千の天使がバスケットボールする

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『フロスト×ニクソン』

2009-04-19 17:44:46 | Movie
米国のケネディとニクソンが第35代の大統領の椅子をめぐって争った選挙の討論会で、ラジオの視聴者の6割がニクソンの勝利を予感したにも関わらず、実際はケネディが勝利した。テレビ映りを意識したケネディが紺の背広に赤いネクタイで溌剌とした若さと清潔感をアピールしたのだが、対するニクソンは全体的にグレーで暗い印象を与えたからだ。このよく知られているエピソードは、テレビ時代の幕開けと同時に、階層やイデオロギーを超えたところに存在する「大衆」をコントロールできるテレビの力をも立証した。テレビの力に遅まきながら気がつき、捲土重来を謀ったニクソンだが、大衆をあやつるための”嘘”が暴かれて真実の素顔が一瞬さらけでてしまうのもテレビだった。

物語はウォータゲート事件でニクソン大統領が辞任したところから始まる。
英国人のトーク番組人気司会者のデビット・フロスト(マイケル・シーン)は、全米中がテレビに映されたこの辞任劇を見守っていることから、米国進出へのより高いステップアップの脚がかりとしてニクソン元大統領から謝罪の言葉をひきだすための生放送テレビ会談を思いつく。一方、ニクソン陣営の方は、コメディアン出身でジャーナリストでもないフロストをくみし易い相手として逆にフロストを利用しようと、その話にのることになる。しかも、法外な出演ギャラまで請求して。米国の3大ネットワークは、両者を格違い、最初からフロストの負けを予想して話にはのらず、結局、莫大な借金というリスクを背負って自主制作を決意したフロスト。4500万人の視聴者の前で果たして勝つのはプロのテレビ・マンか、稀代の老練な策士か。ゴングは鳴った。。。

ニクソンを演じたフランク・ランジェラの方が話題性があるようだが、私はむしろフロストを演じたマイケル・シーンの存在に注目したい。このこてこてのもみ上げとズラっぽい髪型、今ではちょいダサめに見えるラインのスーツにネクタイ、そしてあっぱれな晴れやかな笑顔。1977年の時代の雰囲気とケンブリッジ大学出身のコメディアンあがりの司会者、小公子と揶揄されるプレイボーイで人の心をつかむ人気者、資金繰りのために奔走するしたたかさをひょうひょうと楽しげに演じている。確かに、このフロストだったら私も魅了されるだろう。彼は、まさしくテレビの申し子だった。
前FRB議長のアラン・グリーンスパン氏の著書「波乱の時代」によると、ニクソン大統領の印象は飛びぬけて頭脳明晰、意見を述べる時もセンテンスとパラグラフが見事に整った文章になる話し方をし、たった今入手したニュースも大学教授並の知識を感じさせられる記者会見ができる政治家の才能があった。その反面、口汚く卑猥な言葉で民主党を罵ったりと人間嫌いでとんでもなく偏執的だった。フロストは、鋭い嗅覚でニクソンの性格と内層心理をかぎつけ、巧みな役者の話術で決定的な言質を彼から引き出すことに成功した。

老獪な政治家に連戦連敗。窮地にたたされたフロストが、最後に一発逆転するまでのセリフの応酬が見どころ、というよりも聞きどころなのは元々は舞台劇の映画化だからだ。しかし、成功した舞台劇を時代の巧みな雰囲気と主役ふたりの顔の表情をアップにした映像で、ロン・ハワード監督の映画化は成功した。単なる言葉の応酬だけでなく、人間ニクソン、フロストをも描いた点も★に価する。それにしても、タイムリーなことにブッシュ政権を連想させられるニクソンの熱弁なのだ。
ところで、ニクソン役を演じたフランク・ランジェラは撮影の32日間、キャラクターになりきるために周囲の人から「大統領閣下」と呼ばせたそうだ。孤独だったが、それは正しい選択だったというのがご本人に弁。今でも大統領と呼ばせているの、という「ニューズウィーク」記者の質問には、「ベッドでだけだよ」と答えている。こんなチャーミングさが本物のニクソンにあれば、もう少し政治家としての評価をえられたのに。

■こんなアーカイブも
『ニュースの天才』
「現代アメリカを観る」鈴木透著


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