千の天使がバスケットボールする

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「下町ロケット」池井戸潤著

2012-10-01 22:36:01 | Book
梅ちゃん先生の旦那様は、幼なじみのノブ。彼の職業は蒲田にある安岡製作所の経営者、というよりも父親がはじめた零細工場の跡をついだ工員だ。モノづくりにこだわりをもち、一生懸命よい製品をつくっていくうちに評価され、世界一速い新幹線の部品づくりをまかされることになった。昭和39年の今日この日に東海道新幹線が開業した。戦火をくぐりぬけて町工場で汗水たらして作業着を汚して働くノブが現代に生まれていたら、同じ安岡製作所で今度はロケットエンジンを開発しているかもしれない。

あまりにも評判がよいので地元の図書館からようやく借りることができた「下町ロケット」。昨年、直木賞を受賞した時の報道記事にある「ビジネス・エンターティメント小説」という”新語”がこれ以上ないくらいふさわしい。経済小説というジャンルで、ここまでエンターティメント性をうちあげ痛快な小説に仕立てた作家のセンスに脱帽したいくらいだ。

舞台は下町の蒲田にある従業員200人ほどの小さな町工場。かってロケット工学の研究者としてロケットのエンジン開発にたずさわってきた主人公・佃航平は、ロケットの打ち上げ失敗に責任を感じて辞職して、父親が経営していた町工場の跡を継いだ。同じ研究者の妻とは離婚。そんななかでも、ものづくりにこだわり開発してきたエンジン開発の技術特許に目をつけたのは日本を代表する大企業。えげつない大企業による下請けいじめ、資金繰り難、高飛車で血も涙もない銀行、どんな汚い手をつかってでも小さなライバル会社を潰そうと躍起になる大企業、そんな次々とおそいかかる佃製作所の存亡の危機は、どれもどこかで聞いたような話なのだが、テンポよい展開にはらはらしながら一気に読んでしまう。完全に、読者の誰もが心情的に大よりも弱小の味方になるように、ある意味、わかりやすく勧善懲悪が設定されている。このあたりの構図は、人生の深淵を問うような純文学とはあきらかに違う。

物語の前半は、中小企業にありがちな悲哀と大企業の非情な論理にまきこまれそうになりながらも、敢然と戦う航平たちを描き、やはり「正義は勝つ!」と納得し、これでかなり満足して本をもつ手がゆるみ加減になるのだが、おっと後半からは、一転、今度はロケット開発を担う超大企業が登場し、航平たちが開発して取得したロケットエンジンの特許をめぐってあらたなる攻防がはじまる。従業員や一人娘の反乱もあり、窮地にたつ航平。ここで彼はあらためて考える。

何のために働くのか。
自分にとって仕事とは。

単なる企業ものをこえて、働く意味を問う小説へ。侮れなかった、この小説を連載していた「週刊ポスト」。エッチな写真や記事ばかりではなかったのね。理想論かもしれないが、最後に佃製作所の従業員たちが涙を流しながらロケット打ち上げを祝う気持ちが、すっかり我が心と同化していくのに気がつく単純な自分。。。
ありきたりな言葉だが、会社という大家族の中で、それぞれが自分の役割をプロフェッショナルに貫徹し、そして仕事への浪漫を真摯に追求していく。「梅ちゃん先生」の安岡製作所も規模はうんと小さいけれど、そんな町工場だった。こんな会社が本当にあったら、嬉しいではないか。昔の日本には、こんなものづくりにプライドをもっている職人さんや工員さんがたくさんいたのではないだろうか。そして、今でも品質にこだわり、誇りをもってよい仕事をしている人がいるはずだ。日本は、まだまだ大丈夫、とそんな元気がわいてくる一冊。