千の天使がバスケットボールする

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『わたしを離さないで』

2011-12-10 22:15:04 | Movie
1950年代、世界は画期的な医療革命が起こり、やがて人間の寿命は100歳を超えるようになった。映画のはじまりは、主人公キャシーと名乗る女性の静かな語りではじまる。そう、この映画は近未来のこれからの話ではなく、もうひとつのあったかもしれない”過去”の世界の物語である。

美しい自然に恵まれた寄宿学校の”ヘーシャム”。ここ”ヘーシャム”は奇妙な空間だった。優しいが、どこか修道女のような教師達と従順で素直なこどもたち。外界と切り離され徹底的に管理された学校には、なにか不自然さが感じられ秘密がありそうだ。

ここで学ぶ賢く愛らしいキャシー(キャリー・マリガン)とおませで美しいルース(キーラ・ナイトレイ)は、親しい友人同志。生まれた時から一緒に育った少女たちの気になる存在が、かんしゃくもちでよく男子たちからよく仲間はずれにされている変わり者のトミー(アンドリュー・ガーフィールド)だった。それぞれがそれぞれを思いやるうちに、いつしか3人の絆は深まっていく。やがて、幼な心の異性への関心が息吹き始めた初恋へとかわり、キャシーは講堂でトミーとルースが密かに手をつないでいるのに気がついてしまう。講堂では、新任してきたばかりの、若い教師の突然の退職を告げられている時だったのだが、キャシーの哀しく涙をこらえる表情はその教師との惜別ばかりではなかった。そして、18歳になった3人は寄宿舎を出て、コテージで仲間達とともに共同生活をするようになり、外の世界を知っていくようになるのだが。。。

英国の美しくも詩情豊かな田園地帯の映像が流れていく。研修でロンドンに3ヶ月赴任していた先輩によると、最高に素晴らしい日々だったそうだ。初夏にかけて、という季節もよかったのだろう。本作は、衝撃を受けて夢中になって読んだ「わたしを離さないで」の映画化である。これまでもイシグロ作品は何度も映画化されてきたが、さすがにこの作品の雰囲気と世界観を映像にするのは無理だろうと思っていたのだが、映画は映画でとてもピュアなまさに珠玉のような作品に仕上がっていた。
そこで、映画の背景となったのが英国の美しい田園地帯。あの繊細な緑の自然を見ただけで、映画は小説とは別もので、切り離してこれはこれで鑑賞するべきだと感じる。小説との比較はしないこと。磨かれて手になじんだ木の机、暖かいウール100%のカーデガン、壜に入った牛乳。すべてがノスタルジックに懐かしく、ほんの少し悲しい。この映画は、米国でも日本でもなく、英国の田園を背景としたから映画化が可能だったと考える。美しい季節は、ほんの一瞬。うつろいやすい気候の中で、人は自分が生きる意味を見出すのは難しい。

映画のテーマには、将来に可能となる自分のクローンによる臓器移植問題ととらえることもできる。しかし、別の視点で考えると、意外にも同じイシグロ作品の英国の執事を主人公にした「日の名残り」と共通するものがある。「日の名残り」の名執事スティーブンスは、同じ屋敷に仕えた父も執事だった。こどもの頃からダーリントンホールで育ち、父親の仕事を見ながら、自分もご主人様に尽くす執事になるのは自然の流れだ。執事という仕事の悲哀に、大国だった英国の衰退に重ねたブッカー賞受賞にふさわしい傑作なのだが、狭く小さな閉鎖的な世界に閉じこもり、自らの運命を受け容れる執事スティーブンスは、キャシーたちに近いものがある。

何故、逃げ出さないのか。何故、反抗しないのか。映画だけ観ていると、そう疑問に感じるかもしれない。しかし、かっての日本の若者も、神風特攻隊員として、その命を自ら捨てていた時代があったではないか。現代のようにテレビもネットもなく、閉ざされた小さな社会では、人は与えられた運命を受入れながら、同時にささやかな生きる価値を見出していくものである。映画の中で、キャシーもルースも”オリジナル”にこだわっていた。本来だったら、会いたい人は父や母になるところだが、彼女たちには両親という意味での遺伝的な親は存在せず、”オリジナル”が自分たちが生きている意味になるのだから。スティーブンスが執事という仕事にプライドを生涯もったように、彼女たちも”終了”に向けて、自らが生きている価値と使命を受け容れていく。儚くも、純粋培養された若者たちの短かった青春は、俳優たちの演技に支えられ、胸にせまる余韻を残す。私はこの映画はかなり気に入った。

監督:マーク・ロマネク
2010年イギリス映画

■あれこれアーカイヴ
「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ著
「日の名残り」
”生命”の未来を変えた男 ips細胞革命
「生命の未来を変えた男」
「ヒューマン ボディ ショップ」A・キンブレル著


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