千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

「遺伝子はダメなあなたを愛してる」福岡伸一著

2012-10-28 15:33:02 | Book
すっかり忘却していたのだが、こどもの頃の愛読書はドリトル先生シリーズだった。いつか自分もドリトル先生のように動物と会話ができる、と恥ずかしくて誰にも言えなかったのだが、かなりのお年頃になるまでひそかに信じ込んでいた。ところが、”白衣を着た詩人”と絶賛されているこの方も少年時代はドリトル先生に夢中になり、憧れて、理想の生物学者がドリトル先生だったとは!

そんな福岡ハカセが週刊誌「AERA」に「ドリトル先生の憂鬱」という診療所を開設して、読者の身近で素朴な疑問やたわいないお悩みを”診断”して回答していたのが一冊にまとめられたのが本書である。

「片付けられない女はダメですか?」・・・NGですね。。。
「明かりをLEDにしました。エコだけれど、少し寂しく感ずるのは気のせいでしょうか?」・・・気のせいです。。。
「パンダは本当は竹より肉や魚が好きなのではありませんか?」・・・大熊猫に聞いてください。。。

私だったらこう答えたいところだが、福岡ハカセは意表をつく切り口で自由にかろやかに語る。たとえば花粉症対策の質問の回答が、いきなり彫刻家のイサム・ノグチの代表的作品が、空間、何もない穴という意味をもつ「ヴォイド」(void)という話題からはじまるのだ。そもそも花粉症は花粉を外敵襲来とみた免疫系の反応であり、免疫系は自己と他者をどのように区別をしているのか、、、といういつのまにか楽しい生物科学のワールドへひきこまれていく。実は私たちの体には、胎児の頃から免疫細胞をせっせとつくっていたのだった。免疫系にとって自己とは、うがたれた空間、すなわちヴォイドである。私たちは、自分の中にどんなに自己を探してもそれは空疎なもの。周囲の存在が自己を既定している。ここでプロローグのイサム・ノグチの彫刻作品に鮮やかにつながっていく。なんと、たかだか(花粉症の方にはごめんなさい)花粉症対策のお話が哲学になっているではないか。

私が一番気に入ったのは「わが子はピーマンが嫌い。大人になれば好き嫌いがなくなりますか」というコラムだ。
ここでは私も大好きなカズオ・イシグロさんの作品「わたしを離さないで」を紹介している。福岡ハカセによるとイシグロさんのテーマのひとつは「大人になること」だという。少しずつ、有限性に気がつき、夢や体力、想像力も失われていくなか、奪われないものは私自身の記憶。ハカセはイシグロさんから、ガーシュインの”They Can't Take That Away From Me”という曲を教わったそうだ。美しい記憶は大切に保存し、苦いピーマンのような記憶は折り合いをつけたり和解していく。私もピーマンや三つ葉などはちょっと苦手だった。ところが、今では苦味がスパイスのように美味だと感じるになり、過去の経験と折り合いをつけているのか、と考えた。寂しいが、こうして夢とひきかえに現実的なおとなになっていく。

・・・なんちって感傷にひたっていたら、これには最後にオチがあり、ピーマンはポリフェノールという化学物質によって苦味があるのだが、品質改良?によって苦味が減っているそうだ。記憶も変容しちゃったりするのね。

生物系の研究者にとっては当たり前のウサギやウニ、線虫を使った実験も、本書の解説でよくわかる。今までなかったのではないか、まったり系のサイエンス本は、秋の旅行の友にいかがだろうか。

■アーカイヴ
「動的平衡」福岡伸一
「ノーベル賞よりも億万長者」
「ヒューマン ボディ ショップ」A・キンブレル著
「ルリボシカミキリの青」福岡伸一著
「ダークレディとよばれて」ブレンダ・マックス著
「フェルメール 光の王国」

■カズオ・イシグロさんのこんなアーカイブも

「日の名残り」
「わたしたちが孤児だったころ」
「わたしを離さないで」
「夜想曲集」
映画「わたしを離さないで」