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実戦教師塾・琴寄政人の〈場所〉

震災と原発で大揺れの日本、私たちにとって不動の場所とは何か

『ベイジルタウンの女神』 実戦教師塾通信七百二十四号

2020-10-02 11:21:28 | エンターテインメント

『ベイジルタウンの女神』

 ~万国の乞食(こじき)、団結せよ!~

 

 ☆初めに☆

久しぶりに、世田谷パブリックシアターまでお邪魔しました。休日のこの界隈(かいわい)は、以前より人出は少なかったでしょうか。しかしマスク姿ではあっても、表情に陰りが感じられない皆さんからは、おびえた日々が少し遠く感じられました。

一方主催者側には、時ならぬ緊張がありました。入り口での検温・消毒はもちろん、終演後の「列ごとの退場」に、私たちは覚悟に近いものを見たように思いました。

「こちらにひとりでも感染者が出たら、それでおしまいですから」

関係者の言葉に、そうだったと思いました。来てもらっていいものか随分迷いましたという言葉、そして開演までこぎつけるまでの苦労と不安を伝えられていたことを思い出しました。

行って良かった。ケラリーノ・サンドロヴィッチは初めてではないけれど、この演出家の舞台を初めて観たような気がしました。終演後、初めて立ち(スタンディングオベーション)ました。

 

 1 同居/共存する世界

 盲(めくら)/キチガイ、すれすれに、いや、十分に禁句の言葉が飛び交う舞台だった。登場するのは「ホームレス」ではなく、「乞食」なのである。おそらくテレビだったら、これらは流されることが許されなかった。これらの言葉をバックに、ステージは無言の強烈な力で覆(おお)われていく。

「しっかり気を保ちなよ」「何を怖がってるんだい」

 一カ月間だけスラムから逃げ出さず、自分の正体をあかすことなく暮らすことが出来たら、そのエリアをあなたに無償で提供しましょうと提案され、大企業の社長マーガレット・ロイドは、その貧民窟(ひんみんくつ)に乗り込む。私はすぐ、地獄の中を無言で通過出来たら魔法を教えてあげようという、芥川の『杜子春』を思い出した。しかし、悪霊と疫病の巣窟(そうくつ)と言われるスラムの中で、マーガレットは住民から「チキン」という愛称をもらう。すぐに「なじんで」しまったのだ。『杜子春』にあった悲惨が、ここにはなかった。気がつくと、私たち(観客)が広い場所に解放されている。物語が寄せる力は、マーガレットに向かったものではなく、実は私たちに向けたものだったということに気付くのは、おそらくすべてが終わって、スタンディングオベーションをする頃だった気がする。私たちは背中を強く押されていた。さあ、行こうよ、と。

 相対する世界が、この舞台でふたつ登場する。ひとつはもちろん「富めるもの」と「持たざるもの」。そしてもうひとつが、兄はロイド社社長の婚約者、弟がスラムの住人という「双子」だ。相対していても、ともに「人間=生まれ」という共通の要素を持つ。とりわけ双子は「そっくり」だが、「似て非なる」ものでもあった。「富めるもの」と兄は舞台を猛進するが、ものにあふれた豊かな生活が「明日」は無事かどうかおびえている。他方の「持たざるもの」と弟の方は微動だにしない。スラムの住人は屋根のない満天の空に星を眺めて暮らし、弟はこだわりの言葉/行動を毎日終日繰り返す。

 マーガレットは正統な大富豪だ。スラムに入っても果敢にというより、無自覚にブランドの紅茶を注文する。今は一文なしでも、一カ月あとには数百万倍で返すと言って紅茶を注文する。貧しい店の女主人は、

「一カ月先の百万円(舞台での実際の単位は違う)なんかいらないよ、今は百円がいるんだよ!」

こう言ってマーガレットを鼻で笑って追い出す。私たちは、いかがわしかったり必要がなかったりする「善意」や「未来」を思い出し、そこにしがみついて来た自分たちの姿を見るのだ。一方、スラムの住人たちは、マーガレットがここにいてはいけない金持ち/富豪であることに気がつかない。住人としては、彼女を追放するのでなく「キチガイ」とすることで、帳尻を合わせた。こうして彼女はここで、市民権-共存する権利を得る。スラムの持つ力とマーガレットに固有な興味関心、このふたつが両者をつなぐ。

