「はしがき」で著者はこの本を書いた目的などを記しているが、内容と一致していて好感がもてた。翻訳もわかりやすくてよい。普通の訳書には「訳者あとがき」があり、当該本の位置づけ、訳出した動機、著者の履歴などが書かれているが、本書にそれはない。そのため、この著者は世界銀行の研究部門のリードエコノミストでメリーランド大学教授であること以外に、どういう人なのかがよくわからない(著者が日本人でないときは、その紹介があったほうがよい)。
それはともかく、現代から過去にさかのぼって所得と富の不平等を考えるのが、本書のテーマ。所得と富の格差の問題、富裕と貧困の意味することの重要性を、日常生活の側面から、さらには歴史的な側面からの解明することが狙い。このテーマをユニークで堅苦しくない切り口で、この問題が日常のさまざまな場面(日々の出来事や家庭の食卓、学校、オフィスでかわす議論)に満ち満ちているかを示すことに注意がはらわれている。
不平等は3種類に区分されている。単一のコミュティ(国家)の内部における個人間の不平等、国や民族の間の不平等、世界の全ての市民の間に存在するグローバルな不平等。それぞれに独立した「章」が与えられている。そして各章に短いエピソードが付され、それらは例えば古代ローマの不平等の実例、新聞記事になった話題に関連した事項(バラク・オバマ家、グローバルな中間層、移民問題)などである。このエピソードが読み応えがある。『高慢と偏見』のダーシー、『アンナ・カレーニナ』のアンナは所得分布のどの位置にいたのか。ローマ帝国はどの程度の不平等度をかかえていたのか。社会主義社会の不平等はどのくらいだったのか、など全部で26ある。なかでは、中国が内包する看過できない経済的不平等のゆえに、国家的統一の脅威にさらされる危険性があるという暗示は印象にのこった。
以上は「はじめに」で著者が述べていることの抜粋と敷衍であるが、著者はさらに次のことを付け加えている。読者に楽しんで読んでほしいこと、富と不平等の問題に世界がもっと関心をよせてほしいこと、現在の危機の時代に貧富の問題を社会的論争の中心に据えることで、旧態依然の社会運動に一石を投じることである。
通読すると、著者の意図は基本的に成功しているが、重要なのは著者の意図を読み取った読者がバトンを受けてぞのあとにどのような行動を起こすかであろう。
豊富なデータが使われ、主要な手法はジニ係数の測定である。基礎データは世界銀行と世界の所得分布のデータベースで、ここには世界の大多数の国々の家計調査データが含まれているという。必要な読者には、データの提供を厭わないと書かれ、メールアドレスも記載されている。
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