)て傲(ごう)を寄(よ)せ
審容膝之易安   膝(ひざ)を容(い)るるの安(やす)んじ
          易(やす)きを審(つまび)らかにす

園日渉以成趣   園(その)は日(ひ)に渉(わた)つて
          以(もつ)て趣(おもむき)を成(な)し
門雖設而常関   門(もん)は設(まう)くと雖(いえど)も
          常(つね)に関(とざ)せり
策扶老以流憩   策(つゑ)もて老(お)いを扶(たす)けて 
          以(もつ)て流憩(りゆうけい)し
時矯首而遐観   時(とき)に首(かうべ)を矯(あ)げて遐観(かかん)す
雲無心以出岫   雲(くも)は無心(むしん)にして
          以(もつ)て岫(しゆう)を出(い)で
鳥倦飛而知還   鳥(とり)は飛(と)ぶに倦(う)みて
          還(かへ)るを知(し)る
景翳翳以将入   景(ひ)は翳翳(えいえい)として
          以(もつ)て将(まさ)に入(い)らんとし 
撫孤松而盤桓   孤松(こしよう)を撫(ぶ)して 盤桓(ばんかん)す


 ようやく我が家の門や屋根が目に入り
 私は喜びのあまり、走りつつ帰って行った
 召使いや使用人たちは喜んで迎えに出てきてくれ
 幼い子供たちは門のところで待っていてくれた

 門を入ると、庭の三つの道は荒れ始めていた
 松や菊はまだしっかり残っていた
 幼い子の手を引いて部屋に入ると、
 お祝いの酒がたるいっぱいに満たされていた
 徳利と杯を引き寄せて手酌で飲みながら
 庭の木の枝を眺めて表情をやわらげる
 南の窓に寄りかかって、ゆったりとくつろぎ
 この狭い家もそれなりに落ち着きやすいことがよくわかった

 庭は日毎によい趣になってゆく
 我が家の門はあることはあるが、つねに閉ざされている
 杖をついて、老いに近づいた私の歩みを助け、
 あちこちで気ままに休憩しながら散歩し
 時々首を上げて辺りを見回す
 雲は無心に山のほら穴から出て来る
 鳥たちは飛ぶのに疲れて巣に帰ることを知っている
 やがて日の光は薄暗くかげり、いよいよ沈もうとするが
 庭に一本だけ立つ松の木をなで、去るにしのびずたたずんでいる


「衡宇」は家の門と屋根。
「載ち欣び 載ち奔る」で「喜びながら走った」が直訳。
「稚子」は、「子を責む」の五人の子供たち、逆算すると、
長男十四歳ぐらい、末っ子が七歳なので。
「三逕」は、三つの道――門から通じていく道・裏門の道・井戸への道
――この作品以後は隠者の住みかの代名詞となる。
「傲」は“たのしみ、気まま”の意。
「膝を容るる」は、左右の膝がやっと入るぐらいの空間、部屋が狭いこと。
「園」は庭。季節は春で、木や草の緑が濃くなり、花も咲く。
訪ねてくるうるさいお客さんがいない。
「流憩」は、あちこちで休憩すること、気ままな生活。

「時矯首而遐観」からの四句は有名で、独立して引用される。
なぜこれが名句なのかわかりにくいが――
 《“動物たちや万物はみんな自らの分に安んじている”
  という意味でしょうか。“功名心を捨てて辞職し、
  故郷に帰った自分も彼らと同じになったんだなあ”
  というたとえかな。》p.405

「岫」は、山にある洞穴――
古代中国では雲は山の洞穴から湧いて出て来るという言い伝えがある。
“雲が山から出る”は、よく隠者の暮らしのたとえとして使われれる。

松も陶淵明の詩によく出て来る。
 《常緑樹の松は、節操を変えない信念の人を表わすので、
  そこに共感を覚えて
  「やっと自分も松の木のように節操をまっとうできるぞ」
  といった心境なんでしょうか。》p.405


 ●「帰去来の辞」(第三段)

帰去来兮      帰(かへ)りなん いざ
請息交以絶游   請(こ)ふ 交(まじ)はりを息(や)めて
          以(もつ)て游(ゆう)を絶(た)たん
世与我而相違   世(よ)と我(われ)と 相違(あいたが)ふ
復駕言兮焉求   復(ま)た駕(が)して
          言(ここ)に焉(なに)をか求(もと)めん

悅親戚之情話   親戚(しんせき)の情話(じようわ)を悅(よろこ)び
楽琴書以消憂   琴書(きんしよ)を楽(たの)しんで
          以(もつ)て憂(うれ)ひを消(け)さん
農人告余以春及  農人(のうじん) 余(よ)に告(つ)ぐるに
          春(はる)の及(およ)べるを以(もつ)てし
将有事於西疇   将(まさ)に西疇(せいちゆう)に於(お)いて
          事(こと)有(あ)らんとす

或命巾車     或(ある)いは巾車(きんしや)を命(めい)じ
或棹孤舟     或(ある)いは孤舟(こしゆう)に棹(さお)さす
既窈窕以尋壑   既(すで)に窈窕(ようちよう)として
          以(もつ)て壑(たに)を尋(たづ)ね
亦崎嶇而経丘   亦(また)崎嶇(きく)として丘(をか)を経(ふ)

木欣欣以向栄   木(き)は欣欣(きんきん)として
          以(もつ)て栄(えい)に向(むか)ひ
泉涓涓而始流   泉(いづみ)は涓涓(けんけん)として
          始(はじ)めて流(なが)る
善万物之得時   万物(ばんぶつ)の
          時(とき)を得(え)たるを善(よみ)し
感吾生之行休   吾(わ)が生(せい)の行ゝ(ゆくゆく)
         休(きゆう)するに感(かん)ず

 さあ、帰ってきたぞ
 どうかこれからは社交を断ち切って、
  世の人々との交友もきっぱり辞めよう
 世の中と私とは、お互いに忘れてしまおう
 ふたたび車に乗って宮仕えをして、何を求めるというのか
 
 これからはそれよりも親戚の真心のある話、
  社交辞令ではない心からの会話、
 また琴や書物を楽しんで心配ごとを消そう
 我が荘園の農夫たちは、私に春がやって来たことを告げる
 これから西の畑でたいへんな事が始まりそうだ

 或る時は蔽いをかけたくるまに命じて陸地を行き、
 或る時は一艘の小舟に棹さして川を行こう
 深い山道をどこまでも辿り、谷川の奥を訪ね、
 険しい山道を通って丘を越えたりしよう

 木々は生き生きとして青葉が茂り、花を咲かせて
 山中の泉は、なみなみと水量も増えて盛んに流れ始めるであろう
 そんなふうに、私は万物が春の時節を得て栄えるのを楽しく眺める
 一方で、自分の人生がだんだん終わりに近づくことに
 ふと感傷を覚えたりするであろう


「来」は、“達成された”という意味もあり、前からの続きで言えば、
もう帰っているので、「さあ、帰ってきたぞ」ぐらいの感じ。

 《最初の四句は世の中への絶縁状というか、“もう役人社会はいい”
  というきっぱりした宣言です。》p.407

「請ふ~せん」は“どうか~したい”という請願の形。
「駕す」は、動詞で“馬車に馬をつける、馬に乗る”の意味だが、
“官職に就く、仕官する”ことを示す。

 《位が高くなると自分では歩かず馬車に乗りますから。だからここは
  “もう宮仕えはしない”という宣言です》

次の八句は、具体的な時間の過ごし方。
「~するに……を以てす」は漢文によく出て来る形で、下から訳すと
わかりやすい。
(八句の後半の)四句は暇な時間の過ごし方。
「或る時は~、また或る時は~」の形で、あちこち散歩をする。
ゆとりのある生活の始まる雰囲気。
「窈窕」は、深く遠い様子を表わす形容詞。
そんなときに目に映る景色の描写、感慨。
「栄に向ふ」は、花や葉が盛んになっていくようす。
「善す」は、“いいと思う、感心する”。

 ・・・

四段中の三段目が終わったところで、ちょっと中途半端になりますが、
分量的に今回はこのへんで。

次回は最後の段になります。

あと少し、まとめ的な文章を書いておく予定です。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(34)陶淵明(11)さあ、帰ろう「帰去来の辞」1」と題して、今回も全文転載紹介です。

本文にも書いていますように、分量的に一回ではむずかしく、中途半端ではありますが、第三段で区切りました。
次号をお読みの際、前段まではどうだったかしら、という読者のためもあり、今回も全文紹介です。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ


--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
中国の古典編―漢詩を読んでみよう(34)陶淵明(11)「帰去来の辞」1-楽しい読書389号
--
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

私の読書論196-<後世への最大遺物>としての紙の本を!-楽しい読書388号

2025-05-21 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号】


2025(令和7)年5月15日号(vol.18 no.8/No.388)
「私の読書論196-<後世への最大遺物>としての紙の本を!」



------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2025(令和7)年5月15日号(vol.18 no.8/No.388)
「私の読書論196-<後世への最大遺物>としての紙の本を!」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ここんところ、この「私の読書論」では、もっぱら<町の本屋論>を
 新聞や書籍の情報を紹介しながら、私なりの本屋論を語ってきました。

 今回は、そちらはいったんお休みして、私個人について書いておこう、
 と思います。

 実はこの4月はけっこう色々なことがありました。

 70歳を超えたぐらいの年齢になりますと、何かがあったと言えば、
 思い浮かぶのは、四苦八苦のうちの「病死」ということになりますが、
 まあ、それに似たもので、「別れ」ですね。
 いくつかの別れの時が来てしまったのです。

 で、その時に思ったことがありました。

 今回はそれについて書いて見よう、と思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 - 私の読書論196 -

  ~ <後世への最大遺物>としての紙の本を! ~

  内村鑑三『後世への最大遺物』を紹介しながら……

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ●「四苦八苦」

仏教では、人は生まれながらに八つの「苦」を背負っている、
と教えます。
人生において避けては通れない、人間の根源的な苦しみですね。

何かがうまく行かずに苦労するときに、「四苦八苦」する、
といった言い方をします。

この「四苦八苦」とは、仏教の言葉です。

「四苦」とは、生老病死。

生苦(しょうく):人は「生まれ」を選ぶことができません。
老苦(ろうく):日々年老いてゆくことを止められません。
病苦(びょうく):いつどんな病気にかかるかわかりません。
死苦(しく):人は必ず訪れる死をまぬがれることはできません。

さらに次の四つの句を合わせて、「八苦」といいます。

愛別離苦(あいべつりく):愛する人との別れの苦しみ
求不得苦(ぐふとくく):欲しいもの、求めるものを得られない苦しみ
怨憎会苦(おんぞうえく):嫌なことや嫌いな人と出会う苦しみ
五陰盛苦(ごおんじょうく):
 自分の体や心が思いのままにならない苦しみ

今回私はいくつかの別れ、失うことがありました。

人はそういう喪失感に陥るとき、色々と考えるものではないでしょうか。


 ●生きてきた証として遺すもの

人として生きてきた証をほしい、と強く思うようになりました。

以前からそういう思いはありました。
誰でもそうでしょう。
何かしら自分がこの世に生きてきた証を遺しておきたい、と思うことが。

 ・・・

内村鑑三さんの名著(だと思っている!)に
『後世への最大遺物』という講演録があります。

ご存知のように、内村鑑三さんは、クラーク博士の
「ボーイズ・ビー・アンビシャス」“Boys, be ambitious!”
で有名な札幌農学校の第二期生で、
『武士道』や昔の五千円札で有名な新渡戸稲造さんらと同級生です。

新渡戸さんがどちらかといいますと、表舞台で活躍したのに比べますと、
内村さんのほうは、少し裏道といいますか、
ちょっと日陰の存在のような印象があります。

不敬事件が影響しているせいもあるか、と思います。

内村さんの著作では、『代表的日本人』が有名です。
この本を、弊誌

*参照:
2009(平成21)年12月31号(No.29)-091231-
『代表的日本人』内村鑑三―I for Japan

で紹介する際に、評伝とともに、
『余は如何にして基督信徒となりし乎』と本書を読みました。
50代半ばぐらいでしたか。
それ以来、私の人生の一つの目標のようになっているのです。

『後世への最大遺物』は、青空文庫でも読めます。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000034/files/519_43561.html

これは、明治二十七年七月の夏季学校での講演録ということで、
非常に読みやすく、難しいところのない、短い作品です。

私の持っているのは、岩波文庫版の二本立ての
『後世への最大遺物 デンマルク国の話』という本です。

・『後世への最大遺物 デンマルク国の話』内村鑑三 岩波文庫 改版
(解説=鈴木範久) 2011/9/17



 ●『後世への最大遺物』

前半が『後世への最大遺物』です。
その本の巻末の鈴木範久さんの「解説」に、
大まかな内容紹介の文章がありますので、それを引用しておきましょう。

《内村鑑三の話はくだけた調子で語られ、随所に笑い声も生じている。
 この美しい地球に生まれたからには
 何か記念となる物を遺して逝かなくてはならない。
 では、その仕事は何か。内村鑑三は、自分の過去の経験も織り交ぜて、
 金銭、事業、思想、文学、教育をあげる。
 しかし、いずれも一定の才能がなくてはできるものではない。
 では何の才能もないものにできるものとは何か。
 それは「勇ましい高尚なる生涯」であると結んでいる。》

