千の天使がバスケットボールする

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『マルチュク青春通り』

2006-04-08 23:17:13 | Movie
「映画の伝道師まつさん」のブログで見つけたのが、映画評論家の川本三郎氏の「性体験の低年齢化が純愛物の妨げになっている」という分析だ。格調高い名著「君美しく」で、八千草薫、久我美子さんという17人の往年の日本の女優にインタビューした川本氏らしい。韓国でも純愛ものを描くには、舞台設定を過去に遡る必要があるらしい。
だが1978年という軍事政権下の高校生たちを描いた映画「マルチュク青春通り」を、クォン・サンウのムンチャな肉体鑑賞めあての女性ファン層をターゲットにした、ただの純愛ものとして位置付けたら、それはあまりにも表層的な観方だ。

冒頭の音楽、そして初めて観たブルース・リーの勇姿の映像にやられた。あっけにとられた。私は、まずブルース・リーの気迫にやられたのだ。
映画館で熱狂する小学生のヒョンスにとって、ブルース・リーこそは憧れのスターだった。やがて1978年高校2年生のヒョンス(クォン・サンウ)は、新興住宅地カンナムに引越してマルチュク通りにある評判の悪い男子校に転校する。クラスには、エロ本の転売という商売に精を出し学費を稼ぐハンバーガー、キレるとボールペンで頭を突き刺す留年生のチクセや軍の指揮官である父をもつソンチュンら、何かと問題の多い生徒が集まっていた。クラスの番長格のウシク(イ・ジョンジン)は、長身ルックスもよく喧嘩も強いが、風紀委員のジョンフンとの権力闘争にあけくれる。教師たちは、そんな彼らを教育と言う体罰で、管理して支配している。軍人が、教室で私物検査をする時代なのだ。

やがてヒョンスは、バスの中で出会った美しく可憐な女子高校生に恋をする。「ロミオとジュリエット」のオリビア・ハッセーに似た彼女は、ひとつ年上、近くの女子高に通う受験を控えた3年生ウンジュ(ハン・ガイン)。しかし内気で純情なヒョンスは、憧れているばかりで声もかけられない。ところが、ある日バスの中で不良にからまれている彼女を、みんなで助けたことをきっかけに知り合いになる。予備校に通う彼女の後をつけ、にわか雨に濡れている彼女に傘をさしかけることもできないくらい想いがいっぱいなヒョンス。そんな彼を見つけて、傘の中に入ってきたウンジュと歩く道、幸福感に酔いしれる。しかし、彼女に貸した傘を、校内でウシクから返される。
「『君のためなら死ねる!』それで彼女もイチコロだった。」
ヒョンスの気持ちに気づいていたからこそ、彼女を口説き落としたことを宣誓するかのようなウシク。女あしらいのうまいウシクにとって、最も難攻不落な彼女を落とすことは、燃えるゲームだったのか。それとも照れ隠しの実は本気の恋なのか。いずれにしろ彼らは、互いに惹かれる友人だった。みんなで盛り上がるディスコで、ウシクはチークダンスをしながら、熱いキスを交わす。それを見せられるヒョンスは、いたたまれなくなる。

喧嘩にあけくれる校内で、教師たちによる「レベル別授業」が、密かにスタートする。やりばのない圧政と受験へのプレッシャーが、少しずつ生徒達の心を蝕んでいく。ウシクと彼女の交際が順調にいっていないことを知ったヒョンスは、思い切って彼女が聞いているラジオ番組に投書する。
「僕の心は今でもあの雨の夜にいます。傘を忘れるように彼女を忘れられたらいいのに」
「私もあの夜を思い出しています」
翌週のラジオで彼女からの返事を聞いたヒョンスは、ウンジュを誘い高原列車に乗って湖に行く。秋の透明な光の中で、彼女の唇にためらいがちに触れるヒョンスは、それが彼女との最初で最後のデートになるとは、まだ知らない。

ジョンフンとの激しい権力闘争に破れたウシクの姿が、学校から消えた。
女子高校生と家出をしたらしいとハンバーガーから噂を聞いたヒョンスは、衝撃を受ける。
失恋でぼろぼろになり、成績が下がったヒョンスは教師に叩かれ、外では人格者と評判だが暴力的な父親に、「大学に行かない者は、社会の剰余人間だ」と罵倒される。益々荒れていく校内。行き場のなくなった怒りと焦燥、やりきれない気持ちを抱えるヒョンスに壁に貼ったポスターのブルース・リーの燃える瞳が、何かを告げた。この瞬間から、彼の中の何かが弾かれる。

「これからの僕はずっと1978年を忘れないだろう」
映画の幕あけのこの独白は、63年生まれのユ・ハ監督の気持ちを何よりも代弁している。
目と目をあわすことさえ、恥かしくこわいような純粋な恋を失った現代は、大切なものを喪失している。
名女優の誉れ高いが、”家政婦役”という女優の母と有力者の父をもつウシクは喧嘩ぱやいが、男のナイーヴさと残酷さを表している。対照的に友人のヒョンスは、男の純情と再生する力だ。また彼らのミューズとなるウンジュは、少女のピュアな気高さと恋を知ることによって身につけた女のしたたかさの象徴でもある。ヒョンスを誘惑する食堂のおばさんの豊かな胸の谷間は、貧しく見えるが優しくゆらめく。その哀しい姿は、真珠のような美貌をたたえるウンジュと対極にあるようだが、視点を変えれば同一線上にあると思えなくもない。1年後、受験に失敗して予備校に通うウンジュは、ヒョンスとバスの中で再会する。少し大人になったふたり。別れぎわに、彼に声をかけるが次の言葉をのみこむ。
何かを伝えるには、もう遅い。時間は、過去に戻せない。
ありふれた恋と友情に、重みを与えているのが当時の韓国の軍事政権という世相だ。鬱屈した若者の青春が、観客動員数をのばしたのは、単なるノスタルジーだけではない。二度と帰らない情熱と狂気が、永遠の輝きを放つことを誰もが知っているからだろう。
 
1978年。翌年、パク・チョンヒ大統領が暗殺され、長い軍事政権に終止符が打たれた。その後、ウシクの消息を誰も知らない。


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