 

 2 霊気は舞い降りる

 「乞食」の「乞」は、霊気を祈ること。托鉢(たくはつ)ばかりではなく、軒下をめぐり門の前に立って人々が「乞(こ)う」ことは、そのことによって普段知らない人々が分かち合う、ということでもあった。人々は昔、そういう習慣を持っていた。所有するものが「分ける」ことによって、集落が家族が豊かな共同体になった。「ものもらい」の習慣は、集落の力でもあった。そこに霊気が宿るのだ。

 スラムには「ものもらい」を習慣とする力があった。人々が願う霊気は、そんな力をバックに突然舞い降りる。きっかけのひとつは、マーガレットがニセモノではない本物の「乞食」となったことである。彼女は、いやこの場合は彼女たちというべきか、彼女たちは、いまは過去の傷や悔恨に見えるものが、宝物だったことに気付く。大切な「子どもだったこと/時」に気づき、

「明日のこと?………分からないわ」

と言う。絶望して言ってるのではない。それって大切なことなの?と言っている。もっと大切なことの中で、私(たち)は生きてるわ、と言っているのだ。観ている私のマスクが濡れそうになる。

 霊気が舞い降りるもうひとつのきっかけは、過去の出来事のせいで精神を病んだ双子の弟のもとから、である。彼は同じ言動を繰り返すことで、逸脱(いつだつ)的ではあっても自分の道を歩いていた。その不動の姿は、スラムの地盤でもあった。終盤、マーガレットに湧いた不信が原因で、スラムの人々に動揺が生まれる。しかしスラムが買収され撤去されるという土壇場で、弟はどんでん返しを演出する。霊気は舞い降り、物語は一気にハッピーな終幕を迎える。それはまるで不動な場所はあるのだ、とでも言ってるかのようだ。

乞食を続ける一部を除き、サクセスなストーリーだった。「王様」が石油王になるというラストを見て、私はこの俳優がかつて小学生(5年生)だった時の「大金持ちになる」作文を思い出してしまった。

 ケラリーノ・サンドロヴィッチは、この舞台で「人を食った」のではない。「コロナを食った」のだ。

 

 ☆後記☆

チャーミングな姉妹と出口で会えました。「私たちも立ってしまいました」と言うのです。少し遅れて立ったことを、若干後悔した私です。ぜひ皆さんも観てください。お勧めです。兵庫公演は10月4日まで。北九州は9日と10日です。北九州の読者の皆さん、チケットは買えましたか。

 ☆☆

嫌なニュースが続くこの頃ですが、いい季節となりました。中秋の名月って久しぶりに見た気がします。コーヒー飲んで見上げる空に、ホッとしています。

学校を回ると、様々な工夫をこらした運動会や体育祭を語る先生たちの顔が嬉しそうです。頑張りましょう!


伝える? 実戦教師塾通信六百九十四号

2020-03-06 11:02:51 | エンターテインメント

 伝える?
 ~『Fukushima50』公開にあたって~


 ☆初めに☆
ウィルス一般ではっきりしていることは、感染の山が一度でなく、その後何度か訪れること/感染を見てない地域や国にも程度の差はあれ影響が及ぶこと、です。それでやっと「共存」の道が開かれます。
 ☆ ☆
スペイン風邪の恐怖をあおる人たちがいますが、一千万人が亡くなったとされるこの感染症は、栄養状態と衛生状態の劣悪な第一次大戦に暴れ回ったものです。このことを無視して騒いでいる人たちには、注意が必要です。
 ☆ ☆
そして本日、「不要不急」の外出自粛を言われる中、映画『Fukushima50』は公開されるのでしょうか。