内村鑑三さんはキリスト教徒ですので、
そういう宗教的な背景からのお話となっています。

しかし、そういう部分を抜きにしても、人と生まれて来た私たちが、
己の人生の記録として、後世のために何かしら遺しておきたい、
とすれば、何がふさわしいのか?
――という疑問は、どなたにもあるのではないか、と思います。

才能はなくても、運よくパートナーに恵まれ、
子を遺すことの出来た人は、それはそれで結構な人生だった、
と言えるのはないか、と私には思えます。

しかし、私のように、自分の力のなさから、
そのようなチャンスを得られなかった者にも、
何かしら遺せるものがあるとすれば――
それは、まさにこの内村鑑三さんの言葉にあるものぐらいではないか、
と思うのです。


 ●内村鑑三さんの結論――「真面目なる生涯を送った人」

「青空文庫」本文より――「勇ましい高尚なる生涯」

《それならば最大遺物とはなんであるか。
 私が考えてみますに人間が後世に遺すことのできる、
 ソウしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、
 利益ばかりあって害のない遺物がある。
 それは何であるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思います。
 これが本当の遺物ではないかと思う。
 他の遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないと思います。
 しかして高尚なる勇ましい生涯とは何であるかというと、
 私がここで申すまでもなく、
 諸君もわれわれも前から承知している生涯であります。
 すなわちこの世の中は
 これはけっして悪魔が支配する世の中にあらずして、
 神が支配する世の中であるということを信ずることである。
 失望の世の中にあらずして、
 希望の世の中であることを信ずることである。
 この世の中は悲嘆の世の中でなくして、
 歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して、
 その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります。
 その遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないかと思う。(略)》


同――「己の信ずることを実行するものが真面目なる信者」

《(略)来年またふたたびどこかでお目にかかるときまでには少くとも
 幾何いくばくの遺物を貯えておきたい。この一年の後にわれわれが
 ふたたび会しますときには、われわれが何か遺しておって、
 今年は後世のためにこれだけの金を溜めたというのも結構、
 今年は後世のためにこれだけの事業をなしたというのも結構、
 また私の思想を雑誌の一論文に書いて遺したというのも結構、
 しかしそれよりもいっそう良いのは
 後世のために私は弱いものを助けてやった、
 後世のために私はこれだけの艱難に打ち勝ってみた、
 後世のために私はこれだけの品性を修練してみた、
 後世のために私はこれだけの義侠心を実行してみた、
 後世のために私はこれだけの情実に勝ってみた、
 という話を持ってふたたびここに集まりたいと考えます。
 この心掛けをもってわれわれが毎年毎日進みましたならば、
 われわれの生涯は決して五十年や六十年の生涯にはあらずして、
 実に水の辺ほとりに植えたる樹のようなもので、
 だんだんと芽を萌ふき枝を生じてゆくものであると思います。
 けっして竹に木を接つぎ、木に竹を接ぐような少しも成長しない
 価値のない生涯ではないと思います。
 こういう生涯を送らんことは実に私の最大希望でございまして、
 私の心を毎日慰め、かついろいろのことをなすに当って
 私を励ますことであります。(略)》

同――講演の最後の締めの言葉――「真面目なる生涯を送った人」

《われわれに後世に遺すものは何もなくとも、われわれに後世の人に
 これぞというて覚えられるべきものはなにもなくとも、
 アノ人はこの世の中に活きているあいだは
 真面目なる生涯を送った人であるといわれるだけのことを
 後世の人に遺したいと思います。》



私自身、「真面目なる生涯を送った人」とまでは言われないまでも、
「真面目な、いい人だった」ぐらいの評判は遺したいなあ、
という気持ちです。
今までも、「真面目な人」とか「いい人」とかいわれてきましたけれど、
「ただ真面目なだけ(で、これといって才能も能力もない)」だったり、
「いい人(だけど、これといって魅力のない)」だったり……。


 ●ネット情報では……

このような、それなりの評判は遺せるかも知れないけれど、
できるならば、もう少し何かを遺したい、という気持ちがあります。

今、一部ではありますが、「左利き」に関してはそれなりの評価
(といいますか、それに近いもの)をいただいています。

自分でも「<左利きライフ研究家>30年超」と自称しています。

ネットでは左利きメルマガを680号超、21年続けています。
ブログ『レフティやすおのお茶でっせ』での左利き関連記事の発信も、
2003.12.24から21年半近くになります。

『日本左利き協会』のサイトでもご紹介頂いています。

*参照:『日本左利き協会』サイト―左利き便利帳
レフティやすおさんのメルマガとブログ
https://lefthandedlife.net/leftyyasuo.html



今はなきホームページ『レフティやすおの左組通信』もありました。

「左利き」に関しては、現時点では少しは知られた存在となっている、
ようです。

しかし、これらのネットの成果は、
現状ではいずれ消えてしまうものです。

現に、先ほども上げた、ホームページ『レフティやすおの左組通信』は、
消えてしまいました。
場を提供していた会社のサービス変更に伴い、
移行すれば残せたのですが、すでに更新を止めていたので、
消滅させることにしました。

別の形で復活させたいと思い、現在メルマガで一部紹介しています。


 ●私の「後世への最大遺物」

内村鑑三さんは、《この美しい地球に生まれたからには
 何か記念となる物を遺して逝かなくてはならない》(上記「解説」)
として、思想や文学、教育を上げています。

確かにこういうものも誰にでもできることではありません。

しかし、今のところ、「左利きの情報」に関しては、
さらに「左利きへの思い」に関しては、
私は私なりに、色々と集め、書いて来ました。
その情報は、十分遺すに足るものではないか、という自負もあります。

で、今私が考えているのは、やはりネットの情報は消えてしまうので、
なんとか紙の本、それも商業出版で遺したい、ということです。

商業出版の紙の本なら、少なくとも国立国会図書館には保存されます。

個人的に保存する人もいらっしゃるでしょう。
また、ある程度の部数が出れば、古本として残る率が高くなります。

自分の仕事が、そういう目に見える形で残せれば、それは結果的に
私の「後世への最大遺物」といえるでしょう。


 ●「左利きの本」を遺したい

今、過去に書き散らした文章をテーマ毎にまとめ始めています。
月に4本のメルマガ(左利きメルマガ2本と読書メルマガ2本)で
手一杯になってはいますが、閑をみて、原稿作りに励んでいます。

紙の本について、まったく努力していなかったわけではありませんが、
基本人任せでした。

実際に「左利きの本」といいますと、
なかなか出版社の人から相手にしてもらえない傾向にあります。

「左利き」関係の本でベストセラーになった本
というのも限られていますし、それらの多くは名のある人であったり、
社会的地位のある人だったり、です。

私のように、何の権威でもなく、過去に本を出した実績もなく、
有名でもない人の場合、非常にハードルが高い、と考えられます。

それでも熱意があれば、なんとかなるのではないか、
という気持ちでいます。

 ・・・

「左利きの問題」があるのだ、という事実をもっと広く世に知らせ、
後に続くであろう、左利きの子供たちのために、今の社会を
もう少し左利きの人にとって生きてゆきやすいものに変えていきたい、
という気持ちでいます。

そのために、「左利き」について語り、本に遺したいものです。

 ・・・

左利きの本について書きましたが、
弊誌に書き散らしてきた、私の読書論やオススメの本
(例えば、<クリスマス・ストーリーをあなたに>など)
についても書いてみたいものです。

実はこちらも一部ですが、一つのテーマで文章をまとめ始めています。

いつになるかわかりませんが、死を考える機会が多くなっている昨今、
早急になんとかしなければ、という気持ちにはなっています。
頑張りますので、応援よろしくお願いいたします!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「私の読書論196-<後世への最大遺物>としての紙の本を!」と題して、今回も全文転載紹介です。

春という季節は、出会いと別れの季節とも言われます。
もう5月になってしまいましたが、この春は私にとってけっこう色々なことがありました。
別れもありました。
別に嫌いになったとか何かではなく、年齢的なもの、加齢に伴うものといってもいいでしょう。
仕方のないことです。
出会いがあれば、いつか別れが来るのは、人生の必然でもあります。

死すべき人間である限り、これはどうしようもないものなのですから。

まあ、そんなこんな色々ありまして考えてしまったのが、今回のテーマになっています。

生きてきた証として何か遺したい、これは人間として誰もが考えることだと思うのです。
特にもう終わりが近づいてきた人にとっては、重大なことといえましょう。

ま、そういうわけで、今回はこうなりました。

願いはかなえられるのでしょうか?
努力しだいですよね。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ


--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
私の読書論196-<後世への最大遺物>としての紙の本を!-楽しい読書388号
--
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中国の古典編―漢詩を読んでみよう(33)陶淵明(10)「乞食」-楽しい読書387号

2025-05-04 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号】


2025(令和7)年4月30日号(vol.18 no.7/No.387)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(33)陶淵明(10)
詩風の変化を見る(2)「乞食」」



------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2025(令和7)年4月30日号(vol.18 no.7/No.387)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(33)陶淵明(10)
詩風の変化を見る(2)「乞食」」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 「中国の古典編―漢詩を読んでみよう」陶淵明の10回目です。

 いよいよ陶淵明編もゴール間近というところでしょうか。
 
 今回は、『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』
 「九、達観を目指して――陶淵明の世界」より
 詩風の変化について、晩年の三首目「乞食」の詩を読んでみます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

◆ 折にふれて ◆

 中国の古典編―漢詩を読んでみよう(33)

  ~ 陶淵明(10) ~ 詩風の変化を見る(2)
 
  「乞食」=「食を乞ふ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今回の参考文献――

『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』
 江原正士、宇野直人/著 平凡社 2010/4/20
「九、達観を目指して――陶淵明の世界」より


 ●「食を乞ふ」

亡くなる前年、六十二歳の作といわれる詩で、
最晩年に到達した境地がみえる……。

《文字通りに読むととんでもない詩》で、貧乏で空腹に耐えられず、
見知らぬ家の門を叩き、そこの主人から恵んでもらい、
その主人と意気投合して酒まで飲み、作った詩だと。

現実には、陶淵明さんは、最後まで家族や使用人と荘園で暮らし、
これはフィクションだろう、といわれているそうです。

一方で、「食を乞う」とは、官職を求めたことへの例え、
という説もあるようです。
これも、官職に復帰していないので、いかがなものか、
と宇野さんの解説です。

 ・・・

乞食  食(しよく)を乞(こ)ふ  陶淵明 

飢来駆我去  飢(う)ゑ来(きた)つて我を駆(か)り去(さ)り
不知竟何之  知(し)らず 竟(つい)に何(いづ)くにか之(ゆ)く
行行至斯里  行(ゆ)き行(ゆ)きて斯(こ)の里(さと)に至(いた)り
叩門拙言辞  門(もん)を叩(たた)いて言辞(げんじ)拙(せつ)なり

 空腹が募って私を追い立てる
 いったいどこへ行くというのか
 ずいぶん遠くまで歩いてこの村里に到着し
 或るお宅の門をたたいたが、言葉がうまく出て来ない


「知らず」は、《疑問符の上について「いったいぜんたい」と
疑問を協調する副詞》。
「行き行きて」は《“どこまでもどこまでも歩いた”という雰囲気》。
「食べ物をください」とは言い出せなかった。


主人解余意  主人(しゆじん) 余(よ)が意(い)を解(かい)し
遺贈豈虚来  遺贈(いぞう)あり
        豈(あに) 虚(むな)しく来(きた)らんや
談諧終日夕  談(だん)諧(かな)うて日夕(につせき)を終(お)へ
觴至輒傾杯  觴(しょう)至(いた)れば
        輒(すなは)ち杯(さかづき)を傾(かたむ)く

 この家の主人は私の気持ちをわかって下さり
 贈り物を下さったので、私は無駄に来たことにはならなかった
 私たちは話が合い、夕方の時間帯を過ごしてしまい、
 さらに酒が出て来たので、さっそく杯を傾けることとなった


「遺」「贈」も“物を授ける、贈る”の意味。
「豈」は否定詞の「不」に置き換えるとわかりやすく、
「虚しく来たのではない、ちゃんと収穫はあった」という意味に。
「輒ち」は、“さっそく”の意味。


情欣新知歓  情(こころ)に新知(しんち)の歓(かん)を欣(よろこ)び
言詠遂賦詩  言詠(げんえい)して遂(つひ)に詩(し)を賦(ふ)す
感子漂母恵  子(し)が漂母(ひようぼ)の恵(めぐ)みに感(かん)じ
愧我非韓才  我(わ)が韓才(かんさい)に非(あら)ざるを愧(は)づ

