「大切にされた」「愛された」と思って旅立って欲しい・・・。在宅ホスピス「きぼうのいえ」の願いです。
たった半日でも、1人からでもいい。「大切にされた」「愛された」と思って旅立ってほしい-。こんな願いで東京・山谷地域(荒川区、台東区)で運営している在宅ホスピス「きぼうのいえ」があります。
ホスピスは末期がん患者などを対象に、延命処置を行わず、身体的苦痛をやわらげ、精神的援助をして生をまっとうできるように医療を行う施設です。
山谷地域は、1人3畳ほどのドヤ(簡易宿泊施設)を住居に生活保護を受ける人たちが多く住む、日雇い労働者の街です。
2002年、その街の真ん中に開所した「きぼうのいえ」は、行き場をなくしたホームレスや家族と縁のうすい人をみとる日本で唯一の施設です。
戦争で疎開中に東京大空襲で家族全員が殺され、肉体労働で身をたててきた人、東京タワーをつくったとび職、バブル期に6000万円の月収があった元社長・・・。8年間で106人をみとりました。
50歳のとき、がんで亡くなった入所者S男さんは、20代から路上生活者となりました。
S男さんは、10代のとき、父親が母親を刺殺する現場を目撃。そのショックで心に病気をかかえることに―。麻薬やアルコール漬けになっていたS男さんには、どんな痛み止めも効きませんでした。
全身で助けを求めるS男さんの看護に、スタッフは一睡もできない日々をすごしました。
S男さんは入所して3カ月後になくなりました。
「大丈夫。力をぬいていいんだよ」。夜勤で見回りをしていた谷村有希さん(30)が手をにぎり、語りかける中、S男さんは静かに息を引き取りました。
「私たちができることは本当に小さいことなんです。病気で苦しいときも、裏切られても、生きている問はすべての瞬間が喜びだと学びました」と谷村さんは話します。「きぼうのいえ」は、公開中の映画「おとうと」(山田洋次監督)で弟・鉄郎が入居するホスピスのモデルになりました。
「映画のように親族が来ることはまれです。でも、スタッフが肉親と同じようにみとります。長野県に墓もつくりました」と施設長の山本雅基さん(46)は話します。
山本さんが山谷地域で活動を始めたのは、ノーベル平和賞を受賞したカトリック教会の修道女マザーテレサの言葉を聞いたことがきっかけでした。
それは1981年、来日したマザーテレサが山谷地域に来たとき、「日本には、貧しい人をほったらかしにしている貧しさがある」と語った言葉です。
マザーテレサがインドのカルカッタに設立した「死を待つ人の家」を日本につくりたい―と不動産屋を駆け回りました。しかし、300件以上断られ続けました。
そんなときでした。
「お金を借りるなら、100万も1億も一緒だよ」。地元山谷の不動産屋の助言で妻の美恵さん(50)の蓄えを担保にするなどして資金をかき集めて土地を買い、建物を建てました。
経営は火の車です。毎年1000万円を超える赤字は、市民や教会からの寄付でまかないます。
「きぼうのいえ」の入居者に伝えたいことは「人は信頼に値する」ということだと話す山本さん。「刑務所に20年入っていた人が『真っ黒だった人生を真っ白にしたい』と話すんです。ここは人生と和解する場所です」
2006年には、訪問介護を行うヘルパーステーションも開設。「きぼうのいえ」の精神は山谷中に広がりつつあります。「山谷を憎しみの街から聖なる街に変えたい」。山本さんとスタッフの挑戦は続きます。
(染矢ゆう子)「しんぶん赤旗」日刊紙(2010年3月9日付より転載)
【MovieWalkerの「おとうと」のレビュー】に次のようなコメントがありましたので転載しておきます
>最後に出てきたホスピスは素晴らしい制度ですね。
>身寄りも、お金も何もかもがなくなってから、人生の最後を看取ってくれる、そんな場所
>があるんだぁ・・・。
>そんなシステムが有るなら、日本もまだまだ捨てたもんじゃないな、と、なんだかホッと
>しました。
>そんな場所の運営のためにならドンドン税金を使ってくれ、そう、思いました。
【みっちゃんさん】
>家族のあり方なんて、仰々しいものではない。
>家族の本来の姿なんだろう。
>だから自分の家族でもないのに、なぜか懐かしく、また気恥ずかしい。
>『みどりのいえ』は、今後ますます増えるであろう在宅看護のあり方の指針となるだろ
>う。
【はっぴーきゃとさん】
映画「おとうと」はまだまだ上映しているようですので、ぜひ見て欲しいですね!