 1 郡山・特別試写会
 ひと月以上前なのだが、映画『Fukushima50』の公開にあたり、郡山で試写会が行われている(1月23日)。

試写会翌日の「福島民友」。トップが三段抜きで、社会面ではほぼ全面を使う扱いだった。二回の上映に530人が参加した。

 

 2 「残された」現場

「当時の現場の厳しさと緊張を感じた」
「被災者でもある原発関係者の当時の思いが伝わってほしい」
「事故後は恐怖より、自分に何ができるのかという思いでいっぱい……だった」

三人の観客の思いがつづられている。読んで分かると思うが、ひとり目以外は東電関係者である。「当事者の方々にどう受け止められるのか不安もある」と語ったのは、吉田昌郎所長を演じた渡辺謙である。命がけで原発の暴走と戦った「当事者」は、それが報われたのだろうかと思っていた。私たちは、原発現場の必死の戦いは当然だと、どこかで思っていた気がする。

 あの時、原発決死部隊は自らの意志で「残った」のだが、やはり「残された」、より正確には「残らざるを得なかった」人たちだった。たとえば、東電本社の「撤退発言」は、その存在をいくら否定しようとも疑わしかった。政権は現場の足を引っ張った。そして、686号でも書いたように、50人(以上の)決死部隊の報道は、外国メディアが口火を切った(当時は「フィフティー」ではなく「フィフティーズ」だった)。「不能化した制御システム」と、それを何とかしようとする部隊が「少数」だったのを「報道してはいけない」ことだったのは間違いない。国内メディアは「横並び」を守った。現場の死に物狂いの戦いは、闇の中のままだった。

 

 3 伝えて欲しい 

 「伝える」(監督)とか「風化させない」(新聞タイトル)とは、居心地が悪過ぎる。私たちの使う言葉としては、おこがましくないのだろうか。私たちは逃げようとしたか、逃げた。だからだ。しかしそれは当然のことでもあった。それが正しかったことを、映画は示しているはずだ。

 「伝える」のも「風化させない」のも、当事者以外は難しい。よそものが出来るという思い上がりは、慎むべきだ。そこで申し訳ないが、はっきり言う。原発決死隊の当事者は、果たして「伝える」ことをして来ただろうか。様々な調査に応じて来たことは知っている。それでも、吉田所長を頂点として「伝えられない事情」があった。吉田所長が「語らずに」亡くなったことで最も懸念されることは、「人間は原発を抑え込める」という勘違いが歩きだすことだ。

 また、原発が数カ所か再稼働されている現実に対し、決死部隊の方々は一体どのように考えているのだろう。その中に、決死部隊の「伝えないといけない」ことが必ずある。しかし、それを言うことは許されないのだろう。

 NHKのインタビュー上、映画制作に関わる中でどんなことに注意したかという質問に、「どっちに転んでもプロパガンダになること」と答えたのは、当直長を演じた佐藤浩市である。その通りだ。原発そのものが、紛れもない政治性を背負っているからだ。この「原発の存在そのもの」への問いを、映画は設定していない。原作者は「原発がイデオロギー論争」(門田隆将)にされている、という考えだからだ。だから決死部隊の勇敢/悲壮/家族をめぐる切なさ、が強く押し出される。決死部隊は勇敢に戦った。しかし、やはり振り回されたのだ。決死部隊の存在なく原発の暴走を防げなかったのは確かだ。しかしそこには更に、いくつかの「偶発的出来事」があった。それなしには原発の暴走が止められなかったことを、映画は語ったのだろうか。

 彼らに感謝や称賛を、少しも惜しむものではない。でも、私たちに「原発そのものの正当性」を考えさせることなしに、彼らは報われるのか。

 一体何を「伝える」のだ。

 

 

 ☆後記☆

あの時毎日、政府は学校にいつ休校を宣言させるのだろうと、天を仰ぎながら念じていました。自主的に春休みを前倒ししていなくなる生徒も多かった。正しい判断だったと思います。そしてとうとう避難指示は出ませんでした。さて、今回は全国に「休校『要請』」です。考えちゃいますねえ。

我が家の桃?も元気です。今はこの時よりもっと大きく咲き誇ってます。

 ☆ ☆

マスクの品薄状態に驚いたついでに、影響を受けているという「コロナビール」にエールを送ろうと思いスーパーに行ったのです。しかし、コロナのコーナーは空!でした。

 ☆ ☆

三日前、近くの小学校から、普段は聞こえない元気よい校歌が、窓から流れてきました。修了式だったのですねえ。教室で!