 私は心中、新しい親友が出来た喜びをうれしく思い
 語り合い、歌を歌い、そして詩を作った
 ご主人様、いにしえの洗濯婆さんのようなあなたのお恵みに、
 私は心を打たれました
 しかしこの私は、韓信のような才能ある人物ではない、
 それが恥ずかしい


次の四句は、お酒が入って興に乗り、詩を作って感謝する展開。
「言詠」の二字で“歌をくちずさむ”。
「子」は二人称で“あなた”。「漂母」は《秦末に劉邦に仕え、
漢王朝を建てるのに功績のあった韓信の故事》だそうです。
彼が若い頃、食うのにも困っていたとき、ご馳走してくれた婆さんに、
出世した後に恩返しをした、という。


銜戢知何謝  銜戢(かんしゆう)して
        知(し)る 何(なに)をか謝(しや)せん
冥報以相貽  冥報(めいほう) 以(もつ)て相(あひ)貽(おく)らん

 今はこのまま黙ってご恩を胸におさめておいて、
  さていったい、どのようにお礼をしましょうか
 後の世のご恩返しによってあなたに報いることにしましょう


最後の二句は、“しょうがないからお礼は来世にします”と、
居直った感じだ、といいます。
「銜収」は、「銜」は“黙って胸におさめる”、
「戢」は“おさめておく”。
「知る」も疑問視の上に置いて、疑問を強調。


 ●『漢詩を読む 1』宇野直人さんの解説

 《実体験ではなく、“こうあったらいいなあ”という願望や理想を、
  イメージ優先で書いたのではないでしょうか。》p.398
といい、
 《彼の詩はだいたい全生涯を通して、そのときどきの願望やイメージに
  のっとって作られたフシがあります。》同

すなわち、陶淵明さん=「私小説作家」という捉え方が生きてくる、
といいます。
陶淵明さんは、私小説の主人公になって、酒を飲みながらフィクションを
書いて楽しんでいたのかも、というのが、宇野さんの解説です。

最晩年に至るまで、陶淵明さんは、《何か愛に飢えていたのかな》p.399。
広い意味で不満があった。

この詩のはじめの四句――ふらふら歩いて行くうちに、理想的な村里に
出くわした――は「桃花源記」と同じだといいます。

 《陶淵明は異郷譚の形を詩に取りこんで、願望を述べたことになるで
  しょう。》p.399

前回からここまでに読んだ三つの詩について、
最後の二句が似たニュアンスを持っている――

 《陶淵明の詩は、ちょっと投げやりな、どうでもいいような表現が案外
  多いんです。こだわりがなくさっぱりしているとも言えますが、
  実は彼は農村生活の中で、やはり何か、求めて得られない虚しさが
  ずっと胸の中にあったんじゃないでしょうか。ちょっと痛々しい
  ような気もします。》p.399


*参照:「桃花源記」

2024(令和6)年9月30日号(vol.17 no.17/No.374)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(30)陶淵明(7)空想の世界で
「読山海経十三首」「桃花源記」」

『レフティやすおのお茶でっせ』2024.9.30
中国の古典編―漢詩を読んでみよう(30)陶淵明(7)空想の世界で
-楽しい読書374号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/09/post-0b7f46.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/078ba7fdddff1f49484822cdd3073d33


 ●林田慎之介訳注『陶淵明全詩文集』の解説

次に林田慎之介さんの解説を引用しましょう。

 《 陶淵明詩集で気になる一篇の詩がある。「乞食」と題する五言古詩
  である。(略)古今東西、どんな詩人でも乞食を主題とする詩は
  残していない。(略)》p.572

 《「乞食」は時に飢えと寒さにさらされることがあったと歌っている
  陶淵明自身の投影であったにちがいない。自分の乞食している
  想像上の姿でなければ、一篇の詩に書きのこす必要はなかったで
  あろう。「乞食」の詩を自分の日常詩としてどうしてものこして
  おきたいというのが、淵明の考えだったとみることの方が自然で
  ある。/「桃花源記」には人里と隔絶された桃源郷が描かれている。
  そこには平和で豊かな農村と農民の暮らしがある。時代を超え、
  時間の存在さえ忘れて暮らしを楽しんでいる農民たちの農村生活
  そのものが、陶淵明にとって桃源郷であったのだ。「乞食」の詩と
  併せ読むと、陶淵明が「桃花源記」を描かねばならぬ必然性が
  見えてくるであろう。》p.573

  『陶淵明 全詩文集』林田慎之助/訳注 ちくま学芸文庫 2022/1/8


 ●陶淵明さんの詩

陶淵明さんは、このように私小説家のごとく、日常の生活の中から、
自分の思いを詩に書き残したのでしょう。
何かしら満たされない日々の思い、愁いなどを、時に空想に遊びながら、
詩に書き、酒を飲んで紛らわそうとしたのかも知れません。

そういうところが、現代人にも受けるところなのでしょうか。

いよいよ本書『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』の
陶淵明の章もおしまいに近づいてきました。

次回は、隠居生活を始めた直後の意気盛んな頃の「帰去来の辞」を
紹介します。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(33)陶淵明(10)詩風の変化を見る(2)「乞食」」と題して、今回も全文転載紹介です。

本文中にも書いていますが、陶淵明編もいよいよ終わりに近づいてきました。

今回は少し短い一本になっていますが、陶淵明最終ラウンドは、長めの詩を扱うので、一回では納まりきらないようです。
今しばらく続くかも……。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ


--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
中国の古典編―漢詩を読んでみよう(33)陶淵明(10)「乞食」-楽しい読書387号
--
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

私の読書論195-<町の本屋>論(9)『町の本屋は~』(飯田一史)より-レフティやすおの楽しい読書386号

2025-04-20 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号・告知】


2025(令和7)年4月15日号(vol.18 no.6/No.386)
「私の読書論195-<町の本屋>論(9)
『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』まえがき(飯田一史)より」



------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2025(令和7)年4月15日号(vol.18 no.6/No.386)
「私の読書論195-<町の本屋>論(9)
『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』まえがき(飯田一史)より」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 昨年9月から散発的に綴ってきました、本屋さん減少を嘆く
 <元本屋の兄ちゃん>による<町の本屋>論の9回目となります。

【過去8回の<私の「町の本屋」論>】

(1)2023(令和5)年9月15日号(No.350)
「私の読書論174-消えゆく書店と紙の本」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.9.15
私の読書論174-消えゆく書店と紙の本-楽しい読書350号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/09/post-f7ab5e.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/a65f07da56cc868147fbd49d01c3c4bf

(2)2023(令和5)年10月15日号(No.352)
「私の読書論175-出版業界―または本と本屋のこと」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.10.15
私の読書論175-出版業界―または本と本屋のこと-楽しい読書352号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/10/post-d8d8ec.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/7b9a38985fcfd574650e4c54eba355c1

(3)2023(令和5)年11月15日号(No.354)
「私の読書論176-読書週間に関する新聞記事から思ったこと」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.11.15
私の読書論176-読書週間に関する新聞記事から思ったこと
-楽しい読書354号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/11/post-7462e0.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/d498bde194e54d8e97a5d018d683f607

(4)2023(令和5)年12月15日号(No.356)
「私の読書論177-個性的な本屋の作り方を学ぶ
―『美しい本屋さんの間取り』から」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.12.15
私の読書論177-個性的な本屋の作り方を学ぶ―
『美しい本屋さんの間取り』-楽しい読書356号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/12/post-bf19e5.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/79bec3e02805048065d5ea41387e2c55

(参考書)
『美しい本屋さんの間取り』エクスナレッジ X-Knowledge 2022/12/29


(5)2024(令和6)年5月15日号(vol.17 no.5/No.366)
「私の読書論184-がんばれ!町の本屋さん」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.5.15
私の読書論184-がんばれ!町の本屋さん-楽しい読書366号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/05/post-5a5bc2.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/8a1d7f9a2989edbd174487963269b52b

(6)2024(令和6)年9月15日号(vol.17 no.16/No.373)
「私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.9.15
私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より-楽しい読書373号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/09/post-4d9a04.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/7555773c70cfe4846b3dc367dbf5493c

(7)2024(令和6)年11月15日号(vol.17 no.20/No.377)
「私の読書論190-<町の本屋>論(7)産経新聞記事10/27朝刊記事
「書店が消えない処方箋」より」
【最新号・告知】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.11.15
レフティやすおの楽しい読書377号-告知-
私の読書論190-<町の本屋>論(7)産経新聞10/27朝刊記事より
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/11/post-6b5805.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/22c8bc62482c03566e741b6b67100f12

(参考書)
『2028年 街から書店が消える日 ~本屋再生!識者30人からの
メッセージ~』小島俊一/著 プレジデント社 2024/5/22


(8)2024(令和6)年12月15日号(vol.17 no.22/No.379)
「私の読書論191-<町の本屋>論(8)産経新聞記事11/9産経WEST
「消えてゆく本屋さん~」より」
【最新号・告知】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.12.15
レフティやすおの楽しい読書379号-告知-私の読書論191-
<町の本屋>論(8)産経新聞記事11/9産経WESTより
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/12/post-16f0d8.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/0bbde416e34436d0ef75c6e041731d82


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 - 私の読書論195 -

  ~ がんばれ!町の本屋さん <私の「町の本屋」論>9 ~

  『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』まえがき(飯田一史)より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

4月17日発売予定の本
『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか 知られざる戦後書店抗争史』
 飯田 一史/著 平凡社新書


の「まえがき」の「web版」が公開されています。

今回はこれをネタに書いて見ましょう。

 ・・・

『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』まえがき(飯田一史)
https://note.com/ichiiida/n/n7dd7ed834dd1?sub_rt=share_pb

2025年3月28日 06:10
飯田一史


 ●『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』の概要

まずは、この本の概要を紹介しましょう。

《概要》
かつて本屋は「帰り道にふらっと寄る」場所だった。
だが、いつのまにか町から本屋の姿はなくなり、
「わざわざ行く」場所になってしまっている。
いったいいつから、どのようにして、本屋は消えていったのか?
本書では、出版社・取次・書店をめぐる取引関係、定価販売といった
出版流通の基本構造を整理した上で、戦後の書店が歩んだ闘争の歴史を
テーマごとにたどる。
公正取引委員会との攻防、郊外型複合書店からモール内大型書店への
移り変わり、鉄道会社系書店の登場、図書館での新刊書籍の貸出、
ネット書店の台頭――。
膨大なデータの分析からは、書店が直面してきた苦境と、
それに抗い続けた闘争の歴史が見えてくる。
「書店がつぶれていく」という問題の根幹を明らかにする一冊。

《目次》
まえがき
第一章 日本の新刊書店のビジネスモデル
 コラム1 本屋の動向と読書の動向は必ずしも一致しない
第二章 日本の出版流通の特徴
 コラム2 書店の注文・取引方法あれこれ
第三章 闘争する「町の本屋」――運賃負担・正味・新規参入者との戦い
 コラム3 見計らいの重視、予約と客注の軽視
第四章 本の定価販売をめぐる公正取引委員会との攻防
 コラム4 返品条件付販売への切り替えはいつ起こり、
  いつ委託ではないと認識されたのか
第五章 外商(外売)
 コラム5 取次からの請求への書店の入金率の変化と返品入帳問題
第六章 兼業書店
 コラム6 信認金制度
第七章 スタンドと鉄道会社系書店
 コラム7 出版物のPOSの精度を高めるのはなぜむずかしいのか
第八章 コンビニエンス・ストア
 コラム8 書籍の客注と新刊予約注文の歴史
第九章 書店の多店舗化・大型化
 コラム9 共同倉庫構想の挫折史
第十章 図書館、TRC(図書館流通センター)
 コラム10「送料無料」と景表法規制
第十一章 ネット書店
 コラム11 2020年代の「指定配本」の増加
終章
あとがき


新書版ながら、350ページ超というかなりゴツい本で、
出版業界における新刊書店の立場や、環境の変化や、
その衰退の歴史を追った本のようです。

元(町の)本屋の兄ちゃんとしては、気になる本です。


 ●私が「本屋の兄ちゃん」時代にやったこと

私が町の本屋さんで働いていたのは、1980年代の前半ぐらいでした。
もう40年近くになります。

しかし、その頃からすでに町の本屋の売り上げは、
いいお店でも前年並み。
たいていのお店は5%程度のダウンだったかと思います。

コンビニでの雑誌やコミック・文庫の販売が始まり、
また郊外型の大型書店やビデオ店と併存の書店が開業するようになり、
そういう従来とは異なるタイプの販売店が出てきたのです。

そのため既存の新刊書店、従来型のパパママストア的な町の本屋は、
非常に苦しい状況が始まったのでした。

その中で私がやっていたことは、
複数の高校の最寄り駅の駅前書店という文教地区の立地でしたので、
高校生のお客様も多く、学校の休みの時期を考慮して、
若向けの雑誌の入荷数の定期改正を行ったり、
オリジナルのフェアを3カ月程度の期間であの手この手と企画したり、
3年間とはいえ、高校生客を「育てる」ような姿勢でやっていました。

