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「ロシアの声」トニー・パーカー著

2010-01-16 11:31:51 | Book
トニー・パーカーは、タイトルのネーミングがうまい。
「Life after Life」(邦題:「殺人者たちの午後」)を上梓する前に”テープレコーダーの魔術師”として高い評価をえたのが、本書の「Russian Voices」、日本語では「ロシアの声」である。ロシア”からの”ではなく、”の”にすることで、市井の人々の素朴なはなしという雰囲気が伝わる。原作は1991年、英国で刊行。当時のロシアの政治を振り返ると、1985年に旧ソ連の指導者となったミハイル・ゴルバチョフが冷戦を終結、そして国内ではペレストロイカを掲げて改革に取り組むも、91年8月のクーデターで巧妙にチャンスをつかんだボリス・エリツィンが権力を握り、翌年ロシア連邦条約により、ソビエト連邦共和国はロシア連邦(ロシア)になった。パーカーは、激動の旧ソ連時代に5ヶ月間にも渡りモスクワに滞在し、10代の学生から老人まで、音楽家、配管工、グム国営百貨店支配人などの職業の人々、同性愛者、美人コンテスト女王などの30名以上の人々の声を活字にした。

まず、ロシア人の告白?するその内容の率直さに、驚かされる。日本で言えば、熟女に近い年齢の美しい女性(夫婦生活は破綻しているが夫あり)が、若い男性と同世代の既婚者との性生活を語り、同性愛者が自らの性行ではなく自分が浮気性であり生涯をともにするパートナーがいないことの悩みを語り、生理用品が慢性的に不足している不満や中絶が多い現状を怒りをこめて語る女性作家あり。(セクシュアルな部分が特に印象に残ってしまうのは、私らしいのだが)当時は、まだまだよくうかがい知れない鉄のカーテンの向こうの人々の多種多彩な生の声が、誰もが礼儀正しいことを除けば、まるで長年の親友相手に語るように、聞こえる。ロシアは多様な民族な集合体ではあるが、もともとロシア人本来は親しみやすく素朴な人柄だ。
パーカーが、こうして実際は141人の人々と自由に話しあい230時間ものインタビューをできたのは、彼のインタビューアーとしての優れた才能もあるが、やはりペレストロイカのおかげでもあろう。と言っても政治的な話はない。(なかには、官僚主義と特権がはびこりKGBが暗躍する社会に住み慣れたた習慣で、体制への変化の希望をもちつつも、自分の発言がいつ再び問題になり逮捕されるかと用心する人もいる。)あくまでも、彼らは自分自身とその暮らしを語っている。

そして彼らは、受けた教育、職業、背景に関わらず、とても話の内容の理論が整っている。インタビューして4~5人の人の話からひとりを採用しているという点で”選択”が入っているからなのか、モスクワ市民のみという大きな都市で暮らす市民生活者が対象だからなのか、それとも国民性なのか、トニー自身の声は今回も封印されているので不明である。ただ当時は、西側のような豊かな物資による娯楽がない反面、言論統制があったために内省的にものごとを考える習慣が身についているのではないだろうか。体制は変われど、国は変われど、人として同じだと共感する部分もあるが、やはり社会主義国独特のものの考え方、ロシア人らしい素顔もかいまみられて興味深い。現代でもロシア人は早婚で、とりあえず20代で結婚、その後離婚というパターンが多いが、本書に登場する人々も10代や20歳そこそこで恋愛結婚、そして愛情がなくなれば話し合ってあっさり円満に離婚というケースが多い。社会主義国なので、女性も働くのが当然で、いざという時に経済的な不安で離婚を躊躇する専業主婦像はここではみあたらない。離婚の理由、また再婚した相手とのきっかけの出会いに、アルコール中毒がキーワードになっているのもお国柄か。まあ確かに、極寒をのりきるには、ウォッカが必要だよね。医師の給与や待遇は、ものを生産するプロレタリアートに重きをおき、医師は人体の修理工に過ぎないという考えから、旧ソ連ではあまり高くない。それにも関わらず、自分の仕事に誇りと遣り甲斐を感じている医療従事者の声には、本来の医療の目的を思い出させる。それにしても、男女平等の社会主義国では女も細腕にツルハシかついで働くのに、ロシア男性は保守的でバースコントロールはしない意外な面も。

結婚しても住む家がない。えっ、と思うのだが、新居を購入する金銭的な理由ではなく、住宅の不足により新婚夫婦の彼らは、祖母の家や、親戚の家に間借りをして、早くふたりだけのアパートを配給してもらえるような努力をするという事情もなるほどと思うのだが、その話しぶりから彼らのおおらかさも伝わってくる。新婚で間借りは、ありえないだろっ。恋に萌える彼らも、日本人から見れば親子関係は逆に淡白に思える。もう何年も会っていない両親や父は数年前に亡くなったらしいというのも、離婚が多いことや、国土が広大過ぎて帰省するのも大変という事情もあるのか、少々寂しい気もした。だから残念なのは、対象者がモスクワ市民だけなので、地方生活者の声も聞きたかったことにある。そして、現代のロシアの声は、と考えたら、携帯電話も普及し、近代的ビルも建設され、資本主義化しつつあるなかでは、一般のロシア人にインタビューする価値もなくなってきている。そう思うと、本書に登場するロシア人に郷愁すら感じてしまった。
ところで余談だが、平成4年に出版された本書の帯に近刊「Life after Life」も出版予定とあり、本当に沢木耕太郎さんに、読者を待たせたねと言いたい。

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