『Fukushima 50』 実戦教師塾通信六百八十六号

2020-01-10 11:39:35 | エンターテインメント
 『Fukushima 50』
  ~映画公開にあたって~



 ☆初めに☆
吉田昌郎所長を先頭に、原発の危機的状況を戦ったメンバーの記録が映画『Fukushima 50』になりました。予告編も流されています。震災・原発事故から9年を超える3月11日の前に公開です。
 ☆ ☆
現場での苦しみ葛藤は私たちの想像を絶するものだったことを、映画は伝えるのでしょう。しかし、こう書いていくうちにも、原発事故を描くのは「(日本)映画には無理ではなかったのか」という思いが、私には強く出てしまいます。

 1 「それをやったら誰が責任をとるのか」
 そもそも原発決死隊が、なぜ「福島原発の50人」でなく「フクシマ・フィフティーズ」として広まったのか。海外メディアが積極的に報道したからだ。常時数千人が従事する原発が、危機的となった現場に数十人しか残らない(実際はもっと多かった)事態を、日本のメディアは報道することに二の足を踏んだ(「しなかった」のではない)。この「様子をうかがう状態」を上杉隆(なぜか現在、N国党国対委員長)たちフリーランスは告発したのである。
 一号機/三号機が爆発した映像は、福島中央テレビがとらえたものである。

すぐに全国に流してほしいと、某テレビ局に連絡を入れるも「その爆発が何なのかという事を説明できないと放送できない」という理由で見送られる。
 いわきの佐藤和良議員(原発事故刑事告訴副団長)に私が会ったのは、福島に入ってから三カ月後である。その時の話がそれを裏付ける。いわき支局のメディアは、3号機が爆発した3月14日にすべて撤収し、以後一カ月間は郡山と福島での取材となる。この時、朝日新聞が50㎞圏外、時事通信は80㎞圏外に避難していた。避難するなとは言っていない。「危なくて近づけない」という記事を書かなかったのだ。枝野官房長官が「ただちに健康に被害はない」と繰り返していたからだ。
 佐藤氏に会見したいという申し入れは、氏に郡山まで出てきて欲しいというものだった。「そっちが出て来い」と怒りの返事を叩きつけた、という話である。
 さて、事故が危機的状況を脱したあと様々な表彰イベントがあり、自衛隊員や消防隊員など多くの方々が顕彰された。しかし、命がけで原発事故に立ち向かった東電職員たちが、これらの対象になったのだろうか。私は記憶していない。おそらく、東電職員は「事故の責任者」だからだ。
 これらのすべては、「それをやったら誰が責任をとるのか」と言い、結局誰も責任をとらない日本的体質がもたらしている。SPEEDI(緊急時放射能予測システム)のデータを米軍には流したが、原発周辺自治体に流さなかった理由が、「これは予測のシステムである(外れたらどうするんだ)」とした姿勢と共通する。住民は原子雲が流れる方向に沿って、国道114号線を避難したのである。