また、ライバル店がスーパー内にあり、うちは昼間の販売が弱い店で、
お子様向けや婦人客向けも限られた条件の中で、
特色を出すように工夫したものでした。


 ●『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』まえがき

まえがきの概要を――。

冒頭、今では本屋さんは「本好きが、わざわざ行く」場所になっている、
といいます。
昔は多くの人が毎日のように訪れていた場所だったのに。

なぜこうなったのか。

《戦後の新刊書店のうつりかわりをまとめた》本がないので、
日本の本屋さんのたどってきた道が分からない。
そこで、
 《本書で掘り下げたいのは「普通の書店」の商売はどのように
  成立し、変わり、また、どんな背景から競争に敗れ消えてきたのか》
について見ていこうといいます。

 《本書では「町の本屋」と書くときには中小規模の、
  多くは大規模チェーン展開をしていない、地元資本の書店を指す。》

一般的な「町の本屋」さんについての本だということですね。

そこで「書店経営」視点から、書店ビジネスの構造や時代の変化を描く。

 《理解しやすくするために、時系列順 (編年体) での記述ではなく、
  テーマ別に「町の本屋」とそれ以外のさまざまな勢力との攻防を軸に
  各章を分けた。》


 ●書店の実状と利益率の低さ

 ●なぜ欧米諸外国とは違い、日本では本の売り上げが減ったのか

 ●書店を取り巻く競争環境

 ●本書のタイトルについて

 ●書店業界の二つの面

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「私の読書論195-<町の本屋>論(9)
『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』まえがき(飯田一史)より」
と題して、今回は冒頭と見出しのみの紹介です。

内容がweb版の「まえがき」の概要説明ですので、そちらを見ていただければ、ということですね。
今回は、特に私自身の考えや経験などを書いているというほどではありませんので。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ

--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
私の読書論195-<町の本屋>論(9)『町の本屋は~』(飯田一史)より-レフティやすおの楽しい読書386号
--
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中国の古典編―漢詩を読んでみよう(32)陶淵明(9)「子を責む」他-楽しい読書385号

2025-04-02 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号】


2025(令和7)年3月31日号(vol.18 no.5/No.384)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(32)陶淵明(9)
詩風の変化を見る(1)「子を責む」他」



------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2025(令和7)年3月31日号(vol.18 no.5/No.384)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(32)陶淵明(9)
詩風の変化を見る(1)「子を責む」他」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 昨年10月末以来の「中国の古典編―漢詩を読んでみよう」です。

2024(令和6)年10月31日号(vol.17 no.19/No.376)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(31)陶淵明(8)村人たちと
「飲酒二十首」其の十四、其の九」

『レフティやすおのお茶でっせ』2024.10.31 
レフティやすおの楽しい読書376号-告知-
中国の古典編―漢詩を読んでみよう(31)陶淵明(8)村人たちと
「飲酒二十首」
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/10/post-dd55d8.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/28a764aef4d8bdd85e7c3f0bbf475ac5


 引き続き、陶淵明の9回目です。

 いよいよ陶淵明編もゴール間近というところでしょうか。
 
 今回は、『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』
 「九、達観を目指して――陶淵明の世界」より
 <折にふれて>の詩を読んでみます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

◆ 折にふれて ◆

 中国の古典編―漢詩を読んでみよう(32)

  ~ 陶淵明(9) ~ 詩風の変化を見る(1)
 
  「子を責む」「諸人と共に周家の墓の柏の下に游ぶ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今回の参考文献――

『漢詩を読む 1 『詩経』、屈原から陶淵明へ』
 江原正士、宇野直人/著 平凡社 2010/4/20
「九、達観を目指して――陶淵明の世界」より


 ●「子を責む」

陶淵明さんが41歳で官職を辞めてから亡くなるまでの約20年間の、
詩風の変化を10年おきに瞥見できる三首を見てゆきます。

「子(こ)を責(せ)む」とは、“求める、要求する”の意で、
「子供たちを励ます」という題名です。

《四十四歳頃、田園生活の実態が分かってきたあたりの作品》です。

《“そろそろ老いの兆しがあるが、肝心の子どもたちはちゃんと
 育ってくれるだろうか”という感慨を抱きます。》

というのが、宇野直人さんの解説です。

 ・・・

責子  子(こ)を責(せ)む  陶淵明

白髪被両鬢   白髪(はくはつ) 両鬢(りょうびん)を被(おほ)ひ
肌膚不復実   肌膚(きふ) 復(ま)た実(み)たず
雖有五男児   五男児(ごだんじ)有(あ)りと雖(いへど)も
総不好紙筆   総(すべ)て紙筆(しひつ)を好(この)まず

 私はこの頃、白髪が左右の鬢にかぶさり、
 体の皮膚ももはや、はりがなくなって来た
 五人の息子を授かったとは言うものの、
 そろいもそろって紙や筆を好まない

「両鬢」は左右両側の耳際の髪で、これが白髪となり、
《充実感がなくなった》。
五人の子供たちは皆、勉強が嫌いなんだ、と。

以下、《五人の息子たちの一人ひとり寸評を加えるという
 おもしろい作り方》だといいます。


阿舒已二八   阿舒(あじょ)は已(すで)に二八(にはち)なるに
懶惰故無匹   懶惰(らんだ) 故(もと)より匹(たぐ)ひ無(な)し
阿宣行志学   阿宣(あせん)は行(ゆ)くゆく志学(しがく)にして
而不愛文術   而(しか)も文術(ぶんじゆつ)を愛(あい)せず

 舒ちゃんはもう十六にもなったのに、
 その怠け者のことといったらまったく比類がない
 宣ちゃんはもうすぐ志学の年になるのに、
 詩や文章の作り方に全然身が入らない


「阿」は名前の上につける愛称。舒は長男。
「懶惰」は“ものうい、ものぐさ、面倒がり”
宣は次男。「志学」は十五歳のこと。
『論語』「為政第二」にある「十五歳で学門に志した」という思い出話。


雍端年十三   雍端(ようたん)は年(とし)十三(じゆうさん)にして
不識六与七   六(ろく)と七(しち)とを識(し)らず
通子垂九齢   通子(つうし)は九齢(きゆうれい)に
         垂(なんなん)とするも
但覓梨与栗   但(ただ) 梨(なし)と栗(くり)を覓(もとむ)るのみ

 雍と端は年十三、
 ところが六と七とで自身の年齢の十三になることもわからない
 末っ子の通坊は九つになろうとするのに、
 梨だ、栗だ、芋だと食べ物をねだるばかり 


次に三男と四男、この二人は双子という説もあるそうです。
「六と七の区別もつかない」とも解釈できるのですが、
本当だとすると、どちらもちょっと困りもの。
「通子」の「子」も愛称。「通坊」とでも訳しておきます、と宇野さん。
知性が感じられない。


天運苟如此   天運(てんうん) 苟(いやし)くも此(かく)の
         如(ごと)くんば
且進杯中物   且(しばら)く杯中(はいちゆう)の物(もの)を
         進(すす)めん

 これが自分に与えられた天命なら、くよくよするのをやめて
 まあまあ、杯の酒を飲み続けることにしようや

 
「天運」は天が私に下された運命、
「苟くも」は“もしそういうことなら”と仮定を示す。
「且く」は、“まあ、とりあえず”と差し当たりのことを述べる。


 ●宇野さんの解説

宇野さんは、西晋の左思の子供を歌った詩を念頭にこれを読みますと、
左思の詩が子供のことを微に入り細を穿つように描いているのに対して、
陶淵明さんは、
《離れたところからかいつまんでまとめた感じ》で、
自分は遠くに居て、子供たちの寸評を書いている。

《出だしの二句も結びの二句も自分のことで、
 それがサンドイッチのように
 子どもたちへの批評を包み込んでいます。》

子供への愛情よりも自分のことを優先している、と宇野さん。
考えれば今までも、陶淵明さんは、自分のことを歌ってきた、と。

「私小説」というのが、陶淵明の詩を読むときの、
一つのキーワードだと言います。

左思の時代は、神童をがもてはやされる風潮があった。
陶淵明も無意識に神童と比べてわが子を見る視点があったのでしょう、
といい、

《いっそう露悪的、偽悪的に、貴族社会があまりに神童を持ち上げる
 ことに反発して、わざと我が子をダシに、“子どもというのは
 そんなものじゃないだろう”と言いたい気持ちが彼の中にあった
 ような気がします。》

そういう意味では社会的視点といえるかも、と。


 ●林田慎之介訳注『陶淵明全詩文集』の解説――

『陶淵明全詩文集』の林田慎之介さんの解説によりますと――

《陶淵明がごくありふれた日常性を描いて、秀逸な一篇の詩に
 昇華させたものに、自分の五人の子らの特徴をとらえて歌い込んだ
 「責子」がある。》p.573
《五人のわが子の特徴をみごとにおさえて、あしざまに歌い込んでいく
 が、そこに父親としての慈愛がそこはかとなくただよっていて
 愛すべき作品となっている。陶淵明の父親らしい独自のひねりが
 きいていて、それがユーモラスな笑いにつながっている。ここでは
 日常の何でもない光景を一篇の詩にうつしとる詩才が見事に発揮
 されている。》p.574
  『陶淵明 全詩文集』林田慎之助/訳注 ちくま学芸文庫 2022/1/8


他の解説も読んでみますと、勉強嫌いでどうにもならない子供たちだ、
と嘆きながら、その実、父親としての慈愛が漂っている、
という見方が多いようです。

いかにも自分の子だ、これも天命とあきらめて酒でも飲むとしよう、と。


 ●興膳宏『陶淵明』の解説

昨年12月に講談社学術文庫から出版された

『陶淵明』興膳 宏(こうぜん ひろし)/著 講談社学術文庫 2024/12/12


(原本は、1998年に『風呂で読む陶淵明』として世界思想社より刊行)

の解説を読んでみますと――

《五人の息子たちの出来の悪さを嘆いたユーモラスな詩。(略)
 いつの世でも、親の目からすれば、なかなか期待通りにならない
 子どもに対して、ついぼやきの一つも出ようというものだが、
 それを文学にまで昇華させた作品は、この詩が初めてにちがいない。
 子どもの不出来を嘆く父親自身も、同時に戯画化されているのが
 おもしろい。》pp.43-44
  「第1章 帰ってきた陶淵明」<子を責む>

ここでも、子供たちの出来の悪さを「ユーモラス」に描いた、
という評価のようです。
そして、自分自身も戯画化している、と。


 ●陶淵明さんの日常詩

老いの兆しを感じ、自分の子供たちがどのように育ってくれるのか、
気になるという陶淵明さんの詩のようです。

ただ、自分の子供というものをどう評価するか、
という問題も難しいものだと思います。

特に詩に残すとなりますと、
褒めすぎるのも親馬鹿で、かといってあまりに厳しい評価では、
そういうおまえはどうなんだ、と逆襲されるかもしれません。

日常的な詩とすれば、最終的にはこのような――くさしながら、
それもまたおれの子なんだから、仕方ないよね、とこれも天命
としておき、そして、ここのところは酒でも飲んで、と締める――
そういう形になるのかもしれません。


 ●「諸人と共に周家の墓の柏の下に游ぶ」

次は、隠居生活の中間地点という、54歳頃の作。
天気のいい日、墓場で宴会をしたときの詩。

清明節――春分の日のあと十五日目、4月の5、6日頃、
お墓参りのあとみんなでピクニックなどを楽しむ習慣があった、
といいます。
《題名にある周家のお墓にお参りをして、その後の精進落としで
 発表された詩じゃないでしょうか。
墓場での宴会のせいか、生と死が不思議なかたちで融合しています。》

陶淵明さんの曾祖父が周訪(しゅうほう)という人と親しくしていた
そうで、その後、家族ぐるみでおつき合いをしていたそうです。

 ・・・

諸人共游周家墓柏下
  諸人と共に周家の墓の柏の下に游(あそ)ぶ  陶淵明
 
今日天気佳  今日(こんにち) 天気(てんき)佳(よ)し
清吹与鳴弾  清吹(せいすい)と 鳴弾(めいだん)と
感彼柏下人  彼(か)の柏下(はくか)の人(ひと)に感じては
安得不為歓  安(いづく)んぞ歓(かん)を為(な)さざるを得(え)ん

 今日は天気がよい
 澄んだ笛の音とことの調べがひときわ冴えわたる
 そこの柏の木の下に眠る人のことに心を打たれ
 この場でどうして楽しみを尽くさずにいられようか


「柏(はく)」は、ヒノキの類でお墓に植える常緑樹。
いつも緑なので、亡くなった人の末永き冥福を祈る、というところか。
「楽しみを尽くさずにいられようか」は、

《“自分たちもお墓の中の人のように
 いつかは死ぬのだからせめて今楽しもう”
“亡くなった人を慰め、安心してもらえるよう、
 われわれみんなで楽しもう”》

の二つの意味がある、と宇野さんの解説。


清歌散新声  清歌(せいか) 新声(しんせい)散(さん)じ
緑酒開芳顏  緑酒(りよくしゆ) 芳顏(ほうがん)開(ひら)く
未知明日事  未(いま)だ知(し)らず 明日(みようにち)の事(こと)
余襟良以殫  余(よ)が襟(むね)は良(まこと)に以(すで)に殫(つ)きたり

