【岩崎俊夫BLOG】社会統計学論文ARCHIVES

社会統計学分野の旧い論文の要約が日課です。

時々、読書、旅、散策、映画・音楽等の鑑賞、料理とお酒で一息つきます。

高橋俊男『キライな言葉勢揃い(お言葉ですが・・・⑤)』文藝春秋、2001年

2011-12-22 00:05:37 | 言語/日本語

 表題は本書のなかの一章の標題からで、本書全体でキライな言葉について論じているのではありません。

                                    キライなことば勢揃い
 本書で紹介されている、キライナ言葉、あるいは言葉の使い方に著者が合点がいかないとして挙げているおは、「体調をくずす」「ふれあい」「慎重な姿勢」「させていただきます」「じゃないですか」「あげる」「いやす」「いやし」「○○感」「まちづくり」「いのちとくらし」「思い出をつくる」「参加、交流、感動」などなど。キライな言葉の傾向はわかります。

 本書はそれ以外にも、知的欲求を満たしてくれる箴言、警句、苦言、提言がたくさんあります。「電話を入れる」という言い方はおかしいが、いつ頃からそういう言い方が普及し始めたのか。「白兵戦」とはどういう意味なのか。辞書をひけばわかるのか?いつから使われた言葉なのか。「ミイラとりがミイラになる」の語源は?(語源は不明とのこと)。「ピンからキリ」というとき、ピンが上等なのか、キリが上等なのか?(「ピンからキリ」は「最初から最後まで」という意味で、どちらが最高で、最低なのかは意味していない)。

 野球が好きなわたしは、戦中に敵性語である英語は使ってならないということで、「ストライク」を「よし」、「ボール」を「だめ」とコールしたと逸話に関するコメントが面白かったです。結論から言うと、当時は六大学野球が全盛の時代で、そこではこういうことはなかったようです。
 「ストライク」を「よし」、「ボール」を「だめ」とコールしたのは「職業(プロ)野球」でそれもごく一時期に使われていたにすぎなかったようです。くわえて「職業(プロ)野球」は当時マイナーだったので(今からは考えられないが)、社会的に大きな意味をもったことではなかったようです。そのうち、戦火は厳しくなり野球どころではなくなったのはよく知られているとおり。

 この他にも「実家」の本来の意味、「和夫」という名前はかつてあまりなかった、そもそも「和」をどうして「カズ」と読むのか、など意表を突く問題提起があって、このシリーズはやめられない。シリーズ本は「まだまだあるようだ。(この本は『週刊文春』に連載されていたのだそうである。


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