 2 東電の人たち
 震災の年、福島でのボランティアで、何人かの東電職員と知り合った。たとえば、会社から「罪を償(つぐな)うつもりで行って来い」と言われた人(こういう人たちが結構いた)。この人の話だ。原発での作業中、突然「室内の電気が消えて、白煙がたちこめた」という。そして、「ただちに帰宅しなさい」という放送が入ったという。ことの詳細は聞けなかった。
 多くを話してくれたのは、危機的現場に居続けた職員の家族(母親)だった。彼女は私に、危ないから千葉に帰った方がいいですよと繰り返した。いわきでも北端の久之浜に活動に行くときは、私たちに向かって手を合わせるのだった。そして、職員である息子さんの言葉をたくさん聞かせてくれるのだ。
「燃料プールは大丈夫なのかな」
3月11日、震度6の揺れがあった時は家にいて、こうつぶやいた。無防備状態と言える使用済み燃料が、息子さんの第一の気がかりだった。実際、4号機の燃料プールは、震度6が引き起こした偶発的「事故」によって、ウェルと呼ばれる水槽からの水があふれて奇跡的な冷却を行っていた。
「僕たちは逃げるわけには行かないんだよ」
原発に残った多くを下請けの労働者だと思っていたのは、私の間違いだった。仕方がないのだ。その後有名となった「まるで駅伝のよう」な修復のチームプレーは、40年以上前から、高木仁三郎を始めとする科学者によって警告を受けていた。日常的にあった汚染水の「拭き取り」や危険な「ネジ締め」は、下請け労働者の放射線アラームとのやりとりの中で行われていた。加えれば、今回の政府事故調の報告にも「下請け依存」の体質が指摘されている。
 今の原発には、それはもう原子力の精鋭メンバーが残っています、とはこの母親を通して伝えてくれたことだ。

 3 映画がおそらく避ける場所
 もちろん、こんなこと以上に壮絶な現場を映画は描いているはずだ。全電源を喪失し計器さえも作動しない状態を、在庫のバッテリーでは足りず作業員の車のバッテリーまで動員。格納容器の圧が強すぎて冷やす水が入って行かない。やっと注水し始めたところで建屋が爆発、トン単位のガレキが降り注ぎ、ホースはもとより作業員の重傷。また、注水車のガス欠。私たちが忘れてはいけない凄惨な場面を、映画は忠実に再現しているのだろう。
 しかし、原発事故に残ったままの多くの謎を、映画は避けたに違いない。
 政府事故調の所長の部分に関して、吉田所長は「公開しないで欲しい」という、遺言状とも言える「上申書」を残した。これが「断片的で正確さを欠く情報が一人歩きしかねない」として公開されるのは、所長が亡くなったあとだ。事故調の報告から優に2年を過ぎた2014年である。
 吉田所長は「食道ガン」で亡くなった。そう言われるのは、亡くなってずいぶんたってからだ。体調を崩して原発の現場を外れた時、「病名は不明」だった。そして亡くなった直後、遺族は「そっとしておいて欲しい」と病気を明らかにしなかった。これらを吉田所長の本意ではない、という人も多いのだろう。
「声を大にして言いたいが、原発の安全性だけでなく」
どうして自然災害対策は批判しないのか(吉田調書)という所長の言葉には、技術者の「誇り」がある。そして何度も死を覚悟したものだけが知る「現場」があるのだろう。吉田所長が決死隊を率(ひき)いて原発事故に臨まなかったら東日本は壊滅していた、ということは間違いない。しかし、だからこそ原発はこんなにも危ないものだと吉田所長に言って欲しかった、と思うのは私だけではないだろう。
 少なくとも上記したような事柄を避けないで、この映画が作られただろうか。そして、この映画を双葉郡の人たちは見るのだろうか。
「あの人たちのおかげで日本の今はある」
とは、日本が75年前から言っている言葉だ。同じ言葉が、ここに透けて見える。この映画は、作る側の明確な「立場」が必要とされる映画だ。この立場から逃げずに、映画は作れたのだろうか。
 私はこの映画に、あの人がキャスティングされていないことにホッとしたのである。



 ☆後記☆
字数がかさんでしまいました。でもしょうがない。当時のスクラップや資料を、とりあえず出来るだけ読み返しました。すっかり疲れました。ホントに危なかった、よく助かった助けてくれた、と思います。あの時のことを忘れてはいけませんね。原発が再稼働していることに、改めて慄然(りつぜん)とします。
 ☆ ☆
遅まきながら、例年通り初詣に行って参りました。