 清らかな歌声に乗って、新しい音楽が響く
 緑色のうま酒はみんなの顔をほころばせてくれる
 明日の事はわからないけれど
 今のところはまったく思い残すことがなくなった


《“われわれが楽しめばお墓の中の人も楽しむ”》
という発想があるそうです。

基本は社交の詩、でも最後の二句には、無常観が顔を出している、と。

《“われわれも明日は元気でなくなるかも知れないけれど、
 今日のところはまあいいや”》

官職を辞めて、農耕生活はうまくいかず、隠者にもなりきれず、
不安定な日々――そういう生活から、こういう最後の無常感が表れた
のかも? という宇野さんの解説です。


他の解説などでは、陶淵明さんの楽観的な部分をみているようなものが
多いように思います。

「子を責む」のラストでも、

《これが自分に与えられた天命なら、くよくよするのをやめて
 まあまあ、杯の酒を飲み続けることにしようや》

というように、どちらかと言えば、なるようになるさ的な、
楽観主義的な見方を許す言葉がよく見られます。

どこまでが本気かはわかりませんが、
そういうふうに、人生を乗り切ってゆく、のが
陶淵明さんのやり方なのかも知れません。

それはそれで、人の一生はツラいことの連続なのですから。

 ・・・

――次回は、詩風の変化について、晩年の三首目「乞食」を紹介します。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(32)陶淵明(9)詩風の変化を見る(1)「子を責む」他」と題して、今回も全文転載紹介です。

本文中にも書きましたが、久しぶりの「漢詩を読む」です。
陶淵明編もいよいよゴール間近というところでしょうか。

今年前半でなんとかゴールできそうです。
次は、ようやく唐詩に入って行けそうです。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ


--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載

" target="_blank">中国の古典編―漢詩を読んでみよう(32)陶淵明(9)「子を責む」他-楽しい読書385号

--
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

私の読書論193-私の年間ベスト3-2024年〈フィクション系〉初読編『エクトール・セルヴァダック』ヴェルヌ-楽しい読書383号

2025-03-01 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号】


2025(令和6)年2月28日号(vol.18 no.2/No.383)
「私の読書論193-私の年間ベスト3-2024年〈フィクション系〉初読編
『エクトール・セルヴァダック』ジュール・ヴェルヌ」



------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2025(令和6)年2月28日号(vol.18 no.2/No.383)
「私の読書論193-私の年間ベスト3-2024年〈フィクション系〉初読編
『エクトール・セルヴァダック』ジュール・ヴェルヌ」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 2月も終わりますが、昨年2024年の私の年間ベスト3を紹介する
 〈フィクション系〉の2回目、初読編です。

 〈フィクション系〉は、小説や詩などの創作ものです。

 昨年読んだ本は、全部で60冊まで届かず、
 フィクション系も、再読を含めてなんとか40冊程度。

 そのうち初読は、25冊程度。

 その中から、<フィクション系>の初読編ベスト3を――。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 - 今年はジュール・ヴェルヌ没後120年 -

  ~ 私の年間ベスト3・2024フィクション系(後編) ~

  2024年フィクション系<初読編ベスト3>
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ●<初読編ベスト3>候補――メルマガ用の本から

まずは、メルマガ用に読んだ本の中から、
これは良かったという本を上げてみましょう。


◎<左利きミステリ>から

・『日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎』」
創元推理文庫 1984/12/22

――黒岩涙香の翻案小説「血の文字」は、フランスのガボリオの
 <左利きミステリ>「バティニョールの老人」が元となった短編。
 甲賀三郎の「琥珀のパイプ」も<左利きミステリ>でした。


◎2024年岩波文庫フェアの作家<ディーノ・ブッツァーティ>から

・『神を見た犬』ディーノ・ブッツァーティ 関口 英子/訳
光文社古典新訳文庫 2007/4/12

――『タタール人の砂漠』の参考として読んだ短編集でしたが、
 いくつか印象に残る作品がありました。
 そのうちのひとつ「七階」は、色々調べてみましたところ、

『謎の物語』紀田 順一郎/編 ちくま文庫 2012/2/1

 の一編でした。
 他に、「コロンブレ」や表題作「神を見た犬」「天国からの脱落」
 「驕らぬ心」「戦艦《死(トート)》」など、一読の価値ありでしょう。


◎「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から

・『博士の愛した数式』小川洋子 新潮文庫 2005/11/26

――このフェアで選んだ三作のなかでは、これが一番でしょうか。
 いわゆる「奇蹟」がストーリー内で起きていない、
 といえばそうですが、奇跡的な出会いの物語でした。


 ●<初読編ベスト3>候補――短編集から

・『ガイズ&ドールズ』デイモン・ラニアン/著、田口俊樹/訳
新潮文庫 2024.5.29

――一部の短編は、加島祥造さんの訳で昔読んでいるのですが、
 改めて読んでも楽しい作品ばかりでした。一見軽い小説に見えますが、
 人生を考えさせる一面もあり、人情ものという言い方もできます。


・『クイーンの定員I 傑作短編で読むミステリー史』
エラリー・クイーン/著 各務 三郎/編 光文社 1984/5/1

・『クイーンの定員II 傑作短編で読むミステリー史』
エラリー・クイーン/著 各務 三郎/編 光文社 1984/6/1

・『クイーンの定員III 傑作短編で読むミステリー史』
エラリー・クイーン/著 各務 三郎/編 光文社 1984/9/1

――エラリー・クイーン選の海外の短編ミステリ史を改めてお勉強。
 上のラニアンの短編集もその一冊として紹介されています。
 おしまいの方の短編集のいくつかは、
 私のリアルと一致している部分があり、懐かしいものがありました。


【エドワード・D・ホック】

・『怪盗ニック全仕事2』エドワード・D・ホック/著 木村 二郎/訳
創元推理文庫 2015/8/29

・『怪盗ニック全仕事3』エドワード・D・ホック/著 木村 二郎/訳
創元推理文庫 2016/6/22

――その昔、雑誌『ミステリマガジン』やハヤカワ・ミステリ等で
 親しんでいた、好みのキャラクターの一人。軽い娯楽小説で、
 今読んでも楽しめます。続けて読んでいるとちょっとマンネリっぽく
 感じることもあります。しかし、一作ずつ工夫が凝らしてあり、
 雑誌掲載時、人気シリーズだったことが実感できます。カバー絵には、
 それぞれの作品での盗品が散りばめられていて、これを探すのも
 楽しみの一つでしょうね。


・『ガラスの橋 ロバート・アーサー自選傑作集』
ロバート・アーサー/著 小林 晋/訳 扶桑社 海外文庫 2023/7/2

――アンソロジーで読んだ名品「マニング氏の金の木」「ガラスの橋」
 他、「極悪と老嬢」や「非常な男」といったおもしろい作品も収録。


・『歌うダイアモンド』ヘレン・マクロイ/著 好野 理恵ほか/訳
創元推理文庫 2015/2/27

――別れた夫ブレッド・ハリデーによる序文がいい。
 ベイジル・ウィリング博士ものの長編の原型「鏡もて見るごとく」や
 表題作「歌うダイアモンド」等のミステリ意外にSFも含めた短編集。


・『おもいでエマノン』梶尾 真治/著 鶴田 謙二/イラスト
徳間デュアル文庫 2000/9/1

――表題作は<エマノン>シリーズの第一作で、
 SF短編のオールタイム・ベストでも上位に上がる名編です。
 鶴田さんのイラストとともに、気になる一編といっていいでしょう。


 ●<初読編ベスト3>候補――長編から

【ジュール・ヴェルヌ】

・『エクトール・セルヴァダック』ジュール・ヴェルヌ/著 石橋正孝/訳
インスクリプト ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション 2023/4/21

――小彗星の接近という天変地異により、地球から小惑星側に移動した
 人々の冒険というヴェルヌには珍しい宇宙ものの冒険物語。

・『ハテラス船長の航海と冒険』ジュール・ヴェルヌ/著 荒原邦博/訳
インスクリプト ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション 2021/6/30

――地理的冒険の時代の小説で、当時はまだ人類未踏の地であった、
 北極点を目指す狂的なハテラス船長に率いられた人々の冒険を描く。


・『地上最後の刑事』ベン・H・ウィンタース/著 上野 元美/訳
ハヤカワ・ミステリ 2013/12/6
――小惑星衝突が不可避という極限の状況の中でも職務に励む新人刑事の
 真摯な姿が読ませます。
 《私は、あたえられた務めをきちんと果たそうとする人間が好きだ。》
 《私は警察官だ。ずっとなりたいと思っていた。》
 夜勤専門のパトロール警官だったときも、
 《すごく楽しかった。去年の夏でさえも楽しかった。
  とんでもないことが起きて、時代が変わり、そして秋になって、
  仕事がどんどんやりにくくなり、どんどん訳もわからなくなって
  いっても、やっぱり大好きだった。》
 残された時間を自分のために使うために職場を離れる人々がでるなか、
 欠員補充で刑事に昇格したのですが、
 タイミングが悪かったのか運が悪かったのか、失望感を味わっていた。
 そんなとき、殺人事件が起き、期待に胸を躍らせる……。
 《そしていま、今日、ここでついに、(略)なんとまあ、
  これがそうかもしれないと考えている。ついに出会えたかも。》

(文庫版)『地上最後の刑事』ベン・H・ウィンタース/著 上野 元美/訳
ハヤカワ・ミステリ文庫 2016/6/9


・『受験生は謎解きに向かない』ホリー・ジャクソン/著 服部 京子/訳
創元推理文庫 2024/1/11
――日本でも好評だった<女子高生ピップ>シリーズ三部作の主人公の
 前日譚。架空の殺人事件の犯人当てゲームを描く小品(中編)ですが、
 いかにもな高校生ピップらしさと、第一作の人物がチラッと登場する
 ラストが読みどころで、三部作の読者なら十分楽しめるでしょう。


 ●2024年フィクション系<初読編べスト3>

 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡

   【2024年フィクション系<初読編べスト3>】

  (1)『エクトール・セルヴァダック』ジュール・ヴェルヌ/著
    石橋正孝/訳 インスクリプト ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉
    コレクション 2023/4/21


  (2)『地上最後の刑事』ベン・H・ウィンタース/著 上野 元美/訳
ハヤカワ・ミステリ 2013/12/6
(文庫版)『地上最後の刑事』ベン・H・ウィンタース/著 上野 元美/訳
ハヤカワ・ミステリ文庫 2016/6/9


  (3)『ガイズ&ドールズ』デイモン・ラニアン/著、田口俊樹/訳
新潮文庫 2024.5.29


 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡


(3)は、その一部をかつて読んだ、という名短編を含む新訳短編集。
昔なじみといった感じで、特別な感情が入っているかもしれませんね。

(1)は、中学生時代から私の大好きな作家である、ジュール・ヴェルヌの
貴重な、宇宙版の<ロビンソン>ものの長編冒険小説といった印象。
結末が本となったものはヴェルヌのものではなく、編集者である
エッツェルによるもので、ヴェルヌが認めたものだといいます。

(2)は、上のヴェルヌの長編同様、来たるべき彗星の衝突という終末を
背景に描く、人々の生き方に関わる小説で、読み応えがありました。
続刊が二冊あり、それを読むのも楽しみです。

ヴェルヌの作品も、ヴェルヌの結末を採用しますと、地球環境の破壊に
伴う、文明社会の崩壊なども当然起こり、その後の物語をあれこれと
想像してしまいます。
ひょっとすると、そういう続きの物語もあったのかもしれません。

奔放なイマジネーションで読ませる冒険物語『地底旅行』の作家、
ヴェルヌのイマジネーションをもってすれば、こういう結末もありか、
という気がします。

それに対して、夢オチのようにまとめる編集者エッツェルの結末は、
無難ではありますが、ある意味で軽いとも言える結末です。
小説としてまとめる意味では、
それはそれでいいのかもしれませんけれど……。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「私の読書論194-私の年間ベスト3-2024年〈フィクション系〉初読編『エクトール・セルヴァダック』ジュール・ヴェルヌ」と題して、今回も全文転載紹介です。

今回は、全文紹介です。

特に理由はありませんけれど、ときどきこういう風に、メルマガ内容を公開することで、メルマガの宣伝をしてみようということです。
宣伝になればいいのですが。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ


--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載

" target="_blank">私の読書論193-私の年間ベスト3-2024年〈フィクション系〉初読編『エクトール・セルヴァダック』ヴェルヌ-楽しい読書383号

--
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

レフティやすおの楽しい読書381号-告知-私の読書論193-私の年間ベスト3-2024年〈フィクション系〉再読編『ホビットの冒険』

2025-02-02 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号・告知】


2025(令和6)年1月31日号(vol.18 no.1/No.381)
「私の読書論193-私の年間ベスト3-2024年〈フィクション系〉再読編
『ホビットの冒険』」



