千の天使がバスケットボールする

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『隠された日記 母たち、娘たち』

2011-10-02 17:28:41 | Movie
生物用語では、分裂する前の細胞を母細胞、そして分裂後を娘細胞とよぶ。この呼び方は、女性の私としては、実に的確だと感じているのだが。^^

カナダの都会で働くフランス女性のオドレイ(マリナ・ハンズ)は、着々とキャリアを築いていた。そんな彼女が、突然、フランスの片田舎、アルカションにある実家に帰省してたのは、人生のある重要な事態を抱えていたからだ。優しく歓迎する父とどこかよそよそしく冷たい母マルティーヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)。久しぶりのひとり娘の帰省だが、実家に併設する病院で医師として働く母は多くの患者を抱えて多忙だった。そんな状況と、そしてうまく関係を築けない母をさける目的もあったのだろうか、オドレイは祖父の家に滞在することを決める。悩みを両親にうちあけることもなく、オドレイは台所の改装中に、50年前にこどもたちを捨てて失踪したと聞かされていた祖母ルイーズ(マリ・ジョゼ・クローズ)の一冊の日記を発見する。そこには、料理のレシピだけなく、日々の悩み、そして娘と息子への深い愛情が記されていたのだったが。。。

女性映画という言い方がある。母から娘へ、そして更にその孫娘へ繋がれる遺伝子とそれぞれの生き方。まさしく、母細胞から娘細胞への世代を渡る移動である。本作は、女性のための女性映画だ。自分の人生をその時代の戦争や社会に翻弄されるのは男性でも同じだが、女性の場合は長い男性社会の中で、自らの意志で自分の人生を生きるのは難しかった。あの自由の国フランスでも、祖母ルイーズが自立して生きるのは困難な時代だった。何も彼女は、経済的に自立したキャリア・ウーマンをめざしていたわけではない。家庭で育児と家事をする妻と母としての仕事だけでなく、ひとりの女性として、人間として当たり前の自分のための時間と趣味や勉強をほんの少し望んだだけだった。それが、変わり者や奔放というレッテルになるのは時代と片田舎という地域性だけでなく、何よりも夫の無理解だったのは悲しい。彼、マルティーヌにとっては父、オドレイにとっては祖父が、そんな祖母へ向ける視線は、優しくも残酷だ。

母に捨てられた娘として成長して、医師になった優秀なマルティーヌ。母への反発と屈折な思いを抱きながら、最も母の望む専門職に就き、地域社会に貢献している役柄を大女優のカトリーヌ・ドヌーヴが好演している。若くて美しい女優はたくさんいるが、貫禄のある年齢でいろいろな意味で貫禄のある女性を演じられる女優は貴重だ。マルティーヌは、年頃の娘がまだ未婚であることにいらだっているのも、優等生として完璧な人生を自分にも娘にも課している雰囲気もある。一方、そんな姉に及ばないのがいつでも弟だ。弟は亡くなった父からの援助で、何とか小さなホテルを経営している。そこへ登場した祖母の一冊の日記。

日記は、あくまでも想像だが、真実を教えてくれた。これまでずっと、マルティーヌがあまりにもつらくて直視できなかった、避け続けていた真実を。娘としては、父から知らされていた奔放な母の捨て子よりも、もっとつらい祖母の顛末を。この映画は、現代女性のひとりとしてオドレイを中心に進行していくが、本当の主役はマルティーヌだと感じる。社会の成功者だが、ひとりの母の娘、娘の母、としての悩みや寂しさには、国は違い、形は違えど、女性だったら共感できるのではないだろうか。女性として先輩である母に反発を感じるオドレイの感情も理解できる。しかし、反発しているだけでは未熟だと思う。相手への理解が必要だ。しかし、彼女もいずれわかるだろう。母としてより良い人生を娘に望む愛情も。

監督:ジュリー・ロペス=クルヴァル
2009年フランス・カナダ製作

■米国版
映画『愛する人』


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