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『響』 実戦教師塾通信六百二十五号

2018-11-09 11:15:56 | エンターテインメント
 『響』
     ~本好きにうってつけ~


 ☆初めに☆
この『響』、いっときコンビニの漫画コーナーで平積みになりました。映画の方はヒットしたのでしょうか。私、話題になったものは気になる性分ですが、これは手にしてみたら存外に面白いんです。

こんなことはあり得ない。そんなことはどうでもいいのです。漫画だから、ではなく、この言いたい放題が「本好き」ならではの場所から発生しているからです。

 1 にべもない
 のっけから、出版業界の現状である。
「天下の宮本弘樹の新刊が、初週売り上げ600部か…」
「厳しーなぁ…」
「っとになんだったら売れんだよ」
「芥川賞作家の肩書き持っててもこれだもんなあ」
「つーか最近は受賞作ですら厳しいっスからね」
これを読んだもの書きの胸は、ざわついたのではないだろうか。この本の扉の「ぶっ壊す!」が始まってる。
 別な、出版社が見切りをつけている作家の話。。
「……初週売り上げが出ました。………3千部刷って、消化率が28%…」
「………正直、中原さんの本をウチから出すのは、厳しいかもしれません…」
私もいっぱしに書いたりしてるもので、以前、こうした現状に触れたことがある。公称5万部が、本当は2~3万部は常識で、今や「人文科学系」となれば、300~400部が相場。オーケストラの団員は、ピアノ教室や学校の先生やで食いつながないといけない、というたとえで書いた記憶がある。
 作中、有名作家と主人公・鮎喰響(あくいひびき)が出版社で出会う。この作家を回し蹴りで迎(むか)えた響に対して、作家さんが「オレを誰だと思ってる!」と激高する場面。

「あなたは終わった人」
と、響は言ったのである。自転車操業の作家、肩書きを看板にすることで生き延びている作家、枚挙すればいとまがない。それをこの漫画は分かって書いてる?と思ってしまう。

 2 作者?の好み
 響が入学した高校の文芸部に入部した部員と部長、そして響とのやりとりに、妙なリアリティが流れる(『 』の部分が響の言葉)。
「純文(学)ってなんですか?」
『太宰 三島 坂口安吾 遠藤周作 大江健三郎 村上春樹 が、純文よ』
「村上龍は? 川上弘美、平野啓一郎 金原ひとみは違うの?」(部長)
『じゃあそれも』
同世代でしのぎを削った村上春樹と村上龍を、私に言わせれば、この漫画は「注意深く」揃(そろ)えている。しかし、金原ひとみと同時に、同じく同世代で芥川賞を受賞した綿矢りさは、なぜか登場しない。
 響は、文芸部の本棚にあった浜田涼介の『戦争ごっこ』を「ゴミ」のコーナーに移動する。部長は、
「なるほどー………たしかに文章力は稚拙(ちせつ)だよね。大ヒットしたけど、ウリは設定の奇抜さくらい」
「実際この作者は『戦争ごっこ』の一発屋だった。…哲学もない」
「質の低い小説には違いないけど、ストーリーは面白かった」
と評する。この『戦争ごっこ』とは、大ブレークした小説『リアル◇ごっこ』、つまり◇田◇介の実在の作品と考えれば、部長のコメントはそのままあてはまってしまう。
 嗜好(しこう)が明確なのである。

 3 収まり処(どころ)
 響はふてぶてしいばかりではない。この記事の初めに登場した「ウチから出すのは厳しい」と言われた中原さんに、
「握手してください」
と、恥じらいながら言う(あとでもう一人、響が「握手」を求める小説家が出てくる)。
 響にはいつもこんな風に収まる場所がある。

新入部員を、
「部活ひとつも決められないの?」
「生きてて楽しい?」
という具合に誘ったあとも、
「………ねえ。私って、ダサい?」
とつぶやくのである。
「昔売れてた、小説家」さんが響から蹴りを食らったあとの、
「………お前にもいつかわかる」
「自分の世界と、現実に」
「折り合いがついちまったこの感覚が………」
という言葉は、多分漫画ならではの説得力があるように思う。絵はお世辞にもうまいとは言えない。「目をねらう」場面や、極め付きの「回し蹴り」は、目を背(そむ)けんばかりである。しかし、漫画でないとこのリズムやスピード感は出ないように思う。小説(原作?)の方も目を通したが、無理がある。なんせ響の書いた小説は、超弩(ど)級の小説だ。絵(漫画)でチラ見、それがちょうどいい。

 もちろん、この漫画が「小説家ブーム」を巻き起こすとは思わない。でも、朝読書に飽(あ)き足らないと思っている児童/生徒の火付け役ぐらいにはなれるんではないか、と思った私である。



 ☆後記☆
刀剣がブームです。シミュレーションゲーム(「刀剣乱舞」)が、きっかけだといいますが、おそらくは漫画『るろ剣(るろうに剣心)』が、その前に地盤を作っていた。今回も、その中心は「女子」です。女子がブームを作り出します。
どうでしょうか。またまた女子が、『響』を読書オタクのブームの主役に担(かつ)ぎだしてくれるといいのですが。
 ☆☆
安田純平さんのことをコメントしないのか、などと言われます。
アメリカの中間選挙のことも触れないといけないと思っています。

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