------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2025(令和6)年1月31日号(vol.18 no.1/No.381)
「私の読書論193-私の年間ベスト3-2024年〈フィクション系〉再読編
『ホビットの冒険』」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 遅ればせながら、昨年2024年の私の年間ベスト3を紹介する
 〈フィクション系〉です。

 〈フィクション系〉は、小説や詩などの創作ものです。

 昨年読んだ本は、全部で60冊まで届かず、
 フィクション系も、再読を含めてなんとか40冊程度。
 以前は、再読を含めても50冊以上は読んでいました。

 その点ではちょっと不本意なところもありますが、
 その中からのベスト3ですので、あしからず。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 - 今年も、昔の感覚に間違いはなかった!? -

  ~ 私の年間ベスト3・2024フィクション系(前編) ~

  2024年フィクション系ほぼ全書名紹介&<再読編ベスト3>

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ●2024年の傾向と分類

2024年は、40冊程度。
うち再読が、凡そ半分18冊程度。

再読といいましても、新訳版・他社版・新装版等もあって、
限定しにくい面があります。

そこで今年も、<再読編ベスト3>と<初読編ベスト3>とに分けて
紹介してみましょう。

 ・・・

例年のように簡単に分類してみます。

(1)メルマガ用の本
(2)それ以外の古典の名作
(3)小説や左利き本等著作のための勉強本
(4)個人的な趣味で、好きな作家、
 ミステリ(推理小説)やSF、冒険小説など

*(再):自分の蔵書の再読本、[再]:作品そのものは再読、本は新本


 ●(1)メルマガ用の本

・『日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎』」
創元推理文庫 1984/12/22
・『お人好しの放課後 御出学園帰宅部の冒険』阿藤玲
創元推理文庫 2017/8/31

――以上、<左利きミステリ>


・『陶淵明 全詩文集』林田慎之助/訳注 ちくま学芸文庫 2022/1/8

*参照:『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』
2024(令和6)年10月31日号(vol.17 no.19/No.376)
「中国の古典編―漢詩を読んでみよう(31)陶淵明(8)村人たちと
「飲酒二十首」其の十四、其の九」

【最新号・告知】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.10.31
レフティやすおの楽しい読書376号-告知-中国の古典編―
漢詩を読んでみよう(31)陶淵明(8)村人たちと「飲酒二十首」
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/10/post-dd55d8.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/28a764aef4d8bdd85e7c3f0bbf475ac5


・(再)『ホビットの冒険――ゆきてかえりし物語 <第四版・注釈版>』
J・R・R・トールキン/著 山本史郎/訳 原書房 1997.11.10/2002.3.20
(『新版 ホビット――ゆきてかえりし物語 <第四版・注釈版>』
J・R・R・トールキン/著 山本史郎/訳 原書房 2012/11/12)

・[再]『最新版 指輪物語1 旅の仲間 上』J・R・R・トールキン/著
瀬田貞二, 田中明子/訳 評論社文庫 2022/10/19
・[再]『最新版 指輪物語2 旅の仲間 下』J・R・R・トールキン/著
瀬田貞二, 田中明子/訳 評論社文庫 2022/10/19

*参照:『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』
2024(令和6)年4月15日号(vol.17 no.7/No.364)
「私の読書論183-トールキン『指輪物語』(第一巻・第二巻)70周年」

【別冊 編集後記】2024.4.15
私の読書論183-トールキン『指輪物語』70周年-楽しい読書364号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/04/post-f5aa70.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/ec7e37f6a896cbc7db84584c1518634b


・『神を見た犬』ディーノ・ブッツァーティ 関口 英子/訳
光文社古典新訳文庫 2007/4/12
・『タタール人の砂漠』ブッツァーティ/作 脇 功/訳
岩波文庫 2013/4/17

*参照:古典から始める レフティやすおの楽しい読書
2024(令和6)年6月30日号(vol.17 no.12/No.369)
「私の読書論187-2024年岩波文庫フェアから『タタール人の砂漠』」

『レフティやすおのお茶でっせ』2024.6.30
私の読書論187-2024年岩波文庫フェアから『タタール人の砂漠』
-楽しい読書369号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/06/post-833bdb.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/1a2dfc9f51edb19c7b68c715e2fefd78


・『ナミヤ雑貨店の奇蹟』東野圭吾 角川文庫 2014/11/22

*参照:古典から始める レフティやすおの楽しい読書
2024(令和6)年7月15日号(vol.17 no.13/No.370)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(1)角川文庫・
『ナミヤ雑貨店の奇蹟』東野圭吾」

『レフティやすおのお茶でっせ』2024.7.15
[新潮・角川・集英社]<夏の文庫>フェア2024から(1)
角川文庫『ナミヤ雑貨店の奇蹟』東野圭吾-楽しい読書370号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/07/post-297be6.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/dec18f6edd8ec927530af1a28ba45de1


・『鉄道員(ぽっぽや)』浅田 次郎/著 集英社文庫 2000.3

*参照:古典から始める レフティやすおの楽しい読書
2024(令和6)年7月31日号(vol.17 no.14/No.371)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(2)集英社文庫・
浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』から「ラブ・レター」」

『レフティやすおのお茶でっせ』2024.7.31
[新潮・角川・集英社]<夏の文庫>フェア2024から(2)
集英社文庫『鉄道員(ぽっぽや)』浅田次郎-楽しい読書371号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/07/post-001c65.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/f4ce521f8ecee71271203e74823b460f


・『博士の愛した数式』小川洋子 新潮文庫 2005/11/26

*参照:古典から始める レフティやすおの楽しい読書
2024(令和6)年8月31日号(vol.17 no.15/No.372)
「新潮・角川・集英社<夏の文庫>フェア2024から(3)新潮文庫・
小川洋子『博士の愛した数式』」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.8.31
[新潮・角川・集英社]<夏の文庫>フェア2024から(3)新潮文庫・
小川洋子『博士の愛した数式』-楽しい読書372号
23:40 2024/08/25
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/08/post-d9f901.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/219efd8040d39871150fdab98bf44954


・[再]完訳版『十五少年漂流記 二年間の休暇』ヴェルヌ/著
鈴木雅生/訳 光文社古典新訳文庫 2024/7/10 
・『少年船長の冒険』ジュール・ヴェルヌ 土居寛之・荒川浩充/訳
角川文庫 昭和56(1981)/10/1

*参照:『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』
2024(令和6)年10月15日号(vol.17 no.18/No.375)
「私の読書論189-完訳版『十五少年漂流記 二年間の休暇』
(ジュール・ヴェルヌ 光文社古典新訳文庫)を読む」

【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.10.15
レフティやすおの楽しい読書375号-完訳版ヴェルヌ
『十五少年漂流記 二年間の休暇』を読む【別冊 編集後記】
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/10/post-ce97b4.html

『レフティやすおのお茶でっせ』2024.7.28
光文社古典新訳文庫から完訳版『十五少年漂流記 二年間の休暇』
ヴェルヌ/鈴木雅生訳 が発売
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/07/post-579d65.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/8655ac0ebc9b20c696b589d7d66e1b24


 ●(2)それ以外の古典の名作

・『ガイズ&ドールズ』デイモン・ラニアン/著、田口俊樹/訳
新潮文庫 2024.5.29

*参照:『レフティやすおのお茶でっせ』2024.6.21
新潮文庫にデイモン・ラニアン(『ガイズ&ドールズ』)が帰ってきた!
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/06/post-957440.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/342752af4485ba7edf05148c30f1b7e6


【ジュール・ヴェルヌ】

・(再)『緑の光線』中村三郎、小高美保/訳 文遊社 2014/7/30
・[再]『シャーンドル・マーチャーシュ 地中海の冒険(上)』
三枝大修/訳 幻戯書房 ルリユール叢書 2023/5/18
・[再]『シャーンドル・マーチャーシュ 地中海の冒険(下)』
三枝大修/訳 幻戯書房 ルリユール叢書 2023/5/18
・『エクトール・セルヴァダック』石橋正孝/訳 インスクリプト
ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション 2023/4/21
・『ハテラス船長の航海と冒険』荒原邦博/訳 インスクリプト
ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション 2021/6/30
――完訳版『十五少年漂流記 二年間の休暇』を読んだことで、
「未読の作品があったなあ」と思い出し、図書館へ。



 ●(3)小説や左利き本等著作のための勉強本

・『クイーンの定員I 傑作短編で読むミステリー史』
エラリー・クイーン/著 各務 三郎/編 光文社 1984/5/1
・『クイーンの定員II 傑作短編で読むミステリー史』
エラリー・クイーン/著 各務 三郎/編 光文社 1984/6/1
・『クイーンの定員III 傑作短編で読むミステリー史』
エラリー・クイーン/著 各務 三郎/編 光文社 1984/9/1
――エラリー・クイーンの編んだ、ポー以降の傑作、あるいは歴史的に
希少価値のあるミステリ短編集を集めた評論『クイーンの定員』から、
代表的な短編を集めたアンソロジーで、海外の短編ミステリ史を改めて
お勉強。


 ●(4)個人的な趣味で、好きな作家、
 ミステリ(推理小説)やSF、冒険小説など

【ディック・フランシス】

・(再)『障害』菊池光/訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1982/7/1
・(再)『配当』菊池光/訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1987/7/1
・(再)『奪回』菊池光/訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1989/11/1
・(再)『証拠』菊池光/訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1990/8/1
・(再)『侵入』菊池光/訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1991/8/1
・(再)『連闘』菊池光/訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1992/10/1
・(再)『直線』菊池光/訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1995/8/1
・(再)『標的』菊池光/訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1996/9/1
――フランシスの<競馬>シリーズの本を整理しようかと思い、
手持ちの文庫本を再読中。


【ジョー・R・ランズデール】

・(再)『ボトムズ』北野 寿美枝/訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 2005/3/24
・(再)『ダークライン』匝瑳 玲子/訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 2006/7/1
――ともに、南部の人種差別に関する歴史ミステリ+少年時代の思い出、
といった内容の読み応えがあるミステリです。


【エドワード・D・ホック】

・『怪盗ニック全仕事2』木村 二郎/訳 創元推理文庫 2015/8/29
・『怪盗ニック全仕事3』木村 二郎/訳 創元推理文庫 2016/6/22
――依頼によって2万ドルの料金で価値のないものを専門に盗む、
短編ミステリの巨匠ホックが産み出したユニークな<怪盗ニック>が、
今までに手がけたすべての仕事を順に収録する短編集、全6巻中の2冊。


【梶尾真治】

・『おもいでエマノン』梶尾 真治/著 鶴田 謙二/イラスト
徳間デュアル文庫 2000/9/1
・『かりそめエマノン』梶尾 真治/著 鶴田 謙二/イラスト
徳間デュアル文庫 2001/10/1
――地球に現れた最初の動物から現在の動物までの全記憶を持つという、
女の子<エマノン>のシリーズ。第一作からの短編集と初の中編。


・『九人の偽聖者の密室』H・H・ホームズ/著 白須清美/訳
山口雅也/監修, 企画・原案 国書刊行会 奇想天外の本棚 2022/9/24
――海外の密室ミステリのベスト10に選ばれている、歴史的な一編。

・『ガラスの橋 ロバート・アーサー自選傑作集』
ロバート・アーサー/著 小林 晋/訳 扶桑社 海外文庫 2023/7/2
――「51番目の密室」等で知られるエドガー賞を2度受賞した短編作家
の日本初のミステリ短編集。アンソロジーで読んだ作品も多く収録されている。

・『地上最後の刑事』ベン・H・ウィンタース/著 上野 元美/訳
ハヤカワ・ミステリ 2013/12/6
――半年後、小惑星の衝突で世界が終わる、という極限の状況の中でも
職務に励む新人刑事の真摯な姿を描く。

・『受験生は謎解きに向かない』ホリー・ジャクソン/著 服部 京子/訳
創元推理文庫 2024/1/11
――高校生ピップの『自由研究には向かない殺人』以下の三部作の前日譚!
架空の殺人事件の犯人当てゲーム。

・『歌うダイアモンド マクロイ傑作選』ヘレン・マクロイ/著
好野 理恵ほか/訳 創元推理文庫 2015/2/27
――別れた夫ブレッド・ハリデーによる序文、SF短編、後に長編
「暗い鏡の中に」となった原型短編「鏡もて見るごとく」も含む、
ヴァラエティ豊かなミステリ短編集。

・『黒い錠剤 スウェーデン国家警察ファイル』 パスカル・
エングマン/著 清水 由貴子/訳 ハヤカワ・ミステリ 2023/11/7
――警察の捜査と謎の人々の行動を交互に描く警察小説。

・[再]『ポアロ登場』アガサ・クリスティー/著 真崎 義博/訳
 ハヤカワ文庫・クリスティー文庫 2004/7/15
――作家としての最初期の雑誌掲載のポアロもの短編集。


 ●<再読ベスト3>候補

・(再)『ホビットの冒険――ゆきてかえりし物語 <第四版・注釈版>』
J・R・R・トールキン/著 山本史郎/訳 原書房 1997.11.10/2002.3.20
(『新版 ホビット――ゆきてかえりし物語 <第四版・注釈版>』
J・R・R・トールキン/著 山本史郎/訳 原書房 2012/11/12)

・[再]『最新版 指輪物語1 旅の仲間 上』J・R・R・トールキン/著
瀬田貞二, 田中明子/訳 評論社文庫 2022/10/19
・[再]『最新版 指輪物語2 旅の仲間 下』J・R・R・トールキン/著
瀬田貞二, 田中明子/訳 評論社文庫 2022/10/19

――改めて『ホビット』を読んでみて、やはり面白かったなあ、と。
この本は作品だけでなく、注釈版とあるように、その辺の情報が、
中でも各国語版のイラストが、収録されていて楽しめます。

この『指輪物語』の文庫版は、偶然、本屋さんで見つけたものでした。
従来の文庫版は、活字が小さくて、読みづらかったものでした。
これは、最近の文庫本とおなじで、大きめの活字になっていて、
老眼にもやさしいものになっています。

まだ第一部を読んだだけです。
おもしろいとは思うのですが、もう一つ次から次へと読もう、
と思うほどではないと感じました。
なぜでしょうか?