実在の『みどりのいえ』・・・。「きぼうのいえ」もますます頑張って欲しいと思います。
たった半日でも、1人からでもいい。「大切にされた」「愛された」と思って旅立ってほしい-。こんな願いで東京・山谷地域(荒川区、台東区)で運営している在宅ホスピス「きぼうのいえ」があります。
ホスピスは末期がん患者などを対象に、延命処置を行わず、身体的苦痛をやわらげ、精神的援助をして生をまっとうできるように医療を行う施設です。
山谷地域は、1人3畳ほどのドヤ(簡易宿泊施設)を住居に生活保護を受ける人たちが多く住む、日雇い労働者の街です。
2002年、その街の真ん中に開所した「きぼうのいえ」は、行き場をなくしたホームレスや家族と縁のうすい人をみとる日本で唯一の施設です。
戦争で疎開中に東京大空襲で家族全員が殺され、肉体労働で身をたててきた人、東京タワーをつくったとび職、バブル期に6000万円の月収があった元社長・・・。8年間で106人をみとりました。
50歳のとき、がんで亡くなった入所者S男さんは、20代から路上生活者となりました。
S男さんは、10代のとき、父親が母親を刺殺する現場を目撃。そのショックで心に病気をかかえることに―。麻薬やアルコール漬けになっていたS男さんには、どんな痛み止めも効きませんでした。
全身で助けを求めるS男さんの看護に、スタッフは一睡もできない日々をすごしました。
S男さんは入所して3カ月後になくなりました。
「大丈夫。力をぬいていいんだよ」。夜勤で見回りをしていた谷村有希さん(30)が手をにぎり、語りかける中、S男さんは静かに息を引き取りました。
「私たちができることは本当に小さいことなんです。病気で苦しいときも、裏切られても、生きている問はすべての瞬間が喜びだと学びました」と谷村さんは話します。「きぼうのいえ」は、公開中の映画「おとうと」(山田洋次監督)で弟・鉄郎が入居するホスピスのモデルになりました。
「映画のように親族が来ることはまれです。でも、スタッフが肉親と同じようにみとります。長野県に墓もつくりました」と施設長の山本雅基さん(46)は話します。
山本さんが山谷地域で活動を始めたのは、ノーベル平和賞を受賞したカトリック教会の修道女マザーテレサの言葉を聞いたことがきっかけでした。
それは1981年、来日したマザーテレサが山谷地域に来たとき、「日本には、貧しい人をほったらかしにしている貧しさがある」と語った言葉です。
マザーテレサがインドのカルカッタに設立した「死を待つ人の家」を日本につくりたい―と不動産屋を駆け回りました。しかし、300件以上断られ続けました。
そんなときでした。
「お金を借りるなら、100万も1億も一緒だよ」。地元山谷の不動産屋の助言で妻の美恵さん(50)の蓄えを担保にするなどして資金をかき集めて土地を買い、建物を建てました。
経営は火の車です。毎年1000万円を超える赤字は、市民や教会からの寄付でまかないます。
「きぼうのいえ」の入居者に伝えたいことは「人は信頼に値する」ということだと話す山本さん。「刑務所に20年入っていた人が『真っ黒だった人生を真っ白にしたい』と話すんです。ここは人生と和解する場所です」
2006年には、訪問介護を行うヘルパーステーションも開設。「きぼうのいえ」の精神は山谷中に広がりつつあります。「山谷を憎しみの街から聖なる街に変えたい」。山本さんとスタッフの挑戦は続きます。
(染矢ゆう子)「しんぶん赤旗」日刊紙(2010年3月9日付より転載)
【MovieWalkerの「おとうと」のレビュー】に次のようなコメントがありましたので転載しておきます
>最後に出てきたホスピスは素晴らしい制度ですね。
>身寄りも、お金も何もかもがなくなってから、人生の最後を看取ってくれる、そんな場所
>があるんだぁ・・・。
>そんなシステムが有るなら、日本もまだまだ捨てたもんじゃないな、と、なんだかホッと
>しました。
>そんな場所の運営のためにならドンドン税金を使ってくれ、そう、思いました。
【みっちゃんさん】
>家族のあり方なんて、仰々しいものではない。
>家族の本来の姿なんだろう。
>だから自分の家族でもないのに、なぜか懐かしく、また気恥ずかしい。
>『みどりのいえ』は、今後ますます増えるであろう在宅看護のあり方の指針となるだろ
>う。
【はっぴーきゃとさん】
映画「おとうと」はまだまだ上映しているようですので、ぜひ見て欲しいですね!
実在の『みどりのいえ』・・・。「きぼうのいえ」もますます頑張って欲しいと思います。