kazuフォトローグ

「徒然なる日常」を写真で語ります。

伊賀焼の魅力

2013年11月26日 | 焼物
日本橋室町の「ギャラリー開」で、ブロ友chomo-vidrecさんの作陶展「焼き〆の器」を見てきた。
三重の伊賀焼である。
彼女は、毎年秋、このギャラリーで個展を開いている。

今年はどんなものが並ぶのだろう。
真夏の暑いさなかに行う窯焚きの大変さをブログで読むと、焼物への情熱なくして続けられるものではないと思う。

一緒に陶芸を学んだ人たちの半数は去っていったという。
皿、小鉢、湯呑み、ぐい呑み、徳利、花生、大壺…
土もの好きのカメラ爺は、なんだか愛おしくなってくる。

今回は、フリーカップをゲットした。
これからの季節、焼酎のお湯割り用にぴったりの器である。

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4 コメント

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伊賀大好き (6944)
2014-05-17 06:31:08
この写真が先頭にあったので一つだけのコメント。
もしお許しが出れば先へ

私事になるが私20代の勤務地は岡山、滋賀県だ。備前、信楽の地である。大津では勤めていた新聞社の地方版に信楽焼の連載物を書いていた。取材先はほとんど鬼籍に入ったが神山清子さん(田中裕子主演映画「火火」のモデル)だけは今なお音信がある。彼女の作も購入大事にしている。その信楽のお隣が伊賀だ。伊賀の土は信楽とほとんど同じ長石混じりの山土だ(6944的解釈)。野趣に富んでいて飽きない。うんちくを語るつもりはないが、重要文化財古伊賀水指 銘 破袋 ほど私を驚かせうれしがらせてくれた焼物はない。
そこで爺の友人の作を見てみよう、口から肩にかけ自然釉の流れる、おそらく古伊賀の種壺を脳裏に置いた一品だろう。機会があったらこの方の展覧会を覗いてみたいと思う。
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伊賀者か (kazu)
2014-05-18 00:48:24
6944さんへ。

古田織部に影響を受けた伊賀焼。
この焼きものを知ったのは、昭和58年(1983)に旅行PR誌の取材で、伊賀上野を訪れた時です。
焼きもの好きなので、つい紹介したくなってしまうのです。
訪れたのは伊賀信楽古陶館。いまもまだ残っているよう。

また揚げ足取りになりますが、陶土は古琵琶湖層のもの。半透明の珪石粒が混じった「蛙目(かいろめ)粘土」が、伊賀焼独特の味わいを出し、長石と灰で出来た自然釉が、青緑色のガラス質のものをつくるのだそうです。
おかげで勉強になりました。


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しょげてます (6944)
2014-05-18 06:47:53
長石混じりの土を使うのが信楽の特徴であることは間違いないのですが
近いといって伊賀も同じ土を使っているように思いこんだのは失態でした。
きちっとしたご指摘、ありがとうございます。
爺には書き込みは調べたうえで言われていました
訂正を書くようなことはするなということだと思います。
ごめんなさい、もう一回だけ寛容のお心で・・・
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古琵琶湖層 (kazu)
2014-05-18 15:03:19
6944さんへ

しょげないでください。
古琵琶湖層は、南は三重県の上野盆地から北は滋賀県の近江盆地(琵琶湖を含む)まで南北約50kmの広大な範囲にあり、なんと400万年から50万年前もの間に形成されたのだそうです。
その盆地の丘陵から、長石、石英、珪砂が含まれる陶土が採取できるのです。
ですから、伊賀焼も信楽焼も地域は違っても同じ陶土。
爺の表現が誤解を招いたようです。こちらこそ、ごめんなさい、です。
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