この作品は、もう50年近く前に、
私が『詩とメルヘン』という雑誌の読者欄に投書した文章を読んだ
女子大生からお手紙をもらい、そこにオススメとして紹介されていて、
読んだものでした。
その時は楽しく読んだような記憶がありました。
あれだけの長さの本を次々読んでいたのですから。

しかし今回は、全体に暗く、かつ少し冗長な印象を受けました。
ある程度ストーリーを知っているということもあるのかもしれません。


・[再]完訳版『十五少年漂流記 二年間の休暇』ヴェルヌ/著
鈴木雅生/訳 光文社古典新訳文庫 2024/7/10 

――過去に縮約版と完訳版を読んでいますが、
今回は違う出版社の新訳・完訳版での再読です。
けっこう忘れているのと、挿絵が全点収録されているので、
思った以上に楽しめました。

・[再]『シャーンドル・マーチャーシュ 地中海の冒険(上)』
ジュール・ヴェルヌ/著 三枝大修/訳 幻戯書房 ルリユール叢書 2023/5/18
・[再]『シャーンドル・マーチャーシュ 地中海の冒険(下)』
ジュール・ヴェルヌ/著 三枝大修/訳 幻戯書房 ルリユール叢書 2023/5/18

――これは、昔、高校生時代に、集英社から出ていた
コンパクト・ブックス版の<ヴェルヌ全集>で読んだものでした。
その後、集英社文庫で復刊されています。
(旧訳版・集英社文庫<ジュール・ヴェルヌ・コレクション>
『アドリア海の復讐(上)(下)』)
大デュマの『モンテクリスト伯』のヴェルヌ版といわれる冒険小説です。
今回新訳版の新本で読み直しても、おもしろいものでした。
この本は、ヴェルヌ作品ではお楽しみの一つである、
挿絵もすべて収録されていて、楽しめるものでした。
ただし、問題がひとつあり、新書版のハードカヴァーなのですが、
活字が小さく、老眼にはキツいものがありました。


・(再)『ダークライン』ジョー・R・ランズデール/著 匝瑳 玲子/訳
 ハヤカワ・ミステリ文庫 2006/7/1

――この作品は、アメリカ南部の黒人問題を取り上げている、
ミステリです。
前作『ボトムズ』もそうなのですが、ミステリ的にはそっちの方が上で、
アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞も受賞しています。
でも、少年と黒人のおじいさんとの交流を描くこちらの方が、
小説として興味深く読めました。


・(再)『証拠』ディック・フランシス 菊池光/訳
 ハヤカワ・ミステリ文庫 1990/8/1
・(再)『標的』菊池光/訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1996/9/1

――フランシスの本の中では、『証拠』が一番いい感じでした。
最愛の妻を亡くした主人公が、偶然遭遇した事件に立ち向かいます。
『標的』は、定職を捨てて小説に挑んでいる新進作家が主人公で、
その辺のところを興味深く読みました。



 ●2024年フィクション系<再読編べスト3>

 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡

   【2024年フィクション系<再読編べスト3>】

  (1)『ホビットの冒険――ゆきてかえりし物語 <第四版・注釈版>』
J・R・R・トールキン/著 山本史郎/訳 原書房 1997.11.10/2002.3.20

  (2)『シャーンドル・マーチャーシュ 地中海の冒険(上)』
ジュール・ヴェルヌ/著 三枝大修/訳 幻戯書房 ルリユール叢書 2023/5/18
   『シャーンドル・マーチャーシュ 地中海の冒険(下)』
ジュール・ヴェルヌ/著 三枝大修/訳 幻戯書房 ルリユール叢書 2023/5/18

  (3)『ダークライン』ジョー・R・ランズデール/著 匝瑳 玲子/訳
 ハヤカワ・ミステリ文庫 2006/7/1

 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡 ☆彡 ★彡


どれも、名作です。
ランズデールの作品がネームバリューで落ちるかもしれませんが、
私の心に残したものは、A級です。

機会があれば、ぜひ御一読を!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本誌では、「私の読書論193-私の年間ベスト3-2024年〈フィクション系〉再読編『ホビットの冒険』」と題して、今回は全文転載紹介です。

私の昨年一年の<フィクション系>の読書の記録です。

こんな本を読んでるのか、とちょっと恥ずかしい部分もありますが、毎年続けてきましたので、今年も恥を忍んで。

なにかの足しになれば、と思います。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ


--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載

" target="_blank">レフティやすおの楽しい読書381号-告知-私の読書論193-私の年間ベスト3-2024年〈フィクション系〉再読編『ホビットの冒険』

--
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

レフティやすおの楽しい読書380号-告知-私の読書論192-私の年間ベスト3-2024年〈リアル系〉『都筑道夫の小説指南』

2025-01-17 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号・告知】


2024(令和6)年12月31日号(vol.17 no.23/No.380)
「私の読書論192-私の年間ベスト3-2024年〈リアル系〉」
『都筑道夫の小説指南―増補完全版』中央公論新社」



--
今年も一年お世話になりました。

コロナ禍以降、心身共に体調不良もありました。
それでも、コロナ禍も一応収まり、
その後少しずつですが、体調も戻りつつある気がします。

来年もなんとか続けていけそうです。
これからもおつき合いの程、よろしくお願いいたします。

レフティやすお <(_ _)>


------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2024(令和6)年12月31日号(vol.17 no.23/No.380)
「私の読書論192-私の年間ベスト3-2024年〈リアル系〉」
『都筑道夫の小説指南―増補完全版』中央公論新社」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 今年も早一年の最終日を迎えました。
 年末年始恒例の「私の年間ベスト3」を。

 その年、もしくは前年に私が読んだ本から
 オススメの「私の年間ベスト3」を選ぶという企画です。

 まずは、「リアル系」から。

 ・・・

 「リアル系」とは、いわゆる論文やエッセイ系の著作、
 実用書のような解説系のものも含めて、を言います。

 それに対して、小説や詩等の文芸作品は「フィクション系」。

 「フィクション」に対しては
 「ノン・フィクション」という言葉があります。

 でも「ノン・フィクション」というと、
 またそれで一つのジャンルのようになってしまうので、
 あえて、どなたかが使っていた
 「リアル系」という言葉を使っています。

 エッセイの中には、フィクションと見まがうような、
 ホラ話的な内容の境界線上の作品もありますけれど。

 まあ、ここでは、論文に準ずるような著作とお考えください。
 言わんとすることは分かりますよね。

 ――と、これは毎度の台詞でした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 - メルマガの為に読んだ本ばかり?(今年も?) -

  ~ 私の年間ベスト3・2024年〈リアル系〉~

 『都筑道夫の小説指南―増補完全版』都筑 道夫/著 中央公論新社

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ●2024年の傾向

ここ数年コロナ禍の影響で読書量が減り、少しずつ回復してきましたが、
2020年以降、特にリアル系の読書が減ってしまっています。

今年の読書総数は、60冊どまり――。

リアル系は15冊程度。

今年もまたそのほとんどは、私の二つのメルマガ用に読んだものでした。

ということで、例年通り簡単に分類していきましょう。


 ●(1)メルマガ用のお勉強本―中国漢詩、読書、左利き関連

◆メルマガ『古典から始める レフティやすおの楽しい読書』向け――

(以下、略)


(画像:『2028年 街から書店が消える日 ~本屋再生!識者30人からのメッセージ~』小島俊一/著 プレジデント社 2024/5/22
――<元本屋の兄ちゃん>の<町の本屋>論の参考書の一つ。)


◆メルマガ『左利きで生きるには 週刊ヒッキイhikkii』向け――

(以下、略)


(画像:『左利きの歴史:ヨーロッパ世界における迫害と称賛』ピエール=ミシェル・ベルトラン/著 久保田 剛史/訳 白水社 2024/6/27
――タイトル通り、左利きのフランス人によるヨーロッパ(主に
 フランス)における左利き迫害の歴史と、その後の少しずつの解放に
 ついての著書。訳者も左利き。原著は2008年の第二版。)


(画像:『すみれのスミレの花かご ヴァイオリンのある喫茶室』松野迅/著  未來社 1992/1/1
――左利きのヴァイオリニスト・まつのじん(松野迅)さんの、初エッセイ集。自身の左利きにまつわる話、左利きとヴァイオリンの話などにふれた「涙のひだりきき」という文章を含む。

 ●(2)その他の古典系のお勉強本
 ●(3)小説や左利き本等の著作のためのお勉強本


(画像:『都筑道夫の小説指南―増補完全版』都筑 道夫/著 中央公論新社 2023/10/23
――こちらはズバリエンタメ小説の書き方を実地に、多面的に指南する、都筑流創作術の完全増補版。没後20年記念刊行。評論やエッセイ、推理小説を十代から読んできた作家さんだけに生の創作論で楽しい。)

 ●(4)個人的な趣味、仏教や空海・弘法大師に関する本
 ●私の2023年〈リアル系〉ベスト3候補
 ●私の年間ベスト―2024年〈リアル系〉
 ●小説について思うこと

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

今回も冒頭のみの転載です。
冒頭以下は、見出しのみで本文は省略させていただきました。

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ


--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
レフティやすおの楽しい読書380号-告知-私の読書論192-私の年間ベスト3-2024年〈リアル系〉『都筑道夫の小説指南』
--
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

レフティやすおの楽しい読書379号-告知-私の読書論191-<町の本屋>論(8)産経新聞記事11/9産経WESTより

2024-12-17 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号・告知】


2024(令和6)年12月15日号(vol.17 no.22/No.379)
「私の読書論191-<町の本屋>論(8)産経新聞記事11/9産経WEST
「消えてゆく本屋さん~」より」


------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2024(令和6)年12月15日号(vol.17 no.22/No.379)
「私の読書論191-<町の本屋>論(8)産経新聞記事11/9産経WEST
「消えてゆく本屋さん~」より」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 昨年9月から散発的に綴ってきました、本屋さん減少を嘆く
 <元本屋の兄ちゃん>による<町の本屋>論の8回目となります。

【過去7回の<私の「町の本屋」論>】

(1)2023(令和5)年9月15日号(No.350)
「私の読書論174-消えゆく書店と紙の本」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.9.15
私の読書論174-消えゆく書店と紙の本-楽しい読書350号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/09/post-f7ab5e.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/a65f07da56cc868147fbd49d01c3c4bf

(2)2023(令和5)年10月15日号(No.352)
「私の読書論175-出版業界―または本と本屋のこと」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.10.15
私の読書論175-出版業界―または本と本屋のこと-楽しい読書352号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/10/post-d8d8ec.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/7b9a38985fcfd574650e4c54eba355c1

(3)2023(令和5)年11月15日号(No.354)
「私の読書論176-読書週間に関する新聞記事から思ったこと」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.11.15
私の読書論176-読書週間に関する新聞記事から思ったこと
-楽しい読書354号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/11/post-7462e0.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/d498bde194e54d8e97a5d018d683f607

(4)2023(令和5)年12月15日号(No.356)
「私の読書論177-個性的な本屋の作り方を学ぶ
―『美しい本屋さんの間取り』から」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.12.15
私の読書論177-個性的な本屋の作り方を学ぶ―
『美しい本屋さんの間取り』-楽しい読書356号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/12/post-bf19e5.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/79bec3e02805048065d5ea41387e2c55

(参考書)
『美しい本屋さんの間取り』エクスナレッジ X-Knowledge 2022/12/29
『美しい本屋さんの間取り』(Amazonで見る)


(5)2024(令和6)年5月15日号(vol.17 no.5/No.366)
「私の読書論184-がんばれ!町の本屋さん」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.5.15
私の読書論184-がんばれ!町の本屋さん-楽しい読書366号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/05/post-5a5bc2.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/8a1d7f9a2989edbd174487963269b52b

(6)2024(令和6)年9月15日号(vol.17 no.16/No.373)
「私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.9.15
私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より-楽しい読書373号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/09/post-4d9a04.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/7555773c70cfe4846b3dc367dbf5493c

