千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

『フローズン・リバー』

2011-04-29 15:41:49 | Movie
荒れた指にはさまれた煙草の煙がたよりなく荒涼とした冬の景色にとけこみ、しわのめだつ顔から一筋の涙が流れていく。。。
冒頭のワンシーンだが、ハリウッド女優の不自然なくらいの若造り(←やっぱり若いといより”若造り”だよね)のつるつるお肌を見慣れていると、レイ役を演じたメリッサ・レオの化粧をしないささくれた顔は演技をする前にすでに何かを語っている。男の顔は履歴書という言葉もあるが、すっかり所帯やつれした彼女の顔にはそれほど高い教育を受けてはいない、生活に困窮しているこどものいる中年女性(主婦)、の生活暦が顔にしわとともにきざまれている。

映像は車の座席に座っているナイトガウンをはおったレイから、開けっぱなしのダッシュボードに流れいていき、そこからなけなしの虎の子の貯金が盗まれたのだと察せられる。まさか、大事な金を盗んだのが、彼女の夫だとは思わなかったのだが。そんな窮地にたった彼女が働く店が「1ドルショップ」。私も便利でたまには100円ショップを利用することがあるのだが、時々あのたくさんの品物がある豊かさとつくりのチープな貧しさのギャップに、気持ちが沈むことがある。100個売れても売上は100ドル、1000個売れても所詮1000ドルじゃないか、と、私など考えがちだが、それでも、真面目に働いて何とか約束どおりに正社員に登用されたいレイの必死さが伝わってきて、同じ女性としてすっかり同情する。やがて彼女の必死さが、そして2人の息子を養い育てていかなければならないぎりぎりの暮らしぶりが、セント・レジスのカナダから米国へ凍った河を車で不法移民を運ぶ犯罪に手をそめていく過程もリアルに描かれていて、凍った風景そのものだ。このレイを中心とした景色に重要な役割を与えられたのが、犯罪に誘ったモホーク族のライラ(ミスティ・アパーム)だった。凍った河を車で移動するには数々のポイントがあり、それは生死を分かつ命がけの仕事。一緒に運命共同体の車に乗っているうちに、何かをあきらめたかのようなライラと、生活のために新しいトレーラハウスを購入しようと働くレイの共犯関係は、彼女たちを結びつけるこどもを核に友情へと育っていく。

彼女達の住んでいる賃貸のトレーラーハウスの家賃は、300ドル程度とか。時給600円程度で働いていると思われるレイの夢の新築のトレーラハウスでさえ40万円だが、それすらなかなか手に届かない。大型の液晶テレビも実はレンタル。クリスマスプレゼントを買うお金も乏しい。世界で最も裕福な米国だが、*)貧困率は14.3%となり、7人にひとりが貧困状態にあるという。彼女たちの暮らしぶりが特別ではないはずだが、米国ではこれまでなかなか貧困層をベースとした映画はあまりなかった。映画資金を提供する側の算盤には、不適切ということだろうか。そんな米国の貧困層の断面を描いている点と、それぞれこどものために命がけの綱渡りのような犯罪に手をそめていくハラハラドキドキ感は、シングルマザーの母親の貧しい日々がサスペンスだったという監督の言うとおりである。また運ぶ荷物である人間の彼らの人生もここでは語られていないが、その存在で様々な波紋を残している。
母親であること、育てなければいけないこどもの存在、それらを連帯に最後は相手を思いやり助け合う姿には、白人と先住民、凍った河のような国境はない。

*)09年の貧困基準は、4人家族の年収が2万1954ドルを下回る世帯とされている。


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4 コメント

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貧困層 (有閑マダム)
2011-04-30 14:03:44
大量にモノを売買し、消費するアメリカですが、本当はその日の食費さえ払えるかどうか心配しなくてはならないような貧困層も少なくないのですよね。
しかし、この国は住む地域によってくっきりと収入レベルが分かれてしまうところがある分、自分の属していないグループの人々の暮らしがまるで異国のこと、あるいは映画やドラマの中のことのように感じる部分があります。
だから、この映画にしても、自分が暮らしている同じ国の中の話なのに、多分樹衣子さんや他の日本の方が観て抱くのと同じくらい、別世界の話でもあり、そこがまた衝撃です。

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有閑マダムさまへ (樹衣子)
2011-04-30 19:37:55
>この国は住む地域によってくっきりと収入レベルが分かれてしまうところがある

そうらしいですね。映画からはレイの息子の将来も親とさほど変わらない暮らしぶりが想像されました。日本でも、社会の階層の固定化が言われています。やがては、日本でも小学校の頃から高校まで私立に通う子ども達と公立派とわかれていくかもしれません。もっとも日本の場合は、優れた公立高校がたくさんあるので、それで一概に階層に結びつくものでもありませんが。

日本だったら、生活保護というセーフティネットが機能すのでしょうが、自己責任の国のアメリカの厳しさも伝わってくると同時に、多様性の広がりもこの国の魅力かもしれません。
マダムさまにお薦めしていただけなければ、観のがしてしまいそうでしたよ。
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弊記事までTB有難うございました。 (オカピー)
2011-07-30 16:01:15
24日にTBを戴きましたが、気がつかず、今頃のレスになってしまいました。

僕はカナダからの不法移民という素材への興味と、母親の必死さに着目しましたが、不法に移住しようとする者もそれに手を貸す者もどちらも最低限の生活が欲しいからですものね。
日本も米国も再び貧しい人が増えています。

先ほど読み終えたジョン・スタインベックの「怒りの葡萄」も資本側に故郷を追い出される貧しい一家がその日の生活に苦闘するうちに母親の強さが最終的に浮かび上がってきます。
ジョン・フォードの映画も素晴らしかったですが、母親を亡くした後の僕にはこの小説を涙なしに読めなかったです。
社会主義が大嫌いなアメリカでは珍しい社会主義的テーマが横たわっている小説ですが、ゴーリキーの「母」などよりもっと人間探求的で、非常に感銘しました。

この映画の母親たちの行動についても、目頭を熱くして観ておりました。
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オカピーさまへ (樹衣子*店主)
2011-08-04 21:49:26
こちらこそ、数日間自宅を離れていたために返信が遅くなり、申し訳ございません。

>日本も米国も再び貧しい人が増えています

貧しくとも、真面目に働けば幸福に暮らせる社会ならばよいですが、この映画のレイのように1ドルショップで非正規社員として働いたとしても年収は200万円程度のワーキングプアーなのでしょうね。これでふたりの息子を育てるのは厳しい・・・。それに、そもそも働く職場、仕事自体が減ってきていますよね。

>ジョン・スタインベックの「怒りの葡萄」

映画だけでなく原作の小説も読まれたのですね。映画の中の母親は扇の要のような存在でした。母は強し、そして貧困家庭にあっても優れた人格者でした。オカピーさまの心が映画鑑賞を通して涙でうるおうことも、大切だと思いますよ。
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