こうして見ても、我ながらもう立派な老人だなぁと思います。そして年に何度かしか着ませんが、着物、いいですね。いいですよ。


『新聞記者』 実戦教師塾通信六百六十一号

2019-07-19 11:43:46 | エンターテインメント
 『新聞記者』
     ~新しい挑戦か~


 ☆初めに☆
その頃、ドラマでは三菱を臭わす『空飛ぶタイヤ』(wowow2009年)が、映画では日本航空を標的とする『沈まぬ太陽』(角川ヘラルド2008年)がヒットしていました。それで私の口から、日本の映画やドラマも権力に一石を投じることが出来るようになって来たのかな、とついそんな言葉が出たのです。もちろん、かつてもそういう映画はありました。『砂の器』(74年)や『地の群れ』(70年)がそうですが、前者は監督スタッフ陣が私財を投げ打ち松竹を説得して出来上がった例外的存在です。そして後者は独立プロ。メジャーな流れからは遠かった。
私がつぶやいた相手は、ずっとこの世界の前線に立ち続けている人物です。この時は、いつもの静かな反応とは違い、
「先生、それは違います。二つとも、もう『終わった』ことを題材にしてるんです」
現在進行中の面倒なテーマを、大手の娯楽企業が扱えるものではないという言葉には、いつにない激しいものがありました。
 ☆☆
映画『新聞記者』が、好評のロードショーです。

まさに決着を見ていない、進行中の出来事がテーマと思えます。だからこそ後味の悪い、先の見えない終幕でした。
配給は「スターサンズ、イオンエンターテイメント」。あの時「先生、それは違います」と言ったあの人は、今度はなんと言ってくれるのでしょう。

 1 森加計問題?
 まさに森加計問題が舞台だ。なにせ原作が記者会見で官邸事務方から「同じ質問をしないように」注意を受け、
「答えてないから繰り返してるんです」
と食い下がった東京新聞の望月衣塑子(いそこ)なんだから。2017年の加計問題に関する望月のたび重なる質問で、官邸は色をなし「特定の新聞と記者への取材制限」を主張したことは記憶に新しい。

「あの人は文書改竄(かいざん)のことで死ぬような弱い人ではありません」
そう訴える、内調(内閣官房情報調査室)の若手キャリアの言葉だ。ここで私たちはもちろん、森友学園をめぐる文書改竄で自殺した近畿財務局の職員を思い出す。当時の世論は、もっぱら「公文書の改竄という許されない事態」という批判に終始した。しかしそうではないんだ、と映画は言っているかのようだ。映画はフィクションと考えるにしても、文書改竄は珍しいことではない、それよりも改竄してまでやりたいことが何なのか見極めないといけないんだと言っているのだった。映画ではそれらが、内調の送り出す捏造(ねつぞう)ニュースやデータで、混乱に導かれる。たとえば映画の開幕シーンは、女性問題を問われる学長だったか議員だったか。これが前川喜平であることは疑いがない。ある人物を抹殺するためには、一定の「真実」を通して「信頼」をつぶすことだという戦略が、映画では繰り返される。どこからがフィクションで、どこまでが事実なのか区別しにくい展開はしかし、徐々に映画を観るものの立ち位置や思いに食い込む。思い通りにされているのは私たちではないのか、と。
「これがウソかどうかを決めるのは、国会や警察ではない。国民だよ」
そう言う内調・上司の言葉はリアルだ。

 2 今日も昨日のようでありたい
 この映画が投げかけているテーマは、内調・上司の口から出されている。
「私たちの役割は、平穏な国民の生活を守ることにある。そこに波風たてるものは、速(すみ)やかに居なくなってもらわないといけない。そんなことに躊躇はいらない」
国家日本をになう意志と頭脳は、苦悩よりは平静を、そして動揺ではない無表情を選び取っている。ちなみにその人物が表出されているさまは見事だ。これを演技というのだ、映画を見ていて何度も思った。
「組織ってイヤですね」
とは、この映画を見た友人の言葉だ。そうなのか。
 人々は「今日が昨日のようである」ことを望む。それは大切なことなのだ。しかし同時に「未来を変えたい」人々が常に存在する。そして「昨日のようでいたい」と思う人々は、多くが彼らときしみを生じさせる。アメリカで公民権運動を展開して暗殺されたキング牧師が一番恐れたのは、白人至上主義者やク・クラックス・クランではない。「今までの生活習慣を守りたい」人々だった。学校も同じだ。あの坊主頭が長髪解禁となるのは、たかだか30~40年前、周囲の風景とのあまりの落差に、とうとう学校が動いた結果だ。内調・上司の言葉の「国民」を「学校」に変換するがいい。おおごとが起きると学校は一気に組織の貌(かお)を現す。また言うが、
「私たちは全校の生徒を守らないといけないんです」
と言った校長は、ひどい例ではない。「普通」なのだ。

 3 掌(てのひら)を返す
 前川喜平が2017年の加計問題の記者会見で、
「『総理のご意向』文書を認め、『行政が歪められた」』と政権批判」
したことは覚えていると思う。しかし、出会い系バーの女性と前川氏が不適切な関係にあったという読売と産経の報道が、この会見の三日前だったことを覚えているだろうか。会見前の強烈な脅(おど)し。後日談として、この女性が、
「前川とは最も親しかった。身の上の相談や就職に関する相談にのってもらった。報道については、今になって真実とは思えない報道がなされている。前川から口説かれたことも手を繋いだこともなく有り得ない」
等という証言をしている(文春)。でき損ないのハニートラップと言えようか。
 これも思い出しておきたい。元福島県知事の佐藤栄佐久の収賄(しゅうわい)事件。知事が原発容認から反対に転じたその年!収賄の疑いで逮捕される。最高裁は「収賄罪は有罪。しかし賄賂(わいろ)額は0円」という信じがたい判決である。

 その時相手は、突然「掌を返す」のだ。
 映画で、若手キャリア上杉は結局、相手の懐(ふところ)に飲まれたのだろうか。



 ☆後記☆
以前、前川氏のことを話題にしたことがあります。覚えてますか。大川小学校の第三者委員を決めるに際してのことです。佐藤和隆さんの問いかけに、結局前川氏は答えなかったのですが、やっぱり聞きたいと今でも思っています。
 ☆☆
「組織」で思います。ジャニー喜多川社長が亡くなった直後に、公正取引委員会からスマップに関する「注意」があったこと。興味深いですね。このことに関して報道が、横並びに「遠慮」していることも、です。
 ☆☆
さて、今日は終業式。いよいよ夏休み! 子どもたちもみんなもお疲れさま! 涼しい(寒い?)日も多くて、なんか楽な7月だったせいか、もうけた感じ。これから暑いぞ、楽しもうね!

     袋田の滝です。夏休みバンザイ!

『響』 実戦教師塾通信六百二十五号

2018-11-09 11:15:56 | エンターテインメント
 『響』
     ~本好きにうってつけ~


 ☆初めに☆
この『響』、いっときコンビニの漫画コーナーで平積みになりました。映画の方はヒットしたのでしょうか。私、話題になったものは気になる性分ですが、これは手にしてみたら存外に面白いんです。

こんなことはあり得ない。そんなことはどうでもいいのです。漫画だから、ではなく、この言いたい放題が「本好き」ならではの場所から発生しているからです。

 1 にべもない
 のっけから、出版業界の現状である。
「天下の宮本弘樹の新刊が、初週売り上げ600部か…」
「厳しーなぁ…」
「っとになんだったら売れんだよ」
「芥川賞作家の肩書き持っててもこれだもんなあ」
「つーか最近は受賞作ですら厳しいっスからね」
これを読んだもの書きの胸は、ざわついたのではないだろうか。この本の扉の「ぶっ壊す!」が始まってる。
 別な、出版社が見切りをつけている作家の話。。
「……初週売り上げが出ました。………3千部刷って、消化率が28%…」
「………正直、中原さんの本をウチから出すのは、厳しいかもしれません…」
私もいっぱしに書いたりしてるもので、以前、こうした現状に触れたことがある。公称5万部が、本当は2~3万部は常識で、今や「人文科学系」となれば、300~400部が相場。オーケストラの団員は、ピアノ教室や学校の先生やで食いつながないといけない、というたとえで書いた記憶がある。
 作中、有名作家と主人公・鮎喰響(あくいひびき)が出版社で出会う。この作家を回し蹴りで迎(むか)えた響に対して、作家さんが「オレを誰だと思ってる!」と激高する場面。

「あなたは終わった人」
と、響は言ったのである。自転車操業の作家、肩書きを看板にすることで生き延びている作家、枚挙すればいとまがない。それをこの漫画は分かって書いてる?と思ってしまう。

 2 作者?の好み
 響が入学した高校の文芸部に入部した部員と部長、そして響とのやりとりに、妙なリアリティが流れる(『 』の部分が響の言葉)。
「純文(学)ってなんですか?」
『太宰 三島 坂口安吾 遠藤周作 大江健三郎 村上春樹 が、純文よ』
「村上龍は? 川上弘美、平野啓一郎 金原ひとみは違うの?」(部長)
『じゃあそれも』
同世代でしのぎを削った村上春樹と村上龍を、私に言わせれば、この漫画は「注意深く」揃(そろ)えている。しかし、金原ひとみと同時に、同じく同世代で芥川賞を受賞した綿矢りさは、なぜか登場しない。
 響は、文芸部の本棚にあった浜田涼介の『戦争ごっこ』を「ゴミ」のコーナーに移動する。部長は、
「なるほどー………たしかに文章力は稚拙(ちせつ)だよね。大ヒットしたけど、ウリは設定の奇抜さくらい」
「実際この作者は『戦争ごっこ』の一発屋だった。…哲学もない」
「質の低い小説には違いないけど、ストーリーは面白かった」
と評する。この『戦争ごっこ』とは、大ブレークした小説『リアル◇ごっこ』、つまり◇田◇介の実在の作品と考えれば、部長のコメントはそのままあてはまってしまう。
 嗜好(しこう)が明確なのである。

 3 収まり処(どころ)
 響はふてぶてしいばかりではない。この記事の初めに登場した「ウチから出すのは厳しい」と言われた中原さんに、
「握手してください」
と、恥じらいながら言う(あとでもう一人、響が「握手」を求める小説家が出てくる)。
 響にはいつもこんな風に収まる場所がある。

新入部員を、
「部活ひとつも決められないの?」
「生きてて楽しい?」
という具合に誘ったあとも、
「………ねえ。私って、ダサい?」
とつぶやくのである。
「昔売れてた、小説家」さんが響から蹴りを食らったあとの、
「………お前にもいつかわかる」
「自分の世界と、現実に」
「折り合いがついちまったこの感覚が………」
という言葉は、多分漫画ならではの説得力があるように思う。絵はお世辞にもうまいとは言えない。「目をねらう」場面や、極め付きの「回し蹴り」は、目を背(そむ)けんばかりである。しかし、漫画でないとこのリズムやスピード感は出ないように思う。小説(原作?)の方も目を通したが、無理がある。なんせ響の書いた小説は、超弩(ど)級の小説だ。絵(漫画)でチラ見、それがちょうどいい。

 もちろん、この漫画が「小説家ブーム」を巻き起こすとは思わない。でも、朝読書に飽(あ)き足らないと思っている児童/生徒の火付け役ぐらいにはなれるんではないか、と思った私である。



 ☆後記☆
刀剣がブームです。シミュレーションゲーム(「刀剣乱舞」)が、きっかけだといいますが、おそらくは漫画『るろ剣(るろうに剣心)』が、その前に地盤を作っていた。今回も、その中心は「女子」です。女子がブームを作り出します。
どうでしょうか。またまた女子が、『響』を読書オタクのブームの主役に担(かつ)ぎだしてくれるといいのですが。
 ☆☆
安田純平さんのことをコメントしないのか、などと言われます。
アメリカの中間選挙のことも触れないといけないと思っています。