(7)2024(令和6)年11月15日号(vol.17 no.20/No.377)
「私の読書論190-<町の本屋>論(7)産経新聞記事10/27朝刊記事
「書店が消えない処方箋」より」
【最新号・告知】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.11.15
レフティやすおの楽しい読書377号-告知-
私の読書論190-<町の本屋>論(7)産経新聞10/27朝刊記事より
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/11/post-6b5805.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/22c8bc62482c03566e741b6b67100f12

(参考書)
『2028年 街から書店が消える日 ~本屋再生!識者30人からの
メッセージ~』小島俊一/著 プレジデント社 2024/5/22
『2028年 街から書店が消える日』(Amazonで見る)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 - 私の読書論191 -

  ~ がんばれ!町の本屋さん <私の「町の本屋」論>8 ~

  産経新聞11月9日記事・産経WEST「消えてゆく本屋さん~」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ●産経新聞(産経WEST)の記事――「消えてゆく本屋さん~」より

「秋の読書推進月間」中の産経新聞(産経WEST)の
本屋の減少に関する記事が掲載されました。


消えてゆく本屋さん 国も警鐘鳴らす 背景には「薄利多売」な慣習も
2024/11/9 18:49
横山 由紀子
https://www.sankei.com/article/20241109-OT4WXWIVT5NNVAVRT3IWSVEYZM/

今回は↑の記事をもとに記事内容を紹介しながら、
私の意見を書いてゆきましょう。


(画像:産経新聞11月9日記事「消えてゆく本屋さん~」より、全国で減少が続く書店だが、思わぬ本と出合えるなどネット書店にはない魅力がある =大阪市 の画像)

 ・・・

(以下、略)


(画像:同記事より、出版物の推定販売金額 書店の店舗数 のグラフ)

 ●本はどこで買えばいいの?
 ●書店減少の背景――(1)電子出版(2)雑誌(3)流通


(画像:同記事より、出版業界の流通システム の画像)

 ●書店の在り方
 ●作家・今村翔吾さんの試みと、書店の楽しみ
 ●多彩な書店の展開=旧態依然の出版流通構造の結果
 ●改革待ったなし
 ●問題点と改革について

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

今回も冒頭のみの転載です。
冒頭以下は、見出しのみで本文は省略させていただきました。

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

 ・・・

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ

--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
レフティやすおの楽しい読書379号-告知-私の読書論191-<町の本屋>論(8)産経新聞記事11/9産経WESTより
--
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

レフティやすおの楽しい読書378号-告知-クリスマス・ストーリーをあなたに~(14)-2024-デイモン・ラニアン「三人の賢者」

2024-12-02 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号・告知】


2024(令和6)年11月30日号(No.378)
「クリスマス・ストーリーをあなたに~(14)-2024-
デイモン・ラニアン「三人の賢者」クリスマス・イヴの出産」



------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2024(令和6)年11月30日号(No.378)
「クリスマス・ストーリーをあなたに~(14)-2024-
デイモン・ラニアン「三人の賢者」クリスマス・イヴの出産」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 

 今年もはやクリスマス・ストーリーの紹介の季節となりました。

 昨年の<クリスマス・ストーリーをあなたに>で紹介しました、
 シーベリン・クィン「道」を収録している
 『クリスマス・ストーリー集1 贈り物』の冒頭一番に収録されている
 作品を今回は紹介します。

 今年、新潮文庫で第一短編集『ガイズ&ドールズ』が紹介された、
 アメリカの作家デイモン・ラニアンの短編です。
私の好きな作家の一人でもあります。


▼昨年の<クリスマス・ストーリーをあなたに>

2023(令和5)年11月30日号(No.355)
「クリスマス・ストーリーをあなたに~(13)-2023-
シーベリン・クィン「道」もうひとつのサンタ物語」
2023.11.30
クリスマス・ストーリーをあなたに~(13)-2023-
「道」もうひとつのサンタ物語-楽しい読書355号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/11/post-e79b41.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/0fb316f1636ea7b24674e4db294cac83

▼デイモン・ラニアンと第一短編集『ガイズ&ドールズ』について

2024.6.21
新潮文庫にデイモン・ラニアン(『ガイズ&ドールズ』)が帰ってきた!
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/06/post-957440.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/342752af4485ba7edf05148c30f1b7e6

『ガイズ&ドールズ』デイモン・ラニアン/著、田口俊樹/訳 2024.5.29


★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡
 ☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡

-クリスマス・ストーリーをあなたに (14)- 2024

  ~ クリスマス・イヴの出産に立ち会う三人の男たちの物語 ~

  デイモン・ラニアン「三人の賢者」加島祥造/訳

 ☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡
★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡


 ●過去の ~クリスマス・ストーリーをあなたに~

一回毎、一年ごとに【古典編】と【現代編】を交互に紹介してきました。

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

【古典編】
 チャールズ・ディケンズ『クリスマス・キャロル』『鐘の音』
 ワシントン・アーヴィング『昔なつかしいクリスマス』
 ライマン・フランク・ボーム『サンタクロースの冒険』
メアリー・E・ペン「ファンダーハーフェン老人の遺言状」
 クリストファー・モーリー「飾られなかったクリスマス・ツリー」

【現代編】
 トルーマン・カポーティ「あるクリスマス」「クリスマスの思い出」
 アガサ・クリスティー「水上バス」
 コニー・ウィリス「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」「まれびとこぞりて」
 梶尾真治「クリスマス・プレゼント」、ジョー・ネスボ『その雪と血を』
 ドナルド・E・ウェストレイク「パーティー族」
 シーベリン・クィン「道」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

参照:
『レフティやすおのお茶でっせ』2023.11.27
クリスマス・ストーリーをあなたに~全リスト:
『レフティやすおの楽しい読書』BNから
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/11/post-1995dd.html


 ●デイモン・ラニアン「三人の賢者」――ストーリー

「三人の賢者」The Three Wise Guys (1933) 加島祥造/訳

*デイモン・ラニアン「三人の賢者」収録の短編集――
・『贈り物 クリスマス・ストーリー集1』長島良三/編 角川文庫
 1978(昭和53)/11/30


(画像:角川文庫版のクリスマス・ストーリーのアンソロジー全二巻『贈り物 クリスマス・ストーリー集1』、『クリスマスの悲劇 クリスマス・ストーリー集2』)

・デイモン・ラニアン『ブロードウェイの出来事』加島祥造/訳 新書館
(1977)
→『ブロードウェイ物語2 ブロードウェイの出来事』加島祥造/訳
 新書館(新装版)(1987/12/1)


(画像:デイモン・ラニアンの本=加島祥造/訳<ブロードウェイ物語>短編集(新書館・刊)『野郎どもと女たち』『ブロードウェイの出来事』『ロンリー・ハート』『街の雨の匂い ブロードウェイ物語 4』と新潮文庫『ブロードウェイの天使』加島祥造/訳、『ガイズ&ドールズ』田口俊樹/訳、の六冊)

(以下、略)

 ●星を目当てに見つけた納屋には妊産婦が……
 ●工場の事務所の強盗事件
 ●ブロンディは金を返して……
 ●三人の賢者
 ●山形孝夫『読む聖書事典』から「三人の博士」

*山形孝夫『読む聖書事典』ちくま学芸文庫 2015/12/9

 ●原題「The Three Wise Guys」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

今回も冒頭のみの転載です。
冒頭以下は、見出しのみで本文は省略させていただきました。

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ


--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
レフティやすおの楽しい読書378号-告知-クリスマス・ストーリーをあなたに~(14)-2024-デイモン・ラニアン「三人の賢者」
--
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

レフティやすおの楽しい読書377号-告知-私の読書論190-<町の本屋>論(7)産経新聞10/27朝刊記事より

2024-11-18 | 本・読書
古典から始める レフティやすおの楽しい読書(まぐまぐ!)
【最新号・告知】


2024(令和6)年11月15日号(vol.17 no.20/No.377)
「私の読書論190-<町の本屋>論(7)産経新聞記事10/27朝刊記事
「書店が消えない処方箋」より」


------------------------------------------------------------------
◇◆◇◆ 古典から始める レフティやすおの楽しい読書 ◆◇◆◇
------------------------------------------------------------------
2024(令和6)年11月15日号(vol.17 no.20/No.377)
「私の読書論190-<町の本屋>論(7)産経新聞記事10/27朝刊記事
「書店が消えない処方箋」より」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 昨年9月から10月、11月、12月と、今年5月、9月と、
 読書習慣を持つ人の減少、および町の本屋さんの減少に関して、
 読書について、本という文化について、
 そしてその発信源としての書店の存在と、
 私なりに考えた出版業界、書店の改革について書いてきました。
 今回は、その7回目となります。

 過去の文章もあくまで「元本屋の兄ちゃん」として、一読者としての、
 私見に過ぎません――と言いつつも、本質を説いているつもりです。
 でも、まあ、気軽にお読み下さい。

【過去5回の<私の「町の本屋」論>】

2023(令和5)年9月15日号(No.350)
「私の読書論174-消えゆく書店と紙の本」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.9.15
私の読書論174-消えゆく書店と紙の本-楽しい読書350号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/09/post-f7ab5e.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/a65f07da56cc868147fbd49d01c3c4bf

2023(令和5)年10月15日号(No.352)
「私の読書論175-出版業界―または本と本屋のこと」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.10.15
私の読書論175-出版業界―または本と本屋のこと-楽しい読書352号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/10/post-d8d8ec.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/7b9a38985fcfd574650e4c54eba355c1

2023(令和5)年11月15日号(No.354)
「私の読書論176-読書週間に関する新聞記事から思ったこと」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.11.15
私の読書論176-読書週間に関する新聞記事から思ったこと
-楽しい読書354号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/11/post-7462e0.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/d498bde194e54d8e97a5d018d683f607

2023(令和5)年12月15日号(No.356)
「私の読書論177-個性的な本屋の作り方を学ぶ
―『美しい本屋さんの間取り』から」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2023.12.15
私の読書論177-個性的な本屋の作り方を学ぶ―
『美しい本屋さんの間取り』-楽しい読書356号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2023/12/post-bf19e5.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/79bec3e02805048065d5ea41387e2c55

(参考書)
『美しい本屋さんの間取り』エクスナレッジ X-Knowledge 2022/12/29


2024(令和6)年5月15日号(vol.17 no.5/No.366)
「私の読書論184-がんばれ!町の本屋さん」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.5.15
私の読書論184-がんばれ!町の本屋さん-楽しい読書366号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/05/post-5a5bc2.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/8a1d7f9a2989edbd174487963269b52b

2024(令和6)年9月15日号(vol.17 no.16/No.373)
「私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より」
【別冊 編集後記】『レフティやすおのお茶でっせ』2024.9.15
私の読書論188-<町の本屋>論(6)産経新聞8/12朝刊記事より-楽しい読書373号
https://lefty-yasuo.tea-nifty.com/ochadesse/2024/09/post-4d9a04.html
https://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/7555773c70cfe4846b3dc367dbf5493c

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 - 私の読書論190 -

  ~ がんばれ!町の本屋さん <私の「町の本屋」論>7 ~

  産経新聞10/27朝刊の記事「書店が消えない処方箋」より

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ●産経新聞の記事――「書店が消えない処方箋」より

書店が消えない処方箋 読書推進月間に考える
日曜に書く 論説委員・山上直子
2024/10/27 15:00

https://www.sankei.com/article/20241027-NGYGJ5GW5NOTHD5P5BKMZEDKSU/



記事冒頭、えっと思うようなこんな情報が――。

「こんなに本屋が減っているのは日本だけですよ」

先月下旬に開かれたイベント
「『本屋の危機と未来』を語るトークセッションin大阪」で、
モデレーターを務めた元トーハン執行役員でコンサルタントの
小島俊一さんの言葉だという。

 《日本の書店数はこの20年でほぼ半減し出版市場も減少。
  書店ゼロの自治体が4分の1を超えた(略)デジタル化に読書離れと、
  書店をめぐる経営環境は厳しい…はずだが、
  それは日本だけなのか?》

「こういうリポートがあるんです」と。


 ●「薄利の現状」

*参照:
『2028年 街から書店が消える日 ~本屋再生!識者30人からの
メッセージ~』小島俊一/著 プレジデント社 2024/5/22



 ●「昭和なモデル」
 ●「多様な本屋を」
 ●現状のままでの変革について
 ●本もふつうの商品として販売する制度へ
 ●日々、本を読む人

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

今回も冒頭のみの転載です。
冒頭以下は、見出しのみで本文は省略させていただきました。

弊誌の内容に興味をお持ちになられた方は、ぜひ、ご購読のうえ、お楽しみいただけると幸いです。

*本誌のお申し込み等は、下↓から
(まぐまぐ!)『(古典から始める)レフティやすおの楽しい読書』

『レフティやすおのお茶でっせ』
〈メルマガ「楽しい読書」〉カテゴリ


--
『レフティやすおのお茶でっせ』より転載
レフティやすおの楽しい読書377号-告知-私の読書論190-<町の本屋>論(7)産経新聞10/27朝刊記事より
--
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする