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「時の終わりへ メシアン・カルテットの物語」レベッカ・リシン著

2013-05-12 15:10:58 | Book
今年の「東京・春・音楽祭」の川崎洋介さんによるヴァイオリン・リサイタルでは、演奏を聴きながら、音楽鑑賞の枠を超えて”音楽”という贈物について様々に考えさせられた。決して、演奏に集中できなかったわけではないのだが。
なかでも、アンコールで演奏されたメシアンによる、《世の終わりのための四重奏曲》より第8楽章(終楽章)「イエスの不滅性への賛美」は、単調なリズム、メロディのなかに強さと繊細さ、静謐と高揚といった人の心の複雑なひだにしみるような音楽で、特に記憶に残る名演奏だったことから、興味をもちはじめて調べたところ、《世の終わりのための四重奏曲」》の初演時のエピソードを知って、本書のページをめくることになった。

オリヴィエ=ウジェーヌ=プロスペール=シャルル・メシアン(Olivier-Eugène-Prosper-Charles Messiaen)
この長い名前の現代作曲家は、1908年にフランス、アヴィニヨンに英語教師の父と詩人の母とのあいだに生まれた。彼はこどもの頃から神秘的なもの、不思議なもの、そして詩に夢中だったと伝えられる。パリ国立高等音楽院で研鑽を積むやたちまち頭角を表し、トリエステ教会の最年少のオルガン奏者に選ばれるが、1939年8月25日、召集されて、翌年夏、ドイツ軍に捕われて捕虜収容所に送られたのだった。そのあまりにも厳しい環境の収容所で3人の音楽家たちに出会い、極寒のゲルリッツ第8A捕虜収容所で大勢の様々な階層の捕虜たちの前で初演されたのが「世の終わりのための四重奏曲」である。

収容所での初演についてメシアン自身が語ったエピソードが、この優れた現代曲をいわば伝説化して脚色していった。四重奏曲が作曲され、尚且つ演奏された歴史は他に類をみない。そればかりか、音楽家たちは彼らそれぞれのやり方で、狂気と波乱な時代を音楽を創造してお互いに関わり合い、収容所を生き抜いていった。クラリネット奏者である著者は、彼らや家族に会い、《世の(時の)終わりへの四重奏曲》誕生の歴史を訪問していく。

エチエンヌ・パスキエは、彼を訪ねた著者に「一生の宝物です」と財布の中から一枚の色褪せたカードをとりだした。
「ゲルリッツ第8A収容所
《時の終わりへの四重奏曲》初演
1941年1月15日
オリヴィエ・メシエン作曲」
そして演奏者が書かれた招待状のカードだった。裏には、作曲家からの感謝の言葉が綴られていた。演奏者は、ピアノがメシアン、ジャン・ル・ブーレールがヴァイオリン、クラリネットはアンリ・アコカ、そしてチェロを戦争当時からチェロ奏者として活躍していたカードの持ち主のエチエンヌ・パスキエだった。

彼らが出会い、収容所でどう過ごし、初演に至ったのか、又、その後、そのような人生を歩いたのか。貴重な写真や図解、彼ら自身や遺族の証言によると事実は、メシアンのつくった”伝説”とは多少違っている。楽器については、それほど良いピアノではなかったが弦が切れていることはなく、チェロの弦もちゃんと4本あったそうだ。聴衆もせいぜい200~300人程度で、鑑賞希望者は殺到したが、残念ながら会場の収容力からいって数千人規模ではなかった。敬虔なカトリック教徒であるメシアンが、何故、こんな大風呂敷で演出したのか謎ではあるが、たった3個じゃがいもを盗んだだけで処刑された青年がいたという環境、厳しい寒さ、貧しい食事事情で、音楽家ということでプロバガンダの意味もあって比較的優遇されていたメシアンですらぼろぼろの服をまとい、凍傷で膨れた指をしていたという戦争から、何かをこの曲に意味をこめたかったのではないかと想像する。

戦争が終わり、メシアンが20世紀を代表する偉大な現代音楽の作曲家として活躍したのは周知のとおり。ル・ブーレールによると「メシアンはとらえどころがなく、彼だけの天体に住んでいた。だからこそ、彼に敬服していた。」と。しかし、そう語る彼自身は、長く収容所にいたためにヴァイオリニストになるという夢を、音楽という夢を失った。戦後は、魅力的な容姿をいかして「ジャン・ラニエ」という名前で俳優として活躍したが、「第八楽章は私のための曲です。これは、私の宝石であり、誰のものでもない。これほど美しい曲はほかにありません」

サン・サーンスと会ったこともあるパスキエは、名演奏としておよそ100年にわたるフランス室内楽を見つめて、97年に92歳で亡くなった。ユーモラスで果敢な性格で誰もを魅了したアンリ・アコカはユダヤ人だったことから、収容所を何度も脱走したり、パスキエ夫妻にたすけられたりしながら戦争を生き延び、53歳で早世するまでオーケストラ奏者として活躍した。

《世の(時の)終わりへの四重奏曲》は、次の8つの楽章で構成される。
1. 水晶の典礼 Liturgie de cristal(quartet)
2. 世の終わりを告げる天使のためのヴォカリーズ Vocalise, pour l'Ange qui annonce la fin du Temps(quartet)
3. 鳥たちの深淵 Abîme des oiseaux(cl.)
4. 間奏曲 Intermède(vln, cl, cello)
5. イエスの永遠性への賛歌 Louange à l'Éternité de Jésus(cello, piano)
6. 7つのトランペットのための狂乱の踊り Danse de la fureur, pour les sept trompettes(quartet)
7. 世の終わりを告げる天使のための虹の混乱 Fouillis d'arcs-en-ciel, pour l'Ange qui annonce la fin du Temps(quartet)
8. イエスの不滅性への賛歌 Louange à l'Immortalité de Jésus (vln, piano)


メシアンは、これらの楽章を単独で演奏されることを嫌っていたそうだが、本書を読むと単独でも演奏される機会が増えれば本書をそれでもよいと思えてくる。
パスキエがずっとお財布にしのばせて大切にもっていたカードには、メシアンの次の言葉で結ばれていた。
「ありがとう、心より愛をこめて」


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